2016/06/19 - 2016/06/19
252位(同エリア312件中)
三峯霧美さん
2015年7月に友人と秩父神社巡りをしたのですが、聖神社の御朱印が1枚足らず、自分はいつでも来られるからと友人に譲りました。
今年に入って週末に再参拝しましたが、神社到着が午後4時だったので、御朱印はありませんでした。
今回は早めに参拝して御朱印を頂いたら、近くの式内社の椋神社と金鑚神社をまわる予定をたてました。
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聖神社到着は10時過ぎ。出発が遅くなり予定の1時間遅れ、駐車場は半分以上埋まっていました。
昨年の西武鉄道のCMの影響で参拝者が激増していて、この日もひっきりなしに参拝者が訪れていて、御朱印の入った箱は空っぽ。
甘かった・・・。
参拝三度目でダメってことは、お金に縁がないのか?
ちょっと肩を落としつつ、皆野の椋神社へ向かいます。聖神社 寺・神社・教会
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椋神社(皆野)。
秩父周辺には椋神社が5社あります。こちらは皆野町の椋神社。
式内社の論社で、5社はすべて明治政府から式内社を名乗ることを許されたそうです。
秩父鉄道の踏切を渡ると、大きな赤い鳥居が見えます。 -
鳥居は朱色ですが、境内はとてもシックな落ち着いた雰囲気。
創建は日本武尊の東征の折、秩父の山中で霧に巻かれた命は、矛を立て八意思兼命を拝すると、光が放たれて椋の木の下に翁が現れ「あなたを導き守りましょう」と言います。
翁に名を訪ねると「猿田彦命」と言って姿を消したので、その地に猿田彦命、八意思兼命、大己貴命を祀ったのが始まり。 -
先ほどの聖神社とは対照的に参拝者は誰もいなくて静かな境内です。
ご利益は三柱の道開き、知恵、国土開拓、医療、縁結びの神であるところから、産業発展、子孫繁栄、家運隆昌、学業成就、交通安全。 -
境内にはたくさんの摂社末社が並びます。それぞれ神様の名前を書いた板がかかっているのですが、経年で読めないものもたくさん。
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「のだめカンタービレ」の作者の出身地ということで、オリジナルの絵馬がありました。
10月の例大祭では埼玉県指定無形文化財の獅子舞が奉納されるので、ぜひ見に来てくださいと、資料を頂きました。 -
神職さん不在のため、書置きの御朱印。世話役の方が日付を入れてくれました。
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神社の向かい側に「秩父味噌」の新井武平商店の工場があります。
敷地右手の建物の中では、たくさんの人がワイワイと何やら作業中。 -
直売店に入ると、いろりがあり、お茶と味噌せんべいを出していただきました。
友人絶賛の「おなめ」と田舎味噌を購入。
この「おなめ」炊き立てのご飯と合わせると、ご飯がいくらでも食べられます。
友人の出身地博多では「しょんしょん」というそうで、お店の方もお客さんから「博多のしょんしょん」と聞いてるそうで、ちょっとのその話で盛り上がりました。 -
連れが衝動買いした麦みそアイス。ほんのり塩味、味噌の味と香りが楽しいです。意外とおいしい。
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隣の建物中でたくさんの人が作業していたのは、「すかり」という秩父地方に伝わる、手編みのカゴバックを作っていたのです。
「昔は地区ごとに編み模様が違ったんだけどね、今はねぇ・・・」と店の方。
お茶とアイスで一息ついて、吉田の椋神社に向かいます。 -
秩父市吉田町の椋神社、正参道。
椋神社で一番有名なのはここ。龍勢祭とアニメ「あの花」だけでじゃなく、1884年に起こった秩父事件の決起の場所で、事件を題材にした映画もあります。椋神社 寺・神社・教会
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境内から見える集落は、のどかな日本の田舎。
この椋神社も皆野の椋神社と同じ由緒です。
鉾が光を放って飛んだことが龍勢祭の起源となったようです。 -
祭神は 猿田彦命
本殿は武田信玄による戦禍で焼失し、1575年ごろ再建され、何度か大規模な修繕がなされているようです。 -
龍勢祭で打ち上げられる龍勢が飾ってあります。昨年の打ち上げ順が掲示されていました。
アニメ「あの花」で、龍勢は重要なファクターとして描かれて、さらに有名になりました。 -
社務所は御守りやお札が置いてあります。中をのぞくと誰もいないので、引き戸を開けてみると、奥の座敷から数人の方が談笑している雰囲気。
ちょっと声をかけてみると、女性がお二人来てくださいました。
神職は外出中、社務所の方は「ご飯食べに行っちゃったんじゃない?」とのこと、お二人は地元の方の寄り合いだったみたいです。 -
書置きの御朱印を頂いて、300円渡そうとすると「こんなのが300円もするの?」と・・・それを言っちゃ身もふたもない。
相場ですからと、300円納めてきました。袋を探してくださったりと、お世話になりました。 -
駐車場に入るところに、新しく大きな鳥居が立っています。昨夏に建立された立派なもの。
鳥居の左手には龍勢祭の観覧席があります。 -
神社の駐車場から龍勢祭のやぐらが見えています。いわゆる発射台です。
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そばまで行ってきました。
「あの花」の舞台は秩父市で、実際の風景がいくつもアニメに登場します。この発射台もその一つ。公開後はアニメに登場した場所を訪ねる「聖地巡り」が流行りました。
この日も赤ちゃんを連れた若いご夫婦や、カップルが数組来ていました。 -
お腹が減ったので、神社からちょっと離れた龍勢会館の横の龍勢茶屋でランチ。
龍勢会館は龍勢祭の展示館です。時間がないので、今回は見学は断念。龍勢会館 美術館・博物館
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龍勢茶屋です。農産物の直売所。採れたての野菜が激安でした。
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古代米のカレー もうちょっと熱かったら、もっとおいしかったのに。
こんなところ(失礼!)にも中国人の家族連れの観光客が来ているのはびっくりしました。あの花効果でしょうか。
それにしても、たくさん料理を注文して、気に入らなかったのかラーメンはほとんど手を付けずに帰って行きました。 -
一山越えて、神川町に入ります。もう少しで群馬県という場所。
大きな鳥居は 式内社 明神大社 金鑚神社 かねさなじんじゃ
武蔵国五宮ですが、以前は二宮で、神社は今でも二の宮を名乗っています。
大鳥居を進むと参道の奥に駐車場があります。武蔵二宮 金鑚神社(児玉郡) 寺・神社・教会
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参道は舗装してあるのですが、参拝者が少ないからか道の端は苔むしています。
金鑚(かなさな)とは砂鉄を意味す「金砂(かねすな)」が語源で、近隣で良好な砂鉄が採れ、採鉱、製鉄を生業とする集団により祀られたと考えられています。
静かに細かい雨が降って来て、しっとりとした空気の中、鳥の鳴き声だけが響いています。 -
重要文化財の多宝塔 室町時代後期の1534年建立。
阿保全隆の寄進、建立年代が明確な、県内有数の木造建築物です。
見上げると、どっしりと黒い多宝塔。 -
武蔵国の明神大社は 大宮の氷川神社と この金鑚神社(金佐奈神社)の二社だけです。赤い橋を渡ると、正面に見えてくるのは神楽殿。
しんと静まり返った境内に響くのは鳥の声だけ、その清廉なたたずまいは長く神様を祀ってきた歴史と伝統を感じ、吸い込む空気で体が浄化されて、すっと背筋が伸びて行くようです。
とても気持ちがいい、これ、パワースポット的かも。 -
拝殿
社伝では日本武尊の東征の際、叔母の倭姫命から授かった火打金を、御室山に御霊代として納め、天照大神と素戔嗚尊を祀ったのが創建とされています。
社務所では「火打守」の領布があり、家の四方に向かい火を打ちかけて、災難除け・防火の清め火とするそうです。 -
中門 御神体は御室山で、本殿はありません。
古代の神奈備山の祭祀を今に伝えています。
この神聖な雰囲気は、伊勢神宮で感じたものと似ています。特に瀧原宮では同じように細かい雨が降っていたので、空気感がそっくりでした。
瀧原宮は遠くて、なかなか行けないけど、ここならちょっとしたドライブなので、またお参りに来ようと思います。やっぱり雨の日がいいかな。 -
神社の奥には鏡岩という岩盤があります。活断層の断面が強い摩擦によって鏡のように磨かれた地質学の資料とされています。
鏡岩方面はハイキングコースになっていますが、ちょうどそちらから戻ってきた方が「しんどかった」と言っていたのと、雨が降り、足元が悪いので、今回は見学を断念しました。 -
社務所で御朱印を頂きました。社務所は土・日・祝日の9時から4時まで開いています。平日は無人となるようで、平日に用事がある場合は電話連絡が必要です。
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金鑚神社の鳥居の向かい側は 金鑚大師大光普照寺の朱色の門。
門を過ぎると左側に大きな駐車場があります。
1月3日はだるま市が開かれて、参拝者で大賑わいだそうです。 -
創建は飛鳥時代という古刹、中世から明治まで金鑚神社の別当寺でした。
ちょうど堂内で行われていた法事が終わったようで、礼服姿の方が駐車場に向かっていました。
お一人が「鳥居の向こうに多宝塔がありますよ」と声をかけていただきました。
地元の方で、神社の鏡岩は、昔子供の遊び場で、滑り台のように子供が遊んでいたのでピカピカに光っていたのが、遊びが禁止になってから光らなくなったと笑っていました。 -
境内の戦没者供養塔にある仏像 神社で降っていた雨は上がりました。
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御朱印を頂きました。
元三大師は比叡山中興の祖、角大師、魔減大師ともいわれ、数々の伝説が残されています。
このお寺に滞在して教えを広めたので、元三大師の寺として知られるようになりました。
ここからゆっくりと一般道を使って戻ります。 -
美里町 みか神社 、字がありません。
武蔵国那珂郡 式内社
「みか」とは酒を造るためのかめのこと。
祭神は櫛御気野命は女神、櫛みか玉命は男神の夫婦神、酒造の神様。 -
写真を撮っていると、年配の女性に話しかけられました。神社の字がとても珍しく、大学の先生が調査に来たり、学生に何と読むか質問したら、誰も答えられなかったとか。
「神社巡りはいいわね」とおっしゃっていました。
もしかしたら神社のお隣に住む宮司さんの奥様だったのではないかと思います。
その時は気が付かず、お尋ねして、御朱印を頂きたかったです。 -
御神宝として土岐器のミカが保存されているそうです。
以前は秋の例祭に新米でどぶろくを作って神前に奉納し、一つは春の例祭で参拝者に分け与えていたそうです。
今は清酒に替わったそうです。
神社奥のゴルフ練習場の池にある稲荷神社にお参りしました。 -
東松山市 箭弓稲荷神社 5時を過ぎてしまったので、社務所は閉まっていますが、お参りはできます。
箭弓稲荷神社 寺・神社・教会
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創建は712年 1030年に甲斐国守の源頼信が下総国の城主平忠常の討伐で周辺に一泊した際、小さな祠だった野久稲荷神社に詣でたところ、白羽の矢のような雲が敵陣方向へ飛んでいくのを見て、神のお告げとして攻め込み勝利をおさめ、箭弓稲荷大明神と称えて立派な社殿を建造したそうです。
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広い境内には、ぼたん園などがあり、近年は箭弓(やきゅう)にあやかって野球関連の参拝者が多いそうです。
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中世の兵乱で衰退し野中の小社となっていましたが、1617年、天海僧正が駿府から日光に神輿(家康の遺骸)を守護し、松山宿に差し掛かると大雨に見舞われ、社を守る庵主の草室に神輿を収めました。
すると、弓矢を携えた翁が現れて、稲魂の神使で神輿の御先を掃仕し非常を鎮めると告げます。
庵主に神社の由来を聞いた天海僧正は箭弓稲荷大神を尊崇し社殿を造営し、庵を一寺に(福聚寺)に取り立て、庵主を別当にしたということです。 -
ベースをかたどった絵馬。バットの絵馬もありました。
御朱印は、また後日参拝の折に頂くことにします。
この日は式内社だけでも、4社を巡ることができました。
箭弓神社の御朱印は、再訪することにしましょう。
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