2015/06/10 - 2015/06/22
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eimeiさん
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昨年、東アフリカへバイクで渡れなかったため、バイクをブタペストのレッドバロンへ預けた。もう少し、ヨーロッパ、特に、イギリスを走り、最後、バイクを処分する予定。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 船 徒歩 バイク
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今まで一度も走ったことのないバルト三国・イギリス・アイルランド及び、訪れたことのない街を入れ、コースを考えた。二か月強で、全行程10,000キロ強になってしまった。私も今年の9月で63歳になるので、無理しないように走りたい。無理だと判断した時点で、ショートカットもありうる。
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羽田空港6月10日発、成田空港8月18日着の航空チケットなので、6月9日、名古屋から東京まで格安高速バスで向かった。
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航空チケットは、ダカール航空で、東京←→ブタペストの往復チケットが65,000円で取れた。6月10日、途中、ドーハで乗り換え。
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6月11日、バイクを受け取りにレッドバロンに行った。オイル交換をしてもらった。
航空チケットを除いた総予算は、2ヶ月強で30万円。生活費20万円(1日3.000円見当)、移動費等10万円と考えている。ドイツ・オランダ・イギリス・フランスでは、キャンプ場でテント泊、他の国では、ホステル(ドミトリー)になりそうです。食事はスーパーマーケットのお世話になると思われる。更に困ったことは、円安、ユーロ高(ドル高)なことです。節約、貧乏旅行になりそうだが、ヨーロッパ最後のツーリングになるので、悔いのないようにしたい。 -
6月12日、久しぶりのバイクなので、ブタペスト市内のいつものコースを走ってみた。
まずは英雄広場。 -
次に向かったのは、鎖橋を渡り、展望台。ただ、観光シーズンが始まったので、鎖橋近辺は大渋滞。
午後は旅の準備に費やされた。 -
6月13日、400キロ先のクラクフを目指し、ブタペストを7時に出発した。スロバキアとの国境はフリーパスだが、通貨がユーロに変わる。
途中のスロバキアの小さな町にて。 -
スロバキアの峠の駐車場にて。
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スロバキアの名もない町のお城。岩山の上にあり美しい。
それにしても天気が良すぎ、暑い。 -
ポーランドの国境もフリーパスだが、通貨がズロチに変わる。
クラクフへ近づくと、川で水浴をしている人々がいた。 -
川で水浴をしている人をアップ。
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15時頃クラクフに着いた。宿は昨年泊ったアトランティスホステルなので、迷うことなく到着。1泊8ユーロ。
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両替・夕食・買物をするために旧市街へ行ってみた。ここも直射日光が強烈で、暑い。
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余りに暑いので、防火用水を使って、噴水をしていた。
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旧市街には、静止系の大道芸人が何人もいたが、暑いので大変そう。
明日は、早朝にクラクフを出発し、ワルシャワへ行く予定。 -
6月14日、クラクフの宿を7時半頃出発し、350Kmほど北のワルシャワへ向かった。
途中にあった飛行機レストラン。 -
高速道路ではないが、国道を時速90Km前後で走っている。車や大型バイクは100Km以上で走っているので、抜かされっ放し。
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ワルシャワに着き、中心街をパチリ。明日以降に回る予定。まずは、宿へ。
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ネットで1泊予約したタタムカホステル(7ユーロ)。あと2泊したかったが、空いていなかった。サービスも良く、まずまずの朝食付なので、人気がある。
仕方ないので、ネットで近くの別のホステルを2泊予約した。 -
6月15日、朝から小雨がパラパラ。雨が止んだのを見計らって、別の宿(センターホステル)へ移動した。
センターホステルは、ビルの3階をホステルに改装した新しいホステルなので、見つけるのが大変。その上、サービスイマイチ、観光の中心から離れているので不便。2泊で16ユーロ。 -
午後、曇っていたが、ナビを頼りに、旧市街地へバイクで行ってみた。曇っていたが、王宮前広場をアートモードで撮ってみたら、なかなかのもの。これ以後、3枚はアートモード写真。
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逆方向から見た王宮前広場。
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旧市街広場。第二次世界大戦で街はガレキとなったが、戦後、復活させたので、歴史的な建物というよりも、ディズニーランドのように作られた感じがする。現在も修復がなされていた。
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宿への帰り道に、共産主義時代のワルシャワ蜂起記念碑があったので、立ち寄った。第二次世界大戦の対ドイツ戦のモニュメントのようだ。
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後ろのモニュメントのアップ。東欧でも撤去された物も多い中、是非、残してほしいものだ。
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天気もあまり良くないので、スーパーで夕食用の買物をし、宿へ帰った。
今日の夕食は、サンドイッチとファンタで、しめて400円ほどです。
明日は、天気が良いので、市内をバイクで走る予定。 -
6月16日、天気が良かったので、ワルシャワ市内の観光ドライブに出かけた。
まずは、ワルシャワで異彩を放つビル文化科学宮殿。スターリンからの贈り物で1952年から4年をかけてつくられたビル。私の生まれた年なので、当時としては最先端のビルだったろう。 -
現在の新市街地。公園には、他の国と同様にホームレスを見かけた。
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次に、ワルシャワ蜂起博物館へ行ったが、休み。
仕方ないので、建物の外側から写真を撮って退散。 -
次に向かったのは、昨日と同じ旧市街地。バイクを入れてアート写真を撮ってみた。
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旧市街地の裏側には、ワルシャワがナチスにより破壊された写真が、何枚も屋外に展示してあった。
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男の起こした戦争の一番の被害者は、常に、女性と子供。
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旧市街地の裏門。なかなか雰囲気が出ている。
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次に向かったのは、旧市街地近くのキュー夫人資料館。移転していて、移転先が書いてあるが、場所が分からず、パス。
明日、早朝にワルシャワを発ち、リトアニアの首都ヴィリニュスへ移動する予定。400キロ以上あるが、陽が長いので、急がずに走るつもり。 -
6月17日、5時半に起き、ワルシャワを発ったのが、朝の6時半。ポーランド東部の町アウグストゥフで、湖が美しかったので、休憩をした。
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湖畔でバイクも入れ、記念撮影。
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アウグストゥフからリトアニア国境へ向かう道の一部は、森をまっすぐ切り開いた道。
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ポーランドとリトアニア国境はEUなので、フリーパス。
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陽が傾いているので、ヴィリニュスの新市街地のビルディング群が夕日に照らされて美しい。
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本日の宿POGO HOSTELに着いたのが、夜の8時。太陽はまだ高いし、時差が1時間時間ある。
全部で500キロほど走ったので、ヘロヘロ。63歳(9月で)の体力の限界を感じる。1日300キロぐらいの移動にとどめないと、事故のもとになりそうです。
夕食はスーパーで買ったサンドイッチ。
駐車場の問題があるので、明日、別のホステルへ移動する予定。 -
歩いてスーパーへ買物をしに行ったら、中心街でクレーンバーをやっていた。大型クレーン車で吊り上げている。なかなかユニークな発想だが、日本では許可が下りないのでは?
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6月18日、駐車場の関係で、宿を変えた。Downtown Forest Hostel & Campingで2泊14ユーロ。
敷地が広く、キャンプするスペースもあるが、ドミトリーが安いのでキャンプする気にならない。久しぶりに、手洗いで洗濯した。
バイクのUSB電源部品が壊れたので、午前中にバイクショップへ行き、購入し、自分で取り付けた。USBが3個も付いているので、GPSだけでなく、走りながら充電もできる。ただ、出費が65ユーロ。 -
旧市街の中心の大聖堂。どこの街へ行っても大きな教会があるので、お腹いっぱい。
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美術学校の入口にあった黄色の肖像。「スターリンかな?」と思い、学生に聞いてみたら、学長のようだ。
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6月19日、100キロほど西の町カウナスの第9要塞博物館(ユダヤ人強制収容所)へ向かおうと宿を出て、80キロほど走ったら、雨に降られ、屋根のあるバス停へ逃げ込み、雨宿り。止みそうにないのでUターンし、宿へ逃げ帰った。ヴィリニュスはほとんど雨が降っていなかった。無理すると事故の元なので、今回は諦めた。
昼食後、宿の近くのKGB博物館へ行った。 -
建物の壁には、この建物の地下で亡くなった人々の名前が刻んである。
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早速、2ユーロ払ってKGB博物館へ入場。地下室通路。
先日行った沖縄の日本軍の地下壕を思い出してしまった。共に、死の匂いがする。 -
通路の両側に小部屋がある。入口には当然、鉄格子がある。
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鉄格子に押し込まれた人の写真。
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シベリアへ送られた人々の写真。日本兵のシベリア抑留と時期が重なるが、接点が少しあったようだ。
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白い点が、ソ連時代のKGB。無理な体勢を維持しようとすると、どうしてもKGBのような組織が必要になる。日本の戦前に特高が必要だったように。
明日は、早朝に宿を出発し、「十字架の丘」に寄りながらリガへ行く予定。 -
6月20日、早朝に起きたら、重装備の四輪駆動車が3台、宿の駐車してあった。
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車体に貼ってあるステッカーを見ると、ポーランドから北京まで往復する予定のようだ。出発間際なので、ドライバーには会えなかった。
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朝6時半にヴィリニュスの宿を発ち、「十字架の丘」に向かったが、寒い上に、霧に悩まされ、休憩ばかり。
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昼過ぎに、やっと「十字架の丘」に着いた。遠くからバイクも入れてパチリ。小さな十字架から大きな十字架まで、数えられないぐらい十字架がある。
バルト三国がソ連からの独立の際、犠牲になった人の十字架が多いが、現在も十字架は増えている。 -
有名な階段。土曜日のせいか、観光客が多すぎて、人が少なくなるのを待った。聖地というより、観光地になっている。観光バスも何台も来ていた。
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頂上まで登ると、もうひとつ小さな丘がある。
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大きめの十字架には、個人が持参した小さな十字架が無数に掛けられている。日本のお札のようなもの?
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ラトビアへ向けて走っていたら、フェンスの中に鹿のような動物が草を食べていた。よく見るとトナカイではないか!
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リトアニアとラトビアの国境。昔使われていたイミグレーション。今はEUなので、フリーパス。
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ラトビアに入国してから、直線道路が30分ほど続く。暑くはないが、遠くのアスファルト上に蜃気楼が見える。
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あまりに直線道路が長いので、途中で得意のバス停休憩。
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直線道路が終わると、湖が点在して、美しい。
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午後4時頃、リガに着き、タイガーホステルにチェックイン。2泊で13ユーロ、当然ドミトリー。サービス・施設はよい。天気次第では、延泊もありうる。
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宿は駅の近くなので、駅の構内を通って、駅裏へ行ってみた。ホームレスらしき人が何人もたむろしていた。
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駅裏から少し歩いたところに、科学アカデミーの建物がある。デザイン的にはワルシャワにあるビルと同じスターリン様式だが、ワルシャワの建物より少し小ぶり。
上に昇れるが、4ユーロもするのでパス。 -
科学アカデミーの前の公園にも、ホームレスらしき人が何人もたむろしていた。そこに猫もたむろしていたのでパチリ。
明日は、リガの旧市街地を散策する予定。 -
6月21日と22日、21日にバイクで観光へ出かけたが、途中で雨に降られ、濡れて宿へ逃げ帰った。一部21日の写真を入れてあります。
22日は朝から天気が良かったので、早速、バイクで出かけた。まず、第二次世界大戦の戦没者慰霊碑へ向かった。昨日、雨に降られた場所。ダウガヴァ川の橋の上から見た高層ビルが建ち始めた新興地区。 -
川の反対側は、宿のある旧市街地。遠くにテレビ塔も見える。
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第二次世界大戦の戦没者慰霊碑に到着したら、多くの年配の人々がみえた。花束などを捧げていたので、何か記念日かな?
ソ連時代に造られたものなので、独特の雰囲気がある。
【ロシアがウクライナ侵攻後、2023年に撤去された】 -
街中にも、似たような像が幾つもある。《昨日の写真》
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多分、女性から見たら、男どもが、なわばり争いに命をかけてしているとしか映らないだろう。《昨日の写真》
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旧市街の近くにバイクを駐輪し、歩いて旧市街を回った。《昨日の写真》
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市庁舎前広場。観光客が必ず来る場所。《昨日の写真》
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露路へ入ってみると美しい街並みがある。
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露路の片隅で、琴のような楽器を弾いていた。旧市街には、楽器を弾く大道芸人が何人もいる。
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火薬塔。そのすぐ裏側の建物が、ラトビア軍事博物館。
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博物館へ入ったところ。早速、大砲がお出迎え。ありがたいことに、入場無料。
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4階にわたり展示物があるので、すべて見ると時間がかかる。展示はこんな感じ。
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「人間の鎖」の写真。
「人間の鎖」とは、1989年8月23日に、ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で、独立運動の一環として行われたデモ活動。バルトの道ともいう。
およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600km以上の人間の鎖を形成した。このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めた独ソ不可侵条約秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。《ウィキペディアより》 -
ソ連崩壊と共に、レーニン像の撤去。
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また、近くにあるラトビア占領博物館にも足を伸ばした。寄付金箱があるが、入場無料?
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皇太子ご夫妻も、2007年に、この博物館を訪問されたようだ。
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展示室はこんな感じで、2階のみのワンフロアー。
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独立国だったラトビアは、まず、ドイツに占領された。
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ドイツの敗戦後、ソ連に占領され、不満分子は、殺されるか、シベリア収容所送り。
日本兵のシベリア抑留者と、少し接点があったようだ。 -
最後は、ソ連崩壊と共に起こった独立運動。
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次に、近くの自由記念碑へ向かった。1935年に建てられ、ドイツ占領時、ソ連時代もラトビアの記念碑であり続けた。
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一番上をアップ。ラトビアの3つの地域の連合を表している。
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衛兵が2名立っている。1時間ごとに交代式がある。
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自由記念碑の近くは公園になっており、市民の憩いの場。アートモードで撮ってみた。
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宿への帰りに、買物に行った。タバコ(単位はユーロ)は、円に直すと日本並みの値段。喫煙率は、日本より少し高いような感じがする。女性が喫煙している姿をよく目にする。ただ、日本の女性も隠れて吸っているかもしれないが……。
今、夜の9時45分だが、まだ太陽が照っています。睡眠不足になりそう。また、シベリアと同じぐらい、朝方になると気温が下がり、寒い。
明日は、早朝にリガを発ち、エストニアの首都タリンへ向かう予定。
【パート2へ続く】
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この旅行記へのコメント (1)
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- amanojakuさん 2015/06/18 11:27:34
- また始まりましたね!
- またまた始まりましたね。これから読むのがとても楽しみです。気をつけて楽しい旅を! (写真の絵画モードはなんかちょっと、、、、笑)
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