2015/08/06 - 2015/08/06
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umechan2さん
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青春18キップ その2 世界遺産 富岡製糸場を見に行く
去年行きたいと思っていましたが混んでいたので、1年ガマンしました。
暑さのせいか夏休み中でも空いていましたのでゆっくり見学できました。
行き
自宅(6:50)-横浜(7:34)-高崎(10:03)-上信高崎(10:23)-上州富岡(11:01)
帰り
上州富岡(14:08)-上信高崎(14:44)-高崎(15:15)-横浜(17:29)-自宅(18:00)
歩数:10,800歩、距離:6.5?
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
-
上州電鉄 高崎駅は0番ホームにあります。
ここで富岡製糸場見学往復割引乗車券を買います。(2160円)
通常価格より440円お得です。
ここから13駅目の上州富岡駅へ行きます。 -
上州電鉄運転席
-
10:23定刻に出発します。
古い電車のせいかかなり、ガタガタ揺れます。
体が左右、前後、上下に揺れます。 -
車窓風景
のどかな田園風景がひろがっています。 -
上州富岡駅(11:01)到着
駅前が広く、駅舎も新しくしたようです。上州富岡駅 駅
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商店
すだれを使った宣伝表現?あいさつ。 -
銀座まちなか交流館
トイレ・休憩所・観光パンフレットなどがあります。 -
おぎのや
釜めしで有名。
町なかをのんびり歩いて15分。 -
旧富岡製糸場正面入り口(11:20)に到着です。
並んで順番に写真を撮ります。富岡製糸場 名所・史跡
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券売所前、夏休みなのに暑い為かあまり並んでいません。
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場内案内図
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ガイドツアーに参加します。参加費200円
午前の部 9:30、10:00、10:30、11:00、11:30
午後の部 13:00、13:30、14:00、14:30、15:00、15:30、16:00 -
出発時間(11:30)までテントの下で待ちます。
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離れてもガイドさんの声が聞こえるようレシーバーイヤホンをつけます。
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東繭倉庫(明治5年建築)
この場所からガイドさんの説明が始まりました。
1階は事務所・作業場などとして使い、2階に乾燥させた繭を貯蔵した。 -
建物は、木で骨組みを造り、柱の間に煉瓦を積み上げて壁をつくる「木骨煉瓦造」という工法で建てられました。使用された煉瓦は、日本の瓦職人が甘楽町福島に窯を築いて作り、煉瓦積みの目地には下仁田町の漆喰を使っています。
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煉瓦の積み方は、フランス積みです。
煉瓦の長い面(長手面)と短い面(小口面)を交互に並べる積み方です。 -
東繭倉庫 正面入口
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東繭倉庫アーチのキーストーン(要石)
明治五年の表示がある。 -
東繭倉庫のガラス窓
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東繭倉庫
100mを超える大型の繭倉庫が2棟たてられました。 -
イチオシ
東繭倉庫
サルビアの花がきれいに咲いています。 -
繰糸場(明治5年建築)
繰糸場は、繭から生糸を取る作業が行われていた場所です。
約140mもある工場で、操業当初はフランス式の繰糸器300釜が設置された世界最大規模の製糸工場でした。 -
繰糸場 内部
小屋根には「トラス構造」という従来の日本にはない建築工法を用いています。
そのため、建物内部には中央に柱のない広い空間が保たれています。
さらに採光のために多くのガラス窓や、屋根の上に蒸気抜きの越屋根が取付けられました。 -
止めてあるボルトが六角ではなく四角です。
当時はまだ六角ボルトはなかった。 -
トラス構造の説明
木材を三角形に組み合わせることで梁に直接、力がかからないため柱と柱の間隔を大きくとることができる建築工法。
当時、ヨーロッパから導入された新しい技術です。 -
自動繰糸機
操業停止当時の機械がそのまま置いてあります。 -
自動繰糸機
操業停止当時の機械がそのまま置いてあります。 -
自動繰糸機
操業停止当時の機械がそのまま置いてあります。 -
自動繰糸機概要図
昭和62年の操業停止までニッサン製の自動繰糸機が使われていました。 -
当時の繰糸方法
フランス式繰糸機を使った繰糸作業の再現。 -
当時の繰糸方法
座繰器を使った糸とりの様子。 -
ここに置いてある機械とほぼ同じ繰糸機で、現在も動いている碓氷製糸場の様子がビデオで見られます。(約3分)
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ブリュナ館(明治6年建築)
指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居です。
建物は木骨煉瓦造で建てられ、高床で回廊風のベランダをもつ風通しの良い開放感あるつくりになっています。また、床下には、建設当時造られた煉瓦造りの地下室が現在も残っています。 -
ブリュナ館を南側から見る。
後の時代には工女のための寮や学習や娯楽の場として使用されました。 -
イチオシ
工場の下に鏑川が流れています。
当時は工場の排水を川に流していたそうです。 -
寄宿舎(昭和15年建築)
創業当初から数えて3代目にあたる工女寄宿舎で、木造2階建ての長大な建物が2棟立並んでいます。北側に廊下が付き、部屋は1室15畳、1棟16部屋で、計32室です。
南棟が「妙義寮」、北棟が「浅間寮」と呼ばれています。 -
寄宿舎
工女の給料は能力給で、技術が優れていれば誰でも一等工女になれました。
また、宿舎や食事、寝具は提供され、医療費も無料でした。
日曜休日制が採用されるなど、昭和初期にあっても労働環境は先進的であったといえます。 -
診療所(昭和15年建築)
3代目の診療所です。(明治時代は病院といっていた)
当初はフランス人医師が治療に当たりました。官営時代においては、治療費・薬代は工場側が負担していました。官営から片倉までの全期間を通じて厚生面が充実していたことが分かります。 -
女工館(明治6年建築)
日本人工女に、器械による糸取りの技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居として建設されました。
ベランダの天井にはいたが格子状に組まれ、当時の日本建築にはない特徴が見られます。 -
検査人館(明治6年建築)
生糸の検査などを担当したフランス人男性技術者の住居として建設された。
2階には、皇族や政府の役人が訪れた際に使用された「貴賓室」があり、大理石のマントルピースは、ほぼ当時の状態で残されています。 -
東繭倉庫
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世界遺産富岡製糸場とは
近代日本の夜明け
明治5年、日本で最初の官営模範工場「富岡製糸場」が誕生した。
あれから140年余りの時を経た現在でも、ほぼ当時の姿のまま、その威容を誇っています。
ここで生産された生糸は当初はフランスへ、やがてアメリカへと輸出され、明治末期には日本は生糸の生産量・輸出量とも世界一となり、世界的な絹の大衆化に貢献しました。 -
東繭倉庫原料課
ガイダンス展示:富岡製糸場の歴史などを紹介
映像コーナー:映像で富岡製糸場を紹介(約20分)
売店:お菓子やストラップ、ハガキ、シルク製品 -
官営時代のフランス式繰糸器
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三井・原・片倉時代の生産システム
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世界文化遺産登録認定証(複製品)
平成26年(2014)に富岡製糸場と絹産業遺産群として、ユネスコ世界遺産委員会で世界遺産一覧表に記載されました。 -
田島弥塀平旧宅(伊勢崎市)
近代養蚕農家の原型 -
高山社跡(藤岡市)
全国、海外に技術を広めた民間養蚕教育機関 -
荒船風穴(下仁田町)
日本最大級の養蚕貯蔵施設 -
売店
お菓子、繭を使ったストラップなどがあります。 -
売店
シルクのネクタイやスカーフ。 -
当時の繰糸方法
フランス式繰糸機を使った繰糸作業。
毎週水曜日に実演
時間:10時〜11時30分、14時〜15時30分 -
上州座繰器
江戸時代末期に上州(現在の群馬県)で発明された繭から生糸を取る道具。
毎週土・日曜日実演
時間:9時30分〜12時、13時30分〜15時 -
揚げ返し器
小枠に巻き取った生糸を大枠に巻き返すための道具。 -
桑の葉と蚕
蚕は家畜として扱われており、蚕の数え方は一匹ではなく一頭。
人類が最も研究した家畜とも言われているそうです。 -
群馬県オリジナル蚕品種と創業当時の繭
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浮世絵版画コレクション展
歌川広重の東海道五十三次と歌川国貞の東海道五十三次が展示されていました。
8月1日から8月31日まで -
浮世絵版画コレクション展
歌川広重の東海道五十三次 由比宿 -
乾燥場と煙突
生糸の原料となる繭を乾燥させた建物です。
繭の中のサナギを殺すことと、繭の長期保存に備えて繭からカビが発生するのを防ぐことを目的として繭を乾燥させます。
2014年2月14日から15日にかけての大雪で半壊の被害を受けました。
今後早期に復旧を行う予定。 -
煙突
初代の煙突は明治5年に高さ36mの鉄製のものが建造された。
煤煙による生糸の汚れを防ぎ、従業員の健康や周辺環境への配慮から、これほど高い煙突が作られたと考えられている。
現在の煙突は、昭和14年(1939)建設、高さ37.5m 直径2.5m鉄筋コンクリート製で4代目です。 -
西繭倉庫
現在保存修理(仮設・解体)工事中
平成27年1月21日〜平成28年9月30日まで -
西繭倉庫
東繭倉庫と同様、2階を繭の貯蔵庫として使用しました。 -
竹林を通って。
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社宅群
明治29年民営化後の社宅で、左4軒は、役職者の社宅です。 -
工場長社宅
唯一の2階建てで、2階の窓には和室ながら斜め板張りの両開きの板戸と内側両開きガラス戸が付くなど擬洋風的な意匠となっています。 -
イチオシ
行啓記念碑(13:21)
明治6年の皇后・皇太后る行啓記念の碑。
約2時間の見学でした。
昔の製造現場などを見て、明治の時代でこんなにすごい事が始まっていたとは、想像できませんでした。
外国の人を招いてこの事業を始めた人は、先見性があると思いました。 -
昼食は、「上州路うどんさくら」さんで、ぶっかけおろしうどん(1080円)をいただきました。
うどんの上に野菜のてんぷらがのっていました。うどんにはこしがあってとても美味しかったです。梅干しも有り塩分補給が出来て助かりました。 -
イチオシ
上州富岡駅(14:08)
電車が入線してきました。 -
新型車両のシート
乗り心地満点のシートでした。 -
山名駅
駅員さんのスタイルが素敵です。
無人駅が多いですが、根小屋駅もこのスタイルです。 -
佐野の渡し駅
2014年(平成26年)12月22日 開業したばかりの駅。(無人駅)
駅名の由来は当駅にほど近い場所を流れる烏川にかって渡し船があったことによる。 -
高崎駅構内の電気機関車「デキ」
凸形の車体をもって「上州のシーラカンス」の愛称で呼ばれ、上信電鉄の名物となっております。大正13年(1924年)、電化直前にドイツのシーメンスシュッケルト社から3両が購入され、わが国で最も古い電気機関車として活躍してきました。 -
高崎駅からはグリーン車で帰りました。
車内でのリラックスタイムは、ビールとウーロンハイ。
だるま弁当は、家に帰ってから食べました。
暑かったけれど明治から昭和の時代に、日本が産業大国に発展するまでの背景や世界とのつながりなど、とても勉強になった一日でした。
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