2016/01/13 - 2016/01/13
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ペコちゃんさん
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毎年1月に仲間と参拝する七福神めぐり・・・今年は東京の中心地・麻布と六本木にある「港七福神めぐり」に出かけました。
この七福神めぐりは、7つの福を祀る寺社に宝船の巡拝所を加えた六社・二寺の八カ所を巡るコースです。
あまり訪れることがない六本木や麻布界隈の街並みを楽しみながら、お願い事をしてきました。
その後は大相撲・初場所の観戦です。
大相撲は遠藤や逸ノ城などの活躍で、昨年は若貴ブーム以来の満員御礼が続き、また私の郷土出身の嘉風も関脇に昇進したこともあり、久し振りに両国に足を運びました。
本当は1月10日の初日に行きたかったのですが、予約を申し込んだ時には土日祝日のチケットは既に完売。
なので七福神めぐりと大相撲は1月13日にしました。
満員御礼が続いた初場所も終わってみると、琴奨菊が日本人力士として10年ぶりの優勝、そして嘉風も千秋楽に勝ち越しという嬉しい場所になりました。
写真は、白鵬の堂々たる土俵入り・・・露払いは遠藤ですが、初場所の負け越しで十両に陥落するため、残念ながら来場所は出来ません。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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港七福神めぐりはどの寺社からでも回れますが、今回は大江戸線・赤羽橋駅に行き、宝珠院からのスタートです。
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10時前に赤羽橋駅に到着。
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赤羽と言えば北区の赤羽を連想しますが、かつて、ここには赤羽川に架かる赤羽橋があり、何回か架け替えられて1967年まで橋はありましたが、首都高建設でなくなりました。
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駅を出ると、目の前に東京タワーが聳えています。
右側の森が最初に行く宝珠院。 -
増上寺から続く芝公園の赤羽橋駅寄りにある「弁天池」・・・周囲は木々に包まれ、都心にいることを忘れさせてくれます。
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①宝珠院(弁財天)
弁天池の先にある「宝珠院(ほうしゅいん)」は浄土宗の寺院で、貞亨2年(1685年)に増上寺の塔頭として開山。
境内に入ると正面に本堂があります。 -
宝珠院の本尊は、この阿弥陀如来ですが・・・
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閻魔堂に収められた木彫りの閻魔大王の像が有名で、宝珠院の縁日は「お閻魔さま」と呼ばれて親しまれています。
この閻魔像は高さ2mの寄木造りの木像で、江戸前期の貞享2年(1685年)の作と伝えられています。
脇侍の司録・司命のそばにある人頭杖(にんずじょう)・・杖(棒)の上に男女の頭が載っている人頭杖は、閻魔大王による裁判の時に、被告の亡者の善悪を感知するセンサー装置みたいなものです。
その亡者の生前に善行が多いと、女性顔の「嗅ぐ鼻」から良い芳香が放たれ、悪行が多いと、男性顔の「見る目」の口から火が噴き出る、とのこと。 -
本堂の横にある朱色の弁天堂。
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この弁財天は、三井寺を開山した智証大師が858年に竹生島で彫刻、源頼朝や徳川家康の崇敬を受けたと言われ、家康自らが「開運出世弁財天」と名付けた歴史あるご本尊・・・よく見かける琵琶を持っている弁財天ではなく、8本の手がある八臂(はっぴ) 弁財天タイプのご本尊です。
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境内には、石像のヘビ・カエル・ナメクジがいます。
これは「ヘビがカエルを食べる、カエルがナメクジを食べる、ナメクジがヘビを溶かす」という「三すくみ」を意味しており、物事が動かなくなることから転じて、平和を願うお寺の気持ちがこの3つに表現されているとのこと。
三すくみは、他にもジャンケンのグー(石)・チョキ(鋏)・パー(紙)などがあります。 -
大蛙の石像。
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なめくじの線刻がある石柱。
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②熊野神社(恵比須天)
二番目の熊野神社までは、宝珠院から歩いて10分弱。 -
鳥居をくぐって階段を上がると、右側に手水が流れ、さらに階段を上がった正面に社殿があります。
神社の勧請・縁起はとても古く、養老年間(680~748)に勧請されたと言われ、文明年間(1469~1487)に太田道灌により再建されました。
昭和20年の東京大空襲ですべて焼失し、昭和27年に社殿が再建されましたが、現在は両側にビルがそびえ立ち、そのわずかな間に境内があるといった感じです。 -
江戸時代後期の天保年間に刊行された『江戸名所図会』には、「飯倉熊野権現社」として描かれています。
この絵を見れば、当時はとても広い境内だったのが分かります。 -
こちらが現在の社殿。
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熊野神社から次の十番稲荷神社に向かう途中で見かけた、ユニークな形のビル。
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③十番稲荷神社(宝船)
十番稲荷神社は、もともとあった末広神社(慶長年間創建)と竹長稲荷神社(弘仁十三年創建)が昭和20年に戦災で焼失したため、昭和25年に合併して建てられました。
最初の鳥居は、麻布十番出身の ” エノケン ” こと榎本健一さんが奉納しましたが、平成9年の現社殿の新築工事の際、老朽化で建て替えられました。 -
鳥居の左側に宝船の石像があります。
平成9年に奉納されたもので、石像とは思えぬほど、細やかな細工が施されています。 -
前列の左から大黒天・弁財天・布袋尊、後列は寿老人・福禄寿・毘沙門天・恵比寿天。
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社殿前の狛犬は、昭和12年に末広神社に奉納されたもの・・・奉納した音丸さんは麻布十番の出身で、「船頭可愛や」のヒットで有名。
戦時中は土の中に埋めてあったので、戦災を免れたそうです。 -
十番稲荷神社といえば、カエルちゃん・・・昔、火事でこの辺りが焼けてしまった時、唯一「がま池」のほとりにあった屋敷だけが燃えなかったことに由来・・・池の中にいた大カエルが水を吹いて、火を消したそうです。
正面に向かって鳥居右手奥に祀られており、「かえる守り」は防火・やけどのお守り・無事かえる・若がえる・何でもかえるお守りとしてとして人気があります。 -
四番目の大法寺に行く途中、公園のようになった所に子供の銅像があります。
そして、もう一つ・・・ -
♪ 赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった ♪
大正11年に発表された童謡『赤い靴』に出てくる女の子 ” きみちゃん ” の像です。(作詞:野口雨情・作曲:本居長世)
赤い靴を履いていたのは実在した9歳の女の子で、本名は「佐野きみ」・・・アメリカ人に連れられてアメリカに行ってしまった、という切ない歌ですが、実際は結核のためにアメリカへ行くことも出来ず、麻布十番神社付近にあった鳥居坂教会付属孤児院に預けられ、そこでひとり寂しく亡くなってしまったというのが、悲しい事実です。
きみちゃんの像は、ゆかりの横浜・山下公園など4カ所にあります。 -
④大法寺(大黒天)
1597年に創建された日蓮宗のお寺です。 -
『一本松の大黒様』でも知られる当寺の大黒天は、伝教大師の作と伝えられます。
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⑤麻布氷川神社(毘沙門天)
氷川神社は、942年に源経基が平将門の乱を平定するため、東征した折に創建されたと伝えられています。 -
東京大空襲で本殿・社務所等が焼失し、戦後に再建・・・赤坂・ミッドタウンの近くにある氷川神社と間違わないように。
森ビルが開発した高級レジデンス・元麻布ヒルズが社殿の後ろに見えます。 -
港区にはアメリカをはじめ、約90ヵ国の大使館があります。
これはアルゼンチン大使館。 -
坂道の向こうに見える高層ビル・・・これが港区の風景ですね。
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有栖川宮記念公園でトイレストップ。
この公園は、江戸時代には陸奥盛岡藩下屋敷でしたが、明治29年に有栖川家の住居等が設けられ、昭和9年に公園地として東京市に下賜されました。 -
公園からの坂道を登って行くと、2003年に開業した「グランドハイアット東京」と「六本木ヒルズ森タワー」が見えてきます。
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⑥櫻田神社(寿老人)
森タワーの前にある櫻田神社は、1180年に源頼朝の令により霞山桜田明神として霞ヶ関の桜田門外に創建され、1624年に現在の場所に遷りました。
1189年に頼朝公が30貫の田畑を寄進し、一般農家の田と区別するため、御神田の畔に桜を植えたのが「櫻田」の由来だそうです。 -
幕末には、新選組の沖田聡司や乃木将軍が初詣に訪れた神社として知られています。
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社殿は昭和50年に改築されました。
今日は、ビデオの撮影が行われています。 -
江戸時代は霞山稲荷社と言われていましたが、明治28年に櫻田神社に改められました。
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完成までに約17年の歳月を要し、2003年に開業した「六本木ヒルズ」・・・ここは初めて来ましたが、近未来的な空間に驚かされます。
これは、先ほども見えた高層オフィスビル「六本木ヒルズ森タワー」・・・238mの高さで、地上54階・塔屋2階・地下6階。 -
六本木ヒルズレジデンスは地上43階・地下2階建てのツインタワーのB棟・C棟とA棟・D棟とゲートタワーがあり、総戸数は793戸。
元ライブドアのホリエモンこと堀江貴文さんもここに住んでいました。 -
テレビ朝日の本社ビルもここにあります。
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⑦天祖神社(福禄寿)
1005年に一条天皇の勅命により創建された神社で、平安中期の武将・渡辺綱や徳川家から崇敬を受けたと言われます。
宮司や氏子崇敬者の祈りにより関東大震災や戦災等の災難を逃れたため、現在では厄除の社として多くの人が参拝に訪れます。 -
現在の社殿は1957年に神明造として再建され、1994年に全面的に改築されました。
ここは場所柄、流行の中心地のため、マスコミからの信仰も厚いとか。 -
今日の昼食は「土風炉・六本木店」・・・この俳優座の左側にある店です。
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もう一社のお詣りが残っていますが、新春懇談でビールもすすみます。
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桜御膳(1500円)を美味しく頂きました。
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⑧久国神社(布袋尊)
階段を上ると狛犬が出迎えてくれ、小ぢんまりとした境内の右手に大きな石灯籠が二つあり、その奥に本殿が鎮座しています。 -
当社の勧請時期は不祥ですが、当初は千代田村紅葉(現皇居内)に鎮守されていました。
1457年、太田道灌の江戸城築城により、溜池の鎮守として遷座され、のちに久國作の刀が寄進されましたので久國稲荷神社と言われるようになりました。 -
昭和20年5月の大空襲でほとんど全焼しましたが、昭和28年に復興再建し現在に至っています。
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約4時間、15,000歩の港七福神めぐりが無事終了しました。
この後は8名で両国国技館に向かいます。 -
両国駅から歩いて行くと、各力士の幟がはためいています。
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最後は大関・横綱と続きます。
久し振りの観戦なので、ワクワクしますね。 -
15時40分から幕内の土俵入り。
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関脇・嘉風と大関・豪栄道。
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稀勢の里と琴奨菊の両大関。
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続いて横綱の土俵入り。
先ずは前場所優勝の日馬富士。 -
次は白鵬。
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最後は鶴竜。
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おばさん軍団も、ひいきの力士に大声援。
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人気の遠藤(前頭11枚目)は、永谷園をはじめ懸賞が凄い!
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誉富士と対戦し、白星を手にしました。
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前に来た時と比べて、外人が目立ちます。
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郷土の誇り、嘉風が登場。
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栃煌山と関脇同士の対決を制しました・・・これで、2勝2敗。
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今日も満員御礼。
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琴奨菊の豪快な塩。
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安美錦をかろうじて押し出し・・・まさかこの場所で優勝(14勝1敗)するとは思いませんでした。
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続いて照ノ富士(モンゴル出身)と碧山(ブルガリア出身)の外人同士の対決は、大関・照ノ富士の勝ち。
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そして大関・稀勢の里は小結・栃ノ心(ジョージア出身)に負けました。
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横綱・鶴竜は松鳳山を寄り切り。
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制限時間一杯の白鳳の顔・・・宝富士に勝ちました。
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結びの一番は、日馬富士 対 逸ノ城のモンゴル対決。
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押し出しで日馬富士の勝ち。
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弓取り式は群馬県出身の聡ノ富士(さとのふじ )。
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よいしょ、ヨイショで、18時前に初場所四日目も終了。
日本人力士優勝の次は日本人横綱の誕生を期待しましょう。
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