2016/08/13 - 2016/08/13
274位(同エリア334件中)
三峯霧美さん
お盆休みの一日、午後から式内社巡りに出かけました。
県内に住むのに初めて訪れた地域。さほど遠くはないのに、知り合いが住んでいるわけでもなく、観光地もなく、こうやって気合を入れないと行きません。
圏央道が伸びたおかげで、アクセスが楽になりました、せっかくなので社務所があって御朱印を頂ける神社をチョイスしてまわりました。
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幸手市 幸宮神社 さちのみやじんじゃ 村社
圏央道の幸手ICで降りて、東武日光線の幸手駅方面に向かいます。周辺の民家が立ち並ぶ中にある神社で、駐車場は本殿裏側から入りました。
月極駐車場になっているようで、どこに停めていいかわからず、社務所の前に停めてしまいました。
まずは表参道からお参りです。幸宮神社 寺・神社・教会
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祭神 誉田別尊 経津主神
創建は不明 1699年の奉納品があるのでそれ以前と推測されています。
江戸時代1685年の利根川の大洪水で社殿が流されてしまい、祭神が不明になりましたが、明治に入って拝殿を修復し、氷川神社から分祀を受けました。 -
以前は八幡香取社と呼ばれ、1909年に幸宮神社と改称されました。本殿は1863年に再建されたもので、総欅造りで彫刻が豪華です。
参拝者は他に一組だけでした。社務所にお宮参りの予約にいらした方がいました。
幸手の町の鎮守様という雰囲気。 -
境内には滑り台やブランコなどの遊具があったり、お掃除をしたほうきが社務所の脇に立てかけてあったりして、生活感があるというか、周囲の町の生活に寄り添った、親しみを感じる神社でした。
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神職さんが常駐されており、御朱印を頂きました。
幸手の「八坂の夏祭り」は神社の境内社の八幡神社の例大祭だそうです。 -
久喜市 鷲宮神社 わしのみやじんじゃ 県社
10年ほど前だったか、アニメ「らき☆すた」の主人公の家のモデルとなった神社です。
最近アニメの聖地巡礼が流行っていますが、そのはしり的な場所。
アニメのおかげで参拝者が激増し、全国的に知名度が上がりました。
一昨年、近くに住む叔父の葬儀斎場に向かう途中、目の前を通り、ずっと気になっていた神社です。鷲宮神社 寺・神社・教会
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最近はだいぶ落ち着てきたということで、駐車場には痛車もいませんでした。
社伝によれば、天穂日命が出雲族を率いてこの地に神崎神社を建てたことが創建ということで、関東最古の大社と名乗っています。
しかし延喜式神名帳には記載がなく、一説には祟神天皇の時代に土師氏がこの地に移住し、祖先を祀ったのが始まりで「はじのみや」が「わしのみや」になったのではないかと云われています。 -
拝殿
祭神 天穂日命 武夷鳥命 大己貴命
中世以降は東国の武家の崇敬を受け、神領の寄進や社殿の造営が行われ、徳川歴代の将軍も社領を安堵しました。
参道を歩いて行くと、拝殿本殿の脇に出ます。 -
本殿は二つのお社、神崎神社(大己貴命)と鷲宮神社(天穂日命・武夷鳥命)
鷲宮催馬楽神楽は関東のお神楽の源流とされています。 -
御朱印を頂きました。参拝者が多いので、番号札管理されています。
絵馬かけにらき☆すたのイラスト入りの絵馬がたくさんかかっていました。 -
久喜市 菖蒲神社
久喜市と合併する前の旧菖蒲町に鎮座しています。
菖蒲城主佐々木氏の陣屋跡の南西に位置し、佐々木氏によって中世末期に再建されたと推測されています。
県道313号に一の鳥居があり参道が伸びています、以前は広い境内だったようです。菖蒲神社 寺・神社・教会
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祭神 稲田姫命
以前は袋田明神と称しており、近隣の鷲宮神社と玉敷神社の祭神の母神(お袋)が祭神だから、利根川が蛇行して流れ袋状になっていて、一面田んぼが広がっていたからという説があるそうです。 -
セミの鳴き声が多重音声で聞こえてくると思ったら、拝殿脇の木に何匹もとまってました。
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本殿
境内に大きな藤棚があり、ゴールデンウィークに「菖蒲藤祭」が開催され、期間限定の「無事身守」(ぶじみまもり)の領布があります。 -
境内に宮司さんのお宅があり、周囲に香りのよい蚊取り線香が焚かれていました。
チャイムを押して、御朱印をお願いしました。
時刻は3時を回り、ランチぬきだったので、お腹が減った。
近くのコンビニのイートインで軽食を食べました。 -
加須市 玉敷神社神苑
玉敷神社の神苑は公園に整備されていて、大きな藤棚があり、騎西藤まつりにはたくさんの人が訪れます。 -
玉敷神社 参道入り口 長くてまっすぐな参道が続きます。
結局、駐車場の場所がわからず、公園の駐車場に停めました。 -
参道の途中には旧河野邸という庭園がありました。建物は塀と門だけのようですが、玉敷神社の宮司の家にうまれ、國學院大學の学長を務めた方のお屋敷跡です。
時間がなくて中には入りませんでしたが、敷地内には紫陽花が植えられているようです。 -
玉敷神社 式内社 県社
江戸時代は「勅願所玉敷神社、久伊豆大明神」と称し、周辺に多くある久伊豆神社の総社的な存在です。
祭神 大己貴命
社伝によれば703年に東山道鎮橅使・多治比真人三宅麿によって創建されたとありますが、一説では136年の武蔵国造の兄多毛比命の創建ともいわれています。
中世まで現在地より北に鎮座していましたが、上杉謙信の出兵の際に兵火にかかり、社殿を焼失し、騎西城の大手門前に再建され、1627年に現在地に遍座しました。玉敷神社 寺・神社・教会
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由緒ある古社、境内は隅々まで掃き清められ、無駄なものが一切なく凛とした佇まいは、伊勢神宮などの神域と似た静謐といった雰囲気です。
御神水は毎月朔日にお水取りができます。江戸初期の井戸で薬効のある霊水として飲料や湯浴みに供されていました。
神社脇には昭和40年代まで御神湯の明神の湯という浴場があり、どんな難病でも治ると言われていました。 -
本殿奥には式内社の宮目神社
もともとこの地は宮目神社の敷地で、玉敷神社が遍座してきて、いつの間にか宮目神社は境内社になりました。
他に参拝者もなく、静かな神社です。 -
社務所のカウンターはブラインドが下がっていたので、玄関のインターフォンを押し、御朱印をお願いしました。
書置きの御朱印を頂きました。
もう一か所回れそうなので、さらに西に進みます。 -
行田市 前玉神社 さきたまじんじゃ 式内社 郷社
幸魂神社とも。
大鳥居 1676年に建立されたもので、扁額には「富士山」とあります。
忍城内の浅間を勧請してから「浅間社」と号したそうです。前玉神社 寺・神社・教会
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こちらは新しい鳥居、前玉神社とあります。
祭神 前玉彦命 前玉比売命
創建は不詳、本殿は古墳(浅間塚古墳)の上に鎮座し埼玉古墳群に向いて建てられていることから、古墳を守護するために建てられた推測されています。
「前玉」は「埼玉」という地名の由来となったったと考えられています。 -
浅間社が勧請されて、古墳は富士山に見立てられました。富士講が流行った時期です。
手水舎の手水がとても冷たく、井戸水が使われているのでしょうか、とても気持ちがよかったです。 -
今は古墳の下にある神社が浅間神社、古墳の上が前玉神社。
境内の神楽殿の脇には七夕飾りなどがあって、地元の鎮守といった雰囲気。 -
古墳の上が前玉神社です。夫婦神を祀っているので、縁結びにご利益があるそうです。
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御朱印を頂きました。どちらから?と声をかけてくださり、忍野の神社の御朱印が「レア」ですねと、ちょっとおしゃべり。
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参道脇の和菓子屋さん「金沢製菓」看板にある古墳最中より、塩あん餅が気になって入ってみるも、「売り切れちゃった」とご主人。
残念でした、行田はまた来る予定なので、次回はフライと塩あん餅は外せない! -
5時近くなり、神社参拝はタイムアウト。近くにある「さきたま古墳公園」へ。
公園内にある埼玉の県名発祥の地の碑さきたま古墳公園 公園・植物園
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豪農の古民家が移築されていました。
幸手市にあった江戸時代末期の建物だそうです。 -
これは石田堤
映画にもなった小説「のぼうの城」でちょっと有名になりました。
豊臣秀吉による北条討伐の際、石田三成による忍城の水攻めで作られた堤です。
行田は荒川と利根川にはさまれた場所です。 -
日本一大きいという円墳。三成が陣を敷いた場所で、周辺は平らなので、遠くまでよく見通せます。
このあたりでこんもりとした山は、みんな古墳なのです。
現在も石段が整備されて登ることができます。 -
一度登ったことがあるので、今回はパス。
よくある神社は山の山腹などに作られて石段を登るロケーションが多いのですが、本日参拝した神社は、古墳の上の前玉神社以外はすべて石段がありませんでした。
どんだけ平なんだ、関東平野って感じですね。 -
こちらの古墳も、登れるのですが、今回は石段を整備中でした。
実はここ、ポケモンがたくさん出ました。
今回の神社は格式高いものから、親しみやすい気軽な雰囲気まで様々で、楽しめました。
ここからは、高速を使わず、のんびり下道で帰りました。
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