2016/12/17 - 2016/12/17
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地酒大好きさん
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今日は豊田市牛地町(旧旭村)の駒山(855m)に登ってきました。矢作(やはぎ)第一ダムがある奥矢作湖の近くの山です。湖の対岸は岐阜県恵那市串原(旧串原村)になります。2009年と2010年の2回登っており、頂上には小馬寺(こまでら)という室町時代に建てられた寺があります。当時の物流と農耕の中心であった馬の無病息災に霊験あらたかな寺としてあがめられ、往時はにぎわったと言われています。ところが、この由緒ある寺も今では打ち捨てられており、廃寺となって長い年月が経っているようです。
愛知県と岐阜県の県境が奥矢作湖を通っていて、駒山はかろうじて愛知県になります。湖岸道路を走りますが、途中民家はありません。相走橋(あいはしりばし)という橋のたもとが登山口となります。ここだけには2軒の民家があり、最初の登山時には民家の庭の手入れをしていた高齢の男性に登山口の場所を聞いたものです。ところが、今は2軒とも廃屋になっており、時の経ったのを感じました。車を止めるスペースがあるので、そこに止めました。他には車がありません。わたしが一番乗りのようです。
実はこの山は『愛知県の山』(山と渓谷社)の初版本に載っていたのですが、最近の版では駒山は除外されています。そのため登る人が減ったものと思われます。鉄塔巡視路を始めは歩くため、登山道は整備されています。鉄塔を過ぎると道は荒れてきて、倒木が多くなります。「駒山」という案内板は皆無で、古い赤いテープを頼りに歩くしかありません。粉雪が舞っています。展望の利かない杉の人工林を延々と歩いて、頂上の小馬寺に着きました。リスが道に現れて驚いて高い木に一気に登って行きました。本堂に近づくと足元から急に大きな鳥が飛び立ち驚きました。全長が125㎝もあるヤマドリのオスです。運がよく、この鳥を見るのは今年はこれで2回目です。以前にも崩れた本堂を見ましたが、今回はそれがさらに朽ちていて原型をとどめません。隣の庫裏(くり。寺を守る人の住まい)も建物はありますが、内部は荒れており廃墟となっています。大きな庫裏で昔は多くの人が住んでいたと推測されます。どうも不気味な雰囲気で気持ちが落ち込みます。落書きがたくさん書いてあり、古いものは昭和46年というものがありました。1970年ごろですから、すでに40年以上前には廃寺になっていたようです。
すぐ近くに頂上があるので行ってみました。頂上の写真を撮っていると、物陰でごそごそと音がします。登山者か、またはイノシシかと思って緊張して近づいてみると、ニホンカモシカでした。人懐っこくて逃げません。じっとこっちを凝視しています。しばらく見つめ合っていましたが、カモシカはくるっと向きを変えて去っていきました。カモシカを見るのも今年はこれで2回目です。リス、ヤマドリ、カモシカと、ひと気がないので動物天国のようです。ミソサザイもところどころで見ることができました。
本堂を去って反対側の登山路を下ると、山門があります。これも最初に来た時にはすでに崩れかかっていましたが、精巧な造りで打ち捨てておくのはもったいないくらいでした。今日は崩壊がさらに進んで、大地震がくれば倒壊しそうで近づくのは危険です。素早く通りすぎましたが、階段があるのを見つけて上ってみたくなりました。恐る恐る建物内に入って階段を慎重に上がります。2階に近づくと床が腐って抜けていました。へたに歩くと床が抜けて高いところから落ちると危険です。石橋をたたいて渡るように、慎重に足を運びました。階段の最上部から先は床がまったくなく、それ以上は進めません。仏像を安置してある場所らしきものがありましたが、近づけません。写真だけを撮って引き返しました。2階も落書きだらけでした。山門の外には古い仏像が転がっていました。だれも手を入れないようです。本来なら県か市が保存すべき建物群ですが、惜しいことです。
下山路は舗装された林道を下ります。一般車は通行止めで走ってはいませんが、コンクリートミキサー車が時々排ガスと砂埃をまき散らして走ります。本来の登山道は林道終点からは細い山道を下りますが、今は林道終点からさらに新しく造られた舗装道路が別の方向に伸びています。その急坂をミキサー車が下りていきます。何をしているのか興味がわいてその後を追いかけました。すると巨大な堰堤(えんてい)が見えてきました。細い沢が流れているだけの谷筋にこんな巨大な堰堤が必要か疑問に思わせるようなものです。さらに100mぐらい下ると2つ目の堰堤を建設中でした。これも巨大なもので重機が何台か稼働していました。巨大なクレーン車を操作している運転手に話しかけました。彼も、こんな巨大な堰堤が必要かは分からないと言っていました。一般の人眼にはつかない場所でこんな工事が行われています。堰堤は土砂や水を一時ためておくダムですが、数年でほとんどが土砂に埋まってしまい、流れる土砂や水をそのまま流してしまうので、存在価値がなくなります。関係の本を読んだことがありますが、専門家は日本の堰堤のほとんどは無くてもすむムダな建造物だと言っています。この沢の200m~300m先はすぐ奥矢作湖で、民家も耕作地もないところに堰堤は必要ないと思います。沢の流れの量と比べるとその巨大さには驚きです。
車にもどると、湖の対岸(恵那市側)にコテージのような建物が5棟ほど見えました。同じ形の建物ですから、キャンプ場でもあるのかと思って行ってみることにしました。こぎれいなコテージで、壁には「ふるさとコテージ」と書いた看板が張り付けてありました。廃屋が多い集落で犬を連れた高齢女性に会ったので、コテージについて尋ねてみました。恵那市が経営する貸別荘のようです。帰宅して調べてみると、1年契約で年間432,000円で借りられるようです。月の家賃が36,000円で借りられるなら安いかなと思いました。5軒のうち2軒には人が住んでいるようでした。でも冬は寒くて道路が凍結するので夏しか住めないのではと思いました。今日も下山するまでずっと粉雪が舞う寒い日でした。
今日この山に登ったのはわたし一人だけでした。物好きは他にはいないようです。歴史マニアや廃墟マニアの人はぜひどうぞ。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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登山口があるのは、豊田市牛地町(旧旭村)の奥矢作湖(おくやはぎこ)の南のほとりです。奥矢作湖は愛知県と岐阜県の県境がはしっています。
登山口近くには、他の集落と遠く離れた民家2軒があります。最初に登った2009年には、登山口を尋ねるために民間の庭で手入れをしていた住民と話をしましたが、今日訪れてみると廃屋になっていました。時の過ぎるのを実感しました。豊田市といってもここは超過疎地です。 -
登山口には駒山の案内表示はありません。全行程を通して案内表示はなく、登山ガイドブックを見ない人にはここにその山があることすら分かりません。
幸い途中までは中部電力の鉄塔巡視路にもなっていて、登山道は整備されて歩きやすくなっています。
鉄塔巡視作業は人手、時間、お金がかかるため、ドローンに代替させる方向に向かっています。これなら遠方から操作できるため、わざわざ山道を歩く必要はなく、巡視路も必要なくなります。道は荒れてくるでしょうね。 -
鉄塔を過ぎると登山道は整備されていなく、このように倒木があっても撤去されません。
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進むにつれて倒木が多くなります。突然枯れ木が倒れてきたリ、頭上から枯れた大枝が落ちてきたりすると危険です。
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案内表示がないので、ピンクのテープが唯一の目印です。中央ちょっと右の杉の幹に巻いたテープが分かりますか?
テープも古くなっており、落ちてしまっているものも多くありました。自分が巻きながら歩くのが後に続く人にも親切なのですが。 -
こういうような二股に分かれるような道では、どちらへ進んでいいのか迷います。この場合は右が正解でした。
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頂上近くになると建物が見えてきました。よく見るとかなり傷んでいます。これは庫裏(くり。寺守が生活した住居)跡です。
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隣にある本堂の小馬寺は完全に崩壊して朽ちてきています。7年前はもうちょっと姿をとどめていました。
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左が本堂跡、右が庫裏です。
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違う方向から見ました。手前が朽ちてきている本堂で、奥が庫裏です。庫裏はかなり大きな建物です。
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静まり返った庫裏の内部に入ってみました。広い部屋がいくつかあり、そのうちの一つがこの部屋です。竹が内部に入り込んで生えています。
クマでも冬眠していたら危険だと思って早々に出ました。 -
すぐ近くの駒山山頂です。
この写真を撮っていると、どかかで落ち葉を踏んで近づいてくるものの気配がしてギクリとしました。他の登山者か、クマか、イノシシか? -
その方向を見ると、なんとニホンカモシカでした。視力が弱いため、こちらを凝視しています。しばらく見つめ合っていましたが、くるりと向きを変えて去っていきました。ひと気がないので、安心して住んでいるようです。
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すぐ近くから大きな音がしてヤマドリ(♂オス)が驚いて飛び出しました。わたしも驚きました。この図鑑の下の長い尾を持つ鳥です。めったに見ることはできません。
リスも現れてくれました。今では動物天国になっている静かな場所です。 -
別の道を下って下山することにしました。すると山門が見えてきました。かなり傷んできています。7年前に来た時にはもっと姿をとどめていました。
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山門の全体写真です。どっしりした荘重な建物だったことが窺えます。でも後ろの半分は崩落しています。
大地震が起きて崩壊すると危険なため、素早く通りすぎました。 -
しかし、気になったのでもどって建物をよく見ると、階段がありました。一度内部に入ってどうなっているのか見たくなったからです。
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慎重に階段を上がり、踊り場に来ると床に穴が。床が抜け落ちていて、下が見えます。怖くなり、下手に歩くと危険です。慎重に慎重に足を運びます。
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階段を登り詰めると、その先は完全に落ちてなくなっていました。これ以上は進めません。
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遠くから仏間を撮影しました。手前下には賽銭箱か?
今は仏間までは行くことができません。これがいつまで残るのかも分かりません。 -
2階から下りて、外から建物を観察します。このように芸術的に精密に作られたりっぱな建物です。
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別の部分の写真です。手が込んだ建物です。
県も市も保存活動をしていないようで、朽ちるままに放棄されています。貴重な文化財が失われてしまうのは残念なことです。 -
山門の裏にはこのように打ち捨てられた石仏がありました。このように多くの仏像が見られます。
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「坪崎村 安藤兵蔵」と彫った石仏です。安藤兵蔵さんが寄進したものでしょう。
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このあと、林道を下山することにしましたが、林道沿いにも石仏が多く見られました。年代が経っているので傷んでいるものも見かけました。
その前の林道をコンクリートミキサー車が排ガスと砂埃をまき散らしながら疾走していきます。一般車を締め出した林道をどこに走るのか後を追ってみることにしました。 -
登山道は途中で終わる林道終点から、本来の細い山道に入ります。
しかし、過去には見なかった新しい舗装道が別方向に伸びていて、その急坂をミキサー車が下りていきます。その舗装道を下っていくと、巨大な堰堤(えんてい。砂防ダムとも呼ばれる)が見えてきました。高さは20m以上はあるものです。なぜこんなところにこんなものが? -
その堰堤の下(しも)から撮った写真です。沢が流れていて水量はわずかです。これだけの水流を管理するために巨大な堰堤が完成していたのです。
さらに100mぐらい下ると第二の堰堤が建設中で、これも巨大な規模です。重機が何台も稼働していました。巨大クレーン車の運転手が、ここは立入禁止だと声をかけてきました。そこで、わたしがこんな巨大な堰堤が必要ですか、と聞くと、彼は自分はそんなことは分からないと答えてきました。工事業者には規模が大きければ大きいほど都合がいいものです。
一般の人を入らせないで、こんな工事が行われています。堰堤は大雨の時などに土砂や流れを一時溜めておいて流れを一定にする役目があります。しかし、ほとんどの堰堤は土砂が溜まってしまって完全に働きを失っています。大雨時にはそのまま流れてしまいます。
下流に耕作地や民家があれば必要ですが、すぐ下は奥矢作湖で大雨が流れても心配ありません。ムダな堰堤だと思います。全国にこのようなムダな堰堤が過去の一時期に一斉に建設されたことがありました。何があったのでしょうね。そのほとんどが今では役立たずになっていると専門書で読みました。 -
さて、下山して奥矢作湖の対岸(岐阜県恵那市)を見ると、同じ形の別荘らしき建物が5棟見えました。キャンプ場でもあるのかと思って、調べに行ってみました。
建物の横壁には「ふるさとコテージ」の看板があり、散歩する近くの住民に聞くと、恵那市が経営する貸別荘とのことでした。2棟は人が住んでいるようでした。
帰宅して調べてみると年間契約で家賃は年間で432,000円とのことです。でも冬季は寒いので路面凍結や積雪があり、住めるのはそれ以外の時期だけですね。
今日は一日粉雪が舞う寒い日でした。
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