2015/08/14 - 2015/08/14
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ぱっしょんKさん
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2013年の8月。山西省の世界遺産を見に行きました。山西省には五台山、平遥そして大同にある雲崗石窟の3つ。
計画をたてる段階で五台山と平遥に行くだけで時間オーバーになってしまい、大同の雲崗石窟を泣く泣く諦めた経緯があります。
昨年は仕事でアメリカにいた為、夏休みそのものがなし。。。
今年こそは山西省の世界遺産制覇を成し遂げるべく中国に向かうことにしました。
都合のいいことに内モンゴル自治区唯一の世界遺産元朝上都遺跡が割と近くの正藍旗にあるため合わせて行く計画にしました。
さらに北京に寄るため唯一一度も足を踏み入れていない皇帝の庭園、北海公園にも行くことにして旅をスタートしました。
さて今回の旅行計画です。
8/11
CA184 羽田8:30→北京首都空港11:20(中国時間)
北海公園見学
KN2251 北京南苑空港18:10→大同空港19:00
大同賓館泊
8/12
雲崗石窟
華厳寺
善化寺
九龍壁見学
大同賓館泊
8/13
懸空寺
K43次列車 大同17:50→集寧南17:04
★8/14★←この旅行記はここ!!
K995次列車 集寧南0:57→桑根達来5:49
世界遺産上都遺跡
上都遺跡博物館見学
路線バス 正藍→錫林浩特(シリンホト)
錫林浩特額爾敦酒店泊
8/15
錫林浩特草原
錫林浩特額爾敦酒店泊
8/16
CA1110 錫林浩特8:35→北京9:45
CA183 北京17:10→羽田21:30(日本時間)
というもの。最近のインド出張でほぼ100%帰りの飛行機が2時間から7時間は遅れているのでちょっといやな気持ちがありますが、さて今回はどうだったかな??
8/14
目覚めるとK995次快速列車は出発したときの10分の遅れを取り戻して定刻での運転でした。6時前に桑根達来駅に到着。降りたらびっくり!
寒い〜!!
バスに乗って上都遺跡のある上藍旗まで行くことを考えていたのですが、それどころじゃない!!
ちょうど乗り合いタクシーで上藍旗まで行く車があったので、それに乗せてもらうことにしました。
金額は40元。結構安く済んだので、まぁよしでしょう。
今回2つ目の世界遺産、元の上都遺跡は日本で紹介されている資料が少なく、現地でいきあたりばったりの旅行でしたが、うっすらと描いていた通りの日程でこなすことができました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5時半くらいですかね。車掌さんに起こされました。
「桑根達来に到着しますよ」 -
あわてて飛び降りて準備しましたが、思ったより到着まで時間がありました。
このK995次快速で僕の寝床になったのは18番の中段のベッド。 -
外は中国では見たことのない草原が
-
広がっていました。
-
5時50分桑根達来(サンゲンダーライ)駅に到着しました。
-
桑根達来駅は小さな駅でした。8月とはいえ気温をなめてはいけませんでした。寒かった!長袖が欲しかったです。
駅前にいた乗り合いタクシーの運ちゃんに声を掛けられ、バスで行く計画を覆し、乗り合いタクシーを利用することに。
金額は40元。 -
乗り合いタクシーで送ってもらったのは正藍旗のバスステーション。
錫林浩特(シリンホト)行き最終バスの時間もわからず、ついでにいうとこの路線が有るか無いかの確証もなかったので、まず最初に正藍旗に来て一番最初にしたのはバスの切符を確保すること。
聞けば錫林浩特行きの最終バスは2:30発と思ったよりも早い発車。 -
まだ時間は7時ちょっと過ぎ。
朝ごはん食べようにもまだレストランは開店前だし。。。
バスターミナルの前はこの状態。どうしたもんか?
と思っていたところに1台のタクシーが通りかかったので止めました。
そして値段交渉。上都遺跡→上都遺跡博物館→バスターミナルで250元(だったと思うんだけど)で交渉成立。 -
車は上都遺跡目指して走ります。
結構道は広くて快適です。 -
走ること40分少々。目の前にパオが見えてきました。
-
お!観光バスだ。ってことはあそこが上都遺跡の入り口だな。
たしかにその推測は合っていましたが、後で知ったのですがこのバスは観光バスではなく、上都遺跡で働く職員を運ぶ通勤バスでした。つまりここの職員が今さっき出勤したばかりだということ。 -
駐車場もがら〜んとしています。
上都遺跡はそんなにメジャーな観光地ではないんだ。と勝手に思い込み(苦) -
切符を買いに行ったらまだチケットオフィスは開いていないどころか、朝礼中。
早く来すぎました。8時半開場のようです。
まだ8時過ぎです。しかし寒い。寒すぎます。
すでに販売準備を進めているお店をのぞいて見ますが長袖はおいてありません(泣) -
ありゃ!またチケット売り場の写真撮ってない!
20分くらい待ってチケットを購入。価格は50元。中国の世界遺産にしては安い入場料です。
ここは本当に薄い知識しか持ち合わせていませんので、ガイドさんを雇いました。250元だったかな?
「何人ですか?」「1人です」といったら事務所中に大爆笑されてしましました。僕についてくれたガイドさんは前日90人を引き連れたことがあったそうです。 -
ここ上都遺跡は元朝のサマーパレス。かなりの広範囲に遺跡が分布しています。
今日見るのは皇城と宮城です。 -
もちろん最近造られたものですが、上都遺跡入り口大きな塑像があります。
真ん中に座るのは元朝初代皇帝フビライ=ハン。
その右手にはモンゴル帝国の強さの象徴。騎馬軍団。 -
フビライの左手には重臣であった人たち。
前列写真左から5人目が有名なマルコポーロ。 -
結構な迫力です。
-
ガイドさんに写真撮ってもらいました。
-
電動車乗り場です。
ここで電動車にのります。往復10元だったと思います。 -
この電動車で皇城の入り口明徳門まで向かいます。
ちなみにこのほかレンタルサイクルもあります。
レンタサイクルの方が自由が効くかもしれません。 -
この電動車は旧御道を走り、明徳門まで進みます。
-
御道の両サイド。現在は草原になっています。
ここがサマーパレスだった時代はここにたくさんパオが建っていてにぎわっていたはず。 -
車で5分ほど走ると前方に山が見えてきました。
この山のように見えるものこそが、皇城の城壁の跡。
この後近づけばはっきりしますが、これは石垣でできています。 -
城壁跡は長く続いています。
本来はこの上に万里の長城のようなレンガの壁が建っていたはず。
そしてこの城壁の周りには掘がめぐらされていました。 -
この橋は堀のあった名残。ってことかな?
-
皇城の中に入っていきます。
ここには明徳門という門がありました。
元朝時代に造られた石垣が残っています。 -
現在残っている中国の都市の城壁同様。狭い入り口を入ると広くなっていて、
また皇城の中に入るところは狭くなっています。
敵に攻められた時にここで弓矢で周りから一斉射撃ができるようになっています。 -
皇城に入る明徳門の内側の名残の石垣。
-
この城門跡の道に敷き詰められている石は当時の道の様子を物語っている重要な遺構。
-
明徳門をくぐると再び広い草原が。
ここが上都であった時代は政治の中心となる建物が建っていた場所です。
振り返って東側を望むと皇城を囲う城壁の跡がずっと向こうまで続いています。 -
城壁が曲がって続いています。
皇城が四角いことがよくわかります。
あの折れ曲がった角の盛り上がったところは櫓が立っていたところ。
東側の城壁跡は近い場所にあります。 -
これは最初に見た地図から分かるように上都の皇城は全体の真ん中になく南東側にかたよってあるちょっと変わった形になっているからです。。
だから西側の城壁ははるかかなたに小さく見えます。 -
皇城の中をまっすぐ宮城に向かって御道は延びています。
ここをゆっくりと進んでいきます。 -
遠くに見える綺麗な三角形の山。あれは昔ののろし台のあったところ。
もしこの上都に皇帝が来ている夏の時期に中国内地で緊急事態が起これば、こののろしのリレーですぐに元の首都大都(現北京)から連絡が届くようになっていました。
もちろん夏以外の時期にこの上都で何かあれば逆の連絡も可能です。 -
前方に今度は宮城の城壁跡が見えてきました。
-
宮城の城壁の前に平らな広場が設けられていました。今は草が生い茂っていてよく分かりませんが、実際に行くと平らなことはよく分かります。
ここは皇帝が城壁に立ち、元の役人が集まる集会に用いられた場所です。
まぁ分かりやすくいえば有名な天安門広場とおんなじ感じってことですね。 -
さぁ宮城の門。御天門跡を通って中に入りましょう。
-
宮城の城壁の石垣と、
-
御天門の基礎となっていた石垣です。
元朝の香りがします。
ってガイドさんに言ったら、しょうもな!的な感じで軽く笑われました(苦) -
見えるのは草原と奥にある宮城北側の城壁跡のみ。
-
のろし台が更に大きく見えます。
このまま御道をまっすぐに歩くと宮城の中心にあった大安閣の跡に出ます。 -
大安閣とは1266年に元が南宋を滅ぼしてからここに建てた宮城の正殿です。
現在基礎だけが残っていて、基礎は凸の字形をしているのが特徴です。
さらにこの基礎は2層になっていて下の層は元代大安閣の。上の層は明、清代のラマ寺院跡と考えられています。
ちなみに建物は5層9階の高層建築だったそうです。 -
これが大安閣遺跡。
-
柱の基礎があります。さすがに9階建ての建物の基礎だけあってかなりしっかりとしています。
-
そしてこの石が詰まれた基礎が明清代のあったラマ教寺院の基礎と考えられています。
-
ここに高層建築が建っていたとは思えません。
芭蕉の句が思い出されました。
“夏草や兵どもが夢の跡” -
龍の彫刻の柱が置いてありました。これはここから出土した大安閣で使われていた柱のレプリカ。
本物は藍旗博物館に展示されているそうです。
ここで一つ勉強しました。5本指の龍は皇帝しか使用できないんだそうです。
いままで龍は皇帝しか使えないと聞いていたのに、お寺に行くとやたらと龍の彫り物があったので、なんで??と思っていたのですが、これで解決です。たぶんお寺の龍は指が5本なかったのでしょう。 -
その隣にある石。これもここで発掘された石のレプリカ。これも現物は藍旗博物館に。
ガイドさんに紹介してもらったんだけど。。。。
壁って言ったか、基礎って言ってたか?記憶にありません。ごめんなさい。
ここでガイドさんのお仕事は終了。 -
わざわざゆっくりと丁寧に説明してもらってありがとうございました。
かわいらしいガイドさんでした。
名前聞き忘れちゃったんですけどね。
彼女とはここでお別れ。 -
事前知識がなんにもなかったのにガイドさんのおかげでかなり上都のことを理解できました。
宮城1号建築と銘打たれた大安閣跡を跡にしてさらに北側にある宮城2号建築跡を目指します。 -
宮城2号建築跡に到着しました。
ここには穆清閣と言う建物がありました。 -
穆清閣は上都宮城内で最大だった建物。宮城の中軸である御道の北の行き止まり、宮城の北側の城壁の真ん中にあった建物。本来は門になっていてもおかしくないですが、門にはなっていなかったようです。
基礎の石垣が凹の字型をしているのが大きな特徴。 -
穆清閣の跡には上がることができます。建物があった石垣の真ん中がへこんでいます。
-
この写真の方が分かりやすいかな??
-
石垣が傾いたり、崩れたりしたらすぐ対処できるようにそこらじゅうにセンサーが取り付けて有りました。
立派に見えても時代がたっているのです。この石垣も。。。 -
蝶みっけ!
蝶の名前は興味のある人教えてください。 -
石垣の上からの景色はなかなかよろしいですよ。
宮城の城壁。その向こうに皇城の城壁。さらに向こうにのろし台。 -
世界遺産にきたら1枚は記念撮影をするようにしています。
三脚を使ってはい!ポーズ。
ちょっとおなかに力入れてとってみたら、体はいい感じ!これを見て本格的ダイエットをスタートすることに(笑)
まぁ顔が丸いからこの写真自体はすぐばれるわね〜(苦) -
草原の真ん中にちょっと高くなって見える場所。あれが大安閣跡。
その向こうに延びる御道。このまま数キロまっすぐと伸び、東側に向きを換え、首都大都まで延びていきます。 -
これで上都遺跡の見学は終了!歩いて御道を戻ります。
-
面白い表札を発見!元大都(北京)までは400キロ。元中都(河北省張北県)まで180キロ。そしてモンゴル帝国の首都だったカラコルムまでは1200キロ。
中都って全く知らなかったのですが、大都、中都、上都で元王朝三大都城なのだそうです。
冬の都で首都の大都。サマーパレス上都とあるなか中都はなんの役割をはたしたのか?インターネットで調べましたが分かりませんでした。ご存知の方ぜひ教えてくださいませ!! -
明徳門まで戻ってきました。
ここから再び電動車に乗って入り口に戻ります。 -
電動車にのって走ると途中で川を渡ります。
これが上都河。 -
この草原にはめずらしい花が咲くとガイドさんが言ってました。途中で降りることもできたのですが、
-
一応その写真を携帯で見せてもらいましたが、花なんて色以外の違いがさっぱりわからなので、結局降りずじまいでした。
-
入り口の元上都遺跡の石碑がある場所に戻ってきました。
よく見ると石碑のしたになにやらあるようなので、近づいてみます。 -
すると当時の元の国土の地図がありました。
これで上都遺跡の見学は終了!
正藍旗の街に戻ります。 -
途中で乗馬をする人達が。
久しぶりに乗馬したいのですが、翌日、この後行く錫林浩特の周りの草原に行くつもりだったので、ここはガマンです。 -
馬場の向こうに見えるパオと背の低い木。
モンゴルに来たなぁと感じました。 -
車を走らせ1時間元上都博物館にやってきました。
内部は撮影禁止です。 -
上都の復元模型がありました。
あ!内部の撮影は禁止です。 -
展示はこんな感じで出土品など貴重なものが見れます。
全部見るのに40分くらいかな〜。
もちろん内部の撮影は禁止です。
ごめんなさい。この2枚は許してね。 -
時間が昼になりました。
バスターミナル近くの聚鑫斉民族飯店で昼食を取ります。
イスラムレストランのかなり高級なレストランでした。 -
まぁなにはともあれビールは飲みますわな!
ここのビールは燕京ビール。 -
中国のレストランでも高級レストランにはあります。
野菜サラダ。赤カブが入っているのがちょっと特徴的。 -
モンゴルといえば羊の肉のロースト。腹の部分を注文したのだけど、途中で腹の肉がないから脚でいい?
と質問が。
いいよ!と言ったけど、羊の脚ってとても一人で食べきれるような量じゃないのよね〜。。
大惨事になってしまいました。ほぼ残して店を出る羽目に。
しかも1万くらいの支払いに。(T_T)
この旅行一番の失敗になってしまいました。 -
そのままバスターミナルに入ります。
でもバスの時間までは1時間以上。なんとなくぼーっとして過ごします。 -
チケット売り場です。
僕は朝のうちに切符を購入していたので、ここに行く必要はないです。 -
2時半発錫林浩特行きバスがやってきました。
かなり小さなバスです。 -
240キロを3時間半で爆走します。
普通の道でも80km〜100km/hのスピードを出していました。 -
平原ですから風が良く吹き抜けるのでしょうかね〜。
ものすごい数の風力発電の風車が。 -
そんな中を道は北に向かって一直線。
この左側に高速道路も走っているんですが、ほとんど車は走っていないわこっちの道のスピードは完全に高速道路と一緒だわ。。。
何のために高速道路作ったんだろ?? -
なんか変な形の丘がたくさん。
この時点ではなんなのか分かりませんでしたが、翌日これが何なのか知ることになります。
ということで答えは次回の旅行記で!! -
モ〜モ〜さんがたくさん!!
-
夕方6時前にようやく遠くにビルの立ち並ぶ風景が。
錫林浩特市です。 -
6時ちょっと過ぎに旧錫林浩特バスターミナル到着。
錫林浩特市には新市街にもバスターミナルがあるとのことです。
すぐそばの売店に行って中国の町にはだいたいある交通地図がないかと確認したら、なんと「錫林浩特市にはない!」とのこと。
バスの経路がさっぱりわかりません。
あきらめてタクシーに乗ることに。 -
ホテルまでの間に錫林浩特市付近の見所をいろいろ聞きます。
運ちゃんが教えてくれたのはアスハト石林、モンゴル=ハン城あとラベンダー畑。
どこに行くのも500元。ちょっと高いなぁ〜。予定していない出費だから痛いよね〜。
ホテルで旅行案内のパンフレットをもらって考えてもしいくなら電話することで運ちゃんの電話番号を聞いて降りることに。
今日の宿は錫林浩特額爾敦酒店。 -
廊下にはモンゴル族の人達の写真が飾ってあったり、造りにかなり高級感が。
-
今回の部屋はベーシックルーム
非常に広い部屋です。
ここでフロントでもらった観光案内パンフレットとにらめっこ。
結局アスハト石林に行くことに。モンゴル=ハン城は民族舞踊などが見れるテーマパークだから行く必要はないと判断。片道6時間くらいかかるので500元は安いとも考え、すぐに運ちゃんに連絡。翌日8時に迎えに来てもらうことに。 -
トイレと洗面所。まだ新しいホテルのようで非常に清潔でした。
そしてその奥には、 -
シャワールームが。
非常に満足の行く部屋でした。
この日は昼ごはん食べ過ぎたので、夕飯はなし!
このまま就寝となりました。
翌日は赤峰市に入ったところにあるアスハト石林にいきます。
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