2016/02/18 - 2016/02/18
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ペコちゃんさん
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仲間と年1回の日帰りバスツアー・・・今回は、前庭が公開されている迎賓館赤坂離宮と、梅が見頃を迎えた湯島天神を見学し、最後に新名所「まるごとにっぽん」がオープンした浅草に立ち寄るツアーです。
電車でも行けるコースですが、9名の仲間とワイワイ賑やかに楽しんだバスツアーの一日でした。
写真は、迎賓館赤坂離宮の素晴らしい外観。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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バスは30名の参加者を乗せて地元を7時50分に出発し、10時に迎賓館に到着。
迎賓館は港区にありますが、道路を挟んだこの四谷見附公園は新宿区。
公園の所で下車。 -
あまり大きな公園ではありませんが、「モミジバスズカケノキ」が大きな枝を広げています。
このプラタナスは、公園が大正時代に「赤坂離宮前記念公園」として開園した頃からあった木です。
奥の建物は新宿区立四谷中学。 -
道路の向かいに迎賓館が見えます。
迎賓館はJR・丸ノ内線・南北線の四ツ谷駅から10分以内で行ける所にあります。 -
今回の一般公開は、2月5日~18日(水曜日を除く)の10時~17時で、入場は無料。
前庭は自由参観で定員なしですが、本館・主庭は毎日先着2000人(2月14日~16日と18日は各日3000人)が入れます。
本館も予約不要で、ここに並んで整理券を貰いますが、午前の時間帯は既に一杯で午後しかダメですね。 -
バスツアーの我々は前庭だけなので、最後尾に並んで入場します。
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迎賓館の周りのフェンスは日本製ですが、この正門はフランスの会社が制作したものです。
正門の左側にある入口を入り・・・ -
手荷物検査を受けて入場。
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本館には入れないので、緑色の部分だけで我慢します。
前庭公開は、天皇陛下在位20年慶祝行事の一環として、平成21年にスタートしました。 -
正門を入ると左右に噴水があります。
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迎賓館は、外国の国家元首や政府の長などの国賓・公賓・賓客を迎えた時に、宿泊等の接遇を行うために設けられた迎賓施設です。
賓客の滞在中は、首脳会談、表敬訪問、署名式、レセプションや晩餐会など様々な公式行事が行われます。
国際会議で使用することもあります。 -
2つ目の門を通って迎賓館前で写真を撮った後は、自由行動にしました。
迎賓館は、迎賓館赤坂離宮と京都迎賓館の2か所があります。
東京の元赤坂にある迎賓館の建物は、東宮御所として明治42年に元紀州藩の屋敷跡に建てられた日本初の西洋風宮殿建築物です。
ベルサイユやルーブル、バッキンガム宮殿を手本にしたと言われています。 -
屋根部分に2つあるのは鎧兜を着た武士で、神社の狛犬のように阿吽の形になっており、左の武士が「あ」右の武士が「うん」・・・洋館なのに、飾りが純和風の武士とは面白い組み合わせです。
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正面に3カ所ある扉。
中央の扉には、菊の御紋が飾られており、国賓を迎える時にはここから入るとのこと。 -
建物全体は西洋の宮殿建築ですが、日本風の意匠が混じった装飾になっています。
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鳳凰が四方から天球を守っています。
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添乗員さんの話ではトイレはないとのことでしたが、前庭の左右に仮設トイレが設けられていました。
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建物の規模は、東西125m、南北89m、高さ23.2mで、地上2階、地下1階の鉄骨補強のレンガ造り。
外壁は茨城県産の花崗岩。 -
建物の左右は同じ作りで翼のように広がっています。
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大正天皇はこの御所をほとんど使用せず名称も赤坂離宮に改称しましたが、昭和天皇は皇太子時代に結婚した時に数年間住みました。
第二次大戦後、赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948~61年)などに使用されましたが、その後、旧赤坂離宮を改修して迎賓施設とすることとなり、1974年(昭和49年)に迎賓館として再出発しました。
迎賓館に迎えた最初の国賓は、アメリカのフォード大統領・・・これまで、エリザベス女王・ゴルバチョフ書記長・オバマ大統領などが宿泊し、歓迎行事や首脳会談、国際会議の舞台となっています。 -
平成18年から平成20年にかけて、大規模な改修工事を行い、平成21年に旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)として国宝に指定されました。
明治以降の文化財としては、初の国宝です。
一般公開の最終日ということで大混雑を予想していましたが、それほどでもありませんでした。
集合時間まで1時間以上もあるので、外に出ました。 -
この付近の案内図を見ると、千代田区・港区・新宿区の位置関係がよく分かります。
迎賓館はかなり大きいと思っていたのですが赤坂御用地の一部で、他には皇太子ご一家が住んでいる東宮御所や秋篠宮邸・三笠宮邸・高円宮邸などがあり、中央部分は園遊会が開かれる赤坂御苑になっています。 -
ホテルニューオータニや・・・
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JR四ツ谷駅が近くにあります。
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赤坂御用地を時計と逆回りに歩いて一周します。
四谷見附公園を少し下った所にある「学習院初等科」・・・学習院はもともと1847年に公家の学習所として、京都御所で開講しました。
1877年に神田錦町で学習院としてスタートし、1899年に学習院初等学科の校舎がこの地に作られました。
現在の校舎は1940年に完成したものです。
愛子様も東宮御所の目と鼻の先にあるここに通学していたんですね。 -
迎賓館西門・・・整理券を持っている人はここからでも本館に入れます。
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坂を下った右側にある「新宿区立みなみもと町公園」では、大学の応援団が大声を出して練習に励んでいました。
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赤坂御用地の「鮫が橋門」。
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東宮御所の正門。
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更に下って行くと、右側に明治記念館があります。
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その先の交差点を左折して外苑東通りを進むと、港区立青山中学があります。
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赤坂御用地の南角が青山一丁目。
左に青山ツィンタワー、右にホンダ本社のビルが見えます。 -
これは西門・・・梅が咲いているのが見えます。
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右の石垣(赤坂御用地)は港区元赤坂二丁目の標示になっていますが、地下鉄の駅は青山一丁目。
ここから青山通りに進みます。 -
10分ほど歩くと豊川稲荷があります。
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豊川稲荷・東京別院は「お稲荷さん」という名前から神社と思ってしまいますが、実は曹洞宗の寺院で、あの大岡越前守忠相が屋敷稲荷として自分の邸に祀ったのが始まりです。
1828年、信徒の要望により、妙厳寺が大岡邸の敷地のを借り受け、豊川稲荷の江戸参詣所を建立したのが、東京別院の創建とされています。
明治20年に現在地に移転遷座し、愛知県の豊川稲荷・妙厳寺の直轄の別院となりました。 -
稲荷神の「お使い」の狐(霊狐)の像が本殿の左右にあります。
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子宝を授けてくれる子宝観音。
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七福神の像が境内に点在しており、七福神めぐりが出来るようになっています。
これは福禄寿。 -
境内にある奥の院には、願いを込めた幟や願いがかなった御礼の幟が参道の両側にギッシリと奉納されています。
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紀伊国坂(きのくにざか)は、江戸時代に坂の西側に紀州藩上屋敷があったことから名付けられた坂です。
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外堀通りからは、目の前にホテルニューオータニが見えます。
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迎賓館の前にある若葉東公園に戻って来ました。
一周約一時間の赤坂御用地の散策でした。 -
12時前で、もう見学者は僅かです。
この後、四谷見附公園でバスに乗り、湯島天神に向かいます。 -
鳥居をくぐって境内に向かいます。
湯島天神は、正式には湯島天満宮。 -
湯島天満宮(湯島天神)の創建は古く、雄略天皇2年(458)に天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝えられています。
天之手力雄命といえば、日本神話では天照大御神が天岩戸に隠れてしまったときに、岩戸を開けた剛力の神です。
南北朝時代の1355年、住民の請願により菅原道真を勧請して合祀しました。 -
唐門から入っていきます。
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これは唐門に配された「牛」と「梅」・・・菅原道真公は丑年生まれで、丑の月、丑の日に亡くなったという話や、太宰府に左遷され亡くなった後、遺体を牛車で運ぶ際に牛が留まった場所を墓所にしたことで、牛との関係があります。
また梅については、道真公が左遷され京都を離れる際に、庭の梅の木との別れの歌を詠み、梅にも関係があります。
” 東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ ” -
湯島天神の「梅まつり」は、2月8日~3月8日まで開催されています。
昭和33年より続く「梅まつり」は約45万人の人出があり、早春の風物詩になっています。
今日は3分咲き位。 -
唐門を入ると社殿(手前が拝殿、奥が本殿)が見えます。
江戸時代から梅の名所で、明治以降も多くの文人・学者が訪れ、小説家・泉鏡花の「婦系図」(おんなけいず)の舞台として、芝居・映画・歌謡曲でも「湯島の白梅」が広く知られています。 -
右側にある日本庭園。
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境内の梅は一時枯れたこともありますが、地元の篤志家により、数百本の梅樹が植えられました。
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梅園の中に建つ「菅公一千年祭記念碑」。
この石碑は、1902年の菅原道真公(845~903)の一千年忌を記念して建てられたものです。 -
かつての社殿は明治18年に改築されたものでしたが、老朽化が進んだために平成7年に建て替えました。
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樹齢250年といわれる木曽檜が使用された総檜造りの社殿。
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右側の回廊には、見事な梅の盆栽が展示されていました。
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学問の神様として知られる菅原道真公を祀っているため、受験シーズンだけでなく多くの受験生が合格祈願に訪れ、境内には合格祈願の絵馬が所狭しと吊り下げられています。
神社によると「合格祈願」「絶対合格」などと書かれた絵馬は約4万枚・・・果たして、神頼みの効果は? -
本殿裏側にある綺麗なシダレ梅。
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毎年、この時期になると猿回しが来て、猿がいろいろ芸を見せてくれます。
竹馬に乗ったり、ハードルを飛び越えたり、死んだふりをしたりと、お姉さんの言うとおりの芸で楽しませてくれます。 -
今年は申(猿)年で、しかも60年に一回の丙申(ひのえさる)。
お猿さんを可愛がってあげて下さい・・・御利益がありますよ! -
境内に咲く梅の花は、樹齢70~80年の白加賀を中心に月影、豊後梅、寒紅梅など約300本。
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外国人も梅の風情をカメラに収めています。
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天神信仰の中でも、天神さまと牛とは切っても切れないものがあり、古くより様々な縁起・伝承があり、道真公が深く牛を慈しんでいたことが窺われます。
この「撫で牛」は、自分の体の悪い所と同じ部分を撫でると、除病のご利益があると言われています。 -
小説「婦系図」の作者である泉 鏡花の「筆塚」は、昭和17年に里見 弴・久保田万太郎・岩田藤七らにより境内に建てられました。
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表鳥居は、1667年に寄進された銅製鳥居。
境内の屋台は、土・日以外はほとんどの店が閉まっています。 -
湯島天神の次は、浅草。
浅草ビューホテルが見える国際通りでバスを降ります。 -
浅草は外国人に一番人気の観光スポット。
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人力車のお兄さんも威勢よく案内しています。
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昨年12月17日にオープンした浅草の新名所「まるごとにっぽん」に立ち寄り。
地上13階、地下2階の「東京楽天地浅草ビル」の1~4階にあります。 -
1階は13店舗が入った「にっぽん食市場・楽市」、2階は17店舗が入った「くらしの道具街・和楽」で、日本全国の名産品や食文化、伝統を伝える店が勢ぞろいしています。
3階は各地の紹介コーナーが設けられた「たいけん広場・浅草にっぽん区」、4階はご当地食材を使用したレストランもある「ふるさと食堂街・緑道」。 -
1階には全国各地から、産地直送の生鮮品やお惣菜、各専門店などが集まっています。
「澤井珈琲」は、鳥取県境港市のコーヒー専門店。 -
左側の「Gotuo yamagata」は、山形・米沢牛を使ったハムやソーセージを販売。
右側の「四七商店」は、老舗の銘菓や地域の厳選食材を使ったスイーツなど日本全国のお菓子と魅力を集めたお店です。 -
一番広いスペースの「まるごとにっぽん 蔵」は、全国からこだわりの逸品を集めた地産食品を販売。
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2階は、木工品・陶器・化粧品・革製品など全国各地の伝統技術や素材が生かされた生活用品が並んでいます。
手前の「袋物次郎」は、秋田・茨城・東京下町の革職人が作るバッグを中心に、さまざまな革製品を取り揃えています。
隣の「okuri」は、群馬で古くから培われた素材を活かした化粧品や雑貨を集めた、群馬県のショップ。
突当りの「つぼ市製茶本舗」は、千利休のふるさと・堺のおもてなしの心を伝えるお茶とお菓子の店。 -
「KAMPO煎専堂」は、 “ 漢方を気軽で身近なものに ” をコンセプトに、漢方煎薬を提案する大宮の健康の専門店。
残念ながら「まるごとにっぽん」の施設は、おじさん達はあまり興味がないので、仲間と浅草散策に出かけました。 -
スカイツリーが目の前に。
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平日なのに、大勢の参拝者が訪れています。
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宝蔵門と五重塔。
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浅草寺の本堂の東側にある浅草神社。
浅草神社は、隅田川で漁をしていた時に浅草寺の本尊となった観音像を拾い上げた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟と、この像を拝して自宅を寺に改めて供養した土師中知(はじのなかとも)を祭神として、約700年前に創建したと言われています。
明治政府の神仏分離令により浅草寺から独立し、三神を祀る神社なので最初は三社明神と呼ばれ、明治6年に浅草神社に改称しました。
毎年5月に行われる三社祭は、浅草神社の例大祭です。
現存の社殿は徳川家光の寄進で1649年に完成したもので、国の重要文化財に指定されています。 -
拝殿には、中央に飛龍、その両側に麒麟や鳳凰などが描かれています。
架空の動物ですが、いずれも平和の象徴であったり人々の幸福を願う存在です。 -
拝殿には左側に右大臣、右側に左大臣・・・随身(ずいしん)と呼ばれ、手に持っている弓矢や剣には魔よけの意味があります。
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正月でもないのに和服の女性が多いと思ったら、何と中国や台湾の観光客!(着物の
レンタル料は5千円前後) -
台湾から来たカップル。
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浅草に来たら、やはり雷門の左手にある常盤堂の「雷おこし」。
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今や東京名菓となっている雷おこしは、江戸時代後期(約200年前)浅草寺境内で売り出され、以来 “ 家をおこし、名をおこす ” 縁起が喜ばれて浅草寺参詣のお土産に欠かせないものとなりました。
常盤堂は明治中期にこの場所に店舗を構え、営業しています。 -
バスの出発まで、まだ時間があったので、この店に入り・・・
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ゆっくり反省会(?)
良い気分で帰路に着きました。
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