2015/06/06 - 2015/06/07
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harihariさん
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神社仏閣といえば京都奈良。
でも、実は滋賀県の琵琶湖周辺にも、知る人ぞ知る古社名刹がたくさんあるのです。
しかも、それらは鎌倉時代や室町時代に建てられた、国宝や重要文化財の宝庫だったり。
今回の旅は、湖南三山の一つ善水寺の秘仏本尊御開帳にあわせて、そんな湖南の社寺をめぐってみました。
1日目
御上神社~旧和中散本舗大角家住宅~吉御子神社~常楽寺~長寿寺~(宿泊)日登美山荘
2日目
(宿泊)日登美山荘~苗村神社~鏡神社~大笹原神社~善水寺
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
AM9:00 小雨模様。
JR守山駅からレンタカーを走らせて、近江富士で名高い三上山の麓に到着。
古くから、その優麗な姿が短歌や俳句に詠まれています。
「打ち出でて 三上の山を詠れば 雪こそなけれ 富士のあけぼの」(紫式部)
「三上山のみ 夏知れる 姿かな」(松尾芭蕉) -
今回の旅で最初の拝観は、三上山を御神体として祀る「御上神社(みかみじんじゃ)」。
718年、藤原不比等によって現在の地に創建。
平安時代中期に編纂された「延喜式」にも、「近江国野洲郡 御上神社」と記されている古社です。 -
鳥居をくぐって一歩境内に入れば、すぐ横に国道が走っているとは思えないような静けさ。
参道を歩くと、檜皮葺きの屋根を持つ重厚な建物が正面に見えます。 -
「楼門」(重要文化財)。
室町時代前期(1365年)の造営。 -
楼門をくぐると、入母屋造り檜皮葺の屋根を持つ拝殿が正面に。
-
「拝殿」(重要文化財)。
鎌倉前期の建築。
旧本殿の木材を使って建てられている形跡があるとのこと。 -
そして拝殿の奥には、国宝「御上神社本殿」。
鎌倉時代後期の建築。
翼のように反り返った屋根と、白く鮮やかな漆喰がとても美しい。 -
本殿を支える縁束石には、反花の彫刻がほどこされています。
中には「建武四年」(1337年)の銘が刻まれているものも。 -
本殿の隣には、「摂社若宮神社本殿」(重要文化財)。
鎌倉時代後期の建築。 -
拝殿と楼門、そして本殿が一直線に並ぶ様は壮観。
神社建築の美しさが際立っているようです。 -
文化年間(1804~1818)の銘が刻まれた石灯篭。
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御上神社から10分ほど走らせて。
つぎは、神社仏閣ではなく、住宅建築の文化財。
「旧和中散本舗 大角家住宅」(史跡、重要文化財)に到着。 -
ここは、東海道草津宿と石部宿の中間地点の旧梅ノ木村。
江戸時代の初め頃、道中を行きかう人を相手に「和中散」という薬を売る店がいくつもできました。
その中の、「是斎(ぜさい)」屋という屋号で呼ばれた大角弥右衛門(おおすみやえもん)の店鋪兼住宅です。 -
江戸時代の「わちゅうさん」の看板。
かつて徳川家康が腹痛をおこした際、この薬を服用してすぐに治ったという逸話も残っています。 -
巨大なぜんまい仕掛けの製薬機械。
直径4mのハムスターの回し車のようなものに、人が乗って回す仕組みです。
現在も動く形として残っているのは、全国で唯一ここだけ。 -
現在の建物は、寛永年間(1624〜44)の建物をそのまま残したもの。
かつては本陣も務めていたお屋敷です。
安永2年5月4日、松江藩主・松平治郷公が参勤交代の途中、旅程が1日延びたために、草津宿・石部宿に宿泊できなくなり、急遽大角家に宿泊の依頼があり、村人総出で対応したと記録が残っています。
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狩野派の襖絵や屏風が、今でもそのまま残されています。
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大角家の特筆すべきは、飾り欄間の豪華さ。鮮やかさ。
こちらは松竹梅の欄間。 -
こちらは扇の欄間。
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紅葉に鳳凰、葦に雁。
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入母屋造りの茅葺き民家と鶉。
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店舗部分の東側に隣接して、本陣があります。
天皇や公家、大名たちが小憩するのに使われていたことも。
この門は、高貴な賓客の場合しか使われなかったようです。 -
明治天皇は京都〜江戸の行幸道中3回立ち寄って休憩されており、その時に使われたのが、この上段の間。
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そして、この上段の間を飾る襖絵は、曾我蕭白の筆によるもの。
今は、大角家所有のまま、美術館に寄託しているようです。
蕭白はこの本陣に1ヶ月ほども宿泊していたようで、その宿賃としてこの襖絵を描いたと言われています。 -
上段の間から見る国指定名勝 大角家庭園。
大小の築山を配し、三上山を借景に望む池泉鑑賞式庭園で、小堀遠州によるものと伝えられています。
この時期、鮮やかな躑躅が見事な彩りを加えています。 -
切妻破風の下、式台玄関の頭上には、長さ4mはあろうかという見事な彫刻。
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松竹梅と鶴亀があしらわれた欄間。
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なんと、裏側は異なる飾りが彫られている二重欄間です。
スケールといい、凝りようといい、なんとも豪華な造り。 -
現在はの当主は24代目。
驚くべきは、この大角家住宅の中に今も実際に住まれているのです。 -
梅ノ木村の「梅」と大角家の「大」。
今から370年前と、ほぼ同じ形で現存しているのが奇跡的。 -
街道を挟んで旧和中散本舗の向い側、大角家隠居所(重要文化財)。
江戸中期に建てられた隠居所は、母屋が本陣として使われている間、家人が臨時的に住居とするために建てられたものです。
臨時的というわりに、母屋に負けず劣らずの広さを持つと言われています。
現在も居住されているため、見学は外観のみ。 -
大角家住宅を堪能したあとは、10分ほど車で走って、お昼ごはんの買出し。
「Boulangerie つむじ」で美味しそうなパンを購入。 -
車の中でパンとコーヒーでランチ。
焼きたてのパンは美味しかった。
そして、次の目的地の吉御子神社へ。
午前中の小雨が嘘のような青空。 -
砂利を踏む音以外、物音一つしない静かな境内。
ときおり、鳥の鳴き声が聞こえるくらい。 -
木々に覆われた社の向こう。
階段を登れば... -
吉御子神社本殿(重要文化財)。
幕末(1865年)に京都上賀茂神社の旧本殿を移築したもの。
簡素ながらも、日本の三間社流造りの代表格とも言われる建築。 -
吉御子神社を見終わって、次に訪れたのは、湖南三山の一つ常楽寺。
寺伝によると、奈良時代に聖武天皇の勅願により、良弁が紫香楽宮の鬼門を封じるために創建したとのこと。 -
国宝、常楽寺本堂。
室町前期の延文五年(1360年)に造営。 -
入母屋造の檜皮葺、堂々たる体躯です。
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御本尊の千手観音像は秘仏のため厨子の中。
厨子の左右には、毘沙門天と不動明王、風神・雷神、二十八部衆などの重要文化財の仏像がズラリと並んでいます。 -
紅葉で知られる常楽寺は、秋になると観光客で賑わいますが、この時期はひっそりとしているので、心ゆくまで仏像を堪能できます。
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本堂の前、応永十三年(1406年)の銘の入った石燈籠。(重要文化財)
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落ち着いた佇まいを見せる常楽寺本堂。
常楽寺のエピソード。
かつて、このお寺には室町時代に建てられた立派な楼門があったのですが、豊臣秀吉によって伏見に移され、さらに徳川家康によって三井寺(園城寺)に移築され、重要文化財の大門として現在に至っています。 -
国宝、三重塔。
室町時代の応永七年(1400年)に造営。 -
高さが22.8メートルもある塔は、近江の三重塔としては大規模なもの。
三手先の組み物がとても素晴らしい。 -
三重塔の裏山には、ぐるっと一周見て回れる遊歩道を整備しているところでした。
その上から望む塔とお堂がまた、最高。 -
常楽寺から3分ほどの場所に、湖南三山の2つ目、長寿寺があります。
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樹木の間をくぐりながら参道を進むと...
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国宝、本堂。
鎌倉時代前期の造営。 -
寄棟造桧皮葺の絶妙な屋根の曲線が、とても美しい。
古寺古刹という表現がぴったりのお寺です。 -
ご本尊の秘仏地蔵菩薩像は厨子の中に安置されていましたが、両脇の釈迦如来像(重要文化財)と阿弥陀如来像(重要文化財)、さらには藤原期作で丈六の阿弥陀如来坐像(重要文化財)などを心ゆくまで見学できます。
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本堂の隣には、室町時代後期(1550年)建立の弁天堂。(重要文化財)
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参道が途中でわかれて、もう一方は白山神社へと続いています。
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白山神社の拝殿(重要文化財)。
室町時代後期の建築。
入母屋造妻入り。 -
木漏れ日が参道のところどころを光らせています。
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紅葉の季節が人気のお寺ですが、新緑の季節もなかなかのものです。
色鮮やかさに心が癒されるようで。 -
長楽寺の門前の道。
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田植えも終わり、青空が映り込むほどの瑞々しい田園風景。
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今日の予定はこれで終了。
のんびりと景色を見ながらのドライブ。 -
どこまでも続くような青空と、太陽の陽射しを受けて光る田んぼ。
つい車を止めて、空気を吸い込みたくなります。 -
国道421号線。
永源寺ダムを越えて少しすると、今日の最後の目的地。 -
本日の宿、日登美山荘に到着。
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少し分かりづらいですが、入り口の水車小屋が目印。
ここから先は、まるで別世界。 -
林の中にひっそりと佇む一軒宿。
一日一組限定の隠れ宿です。 -
築百数十年という古民家は、板張りの床に囲炉裏も切られていて。
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畳と板張りの延長のように、外の風景へとつながります。
田舎のおばあちゃんちのような開放感。 -
すぐ近くに永源寺ダムが完成したのが1972年のこと。
その際に、ダム湖の下に水没することになった213世帯の中から、この場所に移築されたのがこの宿です。
そう考えると、50年ほど前までは、実際に田舎の暮らしが営まれていたのかと感慨深くなります。 -
一息ついてから、夕食までの時間に近所を歩いてみよう、と。
宿の隣を流れる愛知川沿いに。 -
旅先では、宿の周辺はできるだけ歩いて見るようにしています。
その土地に暮らす人の、生活や文化を垣間見られるようで。
むしろ、それを感じながら旅をしたいので。 -
宿に戻ると、夕餉のために囲炉裏に火が入れられていました。
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お風呂から上がったころには、窓からの景色も少しだけ夕闇に近づいています。
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夕食は囲炉裏の前で。
岩魚づくしのスタート。 -
岩魚のきずし、岩魚のマリネ甘夏ソース。
永源寺こんにゃくの唐揚げ。
小松菜と岩魚のほぐし身の和え物。 -
地元喜多酒造の喜楽長を熱燗で。
湯せんではなく、囲炉裏の直火で暖めていきます。 -
岩魚のお造り。
岩魚の梅肉和え。
岩魚のカルパッチョサラダ。 -
面白い形の徳利です。
燗酒をお猪口に注いで。 -
岩魚の塩焼き。
宿の女将さんが、目の前でじっくりと焼き上げてくださいます。 -
岩魚の塩焼き。酢橘を搾って。
頭から全部食べるのが、美味しくいただくコツ。 -
岩魚のタルタル。
素麺と茄子、岩魚と卵を混ぜながらいただきます。 -
キャベツの蒸し物。
餡の下にはムース状にしたキャベツ。 -
枝豆のつみれと豆乳スープ。
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岩魚の朴葉焼き。
女将とご主人が、1年に1度山に取りに行く朴葉。
今年の収穫は偶然、昨日だったとのこと。
取れたての朴葉に包まれて、味噌の香りが食欲をそそります。 -
〆は岩魚の混ぜごはん。
2人とも大好きな岩魚をこんなにたくさん頂けるなんて、幸せすぎます。 -
食事が終わる頃は、すっかり日が暮れてしまって。
6月上旬ですが、夜になると肌寒いくらいです。 -
黒糖ゼリーにきなこをかけて。
岩魚づくしの絶品コース料理。
朗らかな人柄の女将との会話も、とても楽しかったです。 -
ご主人と女将は、夕食の片付けが終わると隣の住居に帰っていきます。
茅葺き一軒家は、まるごと貸切状態。
囲炉裏の傍に座って、ときおり鉄瓶で沸かすお湯でお茶を飲んで。
宿においてある昔の写真を見たり。
静かな、穏やかな一夜です。 -
朝。暖簾の外された玄関。
少し早めに起きて、恒例の早朝散歩。
肌寒いくらいですが、それも心地いい感じ。 -
民家数件の小さな集落を抜けて、山の方へ。
-
このあたりは、夏場にはキャンプもできるようですね。
-
山間を流れる愛知川は、川底まで見えるぐらいに透き通って。
昨日食べた岩魚を思い出しながら、つい探してしまいます。 -
宿に戻ると、外されていた暖簾がかかっていました。
一日の始まりのようです。 -
朝食も囲炉裏端で。
卵焼き、岩魚の干物、切り干し大根、ほうれんそうのお浸し。
昨日あれだけ食べたのに、もうお腹が空いてる。 -
サラダにお味噌汁、お漬物。
壺の中は、梅干と椎茸と昆布の佃煮。 -
そして、ごはん。
近江米。
しかも、こんなにたくさん。
当然、お替りも。 -
チェックアウトまで、のんびり。
宿で過ごすというより、田舎の家に泊まりに来たような感覚。
あまり人に教えたくない、とっておきの宿。
思い出に残る一晩を過ごさせていただきました。 -
国道421号を西に向かってすぐ。
ここが永源寺ダム堰です。 -
かつて、この下には3つの村が存在していました。
今も、この下に眠っています。
実際に目にすると、胸にくるものがありますねぇ。 -
今日もいい天気です。
-
この日最初の目的地、蒲生郡竜王町の苗村神社。
平安時代に編纂された「延喜式」に、「長寸(なむら)神社」として記されている格式高い式内社ですが、創建年代は不明。
西社と東社に分かれて、それぞれ本殿があります。 -
まずは西社から。
入母屋茅葺きの楼門。(重要文化財)
室町後期、応永年間(1394年-1427年) の建築。
遠くからでも一目で分かる印象的な門です。 -
下から見あげると、組み物の面白さがとてもよく分かります。
釘を使わず、重さを分散しするだけで数百年間もバランスを保ち、なおかつ見ていて飽きないデザイン性。 -
楼門の隣。簡素な建物の神輿庫。(重要文化財)
室町末期(1536年)造営。
もとは、装束召替仮殿として建てられたものですが、その後、神輿庫として用いられるようになった非常に珍しい遺構です。 -
拝殿の向こう、正面の大きい屋根が、国宝の苗村神社西本殿。
鎌倉時代後期(1308年)の造営。
現存する神社建築として非常に古いものです。
その右隣には、十禅師(じゅうぜんじししゃ)神社本殿。(重要文化財)
室町中期の1430年頃に造営。 -
本殿の左手。
八幡社本殿(重要文化財)。
こちらも室町中期の1430年頃の建立。 -
県道を挟んで向かい側に東社があります。
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鬱蒼とした鎮守の森を含めたこの一帯は、東苗村古墳群といわれ、現在8基の円墳が確認されています。
古くから信仰とともにあった地のようです。 -
森の中の一角に、苗村神社東本殿。(重要文化財)
正確な造営年は不明ですが、室町中期の建造。 -
道の駅「竜王かがみの里」で、お昼ごはん。
地元竜王町の太田牧場の牛乳とフルーツ牛乳。 -
地元産のあわび茸バーガーと、ベーコンレタスバーガー。
美味しかったです。 -
道の駅「竜王かがみの里」の国道を挟んで向い側には、名前の由来ともなった鏡神社があります。
「鏡」の地名をもっと遡れば、日本書紀にも「近江国鏡村」は登場しますし、額田王の父親は野洲群鏡里の豪族の王、鏡王(かがみのおおきみ)であったらしいですね。 -
また、ここは源義経元服の地としても知られ、近隣にはゆかりの地も多くあるようです。
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鬱蒼とした森の麓に、鏡神社本殿。(重要文化財)
室町前期の造営。
お社の持つ威厳のようなものが伝わる佇まい。 -
鏡神社から5分。
鏡山の麓にある大笹原神社に到着。 -
高い木に覆われて、狛犬、そして拝殿が立っています。
-
国宝、大笹原神社本殿。
室町時代(1414年)建立。
花狭間格子戸、欄間、蟇股など、各所に華麗な彫刻があしらわれた特色のある社殿です。 -
本殿の傍らには、篠原神社本殿(重要文化財)。
室町時代(1425年)建立。
大笹原神社が鏡餅発祥の地と伝わることから、篠原神社は「餅の宮」とも呼ばれています。 -
竜王町では、巨大アウトレットパークに並ぶ車の行列を横目に、牧場カフェで少し休憩を。
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古株牧場「湖花舞」。
-
たくさんの種類の中から、せっかくなので2人とも「しぼりたてミルク」のジェラート。
サービスで一口サイズのもう1種類は、「いちごみるく」。 -
牛さん、一心不乱に食事中。
-
そして、最後の目的地、湖南三山の3つ目のお寺「善水寺」にやってきました。
-
国宝、善水寺本堂。
室町前期(1364年-1366年)の建立。
今回の旅は、ここ善水寺の秘仏 本尊薬師瑠璃光如来が14年ぶりに御開帳していることにあわせて、湖南三山を中心としたものにしてみました。 -
内部は撮影不可なので、パンフレットから。
秘仏本尊の木造薬師如来坐像(重要文化財)は、不定期開帳のため次の開帳は未定。
そのほか、帝釈天像、兜跋毘沙門天像、四天王像(4躯)、不動明王像、僧形文殊像、金銅誕生釈迦仏像、金剛二力士立像(2躯)などが内陣外陣にずらりと配置されています。これら全て重要文化財。 -
圧巻の仏像群。
仏像マニアなら、絶対に来てみるべきです。 -
今回の旅で拝観した国宝は、建物ばかりで7件。重要文化財にいたっては、建物や仏像をあわせて数え切れないぐらい。
奈良や京都の有名観光地と違って、静かに、自分たちの思いのままに堪能することができます。
湖南の周辺には、今回行けなかった神社仏閣・古社名刹がまだまだあります。それは次回の楽しみに。
そのときも、日登美山荘に泊まれるといいな。
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