2015/10/27 - 2015/10/27
170位(同エリア717件中)
ケーさん
沖縄本島南部にひっそりと佇む知念城跡。
100名城に入ってなくても、良いお城は日本全国いっぱいありますね!
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2015年10月27日(日)
朝、阿嘉島から那覇に戻り、搭乗までの空き時間にレンタカーで本島観光。
ニライカナイ橋、カフェくるくまに行った後、寄りました。
阿嘉島の旅行記はこちらです↓
「阿嘉島でダイビング Oct. 24, '15」
http://4travel.jp/travelogue/11076100
駐車場(無料です)の前に知念城跡入口の標識が立っています。知念城跡 名所・史跡
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知念ガイドマップ
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知念城跡 国指定史跡
知念城跡は、ミーグスク(新城)とクーグスク(古城)とよばれる二つの郭からできています。クーグスクは古い野面積みで囲まれ、一番高い岩山の上に立地しています。ミーグスクは、二つの門と石垣で囲まれた郭です。正門を入ると、「火の神」が祀られている小さな祠がみえ、さらにその奥には「友利御嶽(ともりうたき)」があります。友利とは、「名高く尊い」という意味があります。
知念城跡内には、1761年から1903年に至るまでの間、知念番所(間切の役所)が置かれていました。現在の火の神は、番所が移動した後に地域の人々が祠をつくり祀ったものです。
この御嶽や火の神には、地元だけでなく県内全域からの参拝客も多く訪れ、東御廻り(あかりうまーい)の拝所となっています。
知念城跡では、現在史跡跡整備事業を進めており、それに伴う調査で18世紀を中心とした様々な資料が確認されています。
昭和47年5月15日指定 沖縄県南城市教育委員会 -
標識の横の道を下って行くと、程なくして城壁が見えました。
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知念城跡の碑
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史跡 知念城跡
昭和47年5月15日 国指定
この城は、二つの部分からなっています。一つは東南部の古城で、高所は1〜2メートルの野面積みの石垣で囲まれ、内部はうっそうとした森となっています。ここは「おもろさうし」に「ちゑねんもりぐすく」と謡われた霊場です。この古城の西方に高さ3メートルの切石積の城壁をめぐらした新城が連なります。城壁の東に正門、北に裏門とアーチ形の城門をひらき、城郭には、沖縄の開闢伝説で名高い久高島の遥拝所があります。
この新城は尚真王の異母兄弟にあたる内間大親が築いたといわれていますが、審議は不明です。知念城は古くは代々の知念按司の居所でもあったと思われますが、それがたんなる城郭ではなく、「あまみきよ」の伝説と尚真王の権威とが結びついたいわば宗教的城という意味で重要です。
沖縄県教育委員会
昭和53年3月31日 -
新城(ミーグスク)の城壁東にあるアーチ型の正門をくぐり曲輪に入ります。
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石垣の積み方もいろいろです。
左の方は野面積み(「野面」とは加工していない石の事で、自然の岩や石をそのまま組み合わせる最も古い技法)で、
右の方は相方積み(別名:亀甲乱積み)(石を多角形に加工し、互いに噛み合うように積む技法。強度と耐久性に富む。) -
もう1つのアーチ型石門(裏門)
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補強の板があるのがちょっと残念
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アーチ門の横にある焚字炉(フンジロー)
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城壁の曲線が美しいです。
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古城(クーグスク)の城壁。
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説明板は何もありません。
唯一あったのが、この案内板。
知念大川という漢字からして、階段を下ると川があるのかな?と思って途中まで行きましたが、まだまだ遠そうで時間もないので断念。 -
拝所。
ここが知念按司の墓なのでしょうか -
ここはとても静かです。時間がゆっくり流れているように感じます。
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駐車場まで、来た道を戻ります。
100名城でも世界遺産でもなく小規模なグスクでしたが、城壁とアーチ門が素敵で訪れてみて良かったです。
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旅行記グループ お城巡り
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