ダブリン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
還暦夫婦 初めてツアーでなく<br />個人でアイルランドを旅行した。<br /> ダブリンで現地ツアー<br />9月20日成田からヒースローT5に到着した。<br />成田10:55ヒースロー15:05着<br />  16:50?発ダブリン 18:10着が遅れたと思う。<br />調べたがあまり広すぎてやっとの事で電車とバスを<br />乗り継いでT1に移動した。<br />まずイギリスで入国審査があるか分からなかった。<br />審査場は人でごった返していて<br />係員に聞いたら審査は必要なしとの事。<br />T1でアイルランドの<br />審査のため写真撮影などして時刻も過ぎて行った。<br />我々は大抵海外でも預けないで全部手荷物にしている。<br />最後にらせん状の通路が待っていて<br />荷物を抱え、へとへとになって搭乗口に着いた。<br />もう搭乗時刻は少し過ぎていた。<br />その前にフィリピン系らしき女性たちが待っていたが<br />(我々は成田でチェックインしていたと思うが)<br />追い越して乗せてくれた。<br />座席を探すとすごく大柄な若い白人男性が<br />座っていた。<br />すぐ開けてくれて座ってしばらくして離陸した。<br /><br />2度とヒースローは嫌だと思ったが2015年アイスランドに<br />行くときにまた同じターミナルを利用した。<br />今度は時間も余裕があったので<br />第2Tのラウンジ迄行ったりして<br />時間をつぶした。<br />慣れてみたらヒースローは広いが以前ほど<br />大変ではなかった。<br />そのT1は<br />2015年3月に取り壊すと<br />ポスターがあって閑古鳥が鳴いていた。<br /><br />ダブリンの宿はラフカディオ・ハーン<br />(日本名が小泉八雲で島根県に住んでいて<br />耳無しほういちなどを書いた)が<br />住んでいたタウンハウス・ゲストハウスに泊った。<br />便利な場所にあって近くのレストランも利用した。<br />ダブリンパスを購入して観光した。<br />インフォメーションセンターでツアーを見て英語ツアーを選んだ。<br />日本語ツアーより安かった。<br /><br />メアリー・ギボンズツアー<br />ニューグレンジやタラの丘など<br /><br />モハーの断崖<br />映画「ライアンの娘」の中で見た。<br />この中のララのテーマの音楽も知られている。<br />飛ばされそうな風で娘のカサが断崖の下にゆっくり<br />落ちていく様は忘れられないシーンだ。<br />下から波しぶきが上まで上がってきた。<br />すごい風だった。<br /><br />バレン高原<br />ごつごつした岩だらけの平原。<br />メル・ギブソンの映画 ブレイブ・ハートのロケ地だったと思う。<br />写真ストップした所でバスドライバーと夫が話していた。<br />そのバスドライバーがエキストラとして出演したと言う。<br />キルトのスカートをはいたとか?<br /><br />乗っているあいだバスドライバーは<br />マイクでずっと案内している。<br />ジョークも交えお客の笑いも取っていた。<br />ガイド兼用だからか安いツアーだ。<br />私にはちんぷんかんぷんだ。<br />夫もドライバーが話し続けるので<br />日本語に訳す暇がない。<br />英語を聞き続けるのは<br />ぐったりしてるみたい。<br /><br />ルーマニア人3人も乗っていた。<br />中年夫婦とその友人だ。<br />マダムは英語はペラペラで<br />ツアーガイドをしていると言う。<br />すぐにルーマニア語に訳して伝えるので<br />笑いも伝わっていた。<br />ツアー後ドラキュラのいる蝋人形館でも<br />スーパーでも会って握手して別れた。<br />ドラキュラは本当はルーマニアの話だと<br />言っていた。<br />書いた作家はアイルランド人。<br />ルーマニアに来たら案内してあげると<br />アドレスだけは交換したが<br />まだ行っていない。<br /><br />ツアー始まってまもなく途中から二人の30代位の<br />美男美女が乗り込んできた。<br />バスの両側の席の人に<br />にっこりして挨拶して奥に行く。<br />あまりにも美しく笑顔も上品なので映画女優や<br />俳優かと思った。<br /><br />そのバスドライバーにダブリン市内の2階建ての<br />バスツアー (乗り降り自由)の中でも会った。<br />やはりずっとしゃべり続けていた。<br />立派な図書館(トリニティカレッジ)に<br />行ったり動物園に行ったりした。<br /><br />アラン諸島のイニシュモア島<br /><br />ゴールウエイからフェリーで日帰りした。<br />港に到着したら<br />ミニバスツアーの呼び込みがあって乗り込んだ。<br />10ユーロ位だったか。<br /><br />ドン・エンガスの断崖の近くまで行って<br />そこから歩いて見学した。<br /><br />自己責任で断崖の淵まで行ける。<br />モハーの断崖は自殺があったとか、<br />行けないようになっている。<br /><br />この島は土がないので海藻を取って代わりにすると言う。<br />しかも風が強く飛ばされないように小さな石を<br />積み重ねて囲っている。石や岩はたくさんある。<br />そうして野菜を食べるだけは確保しているのだろう。<br />土がないとは気の毒だ。<br />帰りはフェリーまで連れてきてくれる。<br />往復のフェリーだが早めに乗船しないと<br />置いて行かれる。<br />乗り込んだ後も白人の若い男性が<br />「I have a chiket...」と叫んでいたが<br />定員オーバーだったのか乗せてくれなかった。<br />帰りは座れず立ってゴールウエイの港まで帰った。<br /><br />アイルランドは個人で旅行するには<br />適していると思った。<br />安全だし英語だしそんなに広くない。<br /><br /><br />有名人もたくさんいる。文学界で4人もノーベル賞を<br />取っている。<br />イエーツ詩人<br />ジョージ・バーナドショー<br />など<br />他にも<br />オスカー・ワイルド<br />スイフト<br />ブロンテ姉妹<br /><br /><br />音楽でも<br />ボノ U2<br />エンヤ Enya<br />マライヤ・キャリー<br />ウオルト・ディズニー<br /><br />大統領は<br />ケネディ<br />ビル・クリントン<br />レーガン<br /><br />アン・サリヴァン ヘレン・ケラーの先生<br />エルネスト・ゲバラ キューバ革命<br />オーストラリアに移民<br />のニコール・キッドマン<br /><br />グレース・ケリー<br />ベン・アフレック<br />クリント・イーストウッド<br />ジーン・ケリー<br />ジュリア・ロバーツ<br />ハリソン・フォード<br />トム・クルーズ<br />ジャック・ニコルソン<br />ジョニー・デップ<br />007の5代目 ピアーズ。ブロスナン<br />コリン・ファレル<br />テニスのマッケンロー<br /><br />ビートルズのメンバーの一人もそうだと<br />聞いた気がするが。<br /><br />1847年ジャガイモの病気で大飢饉<br />100万人が餓死。100万人が移民した。<br />イギリスとアイルランド戦争<br />IRAのテロの泥沼などを経て<br />1999年和平が合意した。<br /><br />1795年建てられ1924年閉鎖された<br />キルメイナム刑務所も尋ねた。<br />革命の闘士が収容され処刑されたりした。<br /><br />アイリッシュダンスを見ようとホテルに出かけたら<br />混んでいて肝心の足さばきが見えなかった。<br />大きな劇場だったらゆっくり見られただろう。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

還暦夫婦 アイルランド ケルト文化 ゴールウエイ 妖精の家 アラン諸島 

25いいね!

2011/09/20 - 2011/10/01

130位(同エリア663件中)

0

7

2013tomo

2013tomoさん

還暦夫婦 初めてツアーでなく
個人でアイルランドを旅行した。
 ダブリンで現地ツアー
9月20日成田からヒースローT5に到着した。
成田10:55ヒースロー15:05着
  16:50?発ダブリン 18:10着が遅れたと思う。
調べたがあまり広すぎてやっとの事で電車とバスを
乗り継いでT1に移動した。
まずイギリスで入国審査があるか分からなかった。
審査場は人でごった返していて
係員に聞いたら審査は必要なしとの事。
T1でアイルランドの
審査のため写真撮影などして時刻も過ぎて行った。
我々は大抵海外でも預けないで全部手荷物にしている。
最後にらせん状の通路が待っていて
荷物を抱え、へとへとになって搭乗口に着いた。
もう搭乗時刻は少し過ぎていた。
その前にフィリピン系らしき女性たちが待っていたが
(我々は成田でチェックインしていたと思うが)
追い越して乗せてくれた。
座席を探すとすごく大柄な若い白人男性が
座っていた。
すぐ開けてくれて座ってしばらくして離陸した。

2度とヒースローは嫌だと思ったが2015年アイスランドに
行くときにまた同じターミナルを利用した。
今度は時間も余裕があったので
第2Tのラウンジ迄行ったりして
時間をつぶした。
慣れてみたらヒースローは広いが以前ほど
大変ではなかった。
そのT1は
2015年3月に取り壊すと
ポスターがあって閑古鳥が鳴いていた。

ダブリンの宿はラフカディオ・ハーン
(日本名が小泉八雲で島根県に住んでいて
耳無しほういちなどを書いた)が
住んでいたタウンハウス・ゲストハウスに泊った。
便利な場所にあって近くのレストランも利用した。
ダブリンパスを購入して観光した。
インフォメーションセンターでツアーを見て英語ツアーを選んだ。
日本語ツアーより安かった。

メアリー・ギボンズツアー
ニューグレンジやタラの丘など

モハーの断崖
映画「ライアンの娘」の中で見た。
この中のララのテーマの音楽も知られている。
飛ばされそうな風で娘のカサが断崖の下にゆっくり
落ちていく様は忘れられないシーンだ。
下から波しぶきが上まで上がってきた。
すごい風だった。

バレン高原
ごつごつした岩だらけの平原。
メル・ギブソンの映画 ブレイブ・ハートのロケ地だったと思う。
写真ストップした所でバスドライバーと夫が話していた。
そのバスドライバーがエキストラとして出演したと言う。
キルトのスカートをはいたとか?

乗っているあいだバスドライバーは
マイクでずっと案内している。
ジョークも交えお客の笑いも取っていた。
ガイド兼用だからか安いツアーだ。
私にはちんぷんかんぷんだ。
夫もドライバーが話し続けるので
日本語に訳す暇がない。
英語を聞き続けるのは
ぐったりしてるみたい。

ルーマニア人3人も乗っていた。
中年夫婦とその友人だ。
マダムは英語はペラペラで
ツアーガイドをしていると言う。
すぐにルーマニア語に訳して伝えるので
笑いも伝わっていた。
ツアー後ドラキュラのいる蝋人形館でも
スーパーでも会って握手して別れた。
ドラキュラは本当はルーマニアの話だと
言っていた。
書いた作家はアイルランド人。
ルーマニアに来たら案内してあげると
アドレスだけは交換したが
まだ行っていない。

ツアー始まってまもなく途中から二人の30代位の
美男美女が乗り込んできた。
バスの両側の席の人に
にっこりして挨拶して奥に行く。
あまりにも美しく笑顔も上品なので映画女優や
俳優かと思った。

そのバスドライバーにダブリン市内の2階建ての
バスツアー (乗り降り自由)の中でも会った。
やはりずっとしゃべり続けていた。
立派な図書館(トリニティカレッジ)に
行ったり動物園に行ったりした。

アラン諸島のイニシュモア島

ゴールウエイからフェリーで日帰りした。
港に到着したら
ミニバスツアーの呼び込みがあって乗り込んだ。
10ユーロ位だったか。

ドン・エンガスの断崖の近くまで行って
そこから歩いて見学した。

自己責任で断崖の淵まで行ける。
モハーの断崖は自殺があったとか、
行けないようになっている。

この島は土がないので海藻を取って代わりにすると言う。
しかも風が強く飛ばされないように小さな石を
積み重ねて囲っている。石や岩はたくさんある。
そうして野菜を食べるだけは確保しているのだろう。
土がないとは気の毒だ。
帰りはフェリーまで連れてきてくれる。
往復のフェリーだが早めに乗船しないと
置いて行かれる。
乗り込んだ後も白人の若い男性が
「I have a chiket...」と叫んでいたが
定員オーバーだったのか乗せてくれなかった。
帰りは座れず立ってゴールウエイの港まで帰った。

アイルランドは個人で旅行するには
適していると思った。
安全だし英語だしそんなに広くない。


有名人もたくさんいる。文学界で4人もノーベル賞を
取っている。
イエーツ詩人
ジョージ・バーナドショー
など
他にも
オスカー・ワイルド
スイフト
ブロンテ姉妹


音楽でも
ボノ U2
エンヤ Enya
マライヤ・キャリー
ウオルト・ディズニー

大統領は
ケネディ
ビル・クリントン
レーガン

アン・サリヴァン ヘレン・ケラーの先生
エルネスト・ゲバラ キューバ革命
オーストラリアに移民
のニコール・キッドマン

グレース・ケリー
ベン・アフレック
クリント・イーストウッド
ジーン・ケリー
ジュリア・ロバーツ
ハリソン・フォード
トム・クルーズ
ジャック・ニコルソン
ジョニー・デップ
007の5代目 ピアーズ。ブロスナン
コリン・ファレル
テニスのマッケンロー

ビートルズのメンバーの一人もそうだと
聞いた気がするが。

1847年ジャガイモの病気で大飢饉
100万人が餓死。100万人が移民した。
イギリスとアイルランド戦争
IRAのテロの泥沼などを経て
1999年和平が合意した。

1795年建てられ1924年閉鎖された
キルメイナム刑務所も尋ねた。
革命の闘士が収容され処刑されたりした。

アイリッシュダンスを見ようとホテルに出かけたら
混んでいて肝心の足さばきが見えなかった。
大きな劇場だったらゆっくり見られただろう。







旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
鉄道 観光バス 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • ジェイムソン蒸留所<br />アイルランドを代表するウイスキー

    ジェイムソン蒸留所
    アイルランドを代表するウイスキー

  • 見学した後7階でチケットを見せると<br />一杯は無料だった。<br />中国人らしき団体さんを見かけた。

    見学した後7階でチケットを見せると
    一杯は無料だった。
    中国人らしき団体さんを見かけた。

    ギネス ストアハウス 博物館・美術館・ギャラリー

  • どうやら立ち入り禁止なのに入っている人もいるが<br />許可されたのかな。

    どうやら立ち入り禁止なのに入っている人もいるが
    許可されたのかな。

    モハーの断崖遊歩道 山・渓谷

  • ゴールウエイで宿泊したB&B<br />朝食が一緒だったイギリス人夫婦の夫人に<br />夫がサッチャーに似てますねと言ったらひどいと<br />ちょっと立腹していた。<br />夫は美人と言おうとしていただけだったが。<br />ワカフェと言うレストランに<br />行ったら若い日本人女性が働いていた。<br />日本の食べ物を差し上げたら喜んで頂けた。

    ゴールウエイで宿泊したB&B
    朝食が一緒だったイギリス人夫婦の夫人に
    夫がサッチャーに似てますねと言ったらひどいと
    ちょっと立腹していた。
    夫は美人と言おうとしていただけだったが。
    ワカフェと言うレストランに
    行ったら若い日本人女性が働いていた。
    日本の食べ物を差し上げたら喜んで頂けた。

  • ゴールウエイの同じ宿。<br />どうやらこのベッドはシングルなのにダブルとみなされたみたい。<br />寝ていて私が床下に落ちてベッドサイドテーブルに頭を打った。<br />お祭りがあって部屋が足りなかったみたい。<br />私のコートを広げた幅しかない。<br />その後夫は床に寝た。<br />落ちたと言ったら宿泊費を負けてくれた。<br />街に出て建物に遺跡が残るエアスクエアで食事した。<br />

    ゴールウエイの同じ宿。
    どうやらこのベッドはシングルなのにダブルとみなされたみたい。
    寝ていて私が床下に落ちてベッドサイドテーブルに頭を打った。
    お祭りがあって部屋が足りなかったみたい。
    私のコートを広げた幅しかない。
    その後夫は床に寝た。
    落ちたと言ったら宿泊費を負けてくれた。
    街に出て建物に遺跡が残るエアスクエアで食事した。

この旅行記のタグ

25いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

アイルランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
アイルランド最安 568円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

アイルランドの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP