2015/06/13 - 2015/06/14
121位(同エリア1835件中)
ハンクさん
7年ぶりのモスクワで、ボリショイ劇場などを訪れたことは先の旅行記で述べた。しかし今回の旅行目的は、むしろサンクトペテルブルク、モスクワ間を走る「サプサン」と、「赤い矢号」に乗車する目的の方が先にあった。このロシアの二大都市間は飛行機では数多く往復しているが、ロシア滞在も終わりが近づいた今、鉄道ファンならずともこの列車に乗らずに帰国することはできない。チャイコフスキーを始めとする芸術家や、多くの著名人がこの路線を使用しており、最近でもテロの標的となって爆発物による事件が発生したことも記憶に新しい。
さて、行きはロシアの誇る新幹線、サプサンに乗車した。インターネットで容易に予約できるが、時間帯によって値段も大幅に違い、数日前になるとエコノミークラスからあっという間に売り切れる。小生も数日前に予約が埋まり出したのを見て90ドルの席の予約を入れた。すると翌日メールで、予約したエコノミークラスは手続き中に完売したため、ビジネスクラスの追加料金75ドルを払うか別の列車を選べ、と言ってきた。こちらには予約証があるので、しばらく無視しておいたら、数日後30ドル払えばプレミアムクラスにアップグレードしてやる、と言ってきた。いかにもロシア的だが、30ドルでアップグレードしてくれるのなら悪くはない。支払ってやることにした。なお、赤い矢号の方は最初からファーストクラスの寝台車を140ドルで予約しておいたが、こちらはそれほど混んででいなかったようで、難癖はつけてこなかった。全くロシアでは、インターネット予約が完了したといっても油断はならないのだ。
サプサン(ロシア語で「はやぶさ」の意)はロシア鉄道の広軌 (1,520mm) 向けに導入されたドイツのシーメンス製高速鉄道車両である。2006年に8編成の高速鉄道車両を受注、契約額は6億ユーロで、列車はサンクトペテルブルク、モスクワ、ニジニ・ノヴゴロドを最高速度250km/h以上で結ぶ。車両はドイツ鉄道のICE 3をベースとするもので、車体はロシアの広軌規格に合わせて330mm拡幅され3,265mmとなり、実際ドイツのICEよりもかなり広い。1編成あたり10両で編成全体の長さは250m、定員600名である。
2009年より、モスクワ - サンクトペテルブルク間において、最高速度250km/hで、1日3往復の営業運転を開始、現在は10往復が運行されている。最速列車は両都市間を、従来よりも45分短縮の3時間45分で、ノンストップで結ぶ。実際乗車して、スピード表示を見ていたが、ほとんどの区間は220km/hほど、それを超えるとかなり振動が気になりだす。近い将来、最高速度330km/hへ引き上げられるそうであるが、中国の例もあり、このスピードアップは慎重に行って欲しいものだ。
一方帰りには夜行寝台列車の「クラースナヤ・ストレラー」(ロシア語で「赤い矢」の意)に乗車した。サンクトペテルブルクとモスクワ間は649.7km。1842年に建設を始め、1851年に完成した。二大都市間を走る最上級の夜行寝台豪華特別急行列車である。 ソ連時代に走り始めた連邦初の特急列車で、列車番号は栄光のNo. 1とNo. 2で、毎日23時55分にモスクワとサンクトペテルブルクを発車する。所要時間は8時間、車両数は客車18輛となっている。ソ連時代の1931年6月10日から定期列車として運行が開始された。当時の表定速度は69.8 km/hで、「大祖国戦争、レニングラードの包囲」の一時期を除き、運行を続けている。当初青色であった客車は、1949年に赤色に塗色を変更、現在もこの色で運行している。
この列車はファーストクラスを選んで正解であった。料金は4割り増しほどの140ドルで、2人部屋を占有した。他の乗客もフランスやアメリカ人家族や、ロシア人でも品のいい人々で感じが良かった。650kmを8時間かけて走るので、平均時速は80km程度で、振動も少なく4時間ぐらいはよく寝れた。一つ思いついたが、JR各社が新幹線路線を使って、夜行寝台列車をゆっくり眠れる速度で運行すれば、かなりの客が利用することは間違いない。小生の旅行記をJR幹部の方がお読みになるといいと思う。
さて、以上で旅行記を終えてしまっては、いかにもお気楽な物見遊山になってしまうので、旅行記に相応しくない、とお叱りを受けるのを覚悟の上で、少々危ないお話を一つだけ付け加えておく。ボリス・ネムツォフ(1959~2015)は今年3月1日に行われる予定のウクライナへの軍事介入に反対するデモを呼びかけている最中、2月15日モスクワ市内の橋の上で4発の銃撃を受け即死、プーチン大統領は事件の早急な解決を公約した。3月1日にロシア国内の約10都市や、周辺諸国でもネムツォフの追悼デモが行われ、モスクワ市内では7万人以上が参加、この際、治安を乱したとして約50人が逮捕された。
この事件で、南部チェチェン共和国出身の元警官ザウル・ダダエフ容疑者、アンゾル・グバシェフ容疑者、更に3人の容疑者が拘束された。しかし政府の人権評議会は3月11日、捜査当局の拷問により自白を強要された可能性が高いとの見解を示した。ダダエフ容疑者はネムツォフ氏殺害を認める供述書に署名したが、自分は「無実」で、自白は強要されたためだと訴えたという。彼の体には無数の傷があったことも報じられた。
ネムツォフはソチの生まれ、1990年人民代議員に当選し政界に入る。1991年8月のソ連8月クーデターでは、改革派の立場からエリツィン・ロシア大統領を支持した。ネムツォフは、1991年エリツィンによって、ニジニ・ノヴゴロド州行政長官に、更に1997年3月に連邦政府の第一副首相に登用された。しかしその後ネムツォフは、「急激な外貨の呼び込み」などにより訴えられ解任させられた。1999年、改革派、リベラル派の結集を図るも、2003年の下院国家会議選挙では惨敗、リベラル派の代表を辞任した。2004年には石油コンツェルン・ネフチノイの取締役に就任、政界での存在感を失った。しかし一定の人気を保ち、事あるたびにプーチン大統領を批判してきた。
小生のロシア人の親友たちにこの件についてコメントを求めたところ、ロシアでは普通のこと、ネムツォフには何の影響力もない、マスコミの喜びそうな話題、など様々な意見を聞いた。一つ興味深い意見をご紹介しておく。「この事件はプーチンの指示で行われたのであって欲しい。そうであれば、プーチンのご威光も健在で、ロシアはまだしばらく大丈夫だ。もしプーチン以外の指示で行われたのであれば、プーチンのご威光は消滅、ロシアの治安は近いうちに崩壊する。」
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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サンクトペテルブルクのモスクワ駅、モスクワのレニングラード駅とよく似ている
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サンクトペテルブルクのモスクワ駅の内部のピョートル大帝像
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イチオシ
サンクトペテルブルクのモスクワ駅に停車するサプサン
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サプサンのプレミアムクラス
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サプサンのエコノミークラス
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サプサンのビジネスクラス
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モスクワのレニングラード駅に到着したサプサン
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モスクワのレニングラード駅、サンクトペテルブルクのモスクワ駅と同じ外観だ
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レニングラード駅と隣接するヤロスラーフスキー駅、ヤロスラーブリ方面の列車が発着する
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レニングラード駅の向かい側に立つカザンスキー駅
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スターリン建築の代表、現在はヒルトンホテルの経営
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レニングラード駅にあるダイドーの缶ジュース自販機は日本語の飲み物ばかり
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モスクワ、クレムリンに近いボリショイ・モスクヴォレーツキー橋で銃撃され死亡したボリス・ネムツォフ
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支持者が多く訪れ献花が絶えない
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ボリス・ネムツォフの殺害場所とモスクワ川
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夜のレニングラード駅
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レニングラード駅にゆっくりと入線する「赤い矢号」
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最新ではないがよく手入れされた豪華列車
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ファーストクラスの寝台車
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2人部屋の内部
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椅子を倒してベッドになる、広さは十分
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軽い朝食がサーヴィスされる
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栄光の列車ナンバー001
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サンクトペテルブルクのモスクワ駅に到着した「赤い矢号」
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