2015/06/23 - 2015/06/23
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frau.himmelさん
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インスブルックは「影の首都」と呼ばれていたそうです。
なぜって?
一国に一つしか存在しない王宮が、オーストリアにはウィーンとインスブルックにあるから。
王宮の正面には、大きな双頭の鷲の紋章が燦然と輝いています。
中世から20世紀まで中央ヨーロッパで絶大な権力を誇っていたハプスブルク帝国、このインスブルックはハプスブルク家の繁栄を物語る古都なのです。
街のいたるところに存在する博物館でその足跡を見ることができます。
路面電車でイーグルスまでの小旅行をした後は、インススブルックカードの特典を活用して、それらの博物館めぐりをいたします。
ことに宮廷教会の中央に置かれたマクシミリアン1世を囲む28体の黒い像には驚きました。
マクシミリアン1世に縁のあるその人物達の、地位・系譜・相関関係などを調べる作業はとても面白かった。これは別記で発表したいと思っています。
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イグルスまでの路面電車での小旅行から帰ってきて、まず私達が訪れたところはここ。
なんと言ってもインスブルックの象徴です。
ハプスブルク帝国の栄華の象徴「黄金の小屋根」。 -
ここは、地方の小都市であったインスブルックを、オーストリアの中心都市に発展させたハプスブルク帝国マクシミリアン1世により、1500年に建てられました。
あの煌びやかな屋根には2657枚の金箔の銅板が使われています。
マクシミリアン1世やその妃が、広場で行われる催し物、騎馬試合などを見るためのロイヤルボックスとして造らせたものです。 -
バルコニーの精巧なレリーフにもそれらが描かれています。
左2枚は、当時この地方でお祭りのときなどに踊られたダンス。
その隣はそれを観覧しているマクシミリアン1世と二人の妻。 -
その絵を拡大してみます。ちょっと粗くて見にくいですが。
左からマクシミリアン1世、そのお隣は最初の妻マリー・ド・ブルゴーニュ(1457-1482)。
この結婚により、マクシミリアン1世は、ブルゴーニュや、その後フランドルの領土も手に入れることになりました。
右は2番目の妻ビアンカ・マリア・スフォルツァ(1472-1510)。
ミラノ公国スフォルツァ家の出、この結婚によりミラノを支配下に置くことになりました。
なお、マリーが胸に抱えている金の球は、騎馬試合の勝者に与えられるご褒美。また2番目の妻ビアンカとはこの場所で婚礼を挙げました。 -
インスブルックカードで無料で入場できる「黄金の小屋根博物館」に入ります。
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「戦いは他家に任せるが良い、幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」
という政略結婚で勢力を伸ばしたハプスブルク家の言葉がありますが、これは何もマリアテレジアの時代だけではなかったのですね。 -
マクシミリアン1世自らもそうでしたし、子や孫も政略結婚で領土を広げていきました。
この博物館は皇帝マクシミリアン1世の宝物、肖像画、この地方で発掘された金銀細工などが展示してあります。 -
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マクシミリアン1世や二人の妃になった気持ちで、バルコニーから広場を眺めてます。
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黄金の小屋根を模した壁に、いろんな模様や願い事を書いたワッペンが飾られていました。
インスブルックの領土で採掘される豊富な資源は、ハプスブルク家の重要な財源となりました。 -
さて、ではハプスブルク帝国の足跡を求めて次に行きましょう。
広場には先ほどより大勢の観光客。 -
次に私達が訪れたのは聖ヤコブ寺院(大聖堂)。
1717〜1724年にヨハン・ゲオルク・フィッシャーとヤコブ・ヘルコマーによって造られたバロック様式の教会。 -
バロック様式の豪華な装飾です。
正面祭壇を臨みます。 -
主祭壇の煌びやかなこと。
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祭壇にはルーカスクラナッハの聖母子の絵「救いの聖母」。
聖母子像の周りを、金銀細工の天使が飛び交っている装飾も見事です。
中世の頃より金銀が抱負に発掘されたインスブルック、豪華なのも頷けます。 -
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南ドイツバロックの巨匠、アザム兄弟が制作した天井のフレスコ画。
あんまり美しくて言葉も出ません。 -
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説教壇。
内装もアザム兄弟の手になるものです。 -
チロルで最も美しいといわれるパイプオルガン。
ニコラス・モル作。 -
大公マキシミリアン3世の墓碑。
1620年ニコラス・モルによって造られました。 -
墓碑の上でお祈りしているマクシミリアン3世・フォン・エスターライヒ(1558-1618)。
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墓碑を支える柱の装飾の見事なこと。
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次に私達がやってきたところは宮廷教会。
黄金の小屋根や大聖堂の華麗な建築物を見てきた目には、とても質素な教会に見えます。 -
ところが一歩足を踏み入れてその豪華さに驚きました。
天井の見事なスタッコ漆喰装飾。 -
中央に置かれた巨大な棺とそれを取り巻く黒い人物像。
これはマクシミリアン1世の霊廟なのです。 -
マクシミリアン1世自らが計画をして、孫のフェルディナント1世により16世紀半ば造られました。
棺の周りを取り囲んでいる黒い人物は28体。 -
マクシミリアン1世に縁のある歴史上の人物ばかりです。
これらの人物1体1体を調べると、ハプスブルク家の華麗な係累、相関関係が判ります。
面白いですね〜。すっかりこれに時間を取られて・・・。
一人ひとり紹介していたらまた長ったらしい旅行記になってしまいますので、別録として発表いたします。 -
主祭壇。
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アンドレアス・ホーファーの墓。
チロル解放で勇敢に戦ったインスブルックの英雄、アンドレアス・ホーファーもここに眠っています。 -
そしてこの方も。
アウクスブルクのウェルザー家の娘フィリピーネと身分違いの結婚をして、アンブラス城で仲良く暮らしていたフェルディナント2世のお墓。 -
フィリピーネのお墓もあるはずです。
二人ここで仲良く眠っているのですね、良かった。
銀の礼拝堂の天井。 -
銀の礼拝堂に置かれている聖母マリアの銀の祭壇。
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中庭。
中庭を挟んだお隣は、チロル民族博物館。
宮廷教会と同じチケットで入場できます。 -
お昼もとっくに過ぎて、お腹が空きました。
食事は昨日より目をつけておいた「シュティフツ・ケラー」に行きます。 -
中は広くてゆったりいい感じ。(この時は)
空いている席に座ります。 -
あらあの壁の絵、見たことがあります。
ノイエピナコテークにあったティツィアーノ作「皇帝カール5世」。
彼もハプスブルク家出身でマクシミリアン1世の孫に当たります。 -
そしてこちらには同じくアルテピナコテーク所蔵の、アルトドルファー作「イソッスの戦い、アレキサンドロスの戦い」が。
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歴史あるレストラン、シュティフツ・ケラーのメニューの中から・・。
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お馴染みビールとワイン。
椅子の背もたれ、鷲の紋章も歴史を感じさせます。 -
私はケーゼ・シュペッツレ。
ドイツの手作りパスタです。サラダ付き。
私には量が多過ぎますが、心配いりません。 -
夫はヴルストで。大量のザワークラウト付き。
芥子の量が半端ないです。
大体二人で2種類をとってシェアしています。 -
あちらにはいつの間にか、かの国の団体さん。
賑やかでしたね〜。
お料理や飲み物が来るたびでみんなカメラを取り出して、いっせいにパシャパシャ始まります。
その後はナイフとフォークの音をガチャガチャ言わせて、お食事が始まります。
まあ、ホントーにウルサイ。 -
ちょうど食事が済んだので、お会計して逃げ出しました。
あら、こちらにはオープンスペースもあったのね。
ここでいただけば良かったかしら。 -
シュティフツ・ケラーの看板。
中はいろんな部屋に分かれているようです。
リッターザール・ワッペンシュトゥーベ・カイザーザール・マキシミリアンシュトゥーベ・マリアテレジアシュトゥーベ・・・など、
名前を聞くだけで入りたくなります。 -
そしてこの絵は、ワッペンの塔。
ハプスブルク家が支配した紋章の数々が壁に描かれた塔です。
調べてみると、実際にこのヴァッペントゥルムが王宮の南側にあったそうです。
そういえば、レストランは王宮の南側、じゃあ、この場所にこの塔はあったのでしょうか。 -
ではその王宮に行きましょう。
街の何処からでも見えるアルプスの山々。
昨日登ったノルトケッテ連峰もあのようにくっきり見えます。
ミュンヘンで見た天気予報では、今日から天気が崩れるといっていましたが、外れてよかった。 -
白亜の殿堂、ここが王宮です。
一国に一つしかないはずの王宮がウィーンとインスブルックにあるので、インスブルックは「影の王宮」と言われています。
今まではマキシミリアン1世を中心に歴史を辿って参りましたが、マリア・テレジアもまたインスブルックに歴史を刻んでいるのです。 -
王宮の屋根に燦然と輝く双頭の鷲の紋章。
中世から20世紀はじめまでヨーロッパで強大な勢力を誇ったハプスブルク帝国の証です。 -
昨日コングレス駅から見た王宮。
1460年チロルのジグムント大公(後に出ます)によって建てられましたが、マクシミリアン1世がそれを拡張、マリア・テレジアによって今日のようなウィーン風ロココ様式に改築されました。 -
中に入って見学します。
ここもインスブルックカードで無料です。
ただし写真撮影禁止なので、写真はありません。 -
写真がなくては説明できません。王宮で買ってきた参考資料をコピーしました。
目が粗くてかなり見にくいです。
B5版の130頁くらいある紙質の厚い立派な装丁の本です。
一人のときはこんな重いものは買いませんが、今回は夫が運んでくれますので心配ありません(笑)。
王宮は、火事や戦さで廃墟になっていたところを、1754年女帝マリアテレジアの指示で19年もの歳月をかけて改修工事が行われ、1773年ロココ調の優美な宮殿に生まれ変わりました。 -
特に巨人の間といわれる大広間は、チロル最大級の天井画がある豪華なものです。
壁には、マリアテレジアとその夫フランツヨーゼフ1世、16人の子供たちとその配偶者の絵が飾られています。
フランスに嫁いだマリーアントワネットや、シシーこと皇后エリザベートの肖像画もあります。
また、ここで息子レオポルド2世とスペイン王女ルドヴィカの結婚式が行われました(1765年)。 -
マリアテレジアと夫のフランツ1世、長男のヨーゼフ2世(神聖ローマ皇帝)。
政略結婚によって勢力を拡大してきたハプスブルク家でありましたが、マリアテレジアとフランツ1世は恋愛結婚だったそうです。 -
マリアテレジアと家族達。
多忙な政務の傍ら16人もの子供たちを育て上げてきた、母親でもあり女帝であったマリアテレジア。
最愛の夫はこのインスブルックで急死しました。 -
もう少しマリアテレジアの足跡を探しましょう。
ここはマリアテレジア通り、女帝を記念したインスブルックで最大の大通りです。
歩行者天国になっていて大勢の人が歩いています。 -
通りの真ん中には大理石のアンナ記念柱。
1703年スペイン継承戦争のとき、街を侵略してきたバイエルン軍を撃退した記念として建てられました。 -
白い大理石の柱の上には聖母マリアの像。
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柱の真ん中には天使、下には4人の聖人が。
その中の聖アンナは、ドイツの方向を向いて手で進入を阻止しています。
(赤丸部分が聖アンナ) -
電車通りの先に凱旋門が見えてきました。
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交差点の真ん中にある凱旋の門は、マリアテレジアがハプスブルク家の栄誉の象徴として、息子レオポルト2世の婚礼祝いに造らせたものです。
門の両サイドにはレオポルト2世とスペインの皇女ルドヴィカの横顔が。 -
門の上部には結婚を祝する2人の天使とマリアテレジア夫妻の肖像。
そしてその下は指輪(赤印)を真ん中にした結婚のレリーフが彫られています。
幸せの絶頂にいたマリアテレジアのはずでした。 -
門をくぐるとそれが一転します。
最愛の夫フランツ1世が息子の結婚式の最中に急死してしまったのです。 -
北側の門の上には悲しみのモニュメント。
フランツ1世の隣には死を意味するサタンの姿。 -
愛する夫を亡くしたテレジアの深い悲しみ。
夫の死後、マリアテレジアは死ぬまで喪服を脱ぐことはなかったそうです。 -
マリアテレジア通りを引き返し、ヘルツォークフリードリヒ通りに入りました。
次に私達が寄ったところはここ、シュピタール教会。
ピンク色の建物がとても可愛い教会です。 -
この教会は1700年から1701年にかけて、ヨハン・マルティン・グンプによって建てられたバロック様式の教会です。
内部も他のインスブルックの教会と同じで、大変豪華です。 -
天井のフレスコ画も見事。
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中央祭壇
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この教会で興味深かったのは、12使徒がそれぞれ柱に飾られていること。
聖ヤコブ。 -
聖ヨハネ。
それぞれのアットリビュートを持って飾ってありますので、大変勉強になります。 -
相変わらずかの国の人たち。
道幅いっぱいに広がっていますので、通る人がそれを見て嫌な顔をしています。
このインスブルック、かの国に乗っ取られたのではない?(笑)と思うくらい多かったですね。 -
ヘルツォークフリードリヒ通り。
ハプスブルク家のチロル伯であったフリードリヒ4世がインスブルックにチロルの首都機能を移したことより、その名をとって付けられた通りです。
その後を継いだ息子ジグムントが浪費や借金で立ち行かなくなり、その後を引き継いだのがマクシミリアン1世でした。 -
ヘルツォークフリードリヒ通りの、黄金の小屋根と並んでもう一つの象徴、市の塔。
1360年に火の見やぐらとして建てられた高さ57メートルの塔。 -
後回しになっていた市の塔にようやくやって来ました。
ラウベン(石造りのアーケード)の一画にある市の塔の入り口。 -
階段を148段登ると展望台があります。
入場料3ユーロ、インスブルックカードでOK。
私はこの近くで待っているからお一人で行ってらっしゃいと、夫を送り出しましたが、程なくして戻ってきました。
やっぱり大変そうだからやめた!と。
そうですねー、あなたも歳なのだし、やめたほうが正解ね。 -
ブラブラと散策して・・。
このエルカー(出窓)の壁絵もステキです。 -
飾り看板を撮ってみました。他の方みたいにうまく撮れません。
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あんまりお腹は空いていないけど、イン川でいっぱい飲んで帰ろうかと、マルクトプラッツにやって来ました。
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やっと空いている席を見つけてビールとワインをいただいきました。
人が多くて写真どころではなかったせいか、写真がありませんね。
ここから一番の路面電車で、今日は無事にホテルに帰りました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- norisaさん 2015/12/01 07:20:55
- マキシミリアン1世!
- frau.himmelさん
おはようございます。
このマキシミリアン1世というかたスゴイ方ですね。
最初の結婚も第二回目も領地を広げるためとはーーー。
ハプスブルグ家は敗戦後解体されてしまいますが、絶頂期は好きなように欧州をとりしきったわけですね。
マキシミリアン1世を囲む28体の黒い像。
これも興味がありますね。
続編が楽しみです。
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2015/12/02 10:54:20
- RE: マキシミリアン1世!
- norisaさん、おはようございます。
やっと(作成中)が外せました。
不完全な旅行記をお見せして申し訳ありませんでした。
マクシミリアン1世はじめ、ハプスブルク家の華麗な経歴。
調べ始めたら本当に面白いですね。
これでもか、これでもかの政略結婚の数々。
あの時代のハプスブルク家はそれが普通だったから文句は言えなかったのですね。
その中に2度の政略結婚で夫に亡くなられ、その後キャリアウーアンの道を選んだ女性もいたのにはちょっと救われました。
それらのお話を今まとめていますので、できるだけ近いうち(??)に投稿したいと思います。
norisaさんも新しい旅行記を発表なさった頃ですね。
後でお邪魔させていただきます。
私の方からは見えないもので、申し訳ありません。
himmel
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- ペコリーノさん 2015/12/01 06:01:26
- 冬のインスブルックより
- frau.himmelさん、こんばんは。
インスブルックからメッセージを書いています。
実は、3日目も終わろうとしているのに、himmelさんがご覧になった王宮や黄金の小屋根の中にも入っていません。私の泊まっているホテルからはほんの少しの距離なのに…。
実は、その周りのクリスマスマーケットに気をとられてばかりなのです。
黄金の小屋根の前の広場には、大きなツリーがあって、その足元にはクリスマスマーケットの屋台が沢山出ています。土日の夜は、ものすごい人でごった返しています。それが楽しくって、本来の観光をすっかり忘れているところでした。
72時間のインスブルックカードもあと半日しか残っていません。
午前中にどこへ行こうか、今ちょっと焦っているところです。
himmelさんの旅行記で観光した事にしちゃおうかしら…なんて。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2015/12/02 10:44:21
- RE: 冬のインスブルックより
- ペコリーノさん、おはようございます。
ってそちらは今真夜中ですね。これをご覧になるころは朝。
現地報告、ありがとうございます。
インスブルックのクリスマスマーケットの賑やかな様子が伝わってくるようです。
いいなー♪ グリューワイン三昧ですか。
きっと私の旅行記のインスブルックとまったく違う風景だと思いますが、楽しんでいますね〜。
クリスマスと言えば、ホーフ教会のお隣、民族博物館でクリッペの特集をやっていました。今でもやっているのかしら。
これからどちらにいらっしゃるのでしょうか?
お気を付けて旅を楽しんでください。
お時間がありましたら、また現地ご報告、お願いします。
himmel
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