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ひがし茶屋街から浅野川大橋を渡ると、昔ながらの料亭や茶屋が建ち並ぶ「主計町(かずえまち)」、その隣には昔から商人町として栄えた「尾張町」があります。<br /><br />浅野川のさらに下流の「小橋町」には、江戸時代から金沢の人々に親しまれてきた「あめの俵屋」があります。<br />俵屋は昭和40年代後半に国鉄の「DISCOVER JAPAN」キャンペーンのポスターになったところで、その当時の面影が今もそのまま残されています。<br /><br />主計町・尾張町・小橋町の町並みは、ひがし茶屋街の華やかさとは異なり、古い建物に暮らす人々の生活感が感じられます。<br />

風情のある金沢の主計町・尾張町・小橋町の町歩き(金沢)

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2017/01/22 - 2017/01/22

268位(同エリア5143件中)

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かっちん

かっちんさん

ひがし茶屋街から浅野川大橋を渡ると、昔ながらの料亭や茶屋が建ち並ぶ「主計町(かずえまち)」、その隣には昔から商人町として栄えた「尾張町」があります。

浅野川のさらに下流の「小橋町」には、江戸時代から金沢の人々に親しまれてきた「あめの俵屋」があります。
俵屋は昭和40年代後半に国鉄の「DISCOVER JAPAN」キャンペーンのポスターになったところで、その当時の面影が今もそのまま残されています。

主計町・尾張町・小橋町の町並みは、ひがし茶屋街の華やかさとは異なり、古い建物に暮らす人々の生活感が感じられます。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 主計町、尾張町周辺の地図<br /><br />ひがし茶屋街が浅野川の右岸にあるのに対し、主計町と尾張町は左岸にあります。<br />

    主計町、尾張町周辺の地図

    ひがし茶屋街が浅野川の右岸にあるのに対し、主計町と尾張町は左岸にあります。

  • 浅野川大橋<br /><br />ひがし茶屋街から浅野川大橋を渡り、主計町へ向かいます。<br />

    浅野川大橋

    ひがし茶屋街から浅野川大橋を渡り、主計町へ向かいます。

  • 主計町茶屋街<br /><br />昔からの料亭や茶屋が建ち並びます。<br />

    主計町茶屋街

    昔からの料亭や茶屋が建ち並びます。

  • 金沢城惣構跡<br /><br />橋場町交差点の手前にあります。<br /><br />惣構(そうがまえ)とは、お城を核とする城下町を囲んだ、堀や土居などの遮断施設のことです。<br /><br />金沢城には、城下町を囲って内、外2重の惣構が造られ、ここは慶長4年(1599)に造られた東内惣構です。<br />

    金沢城惣構跡

    橋場町交差点の手前にあります。

    惣構(そうがまえ)とは、お城を核とする城下町を囲んだ、堀や土居などの遮断施設のことです。

    金沢城には、城下町を囲って内、外2重の惣構が造られ、ここは慶長4年(1599)に造られた東内惣構です。

  • お洒落な建物「金沢文芸館」<br /><br />橋場町交差点の四つ角にあります。<br /><br />昭和4年(1929)に建てられたモダニズム建築です。<br /><br />簡略化された擬ルネサンス様式で、ファサード(正面)をフリーズとコニースと呼ばれる水平の突起が縦にほぼ1対2の割合で上下二層に分けています。<br /><br />1~2階の5個のアーチ型の窓、3階の角窓も特徴的です。<br />

    お洒落な建物「金沢文芸館」

    橋場町交差点の四つ角にあります。

    昭和4年(1929)に建てられたモダニズム建築です。

    簡略化された擬ルネサンス様式で、ファサード(正面)をフリーズとコニースと呼ばれる水平の突起が縦にほぼ1対2の割合で上下二層に分けています。

    1~2階の5個のアーチ型の窓、3階の角窓も特徴的です。

  • 泉 鏡花(いずみ きょうか)記念館<br /><br />尾張町の大通りから1本裏手の通りにあります。<br /><br />明治半ばから創作活動を始め、大正、昭和にかけて、多くの作品を生み出した泉鏡花は、やがて文豪とたたえられ、また天才とも謳われるようになりました。<br /><br />鏡花が幼少時代に過ごした生家跡に建つ記念館では、作品の紹介と鏡花の生涯を展示しています。<br /><br />企画展では、兎グッズコレクターの鏡花が蒐集した兎の置物が展示されています。<br />

    泉 鏡花(いずみ きょうか)記念館

    尾張町の大通りから1本裏手の通りにあります。

    明治半ばから創作活動を始め、大正、昭和にかけて、多くの作品を生み出した泉鏡花は、やがて文豪とたたえられ、また天才とも謳われるようになりました。

    鏡花が幼少時代に過ごした生家跡に建つ記念館では、作品の紹介と鏡花の生涯を展示しています。

    企画展では、兎グッズコレクターの鏡花が蒐集した兎の置物が展示されています。

  • 鏡花父子像(泉鏡花記念館)<br /><br />幼い頃に母を亡くした鏡花。その作品は亡母憧憬を基底に浪漫と幻想の世界を小説や戯曲という形で紡ぎだしてきました。<br />

    鏡花父子像(泉鏡花記念館)

    幼い頃に母を亡くした鏡花。その作品は亡母憧憬を基底に浪漫と幻想の世界を小説や戯曲という形で紡ぎだしてきました。

  • 「ようこそ、おいでなさった」(泉鏡花記念館)<br /><br />記念館入口でお出迎えしてくれます。<br /><br />鏡花の短編小説「化鳥(けちょう)」を気鋭画家中川学が絵本化した中の場面です。<br />

    「ようこそ、おいでなさった」(泉鏡花記念館)

    記念館入口でお出迎えしてくれます。

    鏡花の短編小説「化鳥(けちょう)」を気鋭画家中川学が絵本化した中の場面です。

  • 雀のお宿(泉鏡花記念館)<br /><br />鏡花の終の棲家となった東京・麹町区下六番町の家の小さな庭に、能楽堂のような形の雀の餌台が丸太棒の上に建っていました。<br /><br />鏡花夫妻はこの餌台で飯粒などを与えて、飛来する雀を愛玩したといいます。<br /><br />

    雀のお宿(泉鏡花記念館)

    鏡花の終の棲家となった東京・麹町区下六番町の家の小さな庭に、能楽堂のような形の雀の餌台が丸太棒の上に建っていました。

    鏡花夫妻はこの餌台で飯粒などを与えて、飛来する雀を愛玩したといいます。

  • 木造二階建(泉鏡花記念館)<br /><br />生家は明治時代の火災により焼失しました。<br /><br />その後、建てられた木造二階建と土蔵三棟からなる建物を改修し、記念館になりました。<br />

    木造二階建(泉鏡花記念館)

    生家は明治時代の火災により焼失しました。

    その後、建てられた木造二階建と土蔵三棟からなる建物を改修し、記念館になりました。

  • あすなろ細工「かみや」(下新町)<br /><br />泉鏡花記念館の隣にあります。<br /><br />能登半島に多いあすなろの木。このあすなろの幹や葉を使った木彫細工のお店です。<br /><br />檜に似ているあすなろは、「明日は檜になろう」という思いで「あすなろ」の名前がついたといわれています。<br />

    あすなろ細工「かみや」(下新町)

    泉鏡花記念館の隣にあります。

    能登半島に多いあすなろの木。このあすなろの幹や葉を使った木彫細工のお店です。

    檜に似ているあすなろは、「明日は檜になろう」という思いで「あすなろ」の名前がついたといわれています。

  • 窓から見つめるふくろう(あすなろ細工)<br />

    窓から見つめるふくろう(あすなろ細工)

  • 45年前のあすなろ細工「ふくろう」<br /><br />学生時代に「能登かつら崎ユース・ホステル」を訪れたとき、小さなあすなろ細工を購入し、今でも大切にしています。<br /><br />このふくろうは、あすなろ細工「かみや」の作品だったことが、今わかりました。<br />

    イチオシ

    45年前のあすなろ細工「ふくろう」

    学生時代に「能登かつら崎ユース・ホステル」を訪れたとき、小さなあすなろ細工を購入し、今でも大切にしています。

    このふくろうは、あすなろ細工「かみや」の作品だったことが、今わかりました。

  • 金丸家(下新町)<br /><br />泉鏡花記念館の向かいにある金丸家です。<br /><br />1階に庇下のサガリと格子窓を守る雪囲い、2階に袖うだつのある町家です。<br />

    イチオシ

    金丸家(下新町)

    泉鏡花記念館の向かいにある金丸家です。

    1階に庇下のサガリと格子窓を守る雪囲い、2階に袖うだつのある町家です。

  • お洒落な沢田医院(下新町)<br /><br />昭和初期の洋風建築です。<br /><br />窓まわりのタイルや、2階部分の壁飾りがお洒落です。<br />

    お洒落な沢田医院(下新町)

    昭和初期の洋風建築です。

    窓まわりのタイルや、2階部分の壁飾りがお洒落です。

  • カタニ産業の町家(下新町)<br /><br />1階は腰壁に羽目板を施し、格子窓があります。<br /><br />2階は全面窓に改築されていますが、出し桁造りの軒が当初の面影を残しています。<br />

    カタニ産業の町家(下新町)

    1階は腰壁に羽目板を施し、格子窓があります。

    2階は全面窓に改築されていますが、出し桁造りの軒が当初の面影を残しています。

  • 金箔工芸品のカタニ(下新町)<br /><br />創業110余年の金沢の老舗金箔メーカーです。<br /><br />ここでは金箔貼りの体験ができます。<br />

    金箔工芸品のカタニ(下新町)

    創業110余年の金沢の老舗金箔メーカーです。

    ここでは金箔貼りの体験ができます。

  • 朱塗りの町家「木倉や」(尾張町)<br /><br />真ん中の建物が「木倉や」です。<br /><br />商屋の離れとして建築されたもので、明治後期と推定されます。<br /><br />背の高い高二階形式の町家ですが、一階表の柱列は小庇の付いた玄関を含め前面に迫り出しており、塀のような表現となっていることが特徴です。<br /><br />二階の小庇を持つ出格子、一階の朱塗り壁が、中太の格子、軒の一文字瓦とあいまって粋な町家の風情を表しています。<br />一文字瓦葺とは、職人が一枚一枚寸法を合わせて仕上げていくやり方です。<br />

    イチオシ

    朱塗りの町家「木倉や」(尾張町)

    真ん中の建物が「木倉や」です。

    商屋の離れとして建築されたもので、明治後期と推定されます。

    背の高い高二階形式の町家ですが、一階表の柱列は小庇の付いた玄関を含め前面に迫り出しており、塀のような表現となっていることが特徴です。

    二階の小庇を持つ出格子、一階の朱塗り壁が、中太の格子、軒の一文字瓦とあいまって粋な町家の風情を表しています。
    一文字瓦葺とは、職人が一枚一枚寸法を合わせて仕上げていくやり方です。

  • 美しい格子の町家(尾張町)<br /><br />博多もつ鍋「龍」です。<br />

    美しい格子の町家(尾張町)

    博多もつ鍋「龍」です。

  • 天窓のある町家「旧石崎商店」(尾張町)<br /><br />明治20年頃の建築と推定できる町家で、極めて珍しい中土間型の間取りを採用しているため、中央に玄関を持つ特徴的な構えです。<br /><br />天窓から光を入れ、腕木、袖壁、黒の一文字瓦を用いた軒瓦等が、左右の出格子とあいまって、端正な佇まいを見せています。<br /><br />呉服店を営んでいた旧石崎商店を、お孫さんが焼き菓子とパンの店「favori(ファヴォリ)」として再生しました。<br />

    天窓のある町家「旧石崎商店」(尾張町)

    明治20年頃の建築と推定できる町家で、極めて珍しい中土間型の間取りを採用しているため、中央に玄関を持つ特徴的な構えです。

    天窓から光を入れ、腕木、袖壁、黒の一文字瓦を用いた軒瓦等が、左右の出格子とあいまって、端正な佇まいを見せています。

    呉服店を営んでいた旧石崎商店を、お孫さんが焼き菓子とパンの店「favori(ファヴォリ)」として再生しました。

  • 格子の町家「清水家住宅」(尾張町)<br /><br />明治後期の建築と推定され、高二階形式の町家です。<br /><br />雨除けを持つ一階出格子、外壁の黒漆喰と良く調和した重厚な二階軒腕木など、しっかりとした町家の表構えを持っています。<br />

    格子の町家「清水家住宅」(尾張町)

    明治後期の建築と推定され、高二階形式の町家です。

    雨除けを持つ一階出格子、外壁の黒漆喰と良く調和した重厚な二階軒腕木など、しっかりとした町家の表構えを持っています。

  • 重厚な「石黒傳六商店」(尾張町の大通り)<br /><br />福久屋石黒傳六(ふくひさやいしぐろでんろく)商店は現在石黒薬局を営み、嘉永5年(1852)の建物と考えられています。<br /><br />表構えは低二階建てで、大屋根は腕木構造、二階壁面は白漆喰塗で塗りごめ虫籠(むしこ)になっており、袖壁が付いています。<br />

    重厚な「石黒傳六商店」(尾張町の大通り)

    福久屋石黒傳六(ふくひさやいしぐろでんろく)商店は現在石黒薬局を営み、嘉永5年(1852)の建物と考えられています。

    表構えは低二階建てで、大屋根は腕木構造、二階壁面は白漆喰塗で塗りごめ虫籠(むしこ)になっており、袖壁が付いています。

  • レトロな看板「金澤コクヨ」(尾張町の大通り)<br />

    レトロな看板「金澤コクヨ」(尾張町の大通り)

  • 黒漆喰仕上げの「町民文化館」(尾張町の大通り)<br /><br />明治40年に金沢貯蓄銀行として建てられました。<br /><br />外観は黒漆喰仕上げの塗篭土蔵造り、内部は白漆喰仕上げの和洋折衷の様式です。<br /><br />現在、尾張町商店街が活用しています。<br />

    黒漆喰仕上げの「町民文化館」(尾張町の大通り)

    明治40年に金沢貯蓄銀行として建てられました。

    外観は黒漆喰仕上げの塗篭土蔵造り、内部は白漆喰仕上げの和洋折衷の様式です。

    現在、尾張町商店街が活用しています。

  • 高楼のある町家(尾張町)<br /><br />三階の高さがあり、市内の見晴らしが良さそうです。<br />

    高楼のある町家(尾張町)

    三階の高さがあり、市内の見晴らしが良さそうです。

  • 町家の料亭「寿屋」(尾張町)<br /><br />藩政末期の建築で、もとは羽二重問屋でした。<br />一部改造されていますが、二階の両袖にうだつを持ち、出桁を腕木で支える典型的な町家建築です。<br /><br />また、黒瓦の屋根面と三階を持つ落ち着いた重層性が、キムスコ(木虫籠、格子の割付が細かい出格子)や黒漆喰の正面意匠と見事に調和しつつ、藩政期の面影を残しています。<br /><br />江戸の末期から、明治、大正、昭和、平成まで、五つの時代の座敷が設けられています。<br />

    町家の料亭「寿屋」(尾張町)

    藩政末期の建築で、もとは羽二重問屋でした。
    一部改造されていますが、二階の両袖にうだつを持ち、出桁を腕木で支える典型的な町家建築です。

    また、黒瓦の屋根面と三階を持つ落ち着いた重層性が、キムスコ(木虫籠、格子の割付が細かい出格子)や黒漆喰の正面意匠と見事に調和しつつ、藩政期の面影を残しています。

    江戸の末期から、明治、大正、昭和、平成まで、五つの時代の座敷が設けられています。

  • 町家風の居酒屋「風和利」(尾張町)<br />

    町家風の居酒屋「風和利」(尾張町)

  • 路地裏にある石積みの基礎部分(尾張町)<br />

    路地裏にある石積みの基礎部分(尾張町)

  • 壺屋本店(尾張町)<br /><br />昆布巻きや魚の旨煮などの商品を販売しています。<br />

    壺屋本店(尾張町)

    昆布巻きや魚の旨煮などの商品を販売しています。

  • 雪囲いをした土塀(彦三町)<br /><br />敷地内に加賀藩士の「野坂邸」があります。<br />

    雪囲いをした土塀(彦三町)

    敷地内に加賀藩士の「野坂邸」があります。

  • 彦山緑地(彦三町)<br /><br />加賀藩士屋敷跡地に伝えられてきたツツジの名木を保存しようと開園されました。<br />

    彦山緑地(彦三町)

    加賀藩士屋敷跡地に伝えられてきたツツジの名木を保存しようと開園されました。

  • 浅野川沿いの料亭(尾張町)<br />

    浅野川沿いの料亭(尾張町)

  • 浅野川沿いの料亭(尾張町)<br /><br />「中の橋」からの眺めです。<br />

    浅野川沿いの料亭(尾張町)

    「中の橋」からの眺めです。

  • 旅館、料亭が並ぶ主計町茶屋街<br /><br />「中の橋」から上流側の眺めです。<br />

    イチオシ

    旅館、料亭が並ぶ主計町茶屋街

    「中の橋」から上流側の眺めです。

  • 玩具製造店(東山3丁目)<br /><br />「中の橋」を渡り、浅野川右岸を歩いています。<br />

    玩具製造店(東山3丁目)

    「中の橋」を渡り、浅野川右岸を歩いています。

  • 小橋<br /><br />昭和28年(1953)浅野川に架けられた「小橋(こばし)」です。<br /><br />ポニートラスと呼ばれる橋梁です。<br />

    小橋

    昭和28年(1953)浅野川に架けられた「小橋(こばし)」です。

    ポニートラスと呼ばれる橋梁です。

  • 此処は釜ごはん(彦三町)<br /><br />小橋を渡り、ウロウロしていて見つけました。<br />

    此処は釜ごはん(彦三町)

    小橋を渡り、ウロウロしていて見つけました。

  • 釜ごはん「鬼やしき」(彦三町)<br /><br />鬼が釜ごはんを炊いているのでしょうか??<br /><br />近くに、蕎麦処「鬼は外」、饂飩処「福わ家(ふくわうち)」、「お多福」など、鬼と福のお店がなぜか並んでいます。<br /><br />

    釜ごはん「鬼やしき」(彦三町)

    鬼が釜ごはんを炊いているのでしょうか??

    近くに、蕎麦処「鬼は外」、饂飩処「福わ家(ふくわうち)」、「お多福」など、鬼と福のお店がなぜか並んでいます。

  • 俵屋あめ(小橋町)<br /><br />金沢で一番古いあめ屋で、天保元年(1830)の創業です。<br />

    俵屋あめ(小橋町)

    金沢で一番古いあめ屋で、天保元年(1830)の創業です。

  • 町家造りの「俵屋あめ」<br /><br />軒先にぶら下がる木製の看板には、屋号「タ」、「米」「あめ」と書かれています。<br /><br />俵屋のあめの原料は良質の米と大麦です。砂糖がわたしたちの生活に入ってくる以前に、穀物の甘味を得た、先人の知恵と技が作り上げた飴です。<br />

    イチオシ

    町家造りの「俵屋あめ」

    軒先にぶら下がる木製の看板には、屋号「タ」、「米」「あめ」と書かれています。

    俵屋のあめの原料は良質の米と大麦です。砂糖がわたしたちの生活に入ってくる以前に、穀物の甘味を得た、先人の知恵と技が作り上げた飴です。

  • ブルーガイドパックの「俵屋あめ」<br /><br />かっちんの家にある昭和51年実業之日本社にて発行されたガイドブックの表紙です。<br /><br />国鉄から提供された写真ですが、今もこの景観と変わらず、金沢の古いものを大切にする文化に感激しました。<br />

    ブルーガイドパックの「俵屋あめ」

    かっちんの家にある昭和51年実業之日本社にて発行されたガイドブックの表紙です。

    国鉄から提供された写真ですが、今もこの景観と変わらず、金沢の古いものを大切にする文化に感激しました。

  • ディスカバー・ジャパンの「俵屋あめ」<br /><br />2014年に東京ステーションギャラリーで展示された「DISCOVER JAPAN展」です。<br /><br />昭和45年(1970)から始まった個人旅行客拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」のポスターに俵屋が登場し、旅行ブームの火付け役になりました。<br />

    ディスカバー・ジャパンの「俵屋あめ」

    2014年に東京ステーションギャラリーで展示された「DISCOVER JAPAN展」です。

    昭和45年(1970)から始まった個人旅行客拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」のポスターに俵屋が登場し、旅行ブームの火付け役になりました。

  • 飴の俵屋<br />

    飴の俵屋

  • はかり売りもできます(俵屋あめ)<br />

    はかり売りもできます(俵屋あめ)

  • 飴ん子(俵屋あめ)<br /><br />お土産に冬季限定「ココアねり」を買いました。<br /><br />口の中にココアの風味がとろける飴です。<br />

    飴ん子(俵屋あめ)

    お土産に冬季限定「ココアねり」を買いました。

    口の中にココアの風味がとろける飴です。

  • 看板建築のイヅミ薬局(安江町)<br /><br />金沢駅まで歩いている途中で見つけました。<br />

    看板建築のイヅミ薬局(安江町)

    金沢駅まで歩いている途中で見つけました。

  • 蔵屋敷の島永商店(瓢箪町)<br /><br />窓まわりの銅板が素敵です。<br />

    蔵屋敷の島永商店(瓢箪町)

    窓まわりの銅板が素敵です。

  • 瓢箪が大活躍!<br /><br />金澤表参道は瓢箪町なので・・・<br />

    瓢箪が大活躍!

    金澤表参道は瓢箪町なので・・・

  • 大きなやかん(金沢駅前)<br /><br />駅前のオブジェです。<br />

    大きなやかん(金沢駅前)

    駅前のオブジェです。

  • 富山湾の白エビ唐揚げ<br /><br />夕食は「東横イン金沢駅東口」近くの居酒屋「茜どき」を訪れました。<br />

    富山湾の白エビ唐揚げ

    夕食は「東横イン金沢駅東口」近くの居酒屋「茜どき」を訪れました。

  • のど黒塩焼きと寒ブリの刺身(居酒屋)<br /><br />金沢の旬の地魚を味わいます。

    イチオシ

    のど黒塩焼きと寒ブリの刺身(居酒屋)

    金沢の旬の地魚を味わいます。

  • 揚げ物(居酒屋)<br /><br />どれも美味しくいただきました。<br /><br />今日は雪の降る金沢の町並みを歩くことができました。<br /><br />明日は金沢の港町「金石」へ向かいます。<br />

    揚げ物(居酒屋)

    どれも美味しくいただきました。

    今日は雪の降る金沢の町並みを歩くことができました。

    明日は金沢の港町「金石」へ向かいます。

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