2016/02/25 - 2016/02/25
49位(同エリア172件中)
愛吉さん
生涯大学39期生、社会と歴史コースの仲間達と想い出作り旅行です。
行先は、勿来の関跡と岡倉天心日本美術院創設の地五浦海岸を訪ねます。
午前、勿来の関跡を訪ね、昼前にここ五浦海岸に到着しました。
先ず鮟鱇鍋の昼食を取り、小憩後天心遺跡を巡ります。
天心遺跡の目玉六角堂も津波の被害から立ち直り、立派に再建されていました。
天心別邸、天心墓、天心記念美術館等を回ります。
天心遺跡もさることながら、先ず五浦海岸の風光明媚さに驚きます。
至る所大観や観山の絵で見た風景が広がります。
最後は天心記念美術館で武山、春草、大観、観山等の名画を堪能して締め括りました。
楽しい旅行でした。
表紙の写真は五浦海岸に打寄せる太平洋の荒浪(旧大観邸址より)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
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バスが五浦観光ホテル大観荘に到着。
ここは横山大観の五浦別邸(鉦鼓洞)があった場所です。 -
ロビーに入ると、大観についての説明とここ五浦の海を描いた作品が展示されています。
”朝陽映島” 昭和14年作
ここ大観別邸から六角堂方向を望んだ作品です、残念ながら六角堂がガラスの反射で見えません。 -
”波騒ぐ” 昭和15年作 海山二十題の1枚
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ホテルのテラスからの風景。 大観が見た五浦海岸です。
”朝陽映島”の風景そのまま、六角堂が右端に写ります。 -
こちらもホテルのテラスから写した五浦海岸。
これに松を添えたら、”波騒ぐ”そのままです。 -
大観邸の向かいは、菱田春草邸でした。
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岡倉天心の墓。
東京染井の墓地より分骨されました。天心邸の向かいに在ります。 -
土饅頭型の墓です。
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天心邸の長屋門。
建築当時そのままを伝え、平成15年には登録有形文化財に指定されました。 -
長屋門より母屋に続く露地。
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ウオーナー像
天心に師事したアメリカ人で、第二次大戦中、京都奈良を爆撃対象から外すようアメリカ政府に進言したと云われています。
昭和45年にその功績を称え建立されました。 -
天心邸
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正面から見た処
前庭は当初から芝生でした。 -
解説板
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”亜細亜は一つなり”の石碑。
天心がインドで書いた”東洋の理想”冒頭の言葉。
西洋文化に対する東洋文化への思い入れが込められています。
昭和17年に天心偉績顕彰会により建てられました。 -
私達グループが、ガイドの説明を聞いている処。
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六角堂(観瀾亭子) 天心遺跡のシンボル。
中国、印度、日本の文化を一つの建物に込めたと云われ、天心は平素ここで読書、瞑想に耽り、又茶室としても利用していました。
東日本大震災の津波で流失しましたが、翌年創建当時のまま再建されました。 -
六角堂よりの眺め。
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同じく反対方向、大観邸の跡に建てられたホテルが見えます。
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眼前の岩には灯篭が立ちます。
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バスは天心記念五浦美術館に到着しました。
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県立美術館なので立派な建物です。
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中には岡倉天心記念室が設けられ、天心の功績と五浦での生活を展示しています。
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企画展、受け継がれる 日本のこころ展を開催していました。
中々の大作もあり見応えある展示会でした。 -
美術館庭からの眺めです。
これを見納めに東京に戻ります。
では又。
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