2016/03/10 - 2016/03/10
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ペコちゃんさん
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年2回行われる、近くの公民館恒例のバス旅行・・・今回は《 皇居東御苑~築地散策~日銀本店・貨幣博物館 》の見学。
人気のコースとあって希望者が殺到、40人募集のところ73人の応募でした。
抽選の狭き門を潜り抜け、何とかステンドグラス仲間の私達6人は参加することが出来ました。
写真は築地場外市場に並べられた大きなマグロの頭・・・口を開いて、2匹で世の無情を語り合っているようです・・・『私達の下半身は、何処?』
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
-
地元を出発し最初のトイレストップは、関越・三芳PA。
ナチュラルなこの飾りが素敵でした。 -
まるで、生きた鳥が飛んでいるみたいです。
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今日のバスはこんな派手な飾りです。
因みに、この観光バスの購入価格は約4,000万円・・・このシャンデリアの分、少しお高いかも知れません。
最近、バスツアーの事故が多く心配ですが、いつもお世話になるS観光さんは安心。 -
10時前に、皇居東御苑に着きました。
これは、桔梗門(内桜田門)・・・皇居外苑から皇居東御苑に通じる門ですが、一般の人は通行出来ません。 -
お濠を飛んでいる白い鳥は「ゆりかもめ」でしょうか。
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桜田巽二重櫓・・・旧江戸城の櫓はほとんど焼失してしまいましたが、巽櫓を含めて3つ残っています。
そのうち一番見やすいところにあるのが巽櫓で、内堀通りからも見ることが出来ます。 -
お濠を優雅に泳ぐ白鳥。
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外国人の家族連れも来ています。
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大手門から東御苑に入ります。
大手門は江戸城の正門で、高麗門(第一の門)と渡櫓門(第二の門)から構成されています。
敵の侵入を防ぐため高麗門と渡櫓門は直角の位置にあります。 -
旧大手門渡櫓の鯱。
第二次世界大戦の戦災で焼失した大手門・渡櫓の前に置かれています。 -
旧大手門の鯱と現在の鯱は少し顔が違うそうです。
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現在の渡櫓は、昭和43年に再建されました。
渡櫓を通るといよいよ皇居東御苑です。 -
「同心番所」は、江戸城の大手三の門を警護する与力・同心が詰めていた建物。
同心は、江戸幕府の下級役人で、与力の下で庶務・見回などの警備に就いていました。
この番所は、旧江戸城に残る3つの番所の中で一番小さな建物です。
徳川御三家以外の大名はここで駕籠を降ろされ、検問を受けたそうです。 -
「百人番所」は大手三の門を守衛するために、常時百人の同心が詰めていたことからこのように名付けられたそうです。
百人もの同心が詰めるだけあって横幅の広い建物です。 -
百人番所の右手に「中之門」があります。
中之門の石垣は、丁寧に加工された大形の石材が隙間なく積む「切込みはぎ」と呼ばれる技法で積まれています。
また、石垣に使われているのは、瀬戸内海沿岸から運ばれた白い花崗岩で、西国大名から献上されたと考えられます。 -
石垣の石の大きさと自分の身長を比べているお仲間のIさん。
「こんなに大きな石どうやって運んだんだろうね?」・・・ずっと疑問だったようです。 -
「皇居勤労奉仕」は、昭和20年5月に空襲で焼失した宮殿の焼け跡を整理するため、同年12月に宮城県内の有志が勤労奉仕を申し出たことが始まりで、連続する平日の4日間、皇居と赤坂御用地で除草・清掃・庭園作業などを行います。
広い場所ですから個人の参加はダメで、15人~60人までの団体による参加で奉仕できます。 -
何も残っていませんが、何故か皆ここで立ち止まり写真を撮っています。
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" 殿中でござる~ ” で有名な浅野内匠頭の刃傷事件。
松の廊下は残ってはいませんが、場所だけが示されていました。
畳敷の立派な廊下だったようです。 -
美しい竹林を見ながら歩くと、牢屋のような「石室(いしむろ)」が異様な感じで見えてきました。
大奥の調度品を納めていたとか。 -
いよいよ天守台に来ました。
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天守台上から本丸跡を見ます・・・広いですね~。
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最初の天守閣は、二代将軍・秀忠の代(1607年)に完成し、三代将軍・家光の代(1638年)に大修築され、国内で最大の天守閣になりました。
しかし、19年後(1657年)の明暦の大火(振袖火事)で飛び火により全焼し、以来再建されることはありませんでした。
治世260年の歴史の中で、江戸城に天守閣があったのは僅か最初の50年。
そして今は、天守台だけが残っています。 -
ここにあった江戸城・本丸御殿は、表・中奥・大奥の3つに分かれていました。
表は将軍の謁見や役人の執務の場、中奥は将軍の日常生活や政務を執る場、そして大奥は将軍の家族や女性たちの生活の場でした。 -
大手町のビル街が見えます。
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この人達は大津市から来た奉仕団の方々です。
皇居勤労奉仕では、天皇、皇后両陛下からお会釈を賜る機会があるようです。(会釈:非公式に会うという意味)
陛下からねぎらいの勅語があり、団体の代表者には直接、お言葉をかけられるそうです。 -
リュウキュウカンヒザクラ(琉球寒緋桜)が満開でした。
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真木瓜(マボケ)はバラ科ボケ属の木・・・歳を重ねてくると、何故かボケという名に反応してしまいます。
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みんな仲良く、ハイポーズ!
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3月8日(火)~11日(金)の日程で、サウリ・ニーニスト・フィンランド共和国大統領夫妻が訪日しました。
天皇・皇后両陛下はこの日(10日)午前10時半、ニーニスト大統領夫妻と面会されました。
インフルエンザから回復し、今週から公務に本格復帰した陛下は、にこやかに夫妻と握手を交わし、およそ20分間にわたって面会されたそうです。
宮内庁によると、大統領が「2000年の両陛下のフィンランドご訪問を、大変重要な訪問」と述べると、陛下は「私にとっても思い出深い旅でした」と振り返られたとのことです。
天皇陛下との面会が終わって、皇居を出る大統領の車が目の前を通ったので、思わずパチリ・・・皆で手を振ると、車の中の大統領も手を振って下さいました。 -
皇居東御苑の後は、築地市場へ・・・平日ですが、観光客が大勢来ています。
江戸時代に生まれた日本橋魚河岸などが、大正12年の関東大震災で壊滅したため、臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりです。
昭和10年に開場した場内市場(中央卸売市場)は、施設の老朽化、場内の狭隘化などにより、今年の11月、豊洲に移転します。
しかし場外市場は、場内の仲卸業者約60店舗が出店し、「築地魚河岸」として再スタートするそうです。
こんな車が走っているなんて市場らしいですね。 -
何とも悲しい、マグロの頭・・・ ” ネー、私の下半身、どこに行ったのかしら? ”
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築地に来たら、お昼はやっぱりお寿司です。
「すしざんまい」の、かの有名な社長さんの人形が、にこやかにお出迎えです。 -
奥は回転寿司、手前はテーブル席ですが、ちょうどテーブル席が6名分空きました。
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早速、ランチ1,500円を注文。
写真を写すのを忘れ、エビをパクリと食べてしまいましたが、美味しかったです。 -
自由時間が沢山あったので、いつも素通りしていた「築地本願寺」に行ってみました。
1617年に東日本橋に建立された築地本願寺は、明暦の大火(振袖火事)で本堂を焼失。
その後、当時は海だったこの地を埋め立てて土地を築き(この埋め立て工事が築地の地名の由来)、1679年に再建しましたが、関東大震災で再び伽藍を焼失し、現在の本堂は1934年に竣工しました。 -
古代インド様式をモチーフとしたこの建物は、当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造・・・現在でも斬新かつ荘厳な本堂です。
今回のお仲間はステンドグラスの人達・・・ここには素敵なステンドグラスがあると聞いていたので、期待して見に行きました。 -
お寺なのにステンドグラスとは珍しい・・・蓮の花のモチーフが素敵で、違和感はありません。
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大理石がふんだんに用いられ、動物の彫刻も多くあることでも有名です。
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ニワトリもいました。
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羽根をまとった獅子像は狛犬と同じ役目だそうです。
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浄土真宗・本願寺派の寺院なので、親鸞聖人の旅姿の像が祀られています。
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九条武子の歌碑がありました。
京都・西本願寺の第21代法主・明如の次女として生まれた九条武子は、教育者や歌人として有名ですが、何より私の母校の創立者です。
後年には社会運動活動家としても活躍し、関東大震災で全壊した築地本願寺の再建や震災で負傷した人の救助などに当たりました。 -
学生時代、礼拝の時間に九条武子作詞の歌をいつも歌いました・・・懐かしい思い出です。
九条武子(1887~1928)は、2014年の連続テレビ小説「花子とアン」で仲間由紀恵が演じた葉山蓮子の柳原白蓮(1885~1967)、そして新橋芸者の江木欣々(1877~1930)と共に「大正三美人」と言われました。 -
築地本願寺の向かいにある「築地ボン・マルシェ」・・・2009年末にオープンし、築地の新鮮な魚介類や有機・無農薬野菜を使ったイタリアンレストランです。
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再び築地市場に戻り、話題の玉子焼きのお店の『丸武』へ・・・テリー伊藤さんの実家です。
すでに行列が出来ていました。 -
大きい玉子焼きの串が1本100円・・・私達も早速買って食べました。
私には少し甘い感じでしたが、よく売れていました。
” フンフン・・・美味しいわね~ ” -
落とした玉子めがけてスズメが集まります。
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屋根の上では、玉子を狙ってスズメがスタンバイ。
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更にTさんは、いちご大福をパクリ・・・ ” うーん、美味しいわ! ”
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本日の見学の最後、日銀本店の見学の前に、日銀と道路を挟んだ向かいにある「貨幣博物館」を見学した後、日銀本店に向かいました。
これは、正面玄関入口にある「咆哮の獅子像」・・・咆える2頭の雄ライオンが6個の千両箱を踏んで後足で立ち、日本銀行のシンボルマーク「めだま」を抱えた青銅製の紋章です。 -
明治29年2月に竣工した日銀本店・・・設計は東京駅と同じく辰野金吾で、ベルギー国立銀行を参考にしています。
これは、本館の中央にあるドーム。
大正12年の関東大震災で、建物自体は無事だったものの、天窓だったドームが焼失し、その後、現在の形に復元されました。 -
門を入ると、右手に「警視庁中央警察署 日本銀行警備派出所」の看板があります。
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風格のある本館の中庭。
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これが見学のお土産・・傷んで使用できないお札を裁断した屑を、記念に貰えます。
使用出来るように、つなぎ合わせるのは絶対不可能です。 -
日銀本店見学は、最初に日銀の主要業務(お札の発行・物価の安定・金融システムの安定)やお札の一生(千円札は1~2年、一万円札は4~5年が寿命)などについてビデオを20分見て、その後、建物見学が40分。
日銀本店の内部は撮影禁止のため、写真はありません。
お仲間と楽しく過ごせた一日でした。
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