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街歩きシリーズ2です。<br />秋の小春日和の街歩きが健康にもいいかなということで恒例になりつつあります。<br /><br /> 寺内町は1560年(永禄3年)に開発された一向宗(浄土真宗)の宗教自治都市で江戸時代以降の町家(まちや)約40軒が時代劇セットさながらに昔の姿そのままで残されています。大阪府富田林市寺内町を歩き帰途の途中で夕暮れ時の千早赤坂城址棚田に寄りました。

富田林市寺内町の街歩きと下赤阪の棚田

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2015/10/19 - 2015/10/19

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ターちゃん

ターちゃんさん

街歩きシリーズ2です。
秋の小春日和の街歩きが健康にもいいかなということで恒例になりつつあります。

 寺内町は1560年(永禄3年)に開発された一向宗(浄土真宗)の宗教自治都市で江戸時代以降の町家(まちや)約40軒が時代劇セットさながらに昔の姿そのままで残されています。大阪府富田林市寺内町を歩き帰途の途中で夕暮れ時の千早赤坂城址棚田に寄りました。

  • 寺内町方面<br /><br />石川の河川敷無料駐車場に駐車して寺内町へ

    寺内町方面

    石川の河川敷無料駐車場に駐車して寺内町へ

  • 旧杉山家住宅と金剛・葛城連山)が描かれているマンホール蓋。

    旧杉山家住宅と金剛・葛城連山)が描かれているマンホール蓋。

  • 木口家<br /><br />当家は屋号を木綿屋(木綿庄)といいはじめは木綿商を営んでいたといわれるが、四代前より瀬戸物商に転じている。近くの堺筋沿いで瀬戸物商を開いておられたが、既に廃業されています。<br />

    木口家

    当家は屋号を木綿屋(木綿庄)といいはじめは木綿商を営んでいたといわれるが、四代前より瀬戸物商に転じている。近くの堺筋沿いで瀬戸物商を開いておられたが、既に廃業されています。

  • 橋本家<br /><br />建築年代 18世紀後期<br /><br />屋号は別井屋と称し、酒造業を営んでいた。<br />左から右に向かって虫籠窓(塗り屋造りで塗り格子を付けた二階の窓)の幅が大きくなっています

    橋本家

    建築年代 18世紀後期

    屋号は別井屋と称し、酒造業を営んでいた。
    左から右に向かって虫籠窓(塗り屋造りで塗り格子を付けた二階の窓)の幅が大きくなっています

  • 仲村家<br /><br />建築年代<br />1782-1783年 (天明2-3年)<br /><br />屋号を「佐渡屋」と称し、享保19年(1734年)以降は徳兵衛を名乗ってきました。初代徳右エ門は富田林八人衆の子孫に当たると伝えられる。

    仲村家

    建築年代
    1782-1783年 (天明2-3年)

    屋号を「佐渡屋」と称し、享保19年(1734年)以降は徳兵衛を名乗ってきました。初代徳右エ門は富田林八人衆の子孫に当たると伝えられる。

  • 上野家<br /><br />建築年代<br />19世紀初期(推定)<br /><br />明治40年に呉服商を創業。当家は仲村家の西向かいに当たり、元来は仲村家の分家新宅であったが、上野家が買い取られたものである。仲村家の家紋「三階菱」が入った丸瓦。<br /><br /><br /><br />

    上野家

    建築年代
    19世紀初期(推定)

    明治40年に呉服商を創業。当家は仲村家の西向かいに当たり、元来は仲村家の分家新宅であったが、上野家が買い取られたものである。仲村家の家紋「三階菱」が入った丸瓦。



  • (旧)杉山家住宅 <br /><br />建築年代 1644年(寛永21年) 国の重要文化財<br /><br />杉山家は富田林寺内町の創設にかかわった旧家の一つであり、江戸時代は造り酒屋として栄えました。現存する家屋は寺内町で最も古く、江戸時代中期の大規模商家の遺構です。<br /><br />明治の明星派女流歌人・石上露子(いそのかみつゆこ、本名は杉田孝、明治15年〜昭和34年)の生家でもある。<br /><br /><br /><br />

    (旧)杉山家住宅

    建築年代 1644年(寛永21年) 国の重要文化財

    杉山家は富田林寺内町の創設にかかわった旧家の一つであり、江戸時代は造り酒屋として栄えました。現存する家屋は寺内町で最も古く、江戸時代中期の大規模商家の遺構です。

    明治の明星派女流歌人・石上露子(いそのかみつゆこ、本名は杉田孝、明治15年〜昭和34年)の生家でもある。



  • (旧)杉山家住宅

    (旧)杉山家住宅

  • (旧)杉山家住宅

    (旧)杉山家住宅

  • 興正寺別院  鐘楼 (重要文化財)<br /><br />歴史(由来)<br />応永年間(1394-1412年)に毛人谷(えびたに)御坊に草創。 永禄3年(1560年)に京都・興正寺第16世証秀上人が現在地に移建。<br />

    興正寺別院  鐘楼 (重要文化財)

    歴史(由来)
    応永年間(1394-1412年)に毛人谷(えびたに)御坊に草創。 永禄3年(1560年)に京都・興正寺第16世証秀上人が現在地に移建。

  • 日本の道百選の城之門筋

    日本の道百選の城之門筋

  • 杉田家<br /><br />建築年代 18世紀後期<br /><br />歴史(由来)<br />当家は代々「樽屋善兵衛」と称し、もとは油屋を営んでいた。善兵衛の名は天保14年(1843年)の村方様子明細帳に百姓代として載っている.<br /><br />

    杉田家

    建築年代 18世紀後期

    歴史(由来)
    当家は代々「樽屋善兵衛」と称し、もとは油屋を営んでいた。善兵衛の名は天保14年(1843年)の村方様子明細帳に百姓代として載っている.

  • 田守家<br /><br />建築年代 18世紀中期<br /><br />歴史(由来)<br />当家は屋号を「黒山屋」と称し、寛永年間にその祖先が大阪府南河内郡美原町黒山からこの地に移住してきたことからこの名をとった。明治中期頃まで代々木綿商を営んでいた。<br /><br />

    田守家

    建築年代 18世紀中期

    歴史(由来)
    当家は屋号を「黒山屋」と称し、寛永年間にその祖先が大阪府南河内郡美原町黒山からこの地に移住してきたことからこの名をとった。明治中期頃まで代々木綿商を営んでいた。

  • (南)葛原家<br /><br />建築年代 安政元年(1854年)<br /><br />歴史(由来)<br />当家は北向かいにある葛原家の分家新宅である。 現住宅は安政元年(1854年)「三治郎」(さんじろう)という人が分家した時に建てられたものである。宝永7年の絵図に拠れば、三階蔵の東方に会所があったことがわかる。今は遺構が残っていないが、会所町の名称はこれから由来したと考えられる。<br />

    (南)葛原家

    建築年代 安政元年(1854年)

    歴史(由来)
    当家は北向かいにある葛原家の分家新宅である。 現住宅は安政元年(1854年)「三治郎」(さんじろう)という人が分家した時に建てられたものである。宝永7年の絵図に拠れば、三階蔵の東方に会所があったことがわかる。今は遺構が残っていないが、会所町の名称はこれから由来したと考えられる。

  • 葛原家<br /><br />建築年代 19世紀初期<br /><br />葛原家は奈良県吉野郡十津川村(とつかわ)の元郷士で、天明元年(1781年)頃に当地で酒屋を始めたと伝えられている。

    葛原家

    建築年代 19世紀初期

    葛原家は奈良県吉野郡十津川村(とつかわ)の元郷士で、天明元年(1781年)頃に当地で酒屋を始めたと伝えられている。

  • (南)奥谷家住宅 <br /><br />建築年代 明治時代前半<br /><br />歴史(由来)<br />当家は北側に面する奥谷家(岩瀬屋)の分家で、本家6代目の時にこの家を興した。分家の年代は明らかではないが明治時代の前半と推定される。味醂醸造業を営んでいた。<br />

    (南)奥谷家住宅

    建築年代 明治時代前半

    歴史(由来)
    当家は北側に面する奥谷家(岩瀬屋)の分家で、本家6代目の時にこの家を興した。分家の年代は明らかではないが明治時代の前半と推定される。味醂醸造業を営んでいた。

  • 奥谷家<br /><br />建築年代 19世紀初期 (1812-29年頃)<br /><br />当家は代々屋号を岩瀬屋と称し大阪府河内長野市岩瀬から1772年頃、この地に移住したと伝えられる。<br />

    奥谷家

    建築年代 19世紀初期 (1812-29年頃)

    当家は代々屋号を岩瀬屋と称し大阪府河内長野市岩瀬から1772年頃、この地に移住したと伝えられる。

  • 越井家

    越井家

  • 街並みからP?の塔

    街並みからP?の塔

  • 寺内町展望広場から葛城山と金剛山を望む

    寺内町展望広場から葛城山と金剛山を望む

  • 下赤阪の棚田<br /><br />稲木干し風景

    下赤阪の棚田

    稲木干し風景

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br /><br />面積7.4ha、250枚の棚田

    下赤阪の棚田

    面積7.4ha、250枚の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br />

    下赤阪の棚田

  • 下赤阪の棚田<br /><br />

    下赤阪の棚田

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この旅行記へのコメント (1)

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  • trat baldさん 2015/12/13 09:59:33
    棚田、まだ現役なのね、、、、、
    食料自給が出来ない国はやがて滅びると何かの本で読んだ事が有る、、、、
    生産量が僅かでもこうゆう農業を営む人達を支える施策が欲しい!営利目的の大規模農業を決して否定はしないけど日本の心が宿って居るのは前者だと思う。
    大昔に仕事で富田林を数回訪れたけど寺内町の風景は全然知らなかった、確か「うだつ」という建築様式も関西に起源している様な記憶が、、、、

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