2015/06/10 - 2015/06/10
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芸術の都パリが生んだ幾多の巨匠画家が、その後南仏に拠点を移したことはよく知られている。南仏に巨匠画家の足跡を訪ね、彼らを魅了した南仏の魅力を探る事をテーマにした旅の第6弾は、詩人ジャン・コクトーと彼が愛し晩年滞在したイタリア国境の街マントンの関わりを訪ねる旅である。詩人でありながらマルチな才能で芸術のあらゆる分野で活躍したコクトーは、絵画の分野でも多くの素晴らしい作品を残した。晩年マントンにアトリエを構え、本格的な創作活動をする傍ら、地元の要請に応え多くの芸術作品をマントンに残している。イタリアの影響で底抜けに明るい感じのする街で足跡を訪ねることとする。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コートダジュールの中心都市ニースを拠点として巨匠画家の南仏における足跡を訪ねるのをコンセプトに旅を続けているが、今回はニースから東へイタリア国境の街、マントンを訪問する事にする。
マントンはフランスでは"詩のプリンス”と呼ばれるジャン・コクトーがその魅力の虜となって晩年長期滞在した街である。イタリアと国境を接する街で、黄色系の街並みはイタリアの雰囲気の融合も見られる。魚介類とレモンの産地として知られる。
ジャンコクトーは詩人であるが小説家、劇作家、評論家、映画監督、脚本家、画家として活躍しマルチな才能で広範な分野で作品を残している。晩年マントンでの創作活動から生まれた美術作品を以下の施設で目にする事が出来る。
・マントン市庁舎の「結婚の間」
・ジャン・コクトー美術館
・要塞美術館
*マントンへのアクセス
ニース中央駅からイタリアのヴェンティミリア行きの国鉄TERで約35分。
コートダジュールの海岸線を走り、車窓から地中海の海岸線が美しい。まさに「世界の車窓から」ものの景色ではあるがトンネルも多い。フランス国鉄の窓ガラスが汚れて汚れ越しの絶景であることは残念である。(フランス人の友人にフランス国鉄の文句を言わせるときりがない。掃除しないはその一つ)
ニース現代美術館横のバス停から#100マントン行きのバスも出ている。所要時間は1時間30分。海岸線の崖の中腹に切られた道路をはしるので、コート・ダ・ジュールの海岸線を俯瞰する景色を堪能できる。
今回は行きは時間優先で列車を使い、帰りは#100のバスでモナコへ出て、モナコ、モンテカルロでバスを乗り換えてエズ村へよってニースに帰るルートをとった。ハイシーズンでない平日ならば1日で余裕をもって廻れるコースで列車とバスと異なるアングルで海岸線を楽しめるコースである。
マントン市内は旧市街と海岸沿いと多少の高低差はあるが、主要な所はコンパクトに集約されているので歩いて廻れる。
マントン駅は朝の通勤通学で人が多かった。構内でピアノの生演奏をしていた。駅前通りを東に出ると海岸線へ一直線で向かっているメインストリート
ボアイエ通りにぶつかる。そこを海に向かって南進すると左側に観光案内所があるので、地図や欲しい情報をゲットするとよい。
写真:マントン市庁舎
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①マントン市庁舎「結婚の間」
市庁舎入口をはいると受付がある。口コミでは職員の態度が横柄との書き込みがあったので、身構えて結婚の間の見学希望を申し入れた。入場料のおつりがないよう小銭で払え(?2/人)と言われ「来た、来た」と思ったが、あとはどこから来たかと尋ねられたので日本と応えると、先導して日本語ガイドのCDをセットしてくれ「enjoy」と言って帰って行った。事務的ではあるがフランスでは良い方と受け止めた。見学者は我々二人だけだったので日本語版案内を流してもらったが、大勢で国籍も多岐にわたる場合は、室内に音声を流す方式なのでフランス語か英語かになるのであろう。いずれにしても他に人がいなくて日本語解説付きでゆっくり鑑賞出来たことは幸運であった。
ジャン・コクトーがマントンを始めて訪れたのは1955年66歳の時で、すぐに気に入りアトリエを設けて長期滞在を決心したと言われている。既に詩人として高名であったコクトーは行政からも待遇良く迎えられたようで、翌年には市長から市庁舎のなかに市民のための結婚式のチャペル建設の内容のデザインを依頼され制作したのがこの「結婚の間」である。
正面、両サイド、天井の壁画、ドア、椅子、照明器具等の調度品をコクトーがデザインした。様式的にはヴァージンロードと両側の椅子席、正面の宣誓場所からなるチャペルであるが、現代芸術家の手になると当然のことながら他にはないユニークなコクトーワールドになっている。壁画はパステルカラーでコクトー独特のタッチの曲線が強調された人物群像が描かれ明るい雰囲気である。一方、椅子、床面はワインレッドの落ち着いた色調で統一され全体として「結婚の間」の華やかさと厳粛さの調和がとれた素晴らしい空間になっている。ここで挙式を上げたいと言う人が多くいると言うのも頷ける。
写真:誓約台正面の壁画
典型的なマントンの結婚をむかえるカップルの絵、新婦は典型的なマントンの帽子とケープ、新朗の帽子は漁師街であったマントンを象徴する漁師の帽子を被っている。 -
・「結婚の間」正面に向かい右側壁画 ジャン・コクトー作
伝統的なマントンの結婚式のの様子を描いたもの。 -
・「結婚の間」正面に向かい左側の壁画 ジャン・コクトー作
ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュデケを描いたもの。オルフェウスのアトリビュート(象徴)竪琴が見て取れる。 -
②ジャン・コクトー美術館
マントンの海岸通り「太陽の遊歩道Promenade du Soleil」に面した地中海を見渡す絶好のロケーションに立つ美術館である。
2011年11月に開館したばかりの白いモダーンな建築は異彩を放つ。美術館本体は平屋建て変則5角形をしていて周囲には庇と形がすべて異なる柱が巡らされている。第一印象はワイヤボンディングされたチップ基板のようで、極めてユニークながら白で統一され、地中海の海と空の青さに映えている美しい美術館である。
カタログによるとゼブラン・ワンダーマンコレクションを展示しているとある。ワンダーマンはラグジュアリー時計で財をなした富豪で熱烈なコクトーコレクターであった。ベルギー人で第2次大戦中はアメリカに亡命しロス近郊のアナハイムでコレクションの展示スペースを開設したが、本来コクトーの故国フランスで展示されるべきものと思い、コクトーが晩年こよなく愛したマントン市にコレクションを寄贈を申し入れ美術館開設の経緯となったようである。 -
・ジャン・コクトー美術館内部
美術館の内部も独創的である。部屋の区分はなく、ワンフロアでパーティションで展示セクションを緩く区分けしているだけである。周囲はガラス張りで、地中海の陽光が周囲の柱の隙間から遠慮なく入ってくる。美術館内部からは外の景色、地中海の海と空、行きかう車、人が丸見え状態でおよそ美術館の展示常識を逆手にとった発想である。コクトーの愛したマントンの光の中で作品を見てもらいたいという意図を感じた。
展示スペースは地上階と地下階の二つのフロアーを7つのユニットに分け、時系列とテーマ別で作品を展示してある。 -
・ジャン・コクトーの作品
自分の詩の挿絵から絵を始めたと言うが、余技とはいえないオリジナリティあふれる作品である。 -
・ジャン・コクトーオブジェ作品
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・ジャン・コクトー 作品
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・ジャン・コクトー 顔のオブジェ作品
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・ジャン・コクトー オブジェ作品
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・ジャン・コクトー監督の映画「オルフェ」のポスター
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③要塞美術館 Musee du Bastion
ジャン・コクトー美術館前の海岸通り「太陽の遊歩道」を東に進むと突端に要塞の建物が目に飛び込んでくる。要塞を原型をとどめたまま美術館にした要塞美術館である。
ジャン・コクトーがマントンの海岸に荒廃したまま放置されていた17世紀の要塞を自身の作品の展示のための美術館として蘇らせたいと市の許可を得て、改修の陣頭指揮を執ったという。残念ながらプロジェクトの途中の1963年73歳でコクトーは世を去ってしまったが、死後2年経った1965年遺志を継いで美術館として開館となった。 -
・要塞美術館のコクトーのレリーフ
ジャン・コクトーのレリーフの下に「JE RESTE AVEC VOUS(I remain with you)」と刻まれている。マントン市民あるいはこの美術館を訪問してくれた人に自分は貴方がたと一緒にここにいますよとメッセージを送っている。 -
・要塞美術館外壁基礎部分に描かれたモザイク作品
コクトーの絵の中に頻繁に出でくる、「結婚の間」でも同じモチーフの見つめ合う男女の構図。地中海と燦々と輝く太陽がマントンを象徴している。マントン海岸の小石を材料に作ったと言われている。 -
・要塞美術館内部
要塞の石積みの荒々しい肌面を敢えてむき出しにしている。
コクトーが晩年マントンのアトリエで制作した作品が展示されている。 -
・ジャン・コクトーの陶器作品
コクトーはモディリアニ、ピカソと交友が深かったという、ピカソの影響を受けたか陶芸作品も手掛けていて要塞美術館に展示されている。 -
・ジャン・コクトー監督作品「美女と野獣」の映画ポスター
ジャン・マレー主演の白黒映画の「美女と野獣」は幼少時テレビで見て強烈な印象があったのを覚えている。ジャン・コクトーの代表的な映画作品である。
要塞美術館の2階の一室では「美女と野獣」をエンドレスで放映している。勿論当時を懐かしんで、しばし名画を鑑賞することとはなった。 -
・要塞美術館の窓
昔の要塞であるので、窓は防御と監視のため必要最小限に切り取られている。地中海の海の向こうはイタリアの海岸である。 -
④マントン市街
坂と階段の狭い路地が入り組んだ旧市街とその周囲に広がった新しい街が融合して、街歩きも楽しい。
写真はコクトー美術館のすぐ山側にある市営のマルシェである。 -
・公設マルシェの内部
元々は漁村であり、現在も立派な港を持つマントンは魚介類が豊富で、市場にも新鮮な魚が並ぶ。温暖な気候からレモンを代表とした果物も店頭に並ぶ。 -
(あとがき)
・ジャン・コクトーが愛したコートダジュールの街マントンには新旧二つのジャン・コクトーの美術館があるが、美術館の生い立ち、建築物自体、内装、展示方法等、全く対照的で是非二つセットで鑑賞したい。市庁舎「結婚の間」を含めて、まさにめくるめくコクトーワールドを集中して堪能できるまたとない機会であると思う。
・散策に疲れたら、昼食は魚介のランチがお勧めだ。旧市街の教会の近くの広場にレストランが多くある。魚介のスープにパンにアイオリ、ニンニク、チーズを乗せたものを浮かべて食べる料理が絶品だ。イタリアが近いのでイタリア料理のチョイスもあるが、個人的見解であるが、フランスではパスタを食べない事にしている。美味しいのに出会ったことがない。原因は麺の茹ですぎである。アルデンテの感覚はないフランス流にしっかり茹でてしまうところにあると思っている。
・マントンの帰りにバスを乗り継ぎエズ村によってニースに帰った。エズは人気の観光スポットになって、ハイシーズンではなかったが、観光客でごった返していた。確かに崖上の鷲の巣村から俯瞰する地中海の海岸線と海の青さは感動ものではあるが、観光地化しすぎて江の島にいるような感に捕らわれた。エズからニースへのバスの混雑は勿論覚悟しなければならない。
・マントンからモナコでバスを乗り換えエズ村に行く際には、モナコでの乗り継ぎに充分注意が必要だ。マントンで#100ニース行きに乗り、モナコ公国モンテカルロ バス停で下車し、#82に乗り継ぎエズ村に行く。
モナコは海岸にせり出した崖の斜面の国で、バスのロータリーのような広場がない。#100の下車バス停と#82乗車バス停は同じ道路にはない、斜面を登った上の段の道路に上下移動しなければならない。下車バス停の周囲を探しても乗換バス停の表示がないので、来たバスの運転手に聞いて初めて判った。上の段の道路に辿りついたが、バス停には#83はないので注意が必要だ。
それだけこのルートでエズ村に入る人は少ないのだろう。円滑な乗換は先ず困難だ。充分乗り換え時間に余裕を持って、標識ががないので現地の人に聞きまくって確認するしかない。
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