2015/01/03 - 2015/01/04
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RAINDANCEさん
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愛知県西部、言わずと知れた県庁所在地の市である名古屋を訪れました。
★まずは何と言っても、尾張名古屋は城でもつ「名古屋城」へ。
★そして名古屋といえば「名古屋めし」、今回は味噌カツと台湾まぜそば。
[いただいた郷土料理/ご当地グルメ]
◎「矢場とん」の味噌カツ
◎台湾まぜそば
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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名古屋市街に入ってきました。中村の大鳥居が見えます。
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まずは定番の名古屋城へ。
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ピカピカの鯱(しゃちほこ)がお出迎え。
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言わずと知れた日本百名城のひとつです。
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徳川家康が、織田氏の那古野城の跡周辺に、九男義直のために築いたとされる城です。
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城内にも鯱。
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黄金水井戸の木枠。
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エレベーターもありますが、階段でも昇降できます。
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名古屋市街の風景。
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天下統一の三武将。...織田信長。
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豊臣秀吉。
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そして、徳川家康。
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こちらは、乗れるシャチホコ。
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鉄砲。
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御三家にゆかりのあるものが色々展示されています。
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面白かったのはこれ。江戸時代の食事?
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こちらも。
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これらはどう見ても、身分の高い人の食事ですね。
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三武将もこのようなメニューに舌鼓をうっていたのでしょうか。
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刀。
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脇指。
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刀身彫り。
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続いては、尾張藩主の住まいだった本丸御殿へ。この時は、復元された表書院のみ公開中。(その他は復元中)
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虎の間とも呼ばれた玄関。竹林豹虎図。
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一之間、二之間の襖に描かれている絵です。
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廊下。
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表書院の桜花雉子図。
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松楓禽鳥図。
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家康は、慶長14年(1609年)11月16日、豊臣勢の防衛線として名古屋城の築城を発令、天下分け目の要衝として役目を果たしたのですね。
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次は、栄地区の久屋大通り公園へ。
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そこに建つ「名古屋テレビ塔」。日本で最初の集約電波塔なのだそうです。
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展望台へ上るのは600円と高いので、塔のふもとのみウロウロ。
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近くの交差点で和太鼓の演奏が始まりました。
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一心不乱に打つ勇ましい姿。
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そして、美しくもあります。
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さらにその近傍にある商業施設、「ラシック(LACHIC)」へ。
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「ジュラッシー」。
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なぜここに寄ったかというと、名古屋名物である味噌カツの「矢場とん」があるからです。
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そうです。すでに「名古屋めし」モードに入っています。
少し並んで入店。 -
その第1弾はここ、矢場とんの三越ラシック店にて。
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鉄板とんかつ定食。
味噌カツは、串カツを八丁味噌を使ったどて煮に浸して食べたのが始まりだとか。 -
ひれとんかつ定食。
ですが、いつどこから始まって広まったのかははっきりしない模様。昭和40年代にはこのメニューがすでに存在していたらしい。 -
ここも栄駅に近い「オアシス21」。
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小さなスケートリンクが設置されていました。
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巨大な「ウルフィ」。
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この日は、名古屋ビーズホテルに宿泊。
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部屋はご覧の様に小ぎれいで、大浴場もあり朝食(軽食ビュッフェ)も美味しいなかなか良いホテルでした。
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翌日は、「名古屋めし」第2弾、台湾まぜそば。「麺屋はなび」が休みだったので、こちらの「てっぺん」へ。
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台湾まぜそば。台湾ミンチのピリ辛が効くちょっとジャンキーな味が魅力。
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このように混ぜていただきます。最後は「追い飯」で締めます。台湾まぜそばは、2008年頃の「麺屋はなび」高畑本店が発祥と言われています。
今回はこの2弾で一旦区切りますが、「名古屋めし」はまだまだ他にもありますので、この続きは次回訪問にて。
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