2016/04/02 - 2016/04/02
761位(同エリア1682件中)
クッキーさん
市内のちょっと高い所からはいつでもどこからでも見られる地元の城ですが、桜の開花を聞きウォーキングを兼ねてお城を歩いてきました。
桜と城の競演を満喫し、初めての登城道も歩けて新鮮な気分でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
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ウォーキングを兼ねての花見ですから、ロープーウェイ乗り場の横にある東雲口登城道を利用して松山城を目指します。
東雲口登城道は松山城登城道の中では観光で来られた方が一番多く利用される登城道です。
この登城道は幕末のころに作られたらしいのですが、道幅の広いゆるやかな坂道は明るくて気持ちの良い道です。
ロープーウェイ乗り場が混雑しているせいか、こちらを歩く人も多いようです。 -
頭上をすれ違うロープウェイ。
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上ってきた坂道。
松山城に上るための登城道は4ヶ所あり、一番整備されているのが東雲道で築城当時、瓦・木材・及び石材等の資材を運搬するために作られた道だそうです。 -
この石垣が正面に見えてくると、松山城に来たという実感が。
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松山城は日本三大平山城の1つで、1864年に再建された天守閣をはじめ、築城当時からの乾櫓、野原櫓、紫竹門、隠門、一ノ門などが残り、いずれも重要文化財です。しかし、そのほかの建物の多くは空襲や放火で焼失し、戦後に再建されたもの。しかし、全て木造で再建されているのが特徴で、現存する遺構との調和が取れており、往時と変わらぬ姿を見せています。
ちなみに2006年に「日本100名城」、2007年には市内の道後温泉とともに「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されています。 -
広場の桜。
雲が多いのが残念。 -
桜に縁どられた城壁。
大手門跡より松山城天守を。 -
右側が戸無門で、ぐるっと回った所が筒井門。
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筒井門の前では満開の桜がお出迎え。
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筒井門をくぐって中へ。
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筒井門を入って石垣沿いに右に進み、石垣の端で直角に曲がった所に太鼓門が待っています。
カギの手のように曲がりながら敵を迎え入れる防御の仕組みなんですね。 -
桜が色を添える太鼓門。
太鼓門と太鼓櫓は1945年の松山空襲によって焼失したために、その後復元されたものです。 -
本丸広場に到着。広場では野球拳大会を開催中。
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本丸広場から望む天守閣。
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受付で城閣入場料(大人500円)を払って、石段を登っていき一の門に。
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三の門の前には桜を取り巻く人でいっぱい。
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二の門?
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筋鉄門(内庭入口)。この門の2階は右手の大天守と左手の小天守をつなぐ渡櫓となっています。
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一の門からその高い石垣の間をカギの手に曲がりながら進んできました。
こうして城の造りをじっくり見てみると、守り堅固な城であるとわかります。
でも実際のところ、この城が戦の場になったことは一度もなかったんですね。 -
玄関にて靴をカギ付ロッカーに入れて、スリッパを履いて入っていきます。
松山城の大天守1階が玄関で、玄関の階段を上がると2階部分にでます。
順路としては、北隅櫓、南隅櫓、小天守という順で廻ります。 -
囲まれた中庭。
筋鉄門が見えています。この左手が天守閣への入口。 -
天井の木組み。
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大天守は三重三階。さらに小天守、南隅櫓、北隅櫓を多門櫓や廊下で連結した連立式天守。大天守は1864年の再建。しかし、小天守閣・南北隅櫓・多聞櫓は1933年に放火のため焼失し、1968年に再建されたものだそうです。
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順路からの眺望。
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甲冑、武具や歴史資料などの展示がされています。
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天守から見た、本丸広場方面。
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松山市東部方向。
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本丸広場。
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天守の中心部分はこんな具合に行ったり来たりのカギ状になっています。
最近訪れた松本城ではこんなにたくさんの櫓や城壁は見ませんでした。
こうして見ると、松山城がトリップアドバイザーで上位を占めるのもわかるような気がします。 -
順路から見える天守閣。
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松山市西部方面。瀬戸内海・伊予灘に浮かぶ島までくっきりと。
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天守閣内部。
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大天守を出て、北に開口しているのが内門で、2階は大天守と北櫓を結ぶ渡櫓となっています。
ここは出入りできなかったかな? -
内門をくぐって、内庭(天守内曲輪)から出ていくのが順路となっています。
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内門をくぐって、右に折れると見えてくるのは仕切門。この門を過ぎると正面に立っているのが天神櫓です。
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見事な満開の桜。
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外庭から三の門を背景に。
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天守の見取り図をアップしておきましょう。
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三の門途中の階段から。
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人波が途絶えた時を待って一枚。
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天守曲輪入口から望む大天守の南面です。
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やはり城壁の美しさに惹かれます。
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本丸広場から。
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城と桜がお互いに美しさを引き立てているかのよう。
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太鼓門。
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太鼓櫓。
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筒井門の内側から。
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見返りの石垣。
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この道は二の丸庭園へ下る坂道で、初めて歩きます。
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うーん、山道としか言いようがないですね。
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松山城への登り口として紹介されていますが、上ってくる人みんなが一様に疲れ切った表情を見せていました。
中にはご夫婦で言い争いをしている方も。「誰がこんな道を歩こうと言い始めたんだ・・」なんてね。
この坂道を下っていると、責任を押し付けたい気持ちがわかります。 -
途中の石段。
一部、江戸時代から続いているという石畳があるそうですが、カメラには収めていませんでした。 -
中には、ベビーカーを押してきている人も・・・
おそらく状況を知らなかったのだろうけれど、途中であきらめたんじゃないかしら。 -
やっと下ってきました。膝に堪えます。
本来はここからが登城道ですよ。歴代のお殿様もここを登られたのだとか。 -
二之丸庭園を上から。
二の丸は今、史跡庭園として築城往時の居館を復元されていますが、昭和58年までは、ここは中学校があった所なんですよ。
松山城の二の丸全体が学校。丘陵の上に何重にも巡らされた石垣に囲まれ、風光明媚で贅沢な立地を享受した学校だったんですね。
学生時代には、この城壁沿いを通るたびに羨ましく思ったものです。
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この敷地には明治時代から歩兵二十二連隊の病院棟があり、終戦直後も国立病院として活用され、城東中学校はこれら白亜の病棟の一部をさらに受け継いだそうです。
二之丸庭園の北門。城主も登城時にはこの門を潜って登られました。 -
黒門口登城道を示すパネルです。
城の歴史・登山道説明・戦中の模様などのパネルに解説を付けて設置されています。
黒門口登城道は慶長年間に建造された松山城二ノ丸から頂上にある本丸への通路であったといわれています。
明治17年頃に、登り口付近が兵営となったため一度閉鎖されていたそうですが、昭和44年(1969)の春に、再び登城道として改修されたそうです。 -
ウォーキングが目的だったので、歩き疲れたこともあり桜と石垣だけ堪能して帰ることにしました。
二の丸庭園はまたの機会に。 -
この辺りは、整備されてから初めて見る場所だったのですが、本当にきれい。
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広い駐車場にも近く、こんな反り返った石垣を見るとここから上ってみたくなるでしょうが・・・二の丸庭園だけ見学して、ロープーウェイ街へ回られることをお勧めしたいですね。脚力に自信のある方は挑戦してみてください。
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