2016/06/11 - 2016/06/11
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ぺでぃまるさん
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仕事で松江に行くことになったが、土曜の昼からの仕事で、午前中は空いている。前泊で町歩きも考えたものの、出張費も出ないし到着も遅いしと逡巡していた。そんな時に深夜高速バスなんてものが京都からあるじゃあーりませんか♪仕事も遊びも一生懸命、そんなこんなの松江の半日+αの町歩きです。
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京都からの高速バスで松江に到着したのは。基本どんな格好でも短時間でも眠れる私だか、トシのせいかふしぶしが痛い。荷物をチェックインするホテルに預けてから、町歩きは開始です。
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まだ陽も上がりきっていない静かな早朝、松江城の方へと歩きます。城下町らしく寺院は集められて、寺町を形成しています。
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雰囲気あるお店は何だろうと検索。カフェ・テテドババール、舌噛んだ(>д<)
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京橋川(松江堀川を構成する9つの人工河川の一つ)のほとりに建った蔦の絡まった建物は、カフェではなく喫茶店です。こういう所でまったりとモーニングして高速バスの疲れを癒すのが、アラフォーの正しい在り方であろう。まあ開店もしてないし、歩いておきたいしと先へ進みます。それではこれから散策する松江の説明へといきましょうか。
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松江は北は日本海に接し、宍道湖と中海に挟まれた交通の要衝にあります。出雲国のほぼ中心に位置しますが、かつては入り海や湿地帯が多く、江戸の町と同じく寒村に過ぎませんでした。出雲国は戦国時代には尼子氏から毛利氏へと領有は移り変わりましたが、(安来市)広瀬の月山富田城を中心に治められました。
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関が原の合戦により、東軍の遠江浜松の堀尾吉晴が、毛利氏に代わって出雲・隠岐24万石を拝領し、広瀬の月山富田城に入りました。しかし、山城である月山富田城は戦のない世では要地ではなく、宍道湖と大橋川を隔てた亀田山に新たな城と城下町を建設することとしました。町割はおおまかに、大橋川以北が武家地で以南が町人地です。
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城下町を造るに当たっては、堀を縦横に掘削して、山の尾根を切り崩し、それらの土砂で城の東の入江や沼地だった所を埋め立てるような大がかりなものでした。しかしながら松江の城下町の礎を築いた堀尾氏は三代で断絶してしまいます。
今でいう大型公共事業で、松江の町のハードを作ったのは堀尾氏ですね。 -
代わって若狭小浜から移封されてきた京極氏も一代で断絶しました。1638(寛永15)年、徳川家康の孫にあたる松平直政が信濃松本から入り、出雲18.6万石と隠岐1.8万石を領する松江松平藩の祖となり、以後明治維新までの230年間治められました。
後に記しますが、松江の町のソフトは松平氏(特に七代藩主・松平治郷)の影響が濃いです。 -
その後は山陰のほぼ中央に位置することから、政治・経済・文化の中心地としての地位を確立しています。米子や境港の伯耆地方は、鳥取よりも県を跨いでも松江の方が親近感ありそうな話も聞いたことあります。
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人口減が叫ばれる日本の中でも2番目に人口の少ない島根県(1番少ないのはお隣の鳥取県)、人口は約69万人と県全体で静岡市や岡山市より少ない。参院選は鳥取県と合区になって、島根県の西から鳥取県の東までは、東京から名古屋に相当するらしい。こんな合区で地方の声は届くのでしょうか。
だから鳥取県と歪みあわんといてね。 -
早朝散歩で着いたのは、松江の町歩きでは欠かせない塩見縄手です。先程も述べたように、松江城築城の時点で山を切り取って武家屋敷を造って、堀を開削した計画的な通りです。“塩見”はこの武家屋敷の一角の中級武士から家老へ立身出世した塩見家に由来し、細く伸びた一本道を“縄手”と呼びます。
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塩見縄手の景観を形成するのは武家屋敷、そして松並木。松の中には歩道をアーチ状に囲う様な松の大木もあります。
くぐり松には枝を切った後にハートマークが見えて(写真中央より少し右)、通る時に願いをすると良縁が来るとかですが…ハートって少し無理ねえかぁ(´∀`;) -
どうして松ってこんなに曲がっちゃうかとググってみたら、日照・風向・土壌などの環境条件に反応して、幹を取り巻く細胞の成長が一様でないことかららしいです。
でも松の曲がった樹形は日本らしさがありますよね。 -
早朝のために人も車もまばらで、電線地中化してスキッとした城下町らしい静かな景観です。早朝町歩きの恩恵はこういうトコにあるんですよね♪
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西内堀と北堀には、金銭面や立地条件などから石垣が築いていませんが、大きな堀と生い茂る古木が雰囲気いいですよね。こんな大きな堀を人力のみでしたって、本当に想像できないよなあ。
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塩見縄手には武家屋敷、茶室の明々庵、小泉八雲記念館、小泉八雲旧居、茶道関連の美術品等を展示する田部美術館などがあります。ここは松江市伝統美観指定地区でもあり、日本の道百選にも選定されています。
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ランニング中の方の後姿を拝借すると、くぐり松の高さはこんな感じ。平均的な身長の成人は、ボーッとしてたら顔ないし頭をぶつけます。写真右のように堀の上へと幹を伸ばして、堀の中から添え木で支えられているやん(@@)
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武家屋敷の長屋門も入れた、塩見縄手の町並み。島根県は石州瓦の本拠とでもあることから赤瓦が多いですが、城下町のためか黒瓦なんですねえ。ちなみに石州瓦で有名な島根県の観光地は、石見銀山と栄えた町・大森です。
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他のむかし町のように家々や蔵が密集しているわけではないが、武家屋敷らしいゆとりのある風景←だがそれがいい。
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堀には彩りを添える、紫陽花の花も綺麗。日頃の行いがいいので晴れたけど、この町は霧雨煙る雰囲気が凄く似合う気がする。
だき〜しめたい〜♪ -
塩見縄手を離れて、下町らしき町並みを歩きました。なんとなく私が住んでいた彦根に似ている気がしました。町中に古い空き家っぽいのあったり、やたら古そうな見た目の公的機関や会社の支店がある、道がスッキリしてないなどです。まあ大きな湖そばの親藩譜代の有数の城下町ですもんね。
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城下町に住んでいたら、この写真のように町からお城が見える風景があまりにも自然なんですよね。松江の人も日常に入り込んでいるんでしょうね。
ここら辺りは古い建物が点在する石橋町で、少しブラつくことにしました。 -
森山勇助商店は創業1875(明治8)年の醤油屋です。
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今も当時より使い続ける木桶で醤油を作り続けています。意図しているのかしていないのか、赤いトタンがノスタルジック。
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石橋町を進むと、李白という酒蔵があります。日本酒なのに違和感あるよなって思ったけど、李白はかなりのお酒好きであることから、大正から昭和にかけての松江市出身の総理大臣・若槻礼次郎により命名されたようです。松江の名前の由来も中国からの説もあって、何か興味深いです。
せっかくだし購入しようと思ったが、まだ開いてなかった。早朝町歩きの難点はお店がまず閉まってるんだなぁ… -
そういや島根の総理大臣と言えば竹下登で、実家は雲南市(掛合町)の酒蔵です。そんなことばっか考えていると、ASK(朝から 酒 飲みてえ)ってDAIGOが降臨してきた。頭の中でMD(マジ ダメ)って答えておいた。
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ブラブラしている内に、松江城に入れる時間になったので向かいました。松江城は現存する12天守の一つで、先程も述べたように堀尾氏によって築城されました。別名は千鳥城とも呼ばれ、2015年7月に国宝に指定されました。
国宝天守は5つだけ、つまりは姫路・彦根・松本・犬山・松江です。 -
お殿様絡みって栄光没落の浮き沈みが激しいからか、伝説みたいなのができやすいですよね。肥前佐賀(鍋島)藩の化け猫伝説、ひこにゃんの由来となる近江彦根(井伊)藩の白猫伝説なんかがあります。松江にも御多分に漏れず、興味深いちょっとした伝説があります。それは、“松江の町には盆踊りがない”。
写真は城内にあって、松江では数少ない明治建築の一つとして島根県指定有形文化財に指定されている興雲閣です。 -
簡単に説明すると、
ワイ殿様、築城するで→石垣何度も崩れてばっか、ハラ立つ→人柱いるんちゃうん→盆踊りエサで人集めようや→めっちゃカワイイ娘いるし、ええんちゃう→さらって生け贄決定(・∀・)
との鬼畜プランに対して、
ご機嫌で踊ってたのにマジで→なんでウチ人柱なん→人柱なっても勝手に踊るし\(≧▽≦)丿
と当然の対応で、毎年の盆踊りで城が揺れ動くようになりました。恐れをなした時の城主は、城下での盆踊りを禁止しましたとさ(^_^;A
写真は城内にある松江神社で、場所や名前の割に1877(明治10)年と意外に歴史は浅い。 -
外からだけでなく天守からの風景を楽しもうと、本丸へと進みました。2割引になる松江城天守閣・小泉八雲旧居・武家屋敷の3館共通券がありましたが、全部行ききれるか微妙だったので、普通に登閣料(大人\560/人・小中学生\280/人)を払いました。
質実剛健な佇まいが美しいですよね。 -
国替えで松江に来た松平直政(写真左上)の初陣は、14歳の時の大坂冬の陣での真田丸での幸村でのものです。その勇敢な若武者ぶりに、真田幸村は軍扇(写真右上)を投じて賞したと言われています。戦の規模も相手も初陣としては凄いですね。芯になる柱材を複数の厚い板で覆った、集成材の柱(写真左下)は日本最古のよう。色々見ながら、360℃見渡せる望楼式天守(写真右下)へと上がっていきました。
“倍返しだっ!”の使いどころがなかった… -
望楼から宍道湖を眺めると、お殿様気分♪
宍道湖マダマダだねって、上から琵琶湖(*´∀`) -
再度町歩き目的に場外へ出ると、松江観光のド定番の堀川遊覧船に出くわしました。松江城を囲む約3.7kmの堀川を船頭のガイド付きで約50分かけて巡って、松江の町並みや水辺の風景を船上という変化ある視点で眺めることができます。
せっかくだし乗りたかったのだが、ガマンがまん(≧皿≦) -
どこか一つ見学しようと、小泉八雲旧居(\300/人)におじゃましました。ここは実際に小泉八雲が旧松江藩士の娘と結婚して、6ヶ月の間住んでいた武家屋敷です。すこし小泉八雲に関して記しておきますね。
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小泉八雲こと(パトリック・)ラフカディオ・ハーンは、ギリシャ生まれアイルランド育ち、アメリカに渡って活躍したジャーナリストで、1890(明治23)年に39歳の時に来日します。知人の紹介により島根県尋常中学校及び師範学校の英語教師として、松江に赴任しました。
入梅したものの、新緑の若々しい色合いの残った日本庭園。畳に胡坐をかいて眺めると落ち着きますね〜 -
松江での生活の中で出会った古き良き日本に、八雲は大きな感銘を受けました。この地に伝わるたくさんの不思議な話を元に、独自の考察を含めながら“怪談”“知られぬ日本の面影”“神々の国の首都”など記し、多くの作品を通して日本とその伝統的精神・文化を広く世界に紹介しました。
先程の盆踊りの伝説もそうだし、耳なし芳一や雪女なんかもですよ。 -
日本へ思いを寄せたのは、アイルランドでの暮らしが大きく関わっているようです。父母との別れや厳格なカトリックへの反抗などの辛い思い出の一方、万物に精霊の存在を認めるといわれるケルト口承文化と触れたことが、異界への憧憬を持って創造の世界へ誘った形になったようです。
この写真右の違和感あるくらい高い机は、小泉八雲は右強度近視のためにページに額をこすりつけるような形でしか読めなかったためのようです(左は失明)。 -
仕事前に腹ごしらえしようと、早めの時間で出雲そばが楽しめる“八雲庵”におじゃましました。
うどん文化の西日本ですが、松江や兵庫県の出石ではそばが有名です。気候としてそばが合うのもありますし、松平氏(信濃松本→出雲松江)・仙石氏(信濃上田→但馬出石)も信濃から国替えの際にそば職人を一緒に連れて来たことからとされています。 -
出雲そばの特徴は、製粉のとき甘皮まで挽きこむため、色が濃く、そばの香りは強いことです。割子という直径12cm位の容器に盛られ、三段程度積み上げて出されます。この上に刻みネギ・モミジオロシ・揉み海苔・花カツオ等の薬味を乗せ、直接につゆを掛けて食べます。
割子にはあらかじめ、山芋・ウズラの黄身・大根おろしが添えられていました。 -
私の最も古いそばの記憶は、30数年前に私が幼稚園か小学校低学年で松江で食べたものです。もうお店はないかもしれないし、思い出補正もあるかもしれないが、それ以来の出雲そばはたいへん美味しゅうございました。
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ご飯の後には別腹と、お隣の和菓子屋の“風流堂 塩見縄手店”へおじゃましました。松江はお菓子で有名ですもんね。理由は下に記します。
松江藩は慢性的な財政危機に悩ませられるも一向に回復せず、やっと七代藩主・松平治郷によって、積極的な農業政策・治水対策のみならず、強行するリストラ・増税・藩債の踏み倒しなど強引な改革を次々と行い、藩の財政を好転させました。
→さらっと書いたけど、やってることヒドクね? -
こうして藩が潤うと、茶人でもあり不昧公(ふまいこう)としても知られた治郷は、後に確立される松江の茶文化や菓子文化を築き、茶道研究・文化的活動に没頭しはじめます。しかしこれによって藩の財政は再び厳しくなっていくのです。
→余裕が出て趣味に走って財政破綻って、おいおい( ´Д`)っ))
風流堂では生菓子と抹茶のセット(\600)をいただきました。練り切りって季節感も出て、これぞ和菓子って雰囲気がイイですよね。 -
出雲そばに和菓子と短時間で松江の食をcompleteしたワタクシ、我が家と実家へともって帰ろうと目星をつけていた“風月堂”へと和菓子を買いに向かいました。そこはHPも通販もなく、行って購入しなければならないハードルがあるのです。せっかく着いたものの、八雲小倉が今日はない(゚Д゚ノ)ノエェエェエェ
お店の方に聞いたら、来た方には郵送で送りますよとのこと。今はクール代が勿体ないし、日持ちのこともあるので、秋の方がおススメとのことでした。今は秋に送られてくるのを楽しみにしています。ちなみに八雲小倉は雲模様を焼いたカステラ生地で餡の竿を挟んだものですし、気になる方はググって下さいまし。 -
仕事前にもう一つと、“三英堂”へとおじゃましました。茶人もとい道楽殿様の不昧公が好まれたお茶菓子は、不昧公好みと称されます。試食もしましたが、菜種の里(写真右上の黄色)はさらりと口中で溶け、後味がいつまでも残らないお茶の脇役という感じでした。若草は松江銘菓として有名で、若草色の寒梅粉を求肥にまぶしたものですが、個人的にはシャリッとした食感からの求肥のブニッとした食感が苦手だな〜
実家や職場などに詰め合わせなど数点購入しましたが、菓子処松江には先程出てきた“風流堂”“風月堂”“三英堂”以外にも、“一力堂”“桂月堂”“彩雲堂”など多くの和菓子屋があります。 -
軽く付き合いで夕食(ノドグロ、お刺身ウマーでした)を食べた後、酔いが足りなかったのもあって、軽く居酒屋で一人呑みをしました。松江のお酒の超王碌の肴は、スッキリ薄味の松江おでんです。松江おでんと名前はついていますが、春菊なんかの葉ものが入る以外は、他のご当地おでん(静岡や姫路)のような特徴らしい特徴はないです。
おでんはサッパリしたのより染み込んだのが好みの私、ちょっと好みと違いますな。以前金沢でもおでんを食べたけど、その時と同じような気持ちになりました。そういや松江と金沢って、いろんな所が似てませんか? -
一人飲みでどうしても食べたかったのは、宍道湖七珍の筆頭とも言うべきシジミです。こちらでは泥酔シジミ(\680)、平たく言うとシジミの酒蒸しです。シジミの出汁が五臓六腑に染み込んでいくわぁ。
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大橋川の橋上で、控え目な夜の灯りを夜風に吹かれながら眺めてみた。そして思った。
“まだ食えるな…” -
そして松江でのシメに選んだのは、町中のチラホラあるシジミラーメンではないんです。コダワリ強い老舗のうどん屋やそば屋は終わるのが早いものですが、ここ“橘屋 本店”は深夜まで出雲そばを食べさせてくれます。
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ここに来たのは、釜揚げそばをどうしても食べてみたかったからです。出雲独特のもので、釜茹でしたそばを直接丼に入れ、その茹で汁を丼に入れたものです。釜揚げうどんとちがうのは、出汁を茹で汁に直接かけながら、お好みの味にしていくんです。そば湯を味付けしていくイメージです。
正直夜中までやってるそば屋にあまり期待してなかったんですが、いい意味で裏切ってくれました。細かいことは分かんないけど、ダイレクトにそばの滋味深い甘さを感じられて、美味しい食べ方ですねえ。 -
最後に繁華街を横目にしながら、翌日へと備えたのでした。
松江は風情ある地方都市で、なかなか良かったですね。
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この旅行記へのコメント (4)
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- たらよろさん 2016/08/16 17:45:40
- 松江、素敵ですよね〜〜
- こんにちは、ぺでぃまるさん
暑中お見舞い申し上げます♪
毎日暑いですね〜
関西は、35度超えが2週間くらい続いてて。。。
本当に暑いわ(笑)
相変わらず、古の素敵街並みを探して、あちこち駆け巡っていらっしゃいますね〜
以前、松江に泊まったときに、
この蔦の絡んだカフェに行ったような。。。
いやもう、かなり前の記憶なので、曖昧だけれど、ケーキが美味しかったような・・・
シジミも美味しくて、夜は郷土料理を求めてお店に行ったよなぁ〜
今や、松江といえば、錦織くんかしら?
また久し振りに行ってみたくなりました〜〜♪
暑い日が続きますが、お体ご自愛くださいね。
たらよろ
- ぺでぃまるさん からの返信 2016/08/18 17:50:42
- お久しぶりです。
- たらよろさん、お久しぶりです。
なんか出張くらいしか旅行記にできない悲しい状態でしたが、この前に夏休み取れたんです。
憧れの軽井沢、短い間ですが楽しんできました♪
たらよろさんとかpuyoさんの旅行記読んでいきましたが、まだまだ楽しめそうなトコですね。
関西に同じテイストの避暑地がないのが恨めしい…
あと私は絶対日帰りはできん(^皿^)
松江も久しぶりですが、これぞ地方都市の雰囲気。
歩けば歴史を感じるのは、古都の為せる業なんですかね。
やっぱ日本海は海のモノはよかったですが、米子で食べたんです。
松江ではまた違うのかな。
旅行記作成はゆったりモードになりそうですが、また来てくださいね。
ぺでぃまる
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- みかりさん 2016/07/06 01:13:46
- 出張なのに優雅そう??
- ぺでぃまるさん、こんばんは!
コメントは、お久しぶりです〜。
(ご訪問&ご投票ありがとうございます)
今回は出張で松江に行かれたんですね。
松江&出雲と言えば、むかし町好きなぺでぃまるさんにも
ピッタリの場所なのでは・・・。
今回は夜行バスでの旅。私も松江⇒京都コース(昼便)を乗った事が
あるけれど、けっこう時間かかりますよね。若い頃はホントに
両夜行でも良いって思う程、バスファンだったんですが、最近は
節々が痛くなる&ひねって筋を傷める等々、歳の為夜行バスでの移動は
考えるようになりました。(笑) 私の場合は乗り物で寝れない事が多いし・・
半分以上知っている場所だったんですが、早朝見る風景はまた一味
違いますね。やっぱり風情があるな〜と思いました。
また観光スポット周辺の町並みの赤いトタンだったり、古い商店などが
また味があって良い感じなんですね〜。
出雲そばに和菓子におでんに泥酔シジミ・・・グルメも満喫ですね!
なんだかお仕事ついでの旅なのに、優雅に見えましたよ〜♪
みかり
- ぺでぃまるさん からの返信 2016/07/07 13:28:24
- RE: 出張なのに優雅そう??
- みかりさん、お久しぶりです。
お邪魔してもポチ逃げみたいで、すいません。
腰を落ち着けてコメする時間も何かないんですよね〜
土日も子どもの遊び相手だしね。
最近子どもと一緒にシリーズも休眠中です。
> 今回は出張で松江に行かれたんですね。
> 松江&出雲と言えば、むかし町好きなぺでぃまるさんにも
> ピッタリの場所なのでは・・・。
出張の話、目が輝きましたよん(☆☆)
> 今回は夜行バスでの旅。私も松江⇒京都コース(昼便)を乗った事が
> あるけれど、けっこう時間かかりますよね。若い頃はホントに
> 両夜行でも良いって思う程、バスファンだったんですが、最近は
> 節々が痛くなる&ひねって筋を傷める等々、歳の為夜行バスでの移動は
> 考えるようになりました。(笑) 私の場合は乗り物で寝れない事が多いし・・
どこでも眠れる器用な体なのですが、今回は1列×3のシートの真ん中だったのです。
ということはバスの壁に寄り掛かれない…
もう無理できんのかな〜
> 半分以上知っている場所だったんですが、早朝見る風景はまた一味
> 違いますね。やっぱり風情があるな〜と思いました。
> また観光スポット周辺の町並みの赤いトタンだったり、古い商店などが
> また味があって良い感じなんですね〜。
早朝は何より車がないっていうのがイイんですよね。
逆に店も開いていないなど、デメリットもありますが。
別に狙っていないのかもしれないけど、歴史ある町は周辺も趣あるんですよね。
> 出雲そばに和菓子におでんに泥酔シジミ・・・グルメも満喫ですね!
> なんだかお仕事ついでの旅なのに、優雅に見えましたよ〜♪
何がメインか分からんくらい、仕事前後は満喫しました♪
でも仕事優先ですよ、ホント(^^)
ぺでぃまる
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