2016/11/02 - 2016/11/06
2位(同エリア24件中)
尖椒土豆絲さん
- 尖椒土豆絲さんTOP
- 旅行記30冊
- クチコミ0件
- Q&A回答6件
- 72,306アクセス
- フォロワー19人
中国出身の仕事関係の知人が贈呈してくれた“走遍中国”全4巻を眺めていると、ワクワクドキドキで魅力的な三国志関係の史跡がいっぱい掲載されています。
行きたいなぁ~行きたいなぁ~と思っていたところ、グッドタイミングで会社から休日出勤の代休取得を促されました。
早速、春秋航空HPをチェックしてみると・・・手頃な武漢行きチケットの存在を確認、これは行くっきゃないでしょう!!
という訳で、様々な人達の旅行記等を参考にして古城・史跡巡りに突撃、暢游して来ました~!
魅力たっぷりの様々な湖北省の史跡群、私たちと一緒に旅をしましょう。
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ出発!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
東京成田空港第3ターミナルの春秋航空国際線カウンターは、団体と個人に区別された分かりやすい仕組みになっていました。
爆買い中国人の長い行列を横目に、早々にチェックインを完了です。
日本人は殆ど見当たらず、機内はどんな状況になることやら・・・
フードコートで長崎チャンポンを食べて、イザ!出国です。 -
LCCの春秋航空の機内食は有料です。
機内販売されていたスーパードライ500円を購入、朝から( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!
缶ビールと機内販売メニューを並べて・・・・・・高いよね?
仕方ないよね、片道7,000円の安価フライトだもんね~! -
東京成田国際空港から武漢天河国際空港までのフライトは約5時間。
アテンダントの導きで、機内体操で身体をリラックス・リラッス!(^^)!!
一気に大陸に乗り込みます。 -
武漢天河国際空港は大規模改修工事中で、新ターミナル完成間近です。
到着した国際線ターミナルから国内線ターミナルまで移動しなければなりません。
しかし、心配は要りません。
ターミナル間を結ぶ無料シャトルバスが運行されています。 -
乗るか否か?
とはいえ、国内線ターミナルまでは徒歩で5分程。
天気もいいことだし・・・歩いて行きましょう!!! -
まずは軍資金の確保をしなきゃ!
国内線ターミナル出発ロビーの中国建設銀行ATMから人民元を引き出します。
今日のレートは、1元=16.11円でした。
人民元入手は両替所利用ではなくATM利用に限ります。 -
さてさて、今回の旅行の最初の目的地 襄陽行きの高速バスチケットを買わなきゃ!
地方都市への多数の直通リムジンバスが有り、とっても利用価値大です。
次の襄陽行きは14:50が有るようです。 -
集票処に行って襄陽二張と紙に書いて服務員さんに提示します。
“▼◆◇▽●◎”と言われながら目的の切符をGetです(^ ^)。 -
14:50発の襄陽までの高速バス切符(136元)です。
-
定刻より約10分遅れで襄陽行き高速バスが入線です。
あれれ??? 既に人の姿が見えます。
どうやら空港始発ではなく武昌発 空港経由 襄陽行きの高速バスです。
さあ、今から4時間の移動です。 -
高速道路(福銀高速)を襄陽に向かって爆走、やがて太陽が西の地平線に近づき、夕闇が迫ります。
日本で地平線を見る機会が少ない私達にとって、中国大陸の広さを感じる瞬間です。
何て美しい夕陽なんだろう・・・感嘆です。
何て素晴らしい落陽なのだろう・・・感激です。
そして何て幻想的な太陽なのだろう・・・感謝です。 -
空港から約4時間、襄陽長途汽車站では無く、襄陽火車站に到着です。
中国の火車站は何処も大きいなぁ~ -
さあ、襄陽火車站は襄陽市を東西に貫く漢水の北岸側に有ります。
南岸の襄陽古城側まで駅前から1路バス(2元)で移動です。
21:30が最終バスのようです。 -
街の地名を調べてみると・・・樊城市と襄陽市が合併して襄樊市になり、後に襄陽市に改名されました。
ここは後漢末期、劉備軍の関羽と曹操軍の曹仁によって行われた荊州争奪戦の主戦場の一つでもあります。
今回、我家が興味を持つのは、南岸側の襄陽古城です。
どんな街が残っているのだろう・・・ワクワク・ドキドキ(●^o^●) -
襄陽四中バス停で1路バスを降車、今夜お世話になる襄陽川恵大酒店(268元 朝食付き)に無事にチェックインです。
-
小休止の後、ホテル近くの食事処で晩餐会の開始です。
注文した単菜は、我家定番の尖椒土豆絲・香魚木耳肉絲・花炒飯の3品。
無事に襄陽に辿り着き安心・安堵、金龍泉ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!
腹ごしらえしたら襄陽古城の夜景観賞に出発です。 -
最初に向かったのは昭明台という鐘鼓楼です。
鐘鼓楼内には襄陽博物館が入っています。
この時間は閉館中で登楼出来ません。
明日の楽しみに取っておきます。 -
昭明台を潜り抜け、北街を暢游しながら振り返ると・・・
綺麗だなぁ~古城のライトアップ・・・(●^o^●) -
更に北街を北上、石牌坊も潜り抜けます。
す・る・と・・・!!! -
漢水を前に建つ小北門(臨漢門)に思わず・・・うっとり・・・
-
古城壁に沿って西へ散策すると、北東角に夫子城が見えて来ます。
-
古城北側の漢水を隔てた対岸には、高層ビル群の夜景が輝いています。
さあ、ホテルに戻って明日に備えなきゃ!
長い移動だった旅行初日の11月2日が終わろうとしています(晩上好)。。。。 -
11月3日が始まりました(早上好)。
流石に4ツ星★★★★ホテル、湯麺・目玉焼きを目の前で調理してくれます。
朝から食欲旺盛な我家は、お腹を十二分に満たして超満足です。 -
さあ、今日も暢游するぞ!!!
辺り一面、濃霧に覆われています。
天気予報では晴れるはずなのですが・・・
先ずは昨日降車した襄陽四中バス停から512路(2元)で終点の古隆中へ向かいます。 -
乗車約30分、終点の古隆中バス停に到着です。
目の前の景区入口は閉鎖され、新しく出来た入場口まで車道を歩くことになります。 -
古降中の門票(80元)です。
諸葛亮で町興しを狙っているだけあって高い・高い・・・
しかし三国志ファンとしては どうしても訪れたい憧れの場所なのです。
劉備が諸葛亮を軍師として招く為に3度訪れたという故事“三顧の礼”で有名な場所です。 -
古隆中景区に入場です。
清朝時代に建てられた三顧堂・武侯祠・三義殿・草廬亭・抱膝亭・六角井戸等が点在しています。 -
有料の移動電気カートが巡回しています。
一人20元です。 -
誰も乗っていません・・・
さあ、歩きましょう!!! -
景区最初に古隆中牌坊が現れます。
古降中の看板的存在です。
何とも厳かな雰囲気です。
現在でもよく使われる“三顧の礼”という言葉がこの場所で生まれたんだ・・・と思うと感無量です(*^^)v -
諸葛亮が農耕に従事していたという遺跡“躬耕隴畝”です。
孔明はこの地で晴耕雨読の生活を送り、“臥龍”と呼ばれていました。 -
小虹橋です。
劉備が諸葛亮の岳父・黄承彦と会った場所です。
最初、劉備は黄承彦を諸葛亮と勘違いしてしまいます。 -
抱膝亭です。
諸葛亮や徐庶ら名士達がここで膝を抱えて談義した場所だそうです。 -
隆中書院の階段を上がると・・・若き日の諸葛亮像が立ってます。
元朝時代に、広徳寺の書院がここ隆中に作られた為、隆中書院というそうです。 -
武侯祠に到着です。
-
諸葛亮像です。
羽扇を手にした馴染みのポーズです。
賽銭箱が置かれていて、既に“神”状態です。 -
三義殿には有名な桃園の誓いの絵が飾られています。
左から張飛・劉備・関羽です。 -
三顧堂です。
魏国劉備が三顧の礼をつくし、諸葛亮が“陸中対”を打ち出した記念堂です。
劉備達は、諸葛亮を迎える為、こんな山中まで3回も足を運んだんだ・・・
大変だったろうに・・・ -
諸葛亮が劉備に“陸中対”天下三分の計を説いています。
荊州・益州を獲り、北の曹操・東の孫権と対抗する第3の勢力となることを唱えました。 -
傍らでは関羽と張飛が、劉備と諸葛亮の話を聞いています。
こんな若造に何故???・・・なんて思っていたことでしょう!!! -
広大な古隆中景区の奥には中仙山に建つ上騰龍閣楼までの登山が待ち受けています。
我家は時間的にパスですが、時短手段として滑道が設置され、一気に山頂に上がれるようになっていました。
但し往復50元・・・高い!!!
さあ、襄陽古城散歩をすべく、512路で中心部へ戻ります。 -
襄陽古城へ戻った頃には霧が消え、青空が眩しくなって来ました。
嬉しいなぁ~(⌒▽⌒)
北街から襄陽古城の中央に建つ鐘鼓楼の昭明台を見上げます。
昭明台は元々南朝梁代時期に作られました。
抗日戦争時に襄陽は陥落し鐘鼓楼は損壊しています。
残った台座も1973年の長雨で崩壊、50m程北側に移動して再建されています。 -
昭明台内の襄陽博物館の門票(免費)です。
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昭明台集票処横に設置されている古城全図です。
護城河いわゆる堀と北側の漢水に囲まれた堅固な城壁の街です。
2000年以上の歴史を持つ古城で、現存する城壁は明清時代に修築されたものです。
古城壁は正方形で、高さ約8m・一周7.5kmあり、古城内の面積は3.6k㎡にも及びます。 -
博物館に入ると、沢山の歴史的豪傑・英雄達が目に飛び込んできます。
中央に後述する韓夫人が立っています。 -
鐘鼓楼から古城の北側を俯瞰します。
北街に続く小北門(臨漢門)が遠望できます。
古城には全部で6錬の門が有ります。
大北門は洪辰門・東門は陽春門・東長門は震華門・西門は西成門・南門は文昌門と呼ばれています。 -
その北街はレトロ風建築物で景観整備されています。
襄陽古城の城内の通りは南北街が中軸線となっており、東西街と鐘鼓楼で交差、碁盤状の建築構造になっています。 -
昨夜も潜り抜けた石牌坊です。
-
更に北街を北上して行くと・・・
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青空を背景にドンと構えた小北門(臨漢門)が鎮座しています。
昨夜の夜景とは、また違った美しさ・雄大さを感じ取れます。
何て大きな史跡なんだろう・・・ -
小北門の門票(5元)です。
さあ城壁に上がってみましょう。 -
小北門から漢水の渡し舟の発着場と対岸の高層ビル群を傍観です。
樊城側は建築物の高さ制限が違うようです。 -
同じく小北門から古城内を振り返ります。
先ほど登った鐘鼓楼の昭明台が見えています。 -
我家のニーズを満たすべく、青空の下に連なる古城壁に暫く感嘆です。
-
城壁大好き我家の感動のポーズです。
イエイ~!(^ ^) -
北東角楼の夫人城まで散歩して来ました。
小北門を振り返ると・・・悠々の歴史を刻んだ中国を体感です。
素晴らしい城壁だなぁ~! -
城壁の北西隅には“夫人城”と呼ばれる角楼が有ります。
怖い顔の韓夫人像が北側を睨みつけています。
東晋時代末に梁州刺史朱序の母親“韓夫人”ら女性達が城壁を二重構造にして、前秦軍の攻撃から城を守護したことに由来するそうです。 -
城外から小北門(臨漢門)を見上げます。
外敵は漢水側からこの城門を見上げて何を思ったことでしょう・・・。 -
古城壁に沿って東へと散歩します。
辺り一面は、最近、臨漢門公園として整備されています。
芝生でゴロゴロしたいよね! -
洪辰門と呼ばれる大北門ですが、古城内東側から登城できます。
大北門甕城(甕城は半円形・方形の防御壁)は高さ6m・幅は22.8m、奥行は10.75m有ります。
東・西・南にアーチ状の門を備え、東西の門には2つの防水扉も有ります。
漢水に面した大北門甕城は、堅固な防水堤でもあり、水害が発生した場合、扉を閉めて封鎖することが出来る構造になっています。 -
大北門上から漢水と樊城側を眺めます。
・・・??? 泳いでいる人が居る・・・ -
大北門を後に城内へ向かいます。
荊州街と言うレトロに作り直された街並を眺めながら散歩は続きます。 -
さあ、旅の楽しみ昼餐です。
いつもの定番の尖椒土豆絲・水餃・麻婆豆腐を注文、超爽ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!(^^)!
珍しく若い服務員の女性が、“Where do you come?”と英語で聞いて来ました。
私達は笑顔で“JAPAN”と即答です。 -
昼餐後、最初に向かった暢游地点は南街沿いの焦楼です。
しかし・・・修復工事中で暢游出来ません( ;∀;)
まあ、こんなことも有るさ!!! (´-ω-`) -
次に向かった先は襄王府(門票25元)です。
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襄王府の緑影壁は、北京の北海公園・山西省の大瑠璃の九竜壁と共に中国壁影三絶と言われています。
明朝時代の襄陽王府門前の照壁で、15世紀中頃に造られました
緑影壁は3つに分けられていて、全長26.2m・高さ7.6m・厚さ1.6mと大きく頑丈に作られています。
不規則な明礬の浮き彫りで壁全面に99匹の龍が刻まれた芸術品なのです。 -
緑影壁を背にして散策です。
大雄殿に入ってみると・・・ -
清朝時代の襄陽古城地図が有ります。
歴史に感じ入って、暫くタイムトリップです。
東北各楼の長門楼が記されています。
漢水側は、かなり堅固な要塞だったことが分かりますね。 -
襄陽古城南東角の仲宣楼と王仲宣像です。
竹林の七賢の一人である王粲(字は仲宣)を記念して建てられました。
王粲は193年、董卓の乱を避けるために襄陽の劉表を頼り、その後、208年に曹操に仕えました。
襄陽城に居る間の15年間、とても重用された人らしいのです。 -
古城壁に上がってみると、新婚さん?の記念撮影が行われていました。
LOVE LOVEです。
見ている私達が照れてしまいます。 -
免費の仲宣楼古城壁上から護城河を見下ろします。
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東城門に繋がる城壁です。
城内の法面にはレンガが有りません。
そのまま東城門まで散歩出来ます。 -
東城門から城外に出てみると、護城河に守られた古城を見渡せます。
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さあ、これで襄陽古城暢游は終了です。
襄陽四中バス停から襄陽火車站へ向かいます。 -
直ぐに火車站行きのバス1路(2元)が来ました。
-
漢水を渡る途中、漢江大橋の上から襄陽古城北東角楼が見え、バスの車窓越しに慌ててシャッターを切りました。
この城門楼は東長門といい、北の城壁は漢水に面していて門が無く、南壁は焦枝鉄道を建設する際に取り壊されたそうです。 -
襄陽側から樊城側へ渡る漢江大橋は、夕方日没前の為か大渋滞。
この後、荊門に向かう長途バスが、どのルートを走行して襄陽側に漢水を渡り返すのか? が分からず、セオリー通りに樊城側の長途汽車站を目指します。 -
終点の襄陽火車站で1路バスを降車、襄陽長途汽車站まで10分ほど歩きます。
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闇夜が迫る襄陽長途汽車站です。
事前調査の最終便18:30発を狙います。 -
襄陽から荊門まで42元のチケットです。
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荊門行きの長途バスに乗り込みます。
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長虹大橋で漢水を襄陽側に渡り返した長途バスは、長虹南路を南下、途中まで一般国道207号線の旧道を走ります。
襄陽古城の南城門から500mほど南の勝利路と環状東路の交差点で人々が途中乗車してきました。
長途汽車站へ行かずに、襄陽古城周辺で途中乗車をするのなら、南城門近くのこの場所です。
途中の街々で、人を乗せたり降ろしたりしながら、約3時間後の21:30頃に荊門長途汽車站に到着です。
あ~疲れたよ~ (´-ω-`) -
バスを降車し、早速荊門長途汽車站前の食事処で晩餐です。
炒飯・青椒肉絲・尖椒土豆絲を注文、龍金泉ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!
ここでも“那里?”の質問が来ました~。
最近、この那里の声音が耳に入って来るようになりましたね。
返答で“リーベン”と言っても発音が悪いのか上手く伝わりません。
結局は紙に“我日本人”と書きます。
皆さん、いつもと同じでビックリアクション、驚き状態です(●^o^●) -
長途汽車站から徒歩10分程の荊門柏景酒店(248元 朝食付)に無事にチェックインです。
襄陽古城に魅了された11月3日が終わろうとしています(晩上好)。。。。 -
11月4日が始まりました(早上好)。
柏景酒店前には荊門古城の護城河が流れています。
煉瓦で両岸を固めた護城河を南大路がまたぐと・・・ -
荊門古城を守る鳳鳴門が鎮座しています。
しかし、今日の目的は、ここ荊門古城では有りません。 -
それに、城門のみで、連なるべき古城壁は残っていません。
さあ!移動!移動! さっさと移動! 隣の鐘祥市にある世界遺産 明顕陵を暢游するのだぁ~!!!! -
昨夜夜更けに到着した荊門長途汽車站です。
鐘詳市の明顕陵へ行くには、ここから発車する長途バスに乗らなきゃ! -
荊門汽車站発の長途バスの時刻表をチェック!!
今日は明顕陵を暢游した後は、直接、鐘詳から沙市(荊州)に向かう予定です。
しかし・・・もしも鐘詳から沙市(荊州)行きの直通長途バスが無い場合を想定します。
その場合は、ここ荊門に戻り、沙市(荊州)へ行くことになります。
沙市(荊州)行き長途バスの最終時刻もチェックです。
掲示では15分毎に出発、18:00発が最終です。 -
直接、鐘詳から沙市(荊州)に行けない場合は、この18:00の最終バスに間に合うように戻って来なければなりません。
-
鐘詳行きの長途バスは、10分に1本と頻繁に走っています。
早速、鐘詳へ移動です。 -
鐘詳行き切符(16元)です。
-
舗装工事が多く、鐘詳長途汽車站まで約90分かかりました。
時計は11:10を指しています。
汽車站の服務員の方々に、明顕陵の行き方を聞くも、“○▼○×○◇◎●”と言われ理解不能。 -
紙に書いてもらうと・・・
長途汽車站から王府大道を15分ほど南に歩いた承天東路の技術監督局バス停から6路バスに乗れとのことです。
早速散歩です。
技術監督局バス停で待つこと5分、6路バスは来ました~ (*^^)v -
車内に掲示されていた6路バス(1元)の運行図です。
どうやら漠愁湖を左回りする路線のようです。 -
美しい漠愁湖畔を6路バスは軽やかに滑る様に走ります。
気持ちイイなぁ~ -
ところが、6路バスは終点の明顕陵まで行かずに、湖畔の明顕陵・漠愁村バス停でストップ!
運転手さんが、“▼○×○◇◎●”と叫んで遥か彼方を指差しています。
どうやら運行路線に変更が有ったようで、“明顕陵は向こうへ歩け“とでも言っているようです。
タクシーも三輪バイクも居ません。
仕方ない!歩くぞ! -
散歩途中、8月22日にオープンした漠愁村というテーマパークに遭遇。
明顕陵を含むこの辺り一帯を、大規模開発して大々的に売り出そうという魂胆でしょうか?
中には美食街が有るようで、結構賑わっているようです。 -
テーマパークをやり過ごし、バス停から歩いて歩いて、今日の目的地の明顕陵が外明池越しに見えて来ました。
時計は12:00丁度を指しています。
さあ、暢游するそ! -
明顕陵図を確認、いよいよ世界遺産に突撃です。
ここ明顕陵の建築様式は、北京郊外の明十三陵に倣っていて、独特の風格を持っています。
実際、他の多くの明陵墓よりも規模が大きく、中国中南地区唯一の明陵です。
それで“中国明代の十五陵”と呼ばれたりするのですねヾ(@⌒ー⌒@)ノ -
70元の門票です。
流石に世界遺産に登録されただけ有って高い! -
新大紅門から明顕陵に入ると・・・
-
やがて大紅門が見えて来ます。
明顕陵の敷地面積は136ha、周りは高い堀に囲まれ、皇城とも呼ばれています。
築造は明の正徳14年(1519年)から始まり、21年余りもかけて嘉靖19年(1540年)に竣工しました。 -
碑楼です。
最近修復工事が終わり、叡功聖徳碑楼という元の姿に戻りました。 -
碑楼を潜ると真っ直ぐに延びる神道が現れます。
皇帝権力を象徴する望柱と12対の石像生が配されています。
そして、その向こうに顋星門が見えて来ました。
何だか滑走路みたい・・・引き込まれそうで嬉しいです ヽ(^o^)丿 -
顋星門を潜ると、直線だった神道が途中から曲がりくねった神道へと変わります。
これが、明顕陵特有の“竜形神道”と呼ばれている神道です。
嘉靖皇帝自らが確立した“昭穆体系の思想”を体現したものと言われています。 -
隆恩門前の内明塘という池の向こうに明楼と墳丘陵墓が見えます。
アレレ??? この位置から明楼が見えるなんて何か変ですよね?
変です、変わってます、何だろう?
そうです、隆思殿が無いのです。 -
明朝末期の李自成の乱で、農民蜂起軍が焼き払ってしまいました。
あ~何てことを・・・
農民には蜂起しなければならない理由が有ったのでしょう。
今では廃墟となっていますが・・・これも一趣かな?と感じています。 -
長い年月が史跡を風化させています。
-
修復・再建されていない部分は、地中海ギリシャの遺跡を思い起こさせます。
とは言え、地中海どころかヨーロッパに行ったことが無いのですけどネ・・・(^0_0^) -
明顕陵は、明12代嘉靖帝の父である興献帝と生母・章聖皇太后の合葬墓です。
明楼を見上げながら進みます。
ん~他の明清陵慕同様に重厚な作りです。 -
瑠璃照壁です。
しっかり保護され、現在でも優美さを放ち続けています。 -
明顕陵は鐘祥市東北の純徳山の麓に位置しています。
他の陵墓と異なるのは、前後二つの宝頂で形作られているという点ですね。
そうなのです、ここは合葬墓なのです。 -
さあ、宝頂一周散歩の後は、鐘祥から沙市(荊州)への移動です。
時間短縮および体力消耗防止を兼ねて、電動移動カートを使うか否か・・・ -
やっぱり我家は歩きですね。
-
新紅門から往路と同じ道を歩いて歩いて、先ほど降車した漠愁湖バス停に戻ります。
待つ間も無く、左回りの6路バス(1元)が来ました。
ラッキー(^ ^) -
技術監督局バス停で降車、鐘祥長途汽車站まで歩く途中で昼餐です。
天気が良くて暑い為、路上で昼餐できそうな店を探します。
早速、雰囲気の良いオープン的な食事処を発見です。
やったね!!!! -
早速、干鍋包菜・干扁土豆絲・炒麺を注文、燕京ビールで乾杯!( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!
気温が上がり、冷えたビールと辛い料理がマッチングします。
暫くすると、やはり来ました~那里?
我日本人と紙に書くと大騒ぎ!
コミュニケーションも美味しい料理の大切要素ですね(^ ^)。 -
時計は既に15:40です。
鐘祥長途汽車站から沙市(荊州)行きの長途バスは、14:00で終了しています。
沙市(荊州)に行くには、やはり当初の予定通りに荊門に戻って長途バスを乗り継ぐしか方法は無いようです。 -
鐘祥-荊門間は、往路90分も費やしたことを思い出します。
集票処で“荊門”と書いた紙を提示、16:00発の長途バスに乗車です。
これなら120分後の18:00の荊門長途汽車站発 沙市(荊州)行き最終バスに間に合うでしょう・・・ところが・・・ところが、後々大焦りすることになろうとは、この地点では思うはずも無しです。 -
何故か往路より1元安い15元のチケットです。
行きと帰り、一体何が違うのだろう・・・結局分からずじまいです。 -
さあ、荊門に向かって出発です。
-
漢水を渡り、往路と同じ道を荊門に向かって爆走です。
車内で私達が日本人だと知ったスキージャンパー高梨沙羅さん似の11歳の女の子が大はしゃぎ、必死に“姑娘▽●▼◆◇▽●◎”と話しかけて来ます。
クーニャンだけ聞き取れました。
言葉が通じない為、やがて授業ノートに書き込んで見せて来ます。
遂には隣の乗客のスマホを借りて入力、日本語変換して訴えて来ます。
“私は日本が大好きです。大人になったら日本語を覚えて日本に行って、桜を見るのが私の夢です”・・・
何処で日本の桜を知ったのだろう? この女の子は日本が大好きだと訴えて来ます。
政治とは関係無い、人民レベルの草の根交流の大切さを痛感です。
勉強・努力・叶夢とノートに書いて返しました。
この子は途中の冷水鎮で降車しましたが、私達にとって、今回の旅で最も記憶に刻まれた体験でしたね。 -
さてさて、長途バスは荊門市街の夕方の大渋滞に巻き込まれ・・・荊門長途汽車站に到着したのは、何と何と18:00ジャスト!
車窓越しに站舎から沙市(荊州)行き最終バスが動き出したのが見え・・・“沙市~”と叫びながら猛ダッシュ!!!
路上に出ようかとする最終バスの前で大きく手を振り、何とか滑り込みセーフで乗り継ぎに成功です。
あ~マジ焦りました。
まさか鐘祥から荊門に戻るのに120分も費やすなんて、思いもしなかったからです。 -
運転手さんに、今夜宿泊予定の荊州九歌暇日酒店と紙に書いて見せると、“▼◆◇▽●◎”と言われ理解不能。
やがて約2時間後、荊州古城の新東城門付近の東環路で“▽●▼◆◇▽●◎”と降車を促されました。
指差している方向に荊州九歌暇日酒店が有るようです。
有難う、親切な運転手さん! -
荊州九歌暇日酒店(238元 朝食付)に無事にチェックイン、暫く小休止です。
終点の沙市まで行かずに古城で降車した為、時間に余裕が出来ましたよ (#^^#) -
CCTVの天気予報が流れています。
明日も晴れて、気温も上がるようです。
やったね!!!!!ヽ(^o^)丿 -
さあ、荊州古城の夜景散策の始まりです。
甕城が残る東城門(迎賓門)を城外から眺めます。
ん~シビレます(^ ^)
現在の荊州古城の規模は関羽時代と同じで、城壁の高さは約9m・厚さ約10m、周囲約10kmです。
昔は城壁の上を馬で走ることが出来たようです。 -
劉表時代、荊州の中心は襄陽です。
その後の関羽時代は、ここ荊州(当時は江陵)が中心です。
一時、沙市市と合併して荊沙市と呼ばれるようになっています。
しかし、由緒ある名前を残そうという地元の熱い要望により、1997年に荊州市と改称され今日に至っているのです。 -
甕城内から東城門(迎賓門)と楼閣(賓陽楼)を見上げます。
ライトアップに心躍ります。 -
城外の護城河に架かる荊州南路の新しい橋です。
九孔橋は数秒づつで色が変わる様にプログラムされ、ライトアップされています。
この色彩感覚ですが、日本人には理解出来ないのでは? と感じてしまうのは私達だけでしょうか??? -
護城河水面に浮かび上がる東城門です。
何て幻想的な景色なんだろう!
静寂さの中に佇む歴史遺跡に感動です。 -
公安門まで城壁沿いに散策です。
荊州城の東南角には小東門が作られ、この城唯一の水門でした。
当時、この門から堀にでると、長江まで船で行くことが出来たようです。
劉備が公安の大本営にいた時、船で荊州に来る度この城門から登城したことから、公安門という名前がついたそうです。 -
さてさて、夜景観賞は終了です。
東城門内でモウモウと煙の上がる食事処を発見!!!
焼串各種・扇貝西紅炒・炒飯を注文、金龍泉ビールで乾杯( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!
波乱万丈だった旅行3日目の11月4日が終わろうとしています(晩上好)。 -
11月5日が始まりました(早上好)。
襄陽・荊門同様、ここ荊州でも濃霧に覆われます。
この季節ならではなのか?
この地方ならではなのか?
理由は分かりません。
まあ、CCTV天気予報では本日も晴れるはずです。 -
青空の下の城壁散策を楽しみたい我家は、急遽予定を変更し、まずは濃霧の影響が関係無い室内観光の荊州博物館に向かいます。
ホテル近くの黄金堂バス停で西門行きのバスを狙います。 -
霧に霞んだ荊州南路の東方面から来た20路バス(1元)に乗り、西門バス停へ向かいます。
運転手さんに“西門”と紙に書いて見せると・・・
やがて、西門バス停で〝○▼■○◎○”と言われて降車を促されました~ (*^。^*) -
荊州博物館です。
免費です。 -
敷地は、かなり広そうです。
中国は何処の町の博物館も展示品が充実しています。
5,000年の歴史を鑑みれば当たり前なのでしょうね。 -
荊州博物館には鳳凰山168号漢墓展という前漢文帝時代の県知事のミイラ(屍体)が所蔵されています。
このミイラ(屍体)から発見された病原体は“日本住血吸虫”と呼ばれています。
赤壁の戦いで、この病原体が曹操軍に蔓延、敗北の原因になったという有名な話も有りますね。 -
ここ!ここ荊州鳳凰山一六八号漢墓展の展示物が極めて珍しいのです。
それは・・・ -
ミイラ(屍体)が収まっていた棺が有ります。
棺の横の階段を上がり・・・ -
覗き込んでみるも、棺の中にはミイラ(屍体)は収まっていません。
-
次の中央のガラス窓を覗き込むと・・・
言葉では表現出来ません・・・
様々な方々のブログでは写真撮影禁止と書かれていましたが、私達も含めて全観光客は警備員の前でも写真撮り放題状態でした。
規則が変わったのかな? -
墓主と一緒に埋葬されていた奴婢俑です。
-
隣の珍品館へ移動、可愛い埴輪達が並んでいます。
-
辟邪という展示物です。
何なんだろう????? -
さてさて・・・開元観へ移動です。
何と・・・( ̄▽ ̄)・・・荊州博物館敷地内の開元観は、修復工事中で閉鎖されています。
工期終了予定日は、とっくに過ぎています。
何時になれば修復が終わるのでしょう? -
開元観の裏側に回り込んで写真だけ撮ります。
ん~残念! 無念!! 何でやねん!!!
次の観光地点に進みましょう (*^_^*) -
荊州古城は東西6km・南北2kmあり、全てを歩いて暢游するには厳しい広さです。
ここ荊州古城でも観光用電気カートが活躍しています。
荊州古城内の主要な暢游ポイントを網羅しています。
勿論、有料ですよ
しかし、私達は歩きが基本です。 -
荊州古城の西城門(安瀾門)です。
楼閣は残っていません。 -
単票(6元)です。
城壁大好き我家としては登城しない訳には参りません。 -
荊州は赤壁の戦いの後、劉備が孫権に荊州7郡のうち数郡を譲って欲しいと依頼、協議によって荊州は劉備の管理下になりました。
劉備が周瑜に説明したのが、四川を領地にするまで“荊州を借りる”という約束です。
その後、呉国は四川を攻めるという口実で荊州城を占拠しようと試みますが、それも失敗します。
ことごとく作戦が失敗した周瑜は、諸葛亮と同じ時に生まれたことを悔やみながら、30歳半ばという若さで世を去ります。
その後、荊州を借りたまま孫権に返すことはなかった為、中国では“劉備が荊州を借りる”ということは、返さないという意味になっています。 -
甕城越しに見渡す古城外の護城河です。
敵はこの護城河を渡って攻めて来ます。 -
西城門から北城門まで、城壁の上を散策します。
城内の法面には煉瓦は無く、草木が生い茂って森になっています。 -
城壁の楽しみ方、それは歩くことに尽きます。
-
城内から大北門(拱極門)を見上げます。
-
甕城を通って・・・城外に出てみましょう!!!
-
正面に得勝橋が架かっています。
一時期、関羽は水淹七軍の水攻めに成功して曹軍を破ったり、数々の戦で無敵軍状態でした。
その関羽が荊州城に凱旋して来る道が、三義街であり得勝橋だったのです。
橋袂の住民達はそれを歓声で出迎えたと伝わっています。 -
それからこの街と橋は“勝ちを得る”という意味で、“得勝街”“得勝橋”になり、今でもその名前が残っているのです。
-
さて、城内に戻って北城門に上ります。
18元の門票です。
楼閣が残っていることもあり少々高めです。 -
甕城を一周します。
この北城門、かなり大きな規模です。 -
湖北省荊州出身で王昭君という美女が知られています。
楊貴妃・西施・貂蝉と並ぶ中国四大美人の一人に数えられています。
王昭君は前漢元帝の後宮でした。
当時中国では匈奴の侵入に対する友好・懐柔政策で女性を送って結婚させていました。
紀元前33年、元帝の命で王昭君は匈奴の呼韓邪単干に嫁いで行きます。
その後、60年間、漢と匈奴の友好関係が続いたと言われています。
城門は、そんな時代を見続けてきたのでしょうね。 -
楼閣の中に荊州古地図が展示されています。
荊州城は昔は江陵城と呼ばれていました。
ん~何か古城内を東西に仕切る城壁が描かれています。
清朝時代の1684年に城郭内を東西に二分する土墻を築いて、西側を漢城・東側を満城としました。
清王朝は満蒙民族の中国支配によって打ち立てられた王朝です。
そこで、各地の軍事力の中核を満蒙民族の精鋭部隊である八旗兵に置き換えていきます。
満蒙族の軍隊が駐屯する“満城”、漢民族が住む“漢城”となったようです。 -
北城門から古城内を南下します。
この通りには三義街という名前が付けられています。
ブラブラ町歩きです (^0_0^) -
荊州古玩城街です。
要は骨董品屋街です。
先程の三義街と並行して南北に貫いています。
テーマパークのような綺麗な街並みが好きな方は三義街散歩では無く、こちら荊州古玩城街散歩がお奨めです(^▽^)/ -
三国公園です。
営業しているのか? していないのか? よく分かりません。 -
その三国公園バス停に着いた途端・・・
-
歩いて行くか?
路線バスで行くか?
悩む間も無く32路バス(1元)が通りかかり、慌てて飛び乗りました~!
一つ目の市五医バス停で直ぐに降車です。 -
荊州実験中学校の敷地内に建つ大廟に行こうとすると、校門の警備員に“◎▽●◇×◆”と言われ阻止されました。
一般開放されていません。
校門から大廟を遠望です。
ん~残念! -
郢都街を南下すると、新南門隣の関帝祠に到着です。
-
門票(25元)です。
祠内の地図が載っていて周遊に便利です。 -
青龍偃月刀を手にした巨大な関羽像が出迎えてくれます。
あれれ??? その台座に描かれた銅板の絵に注目です。 -
9月に暢游した亳州博物館にも同じような絵が有りました。
関羽は曹仁から受けた毒矢の治療を華佗から受けることになっています。
その様子が痛々しく、麻酔もなく、肉を裂いて骨を削るというものです。
豪の者関羽は客人と囲碁に夢中で痛がる様子もない、というものです。
関羽は言います“武将たるもの戦場で命をかけている。腕の1本の治療ぐらい麻酔なしで十分だ”と・・・ -
魏国の英雄達が並んでいます。
それぞれ誰だか分かりますか? -
関羽祠は新南門脇の御甲山という小高い丘に建っています。
関羽は戦場から帰ると決まってここで休んで兜を脱いだと伝えられています。
写真は祥和殿です。 -
その祥和殿の隣に、青龍偃月刀を振るう関羽像が有ります。
一体、何人の(何体の)関羽が居るのだろう? -
三国志ファンの聖地巡り、楽しくて仕方が有りません(●^o^●)
-
南門(南紀門)までは関羽祠の有る新南門から徒歩20分程です。
城内・城壁上・城外の3通りの散歩コースが有ります。 -
南城門は人と自転車・バイクのみの通行です。
自動車の通り抜けは出来ません。 -
城門付近には沢山の中国将棋の愛好者達が集まっています。
何台もの将棋台が並んでいます。
皆、お金をかけて真剣勝負です。
王手だぁ~!!! -
さあ、此処でも城門に上がってみましょう。
南城門の門票(6元)です。 -
南城門甕城だけ、他の城門と異なり外門と内門の他に左右の門があります。
辺り一帯は露天市場や将棋会場になっています。
懐かしき昔の日本を思い出させます。 -
南城門から見た城外南側の御河路です。
荊州天主堂の2本の塔が見えています。 -
南城門の城内北側には関帝廟が見えています。
早速、行ってみましょう。 -
関帝廟は劉備政権の荊州行政長官兼荊州方面軍総司令官として君臨した関羽の邸宅跡に建てられています。
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関帝廟の門票(25元)です。
-
もともと赤壁の戦いの後、荊州の領土をめぐって呉国と明確な取り決めが無く、“益州を獲るまで荊州を借りる”という微妙な場所で関羽は君臨していました。
-
向かって左に周倉、右に関平を従えた関羽像です。
関帝廟内の関羽・周倉・関平像は金色で彩られ素晴らしい出来栄えです。 -
荊州関帝廟の歴史は古く、建立は明の1396年(洪武29年)です。
現存する建物は1985年に再建されました。 -
張飛・劉備・関羽の義兄弟が並んで座っています。
-
関羽が乗っていた赤兎馬です。
石馬槽という赤兎馬が飲んだとされる石の水入れが有ります。
地元の役人が馬に水を飲ませようとこの水入れに連れて行くと、しきりに馬が鳴く為、これは普通の石馬槽ではないと思い調べてみると・・・何と赤兎馬が使っていたことが判明です。
正に力水ですね (^0_0^) -
南城門前の食事処の屋外卓を占拠して昼餐です。
川魚干鍋・尖椒土豆絲・炒麺を注文、雪花ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!(^^)!
中国の悠々の歴史を眺めながら、楽しい昼餐を満喫します (^0_0^) -
さあ、暢游後半戦です。
南城門から冠帯巷を散歩で北上、荊州中路の荊州天橋バス停に到着です。 -
21路(1元)バスで碑苑バス停まで乗車です。
-
バスを降りると、昨夜、入城した新東門の近くです。
自動車が通行可能な幅広い荊州南路を通す為、新しく作られた城門です。 -
江陵牌苑の石牌坊を潜ると・・・
-
駐車場の奥に張居正故居が見えています。
張居正は翰林院庶吉士から身を起こして宰相に出世、土地の再測定や税制の聡明化を行い、実態に応じた平等な納税制度を確立、明王朝の財政を立て直した偉人のようです。 -
門票(25元)です。
-
正面に張居正の銅像が建っています。
その脇を通り、南入口から北入口(出口)に貫くと・・・張居正街という東城門前に出ます。
ん~??? 昨夜の晩餐処じゃないか!!!! -
城内から東城門(迎賓門)と楼閣(賓陽楼)を見上げます。
荊州古城の6つの城門の中で、最も観光客が訪れる場所です。
さあ、城門登城だぜぇ~(⌒▽⌒) -
門票(35元)です。
城壁巡りの地図が載っています。 -
東城門の甕城です。
かなりの大きさが有り、舞台と観客席が設置されています。
甕城の中で催し物をするなんて、何て羨ましいのだろう・・・ -
甕城を一周しながら、これが関羽が作った荊州古城なんだ・・・って三国志に思いを馳せます。
悠々の歴史に圧倒されそうです。
1800年前、この地に関羽が居たんだと思うとシビれます。
この史跡、後世まで大切に残して欲しいものです。 -
楼閣(賓陽楼)を南側から眺めます。
後ほど気付きます。
“先に見学しておけば良かったなぁ~”ということになりました。 -
新東門から城外を向いて荊州南路を見下ろします。
護城河には昨夜ライトアップされていた九孔橋が架かっています。
現在では城外と城内を結ぶ主要幹線道路です。 -
南側の城壁散歩をしていると、藏兵洞が有ります。
戦時に備える為の仕掛けです。 -
小東門(公安門)です。
ここで城壁から降りることが出来ますが、一度退場すると再入場出来ません (~_~;)
私達は先程の賓陽楼の中を見ていません。
ここで降りる訳にはいかないのです。
事前情報では公安門での入退場は出来ないとなっていました。
ん~散策順を誤りましたね。 -
荊州古城の南東角楼の仲宣楼から古城外を眺めると、関羽公園に巨大な関羽銅像が建っています。
高さ58m・重さは1,320 t も有り、南の長江を向き、睨みを効かせています。
時間が無く、関羽公園まで行けません。 -
賓陽楼まで戻ると、一帯には様々な武人の人形が立っています。
趙雲像も有ります。
うんうん!! 三国志の名場面を思い出します。
趙雲といえば敵軍の中を一騎で駆け抜けて参上、劉備の息子・劉禅(阿斗)を救出する長坂坡の戦いが有名ですよね (^0_0^) -
楼閣に登り甕城越しに護城河を見下ろします。
遥か彼方のビル群が沙市の街です。
昨夜は東城門で途中降車して行かなかったのですが、長途バスの終着站:沙市長途汽車東站もこの街中に有ります。 -
楼閣内には魏国の英雄達が勢揃いしています。
それぞれ誰だか分かりますか?
前列一番手前が劉備、その隣が諸葛亮、後列左から張飛、関羽、超雲です。 -
関興の人形も立っています。
劉備の旗揚げから付き従った猛将 関羽の子です。
三国志では諸葛亮からも未来を嘱望され、馬良の後任として20歳にして中監軍に任ぜられましたが、数年後、若くして没しています。 -
さて、今日最後の観光ポイントへ行かなきゃ!!!
碑苑バス停から玄妙観まで路線バスで移動です。 -
玄妙観を通る104路(1元)バスが直ぐに来ました。
-
玄妙観の前でバスを降車、時計は16:40を指しています。
ここ玄妙観ですが、唐代635年創建の道教寺院です。
元々、荊州古城の西北隅に有りましたが、明朝代に現在の場所に移されたようです。 -
閉門時間は17:30で一安心。
アレレ??? 掲示板をよく眺めてみると・・・
門票65元、聯票85元となっています。
高い・・・高すぎる・・・マジかぁ~? -
しかし、何故か門票は35元です。
掲示板の聯票85元の包含景区・水中画舫って何のことなのか、よく分かりません。
まあ、とにかく35元で入場出来る訳だし・・・良しとしましょ!!!!! -
玉皇閣です。
今回の旅行では、荊州三大道観の荊州博物館敷地内の開元観が工事中で暢游不可でした。
また、古城外の太暉観は時間が無くて暢游出来ませんでした。
三大道観の一つだけでも暢游出来て、よかった・よかった(●^o^●) -
紫皇殿です。
歴史の石段を上るぞ~!!
三天門を潜ると・・・
お祈りして帰ろ~っと (#^^#) -
水中画舫景区です。
よく分からないエリアです。
何が完成したら85元に値上がりするのだろう? -
玄妙観の東隣に、長生街という新しい観光スポットを造成中です。
最近流行りの銅像も建立されています。
その向こう側に、“上下”という店が有ります。
でもでも・・・変な日本語がフリガナとして一緒に看板に収まっています。
にっこう・・・何のことやら(≧∇≦) -
餐飲夜市一条街です。
いわゆる美食街というテーマパークです。 -
2017年元旦に盛大開業と記されています。
まだ、空室ばかりが目立つ長正街です。 -
さあ、今日は武漢まで戻らなければなりません。
玄妙観バス停から荊州火車站行きのバス路線を見てみると・・・先程の104路バスの他に25路バスでも到着出来ることが分かります。 -
そこへ25路バス(1元)が到着です。
終点が荊州火車站なので、安心して乗車出来ます。 -
乗車約20分で空港のように巨大な荊州火車站に到着です。
旅客用専線が開業したことで、荊州観光は驚くほど便利になっています。 -
武漢までの切符を買わなきゃ!!
動車組の路線図です。
私達には漢口行きが必要です。 -
荊州-漢口間の動車組は、何本も何本も走っています。
窓口で購入した漢口行きチケット(59.5元)です。 -
動車組の入線です。
いよいよ荊州ともお別れです。
再会 荊州!(●^o^●) -
約90分の列車の旅です。
乗車前に駅売店で購入した“青島”ビール・・・
と思いきや、全く別物の“特制”ビールでした・・・・・<(`^´)>
こんなそっくりなデザインって、許されるの???? -
武漢の漢口站に到着です。
流石に湖北省都だけあって、大きな都市です。
沢山の人々と建物に埋め尽くされています。
武漢市は、1949年、武昌・漢陽・漢口のかつて武漢三鎮と呼ばれていた3つの地域を統合してできた都市なのです。 -
漢口站から江漢路まで、地鉄2号線で移動します。
画面の江漢路の釦と二張の釦を押して、コイン切符(2元)を購入します。 -
10月28日開通予定だった武漢天河国際空港までの延伸が遅れています。
站内ホーム標記変更は済んだものの、暫定的に未開通区間をシールで隠しています。
次回、武漢に来る頃には、空港ターミナルや地鉄は完成して、もっともっと魅力的な都市になっていることでしょう。 -
常青城到天河机場暫未開通・・・
地鉄内の表示です。 -
江漢路站で降車です。
地上の漢江路は租界時代の重厚な建築物が多数残っています。
江漢路歩行街を散歩します。 -
列強各国の租界地時代の名残が、そこかしこで見られます。
武漢は昔から兵家必争の土地で、古くは三国時代、近代では太平天国の乱、辛亥革命、日中戦争(中国呼称:日華事変)と戦に巻き込まれ、日本を含めた欧米日列強の租界を経験しています。 -
上海外灘とは違った趣が有ります。
各建築物はライトアップされ、武漢の名所にもなっています。
沿江大道の時計台を冠った江漢関大楼旧址と江漢日清洋行大楼です。
後方には超高層ビル群が見えています。
レトロ建築と最新高層ビルの競演ですね §^。^§ -
今夜お世話になる天美楽飯店江漢路店(338元 朝食付)に無事にチェックインです。
ホテルの前には、沢山の屋台が並んでいます。
食欲をそそるイイ香りが漂っています。
ん~お腹が空いたぞ!!!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ -
ホテル近くの吉慶街の美食街です。
何処で食事をしようか???
迷って・悩んで・閃いて・・・
お客が結構入っている泰滋像土菜館という食事処に入店です。
きっと美味しいのだろう・・・多分・おそらく・きっと・・・ -
早速、武昌魚火鍋・口味木耳・白飯を注文、哈爾濱ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!(^^)!
小骨の多い武昌魚ですが、淡泊で美味しいのなんのって!!!
古城満喫だった旅行4日目の11月5日が終わろうとしています(晩上好)。 -
11月6日、旅行最終日が始まりました(早上好)。
今日までの5日間、毎日天気に恵まれましたヽ(^o^)丿
今回も晴れ男・晴れ女は健在です。 -
武漢は陸路・鉄路・水路で、北京・上海・広州・重慶とを結ぶ交通の要衝です。
特に長江沿いの各港は、南京に次ぐ中国第2番目の河川港で、400箇所の埠頭を持ち、10,000 t の大型船も接岸できます。
また、水路だけでなく、近年、高鉄が開通し、更に発展を遂げています。 -
中山大通が全面通行止めで大規模修繕されています。
江漢路人行天橋が撤去され、高い位置から江漢路歩行街を眺めることが出来なくなっています・・・残念~!!!
何れ租界地時代の建築物を模したお洒落な街へと変貌するのでしょう!!! -
租界地の数々の建物には、優秀歴史建築という案内板がはめ込まれています。
ここは1898年に日本が建設した台湾銀行漢口支店です。
租界地は、清王朝のアヘン戦争での敗北を契機に開設され、第2次アヘン戦争や日清戦争(中国呼称:甲午中日戦争)の度に拡張されています。
その租界地が完全に無くなるのに100年の歳月を費やしています。 -
それから年月が流れ、今では銅像が平和な日常を表現しています。
日中戦争時代、首都であった南京を旧日本軍に攻略された蒋介石は、重慶へ臨時首都を移し、実際の首都機能を武漢に置きました。
その武漢も、1938年に陥落、全ての首都機能を重慶に移すことになりました。
旧日本軍は、その重慶に対し、空爆による攻撃を繰り返していますが、その前線基地となったのが武漢です。
そんな歴史を知った上で、私達は武漢観光を続けます。 -
今回の暢游の楽しみの一つ 武漢関-中華路間の長江渡し船(1.5元)に乗船です。
20分毎に出航します。 -
桟橋から漢口側を振り返ります。
発展の象徴でしょうか、高層マンションが連なります。
何て高い建物なのだろう・・・ -
渡し船とは言え、デッキに上がれば遊覧船ですね。
私達は長江という大河の上で風になりました (⌒▽⌒)
あ~何て爽快な風なのだろう・・・
はためく真っ赤な中国国旗が青空に映えて印象的です。 -
同じ武漢関-中華路間の渡し船とすれ違います。
こちらは上流に向かっての航行、あちらは流れに従っての航行です。 -
漢陽亀山テレビ塔が見えます。
1986年に竣工、高さは311 m も有ります。 -
武昌港側に到着です。
-
降船場所は武昌側の中華路埠頭です。
-
埠頭屋上展望台からの2階構造の武漢長江大橋です。
漢陽亀山-武昌蛇山間に架かり、全長1,670 m 、上層階は自動車道・下層階は複線鉄道になっています。
川では無く、海峡に架かる大橋といった感じです。
それ程に長江は大河なのです。
後ほど、バスでこの橋を渡って帰国の途に付きます。 -
徒歩直ぐの戸部巷に潜入します。
数知れぬほどの屋台が並んでいます。
まだ、10:00前ですが、きっと昼食時や夕食時には沢山の人々で賑わうのでしょうね ヽ(^o^)丿 -
お兄さん!! 何を作っているの??
-
武漢名物の熱干麺です。
みんな屋台で気軽に買って、食べながら歩いています。 -
串焼き屋さんです。
美味しそうだなぁ~ (^ω^) -
はい、いらっしゃいませ!!!
武漢三鮮豆皮が出来たて熱々ホヤホヤだよ~ (^0_0^) -
美食街&屋台街の戸部巷を後にして、最後の暢游目的地の武昌蛇山に有る黄鶴楼公園に向かいます。
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西側の正面入口をパスし、南入口に向かいます。
事前調査では、黄鶴楼公園南入口前を1時間に1本、空港行きリムジンバスが途中停車するらしく、公園に入る前に確認です。
しかし、時刻表もリムジンバス乗場案内も見当たりません。
暢游可能時間のカウントダウンが始まりそうです。
仕方ありません、取り敢えず、南入口から黄鶴楼公園に入場です。 -
ここ黄鶴楼は湖南省・岳陽の岳陽楼、江西省・南昌の滕王閣と並んで、江南三大名楼と称されています。
-
門票(80元)です。
高い・・・
創建は、三国時代の呉国の時代です。
劉備の蜀軍と孫権の呉軍の戦として“夷陵の戦い”が有名ですね。
黄鶴楼は、その2年後、呉国によって劉備に備える物見台として造られたのが始まりとされています。 -
白雲閣から黄鶴楼を眺めます。
天気が良くて絶景・絶景!!! -
武漢市が代々1,000年の吉祥を喜び記念して造った鐘が千禧吉祥鐘です。
明朝永楽鐘以降、中国内で鋳造した最大の銅鐘です。
鐘身は銅の合金製で、重量20 t 、口径3 m 、 高さ5 m だそうです。
ゴ~~~ン・・・お金を払えば鐘を突いて吉祥を招くことが出来ます。
-
その千禧吉祥鐘から眺めた黄鶴楼です。。
-
黄鶴楼の最上階の5階まで、階段で一気に登ります。
ふうふう・・・息が切れそうです。
エレベーターは年齢制限が有り、大半の観光客は使用出来ません。
長江や漢陽側の景色です。 -
先ほど上った白雲閣と千禧吉祥鐘が見下ろせます。
かなり広い公園なのが分かります。
さて、今度は階段で階層毎に下り、展示品を見学です。 -
楼内には李白の絵が飾られており、代表的な詩が書かれています。
“黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る”
友人は黄鶴楼に別れを告げ、これを西にして、霞立つ三月、華やかな揚州に向かって長江を下る。
たった一つの舟の帆がだんだん遠ざかり、遂に、その影が深い碧の空の中に吸いこまれるように消え失せてしまう。
後にはただ、長江が遥かな空の果てに流れて行くのだろう。
言っている意味・意図が分かりますか? -
歴代の黄鶴楼の模型が飾られています。
破壊と再建が繰り返えされ、現在の黄鶴楼は1985年に完成した6代目です。 -
黄鶴楼の名は、ある伝説から来ています。
“昔この地に一軒の酒屋があり、仙人が壁に黄色い鶴を描いたところ店は大繁盛。しかし仙人は描かれた鶴に乗って飛び去り、その後に店主が楼閣を立てた” -
黄鶴楼正面に立つ2羽の鶴の銅製彫刻“黄鶴帰来”は、1997年に英国から香港が帰って来たことを記念して、湖北省人民政府が造ったらしいです。
吉祥祝福の意味が有ります。 -
東側から黄鶴楼を仰ぎ見ます。
-
大牌坊西太門です。
西入口から入場すれば最初に潜ることになります。 -
勝像宝塔 通称白塔です。
元代に建てられたラマ教思想が織り込まれた塔です。
さあ、帰路に付きます。
入場時と同じ南口から退場します。 -
黄鶴楼南口バス停で行先をチェック。
武漢天河国際空港行き直通リムジンバスは諦め、漢口火車站行きを目指します。 -
漢口火車站行きの10路バス(1.5元)が到着、乗り込みます。
-
路線バスの前方椅子を陣取り、車窓を楽しみます。
これより長江大橋を渡ります。
正に展望遊覧バス状態です。 -
漢口火車站に到着、徒歩10分の金家敦長途汽車站に徒歩で移動です。
タクシーの客引きの嵐を振り切り、集票処に行って、机二張と書いた紙を渡すと、“▽●◆◇▽●◎”と言われ理解不能・・・
どうやら売場が違うようです。 -
謎が判明、空港行きリムジンバスは、西隣の客服信息バスセンターからの発着です。
-
30分毎にリムジンバスが出ています。
空港までの所要時間は40分となっています。
乗車券を購入すると、“▽●▼◆◇▽●◎”と言われ理解不能・・・
今度は英語で“NOW”と言われ・・・
どうやら直ぐに乗れ!と言っているようです。 -
17元のチケットです。
次回、武漢に来る時には地鉄が開業しているでしょう!!
リムジンバスに乗る最後の機会になるかもしれません(@_@;) -
満席になり次第、随時発車します。
時刻表には載っていない11:15頃に出発です。 -
リムジンバスは高速道路を快走、約30分で国内線ターミナルに到着です。
-
春秋航空の機内食は有料です。
という訳で昼餐に適した空港内の食堂を探索です。
結果、真功夫という中式ファーストフードを初体験。
並んで気付きました・・・ビールを売ってない・・・!(≧∇≦) -
近くの売店で雪花ビールを購入、これで昼餐の準備が整いました。
香汁排骨飯と酸菜歯肉飯を注文して、雪花ビールで乾杯( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!!(^^)! -
新ターミナルが完成すると、国際線ターミナルは廃止、国内線ターミナルはチャーター便専用になります。
ターミナルから春秋航空の旅客機を眺めます。
今回の中国旅行も終焉が近づいて来ました。 -
東京成田国際空港行きIJ1012便は、定刻15:05発を予定しています。
鐘詳で出会ったスキージャンパー高梨沙羅さん似の11歳の女の子・・・いつの日か、この飛行機に乗って日本に来ることが有るのかな?
彼女の夢が叶うといいなぁ~。 -
いよいよ搭乗です。
田舎チックな空港は、この後、大変貌を遂げることでしょう ( ^)o(^ )
IJ1912便に搭乗の日本人は5名だけで、残りは全て中国人です。
これから爆買いとコト消費が始まるのでしょうね §^。^§ -
襄陽古城・明顕陵・荊州古城・武漢 湖北省三国志史跡巡りの旅・・・如何でしたか?
終わってしまえば、あっという間の5日間の旅でした。
三国志三昧で大満足の私達、東京成田国際空港までグッスリ眠りま~す。
でもでも懲りずに再び中国旅行に行けたらいいなぁ~・・・いやいや、来年のゴールデンウイークには絶対に行くぞ~!!
と言う訳で お・し・ま・い (-^〇^-)
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この旅行記へのコメント (8)
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- フレンチトーストの思い出さん 2019/03/26 22:43:49
- はじめまして
- 大変魅力ある旅行記で楽しんで読ませていただきました。
さて私も武漢行きを決めたのですが、襄陽古城・荊州古城のどちらを行くべきか、両方かで非常に悩んでいます。歴史的な背景は置いておくとすると、街並みであったり、古城散策といった意味では、どちらが楽しかったでしょうか?またどういった違いがあるでしょうか?
お手数ですが、教えていただけると大変ありがたいです。宜しくお願い致します。
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2019/03/27 21:34:18
- Re: はじめまして
- 襄陽古城はコンパクトで一日で暢游できますが、荊州古城は見所も多く、二日を割いた方が良いと思います。
我家は両古城共に一日暢游で組みましたが、見所の多い荊州古城は暢游漏れが起こり、少々悔やんでいます。
共に魅力的な古城ですが、旅游日程の余裕度で訪問先を決められては如何でしょうか。
日程に余裕が有るのでしたら、両古城を満喫されるべきと思いますよ。
- フレンチトーストの思い出さん からの返信 2019/03/27 23:03:55
- Re: はじめまして
- アドバイスいただきありがとうございました。長期間あるわけでもないので、片方は諦め、荊州古城は悔いが残らぬよう1泊し、ゆっくり回りたいと思います。ちなみに明顕陵無しで2日間の意味合いで宜しいでしょうか?
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2019/03/27 23:14:43
- Re: はじめまして
- そうですね。
明顕陵無しで荊州古城だけで2日間を割いた方が良いと思います。
素晴らしい旅行になりますように!!!!
- フレンチトーストの思い出さん からの返信 2019/03/28 23:28:47
- Re: はじめまして
- 回答ありがとうございました!
私も素晴らしい旅行になるようしっかりプランなりたいと思います。
-
- volcom.jpさん 2019/03/09 15:48:33
- はじめまして
- とても素晴らしい旅行記ですね。現地に行ってるかのような錯覚すら覚えました。
今度、襄陽・荊州旅を予定しており、行き方を調べていたらこちらにたどり着きました。
もし差支えなければ教えていただきたいのですが、襄陽⇒荊州 直行のバスが出ているのかご存知ないでしょうか?
武漢⇒襄陽⇒武漢⇒荊州を新幹線移動を考えてたのですが、バスで襄陽から南下したほうが効率的だなと考えまして。
中国はネット情報が少なすぎますので、もし教えていただけたら幸いです。
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2019/03/09 21:37:51
- Re: はじめまして
- 少し古いブログですが、お役に立てたでしょうか。
当時、調べた襄陽から荊州(沙市)迄の長距離バスのリンクが、自宅PCのお気に入りに残っていました。
今も同じように運行されているかは分かりませんが、参考にして下さい。
⇒ https://www.lu35.com/che/m/61713s.html
volcom.jpさんの素晴らしい旅を祈念しています。
- volcom.jpさん からの返信 2019/03/11 22:50:03
- Re: はじめまして
- こんばんは。
はい。大変役立ちました。リンクまで貼っていただき大変感謝しています。
私も尖椒土豆絲さん同様、三国志を愛して止まず、去年から各地をまわるようになり、成都・閬中へは行きましたので必然的に荊州かな・・・と。
本当にありがとうございます。
これから別の旅行記も読ませていただきますね。
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