2016/09/26 - 2016/10/02
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jyun1226さん
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友人から次の旅行先にポルトガルはどうか?と提案があった。ポルトガルぅ?どうやら見ていたテレビ番組でやっていたようだ。
ポルトガルって何があるんだ?と調べてみると、女性向きな魅力的な国であることがわかり、早速旅の計画を進める事にし、航空券を調べた。
いつも個人旅行の我々。フルパッケージツアーのパンフレットや皆さんの旅行記やブログなどを参考に日程を組むのだが、何しろ隣国にスペインと言う巨大な観光大国があるせいか、色々調べても結局たどりつくのは同じサイトだったりして情報量が圧倒的に少ないのだ。かろうじて使えるガイドブックですら地球の迷い方オンリーである。個人旅行する方には常識だが、この迷い方のみでは情報量が全く足りず、場合によっては本当に迷ってしまうのだ。実質現地5日間でどう回ろうか今回も頭を悩ませた。
1日目 NRT10:25-ZRH15:50 ZRH19:10-RIS21:00 <リスボンエアポート泊>
2日目 オビドス-バターリャ-コインブラ-アゲタ(専用車で移動) <アゲタ泊>
3日目 アゲタ-コスタノヴァ-ポルト <ポルト泊>
4日目 ポルト観光-リスボンへ <リスボン泊>
5日目 シントラ観光 <リスボン泊>
★6日目 ベレン地区・リスボン市内 <リスボン泊>
7日間 RIS7:15-FRA11:00 FRA13:20-NRT8:00(翌日)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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帰国日である明後日は早朝出発のため、実質今日が最終日。予定では午前中にベレン地区を観光し、午後はリスボンの街をウロウロする予定。
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我々の宿泊先はアパートメントの為、洗濯機も完備。日本と違ってメニューが沢山ある。そういえば海外に嫁に行った人の生活に密着する番組で見た事がある。洋服の種類によって水温をマメに設定できるようになっていた。40℃、60℃、90℃など。
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ベレン地区へ行くには電車やバス、市電などの交通機関があるが、我々はせっかくなので市電で行く事にし、乗り場のフィゲイラ広場まで歩く。
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途中でリスボン名物のケーブルカーがあったので、展望台まで行ってみる事にした。我々が乗車したのはグロリア線。
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レスタウラドーレス広場近くのインフォメーションでリスボアカードを購入していたため、機械にカードをかざす。
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国まではわからなかったが、団体様ご一行と一緒だった。どの国のツアーにも乗車体験が組まれているのだろう、この後数組の団体を見かけた。
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そして到着するサン・ペドロ・アルカンタラ展望台。だがしかし、ここを訪れる方は午後から夜が良いだろう。我々のように午前中に来てしまうと、逆行で景色の感動はかなり薄れる。
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とりあえず数枚の写真をとり、携帯の動画でミゲル君のCMをYOU TUBEで見た。確かにこの場所であった。
夜再訪しようと思ったのだが、サンジョルジェ城へ行ってしまったのでこの展望台はこれっきり。でもこおからはサンジョルジェ城のライトアップも見れるので、やはり夜景がお勧めであろう。 -
続いてロシオ広場へ向かう。写真の像は初代ブラジル国王となったドン・ペドロ4世。この広場には観光客も多く、周りにはカフェなどもあって賑わっていた。
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噴水もあってリスボンのヘソとも呼ばれ、最もにぎわっている場所である。
私はてっきりこの広場からトラムが出ているのかと思ったら違っていた。この近辺には広場がいくつかあるので間違えないようにしたい。 -
15番の市電は新型車両。風情はないが、きっと客が多すぎて乗りきれないからであろう。広場の乗車場所にはすでに観光客の行列ができていた。
我々はリスボアカード持参のため切符購入の必要はなく、スムーズに乗車し座席を確保する事ができたが、多くの観光客は切符を買うのに手間取り、混雑していた。
リスボンやシントラではこういった乗車切符購入。で並んでいる光景をよくみた。わずらわしさや時間短縮のために、私はトントン位もしくは多少の損であれば観光客向けのパスを購入するようにしている。乗車毎に購入は面倒だし、国によってはキオスクなどで購入しなくてはいけなく、更にそのキオスクを探さなくてはいけなかったりするのだ。 -
市電内の貼り紙。そういえば、あれはポルトだったと思うが、友人が同じく観光客であろう方に、カバンが開いているから気をつけて!的な事をいわれていたのを思い出した。注意してくれたのだ。
我々がポルトガルで出会った人々は皆優しかった。がしかし、ここは外国の観光地。油断してスリにでも会おうもんなら一気にこの国のイメージが悪くなり旅行が台無しになるので、気をつけたいもんである。 -
30分以上は乗車したであろう、ようやくベレン地区へ着き、目の前にはこの国で一番有名な世界遺産であろう、ジェロニモス修道院。
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さすがに観光バスが沢山とまっており、観光客も多い。我々は最初に発見のモニュメントとベレンの塔に向かう事にした。
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歩いて10分位だろうか、ここまでロシオ広場から考えると移動に1時間ほどかかっている。
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そして発見のモニュメント。出発前から知ってはいたが、ガッチリ修復の足場が組まれている。なぜこの時期にやるのか?もっと観光客の少ない時期にすればいいのに。それでもかなりの観光客が見学に来ている。
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1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して造られた。
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どうにかこの足場の隙間から偉人達を探す。これは誰だ?あいつはどこだ?と探しながら撮影する。
フランシスコ・ザビエル。 -
この発見のモニュメントの屋上にエレベーターで上がる事ができる。私はリスボアカードで無料かと思っていたが1ユーロ割引きになるだけであった。
屋上から下を見る。モザイクの世界地図が見えるが、もはや誰もいない地図の撮影は難しいであろう。 -
前にはジェロニモス修道院全景。足場が邪魔してなかなか上手く撮影できない・・・
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そして4月25日橋。
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奥にはベレンの塔。この後、この道を歩きベレンの塔へ向かった。
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ポルトガルの場所には何やらマークがあった。日本で見る世界地図は、当たり前だが日本が中心。しかしここでは欧州が中心。
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日本が発見された西暦が書かれている。ポルトガル領には国名も書かれているようで、マカオは国名が書かれていた。
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ベレンの塔。マニエル1世の命により着工し、約5年で完成している。もとはこのテージョ川を行き交う船を監視し、河口を守る要塞としてつくられた。
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このベレンの塔もなかなかの行列であった。リスボアカードを持っていても、別の入場券(バーコードのついたレシートみたいなの)に交換しなくてはいけないので、通常の列に並ばなくてはいけない。チケットをもたない人は左。他の施設で一緒にここのレシートも発券して持っている人は右の列である。
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入場待ちの場所からは4月25日橋やクリスト・レイを観る事ができた。天気も良いのでヨットが沢山でていた。
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ようやく入場券を交換し、私も同時にここでジェロニモスの入場券を発券してもらった。要塞の名残で砲台がある。
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川に突き出たテラス部分。船乗りたちが航海の無事を祈ったという聖母マリア像。
さてこの後、最上階にいくのだが、なぜか私の前で係員に制止されてしまった。どこにも書いていなかったが、どうやら最上部への人数は150人までとなっており、上へあがる階段は1人がやっと通れる程度の幅しかない。 -
150人きっちりではないものの、最上部へは完全入れ替え制であった。なんてこったである。上に上がった人全員が降りてこないと我々は上に上がれない。ここでかなりのタイムロスをした。おそらく人数制限はシーズン中のみだろうとは思うが、時間に余裕を持った方が良い。
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そしてようやく我々の順番となり、上へあがる。がしかし、先ほど発見のモニュメントにも上っているので大して眺望の違いはない。
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一通り写真を撮り、さっさと下りたくても今度は上ってくる人全員を待たないと下れないのである。今度は下り待ちの行列である。
一応小さな信号がついており、それが赤から緑にならないと下れない。前にいるイタリア人らしきタンクトップと、まだかな遅いねーのジェスチャーで会話する。 -
ようやく降りてきた。ベレンの塔内の3階4階も見学可能ではあるが、それは下り時のみしか入れないように、行きの上り時は係員がたって入口をふさいでいた。
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さて、やはりここへきたら外せないナタで有名なパステル・デ・ベレンで、エッグタルトを食べる事にした。午前中は観光バスによる団体ツアーの大行列であったが、やや列も落ち着いていた。
外の列はテイクアウト専門。座って食べるなら中にそのまま入って大丈夫だった。奥に奥にと広い店内。満席でも少し待てばすぐに席は空くと思う。 -
1837年創業の老舗。ジェロニモス修道院から伝えられた作り方を当時のまま頑なに守っている。
店内の装飾やタイルもかわいかった。今さらではあるが、地方色の強いポルトガルの伝統菓子にしては珍しく、北から南、アソーレス諸島などでも食べられている最もポピュラーなお菓子である。 -
テーブルについてからウェイターに注文。もちろんナタである。待つ事数分、皮がパリパリの熱々でとてもおいしい。パリパリすぎて痛い位である。
2個なんてペロリである。もっと食べれば良かった。宿に帰ってから冷たい状態でも美味しいか食べてみようと、テイクアウトで追加購入した。 -
焼かれたナタがどんどん出てくる。400℃のオーブンで短時間で焼き上げるようだ。
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私達が席を立った時に、中国人らしき若者達が皿にナタを乗せたままやってきて、席は空くか?と聞くのでどーぞどーぞと言ったのだが、その後彼らはウェイターに怒られていた。どうやら店の入口に立ち食い場所があるようで、彼らはそこで購入していたようだ。
欧州ではよくある、テーブル席はその分のチャージがとられる。といったところだろうか。 -
さて、やっとジェロニモス観光である。エンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの偉業をたたえ、マヌエル1世が海外からもたらされた富をつぎ込んで1502年に着工させ、約1世紀かけて完成させた。
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南門。スペイン人によって1518年に造られた。上部にはマリア像を中心に、24人の聖人や高位聖職者の像。
下部の扉のすぐ上にはエンリケ像がある。 -
向かって右側は教会。左は修道院チケットの購入の列。
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教会に入ると、なんと結婚式が行われていた。終わるまで見学はできないだろうと思い修道院内を先に見学することにした。
世界遺産であるこんな場所で結婚式なんぞ挙げたら、そうそう離婚なんてできないだろう・・・とバツイチの友人は言う。 -
修道院内部は以外と見学できる場所は少ない。
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扉は沢山あっても入る事はできないのだ。
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回廊。
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ただ、彫刻はすごい。
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これはこの旅に来るきっかけとなったテレビ番組でやっていた、胡椒の実。胡椒の貿易でかなり儲けたようだ。
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ロープやサンゴなど大航海時代を象徴するモチーフ。
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こんなところに船。
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食堂。壁面のアズレージョは18世紀のもの。
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2階へと続く階段。
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聖歌隊席から。どうやら結婚式が終わったようだ。
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教会内部。天に向かってそびえる柱はヤシの木を模したと言われている。
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ここのパイプオルガンは一番しょぼかった。これは本当のパイプオルガンではなく、音響施設だけなのかもしれない。
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マリアのステンドグラス
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ここの見どころとも言えよう、あの有名なヴァスコ・ダ・ガマの棺である。
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教会入って右はカモンイスの棺、左にヴァスコ・ダ・ガマの棺がある。
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さてこの市電、行きは座れたので良かったが、帰りは大混雑で、久しぶりに満員電車を思い出した。帰りはリベイラ市場で降車した。
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リベイラ市場は2年ほど前に改装されたようで、とてもキレイだった。イートインスペースも広く、店も多い。毎日ここでも良いくらい店があった。
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マメのスープや牡蠣、ホットサンド。どれも間違いなく美味しかった。友人はタコのフリッターを購入した。遠目でみていると店員とあーだこーだと言っていた。
ずいぶん待たされ、タコのフリッターだと思ってオーダーしたそれはイカリングであった。これには笑った。タコのマークが書いてある列のメニューだったのにイカであった。 -
満腹になり、川沿いを歩きながらコルメシオ広場へ向かう。この辺りは良い感じの散策路になっていて、景色もよいので人が多かった。
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最近は見かける事が少なくなってきた気がする、リスボンのマンホールのフタ。
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コルメシオ広場手前で人だかりを発見した。
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何だろうと思ったらおじいさんが石を積み上げ、石の塔をひたすた造り、小銭を稼いでいた。
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そんなおじいさんを通り過ぎ、コメルシオ広場へ着いた。1755年の地震により破壊されてしまった、マヌエル1世の宮殿があった事から、宮殿広場とも呼ばれている。
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土曜日と言う事もあるのかとても混雑していた。我々はカテドラルへ向かう。
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何かの写真でカテドラルと市電が一緒に写ってる写真があった。私もその構図で撮りたかった。すると偶然市電が通り、一緒に収める事ができた。
日の陰り具合で影になってしまったのが残念だが仕方ない。 -
この28番の市電、観光客に大人気でいつ見ても大混雑であった。運行間隔もマチマチで、全く来ない時間が続いたかと思うと2台続けて現れたりする。
あまり時間のない我々には不向きで、坂の街といえども歩いた方が早い事の方が多く感じた。 -
カテドラル内部。1147年から建設が始まり、砦の役目もあったようだ。1755年の大地震も生き延びた。ロマネスク様式の大聖堂だが、後にゴシックの回廊やバロックの祭壇などが付け加えられた。
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バロック様式の祭壇
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カテドラルのバラ窓。キリストと12人の使徒が描かれている。
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誰かの棺かな?わからなかった。
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その後この辺りのお土産屋で土産を購入した。コルクの絵ハガキや鍋しき、ガロの置物やケーブルカーの絵が描かれたTシャツなど。今思うと皿などもっと購入してくれば良かったと思う。
ガロの大きさを自分の指で計っている友人。 -
土産屋を数件回ったが、なぜか経営者は中近東系の人が多く、カタコトの日本語はみな話した。
甥っ子3人分のサイズのTシャツを探す店員と私。 -
リスボンの観光でもう1か所行っておきたい場所があった。それはサンジョルジェ城である。本当はもっと明るい時間に来る予定であったが、ベレン地区の観光などで思いの他時間がかかってしまったので、日没時刻に合わせて来る事にしたのだ。残念ながら有料であるが、この国で日本語パンフレットがあったのはここだけであった。
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サンジョルジェ城にはサンセットを見に来ている人が多くいた。さっきいたコルメシオ広場。
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夕暮れを撮影後、完全な夜景になるまで城内を散策する事にした。
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手前に見える広場は15番市電が出発するフィゲイラ広場。奥がロシオ広場である。
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友人渾身の一枚。ここからはクリスト・レイや4月25日橋、離着陸する航空機など見る事ができた。
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このサンジョルジェ城は、10月までは21時まで開いている。
がしかし、城内には明かりがほぼなく、とてつもなく暗い。レガレイラ宮殿の洞窟並に暗く足場も悪いので、夜来る方は懐中電灯は必須アイテムだと思った。 -
旗のある城壁まで登る事ができる。明るいうちならよいが、暗くなってしまうと足元もよくわからず、順路もわからない。出口方面に行きたかったが、行き止まりになってしまったり、プチ迷子である。
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1時間程居すわったであろうか。リスボンには展望台がいくつもあるようなので、どこに行くか迷ってしまう。
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さて、最後はサンタ・ジュスタのエレベーターである。
20世紀初めにエッフェル塔の弟子のフランス人建築家によって建てられた。 -
高さ45mで、クラシックなエレベーターが動いている。あっと言う間についてしまう。リスボアカードで無料である。
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サンタ・ジュスタのエレベーターから先ほどいたサンジョルジェ城のライトアップが見えた。
この後我々は昨夜も行ったデパートに行き最後の買い物をしてアパートに帰った。翌日のフライトは7時発なので3時起床だ。 -
帰国日の朝、リスボン到着日に助けてもらったおばあちゃんとソフィアにお礼の手紙を書き、日本のスナックとして煎餅を置き、アパートを出た。
荷物が重かったので友人を途中で待たせ、私1人タクシーを捕まえに行った。朝5時、タクシーは走っているが空車はあまりなく、最悪広場まで行かないと無理かと思ったが、5分ほどでつかまえる事ができた。
友人を拾い空港へ向かう。空港までは10ユーロ程度であった。安い。
私がタクシーを捕まえに行っている間に、友人は通りすがりのオジサンに声をかけられたようだ。決してあやしいオジサンではなく、早朝に大きな荷物を抱えた女性が一人たたずんでいたので心配して車を止めてくれたようだった。 -
リスボンのポルテラ空港。そんなに大きい空港ではないが、近年改装されたようで、土産屋や免税店は思ったよりもあり、充分時間を潰せた。
友人はポルトで買い損ねたキャリーケースをここで購入した。空港内でのカフェ等でナタも販売していたのでお土産に購入した。 -
買い忘れたポルトガルのお菓子やワイン、食器なども多くはないが、それなりにあった。ワインであるが、液体物の為に乗り継ぎ地などで没収されてしまわないか心配した。
が、今は空港で購入したものは未開封であれば乗り継ぎ地で没収されない袋に入れてくれるのだ。一応トランジットで大丈夫か聞いたら大丈夫だと店員にも言われた。 -
帰りはルフトハンザ航空利用のフランクフルト乗り継ぎである。心配したワインの手荷物だが、出国審査のみで手荷物検査はなかった。これは空港によって違い、同じEU乗り継ぎでも手荷物検査がある空港もあった。
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帰りのルフトハンザ航空は行きのスイス航空とは違い、機材も新しくサービスも良かった。エンターテイメントもほんの少しだけ日本語対応が増えた気がした。
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友人がスイス航空では無い。と言われ飲む事が出来なかったコーヒーも、ルフトでは売り切れる事なく、チョコレートと共に飲む事ができたが、この時友人には体調不良と言う別のハプニングが起こっていた。
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こうして6泊8日の旅行は終了した。
ポルトガルと言う国。これまで私の行ってみたい国リストには全く入っていなかった。今回友人の行ってみたいと言う声により、色々調べて来てみたわけだが、大正解であった。
かわいい街は多く、人は優しい。物価も他の欧州に比べたら安いし、遅くまで出歩いてもあまり危ない感じはしなかった。なんて良い国なんだろう。確かに隣国のスペインという圧倒的存在感のある国の影に隠れてしまっているが、非常に魅力的な国であり、これでも時間は足りなかった。
もっとリスボンの街中を散策したかったし、エヴォラやモンサント、マデイラ島などにも興味があったが断念せざるを得なかった。
今人気上昇中と言われているポルトガル、まだまだ日本人観光客は少ないので少し変わった欧州に行きたい方にはお勧めである。私の中で一気に国のイメージが良くなった。哀愁のポルトガルと言われているが、全然そんな事はない。スペインが都会だとしたら、ポルトガルは良い意味での田舎と言ったイメージだろうか、優しくて温かい感じ。昔ながらの伝統を守るみたいな感じだろうか。
この旅行記をみて一人でも多くの方がポルトガルを訪れてくれたらうれしい限りである。
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