2016/02/28 - 2016/02/28
56位(同エリア83件中)
フラワーさん
今日は2月28日(日)
ラトビアのリガからリトアニアのヴィリニュスまで移動する。
途中でリトアニアに入ってから「十字架の丘」と「トラカイ」に立ち寄る。トラカイまで6時間のバスの旅。
今回のMr.添乗員は幅広い知識と経験を持ち、その的確な説明とアドヴァイスが役に立ち有り難かった。
また同行者の皆さんも旅のベテラン揃いで、楽しく過ごすことができた。
バルト3国の中では、これから行くリトアニアの平均給与が最も低く、6〜7万円位だそうで、ラトビアが7〜9万円、エストニアで8〜10万円位。自給自足の生活で食糧は不足していないが生活は質素である。エストニアは物価上昇が心配。
消費税は大まかに20%前後で食料品、新聞、書籍などは軽減税率が適用されている。
写真は雪の中のトラカイ城。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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朝の風景。
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投宿したコロナホテル ブリギッタ。
ラトヴィアの宗教は、大まかプロテスタント40%、カトリック20%、ロシア正教20%。 -
もともと静かな住宅地にある上に今日は日曜日。
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池が沢山ある。
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原風景。
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湖畔の民家。
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途中、十字架の丘を観光。ここは慰霊する場所であり墓地ではない。
最初の十字架は、1831年のロシアに対する蜂起のあと、処刑や流刑にされた人々のために立てられたという。そのためにこの丘は抑圧された民族・宗教の象徴として扱われた。
ソ連時代にはブルドーザーで何度も十字架がなぎ倒され、焼き払われたという痛ましい歴史がある。 -
訪れるのは殆どがカトリック教徒。
ロシア人は無視しているから絶対来ない。
宗教と平和は結びつかない。 -
家内安全、日本の方も。
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遠くのチャペルの鐘が鳴っていた。
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ここまでくると壮絶だ。
十字架の数はリトアニアの人口より多いとも言われる。 -
幸せを願うのはどこでも同じ。
なのに人はそれができない。 -
ローマ法王、パウロ?世も1993年にここを訪れた。
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記念するモニュメント。
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単なる丘、されど十字架の丘。
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昼食のために町に入ったが、この辺りでドライバー氏が道に迷いグルグル同じところを回った。
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寒くて車が動かなくならないように、これは車庫の平屋アパート。
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イチオシ
立ち話する風景。
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。似つかわしくない車。
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撮影してよかった。聖ペテロ&パウロ聖堂。
全く話は飛ぶが、若かりし頃のアメリカのフォークソンググループで、“パフ”や“風に吹かれて”などで一世を風靡した3人グループ「PETER POUL& MARY」。そうかペテロとパウロとマリアか。こりゃまた失礼!
立派な教会があるから大きな町だろう。 -
ロシア正教の教会もしっかりある。
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日時計の広場に建つ射手の像。
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上手く撮れてないが、バルト3国の女性は歩き方が美しい。スタイル、美貌と相俟ってなお美しいのであります。
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病院らしい。
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ここはシャウレイという町。町の名は1236年サモギティア人が帯剣騎士団を破った「サウレの戦い」に由来する。
リトアニア北部の経済・文化の中心地。この町、観光には組み込まれていないので、帰国してから調べたが、2回の世界大戦で旧市街や古い建造物は残されていない。
写真は車窓からの歩行者専用道、ヴィリニアウス通り。寒い日曜日、商店も休みで歩く人もまばら。 -
アパートに隣接した公園。
道に迷ったお陰でいい写真が撮れた。 -
昼食レストラン。
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ゆっくり飲みたいです。
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火を絶やさないように、若い女性が薪をくべていた。
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ご一行さまは2階で昼食。
きのこスープ、キビナイ(ミートパイ)。ジジはきのこ好き。 -
テーブルセッティングされたログハウスの部屋。
日曜日のパーティーでしょうか。 -
昼食のあとはバスで寝入ってしまった。
お手洗い休憩のドライブインだが、この品揃えはまるでリカーショップ。 -
ホテル併設の大きなドライブイン。
近くに色違いの同様の建物があり会社のようだったから、そこのお酒好きの大金持ちのオーナーが趣味でホテルとドライブインを作った、というのがジジの根拠のない推察。 -
このあたりの針葉樹は植林されたもの。
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この寒いところで。
少し手前で森林を伐採していたので、ジジの予想はその仲間。その根拠は他に人影がないから。 -
窓が3つ並んでいるのはユダヤ教信仰者の家とのこと。
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トラカイ城に到着。
13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために造られた城。1363年には騎士団に占領、破壊されたが、15世紀に再建された。その後権力がポーランドに移ると廃墟となったが、1961年から復元がすすめられ、1987年にほぼ15世紀当時の姿を取り戻した。 -
木の橋を渡っていく。
雪が降り寒いが、これもまた風情がある。 -
入口。
雪と戯れる少年二人。 -
トラカイ城の本丸。
ヴィリニュスに移る前にリトアニアの首都だったこともある。
30以上の湖と森に囲まれた自然公園は景観が守られ、リトアニア有数の観光地である。 -
中庭から。
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2階内回廊から。
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本丸の内側。
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ジジの印象「ここは自然の中の観光資源」
滑って転ばないようにご注意を。 -
ボート乗り場。
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日本で言うレンタサイクル。やっぱり“CLOSE”でしょう。
気候が良くなれば多くのの観光客で賑わいそう。 -
たまにはツーショット。
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いい部屋。
宿泊は「ホテル カロリーナ」 -
平均的。
この旅行で唯一バスタブあり。 -
ホテルの部屋から見えたテレビ塔。
忘れかけた「血の日曜日事件」 第二次世界大戦前、リトアニアは独立国であったが、1940年にラトビア、エストニアとともにソ連に併合された。その後ソ連体制の変化から、1990年3月にはリトアニア共和国がソ連からの独立回復を宣言。ソ連の軍部を刺激した。
ついに1991年1月12日(土)夜ソ連軍戦車が出動。これに対しリトアニア市民はテレビ塔周囲に集結、人間の盾を作った。13日早朝にソ連兵が、テレビ塔を守ろうとした民間人に発砲、13人が殺害された。この事件がに独立を確実なものとした。
そのテレビ塔が今、目の前にある。 -
有名なスーパーマーケット。
お土産物をこういうところで探す。
ところで夕食はホテルにて。サラダ、ポークグリル、アイスクリーム、コーヒー。 -
知らない魚たち。
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こちらでは自分の池に鯉を放ち育てている家庭も多く、そのコイをお祝い事やクリスマスに食べる習慣もあるとのこと。
そういえばこの寒い中で、川や池で釣りをしている人を車窓から見た。 -
よく分からないがチョウザメ風の魚もいる。
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収穫なし。
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テレビ塔と凍てつく駐車場。
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誇り高きレクサス。
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イチオシ
梢の雪に照明が。
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