2016/03/09 - 2016/03/12
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ちゃおさん
三国志の時代は、後漢末の世が乱れた頃、紀元180年代に黄巾の乱が発生し、その後、曹操、劉備、孫権が呉魏蜀の3国に分かれて相争い、この3人も相次いで亡くなり、紀元280年、魏が国土を統一した時をもって終了する約100年間の出来事だった。正史「三国志」はそれ以前の正史、中でも有名な司馬遷の「史記」や班固の「漢書」、「後漢書」に続く唐代以前の4史と言われる程のもので、これはそれぞれの三国、「魏書」「蜀書」「呉書」が合体されて「三国志」となったもので、この中の「魏書」の中にある「魏志倭人伝」は、日本人にも馴染みの深いものであった。編纂した陳寿は蜀の出身で、客観的に見ればそれ程有能とは思えない蜀王劉備を贔屓目に描き、反対に、魏王曹操を冷たく評価していた。
約1時間半の武候祠観光は漸く終わった。100年に亘る英雄豪傑譚を僅か1時間半の駆け足観光で、いか程のものが得られたのかは全く自信はないが、それでもこの三国志に登場した人物像は、後世に大きな影響を与えている。例えて言えば「水魚の交わり」「脾肉の嘆」「蟷螂の斧」「人生は朝露のごとし」「豚児と鶏肋」「破竹の勢い」「危急存亡の秋」「死せる孔明生ける仲達を走らす」等々。皆懐かしい言葉だ。今に生きている。
ツアーの予定ではこの後30分、武候祠に隣接する清時代のテーマパーク「錦里」を散策することになっている。ここは昨日最初に訪問したテーマパーク「寛窄巷子」と同じような嘗ての歓楽街で、土産店、飲食店、芸能館、屋台等々が出ていて、賑やかな街区になっている。自分は知らなかったが、ツアーのメンバーの一人が、どこで調べたのかこの武候祠の道路を隔てた反対側に「チベット街区」があって、そこへ行ってみたいと言う。添乗員の黄さんからもOKが出て、我々数人は、そのチベット村へ行くことにした。成都はチベットへの前進基地。何があるのか、面白そうだ、行ってみよう。
- 旅行の満足度
- 4.5
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