2015/10/18 - 2015/10/18
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名古屋のmisakoさん
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名古屋市千種区の覚王山駅の近くにある日泰寺、揚輝荘に出かけてきました。なごや祭りで無料開放されていた揚輝荘は、写生をする人達や写真撮影する学生などで賑わっていました。南園の聴松閣は、謎の地下通路が有って、インド風の面白い建築物でした。
揚輝荘は、日泰寺の参道脇にあるので、日泰寺の本堂、奉安塔に参拝後に入館しました。
日泰寺は、日本で唯一のいずれの宗派にも属さない日本の全仏教徒のための寺院で、釈尊(お釈迦さま)のご真骨をタイ国(当時シャム国)より拝受し、仏教各宗代表が協議し奉安する為に1904年(明治37年)に建立された。釈尊を表す「覺王」を山号とし、日本とシャム(暹羅)国の友好を象徴して覺王山 日暹寺にっせんじとして創建された。その後、昭和14年(1939年)シャム国のタイ王国への改名に合わせて、昭和17年(1942年)日泰寺に改名された。(HPより)
日泰寺 P無料 参拝無料
揚輝荘 開園時間 9:30-16:30
休園日 月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)、年末年始(12/29-1/3)
入場料 南園:一般300円中学生以下無料 北園:無料
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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参道のお堂
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池があったのでしょうか
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大正から昭和初期にかけて(株)松坂屋の初代社長伊藤次郎左衛門祐民によって構築された別邸、昭和14年頃の完成時には、約1万坪の敷地の中に三十数棟の各種建造物が建ち、池泉回遊式庭園とともに覚王山の高台に威容を誇っていた。かつては、各界の要人や文化人が往来する迎賓館、アジアの留学生が寄宿して国際的なコミュニティーを形成した場所でもあった。(パンフレットより)
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伴華楼、昭和4年鈴木禎次の設計により尾張徳川家ゆかりの座敷に洋室等を加えて建築された(パンフレットより)
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うろこ風の外壁が面白いですね
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煙突柱?も個性的ですね
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豊彦稲荷社、後方の塀は信長塀
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信長塀に飾りが付けてあるのかな?
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野外ステージ
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白雲橋:修学院離宮の千歳橋を模したといわれる廊橋で北園のシンボル(パンフレットより)
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逆さ五重塔、日泰寺の五重塔が橋下に写っているのがわかりますか?
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三賞亭、大正7年、茶屋町(現中区丸の内2丁目)の伊藤家本宅から移築された揚輝荘最初の建物。煎茶の茶室で、竹なげしなど東洋風のデザインが見られます。(パンフレットより)
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南園に通じる住宅街の通路
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南園の塀
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南園:聴松閣
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アメリカ見聞されてたのですね
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地下通路
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ヒマラヤの山々を描いたガラス窓
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南園出入り口
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