2015/05/05 - 2015/05/06
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gyachung kangさん
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2015年GWマケドニアへの旅。世界遺産オフリドで湖とイコン美術の世界に出会い密度の高い時間を過ごした。
が、しかし。もうひとつ、どうしても訪れてみたい場所が私にはあった。
コソボ共和国。マケドニアに国境を接するお隣の国だ。旅程からなんとか時間を切り出してバルカン半島で最も新しいこの小さな国に入国してみる。情報は少なく、そこに何があるのかは行ってみなけりゃわからない番外編コソボトリップ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
オフリドから首都スコピエに戻った私はマケドニア広場から徒歩1分の立地にあるビルインのB&B式ホテルに宿をとった。広さはないがまだ出来たばかりで清潔感ある機能的な部屋はグッド。
ビルの1階にあるカフェで朝食。マセドニアンスタイルをチョイスするとパンの上にフライドエッグ。スコピエの市民が家庭で食べている朝食という感じである。 -
コソボはマケドニアの北西にあたる。
バスターミナルでコソボの首都プリシュティーナ行きのチケットを買う。320デナリ。18人乗りのメルセデス製小型バスで定刻10時10分出発。走り出してすぐ、道脇から乗り込むモスレムのおばちゃん2人をピックアップ。
私は席を譲り最後列へ移動。
フルになったバスは一路プリシュティーナへ。 -
バス は北上。20キロ程走ると国境検問。車内に回される乗客者名簿に名前とパスポートナンバーを記入、パスポートも提出すると女性検問官が乗り込み一人ずつ顔写真と照らして本人確認。これでマケドニア出国。5分後コソボ側検問所にて今度は男性検問官が乗車し再びパスポート照合。
この間、車内には緊張感が張り詰める。一連の流れで30分。陸路国境越えに大型バスを運行しない理由はこれか?
ボーダーを超えるとフェリザイ、リプャ二を走り抜け12時半前、遂に首都プリシュティーナのバスターミナルに。
ここはコソボ! だ。 -
プリシュティーナのバスターミナルでバスを乗り換え西に90キロ離れた田舎街ペヤに向かう。
車窓から見えるのはなだらかな丘陵地と田園風景。こんな景色がノンビリと続いていく。5月の新緑が気持ちを和ませてくれる。かつて毎日のようにニュースで耳にした「コソボ紛争」のピリピリしたイメージはこの時点で完全に覆される。 -
2時過ぎ、無事ペヤのバスターミナルに到着。ターミナルから繁華街の方向にスーツケースを転がす。
街並みもご覧のように一目でわかるような特別な特徴はない。ありふれた穏やかな地方都市の絵だ。
だが、歩き始めて5分、この時既に微妙な肌ざわりの違和感を感じる。スコピエで感じた違和感とは別物である。
この背景は後でわかることになる。
そして今日も気温が上がる。あつう〜。 -
ペヤで選んだ今宵のお宿。
朝食インクルードで40ユーロ。
カード不可のホテルはいつもならご辞退する私だが、このペヤで他にそう現金が飛んでいくこともなさそうだ。ってことで合格に。 -
ペヤの街は東西にメインストリートが伸びている。ホテルを出て西方向に歩くとやがて広場が現れた。
その名も殉教者広場。
間違いなく我が日本にこんな名前の広場は無い。ボスニアのサラエボにはスナイパー通りという名の街路があるがいずれも血の歴史を彷彿させる。
もちろん今その影は微塵もない。地元の小さな子どもが楽しく駆け回っていた。この殉教者広場がペヤの中心部だ。 -
広場に面して見えるこの建物はマンションかオフィスビルかは判別できないが目をひくモダンデザイン。
-
殉教者広場を突っ切って20分程ぶらぶら西に歩くと家並みが途切れ、道は山あいに向かって行く。この辺になると人も車もぐんと減る。
そんな街はずれまで行く理由、ですか? -
見えてきました。
新緑の木立ちの中に見え隠れしているあの建物。
ペヤ総主教修道院。
私がこの目で見たかった世界遺産に登録されている修道院だ。 -
ペヤ総主教修道院がいつ建てられたかはわかっていないらしい。
その名の通りモスクではなくキリスト教の修道院、しかもセルビア正教の最高ランクの本山だ。
セルビアは激しい戦いの末に独立したコソボにとってついこの前までの敵国、そして今コソボに住む多数派アルバニア系住民はモスレムである。
従ってこの修道院を訪れる人は極めて少ない。この日も私の他に来訪者は誰一人いなかった。言わば忘れ去られている世界遺産、それがペヤ総主教修道院。 -
この緑と赤のコントラスト。
ほぼクリスマス。5月だけど。
以前口コミ欄でシェーンブルン宮殿のイエローとエルミタージュ美術館のペパーミントグリーンが外壁色の世界ベスト2 だと書かせていただいた。
更新したい。このペヤ総主教修道院のセルビアンレッドを加えて世界ベスト3
でいかがでしょう? -
ペヤ修道院を後にし街の中心部に戻る。
実はこの修道院の見どころは赤い外壁ではない。真髄は修道院内部に今も保存された荘厳なイコン芸術である。
建屋の内部は広く、天井は高く見事なイコンが色彩を放って息をのむ。
その私の横に一人の老修道女がピッタリと寄り添い、目で『日本のお方、写真を撮ってはなりませぬ』と語りかける鉄壁のブロック。私には老修道女のカテナチオを崩すことは出来なかった。
代わりに帰り道に見かけた私が大好きな糸杉の写真を上げておく。何の代わりにもなっていないご批判はお受けする!笑 -
殉教者広場に戻るとここペヤにも聖女マザー・テレサの銅像があった。
彼女の出生地はマケドニアの現スコピエだが、彼女自身は実はアルバニア系の出自だそうである。つまりコソボを含むオールアルバニア民族がリスペクトする存在、ということか。 -
ペヤのバザール風景。
何を買うわけでもないのにバザールという響きだけで歩きたくなってしまう私。なんという求心力、バザール。 -
おなかが空いてきた。
地元雰囲気満載の店に吸い寄せられて
入ってみる。ところが、イングリッシュメニューさえない地元店。
マスターのおっちゃんの推奨に乗りジョルバを注文。バルカン半島でポピュラーな煮込み料理だ。
私はもちろん初トライ。ワイルド。この味に近い和食のジャンルはない。量は多いが完食するのが私の流儀。 -
バザールのほど近くにあるモスクとiPhoneのショップ。
伝統と先端テクノロジーの交わりはこの国でも日常風景になっている。 -
コソボで迎える朝。
9階の部屋の窓をあけるとこの景色。
40ユーロでこのビューなら日本のホテルはもっと頑張れるはずであるなあ。
どうかしら? -
シャワーを浴びてから同じ9階にあるレストランのテラス席で朝食。
-
そしてこの景色。
食後のコーヒーを飲みながらペヤの街並みを一望。 -
一日の始まり充実度120パーセントである。
やっぱり、旅の朝って最高だな。
これがあれば欲しい物などなんもない。 -
ホテルからペヤのバスターミナルに向かう。今日の目的地はデチャニ。このデチャニの街に赤い修道院に引けを取らないもう一つの世界遺産がある。
そしてペヤのバスターミナルは今日も朝からローカル風情全開のようで。 -
バスにのんびり揺られて30分、デチャニのバス停で下車。ここからは歩き。
目的の修道院まではこんなウルトラカントリーな風景の一本道だ。
絵に描いたような長閑な田舎っぷり。言われなければつい10数年前まで血で血を洗う紛争が行われた国とは誰も思わないだろう。 -
一本道の途中に検問。左に別れ道があり軍の施設があるようだ。どこからどう見ても観光ゲストである私は呼び止められることさえなくアッサリ突破。
昨日の老修道女の堅守ぶりとは比較にならないザル守備であった。 -
歩くこと20分、どうやら見えてきましたよ。
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エントランスが見えてきた。
見学はフリー。但しこの入り口手前に詰所がありパスポートを提示する。門番はオーストリア軍の若い兵士である。なぜオーストリア軍に委託しているのか理由は不明。
私がオーストリアの話しをすると嬉しそうに笑顔を見せる気のいい兵士だ。 -
門をぐぐる、いや、くぐると現れた。
ヴィソキ・デチャニ修道院。
14世紀の建築とは思えない恐ろしく清潔感のある整った外観である。 -
美しく重厚な構え。これも昨日見たペヤ総主教修道院と同じくセルビア正教の修道院。マケドニアのオフリドで訪ねた修道院とはまるで別物である。同じバルカンでもこれだけの違い。文化とはこういうものか。
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中の敷地も広く気持ちがいい。
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ぐるっと裏手に回るとこんな出窓。
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ちょっと笑いを誘うレリーフ。
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この堂々たる扉。
では入らせていただきます。 -
一本足を踏み入れると。
中にはセルビア正教が誇るイコン芸術が待っていた。 -
人物の頭に被る光輪。これがイコン。
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聖人と兵士。
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マリア様。この手の表情。
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一番高いところにイエス。
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天使は何を伝えようとしているのか。
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壁という壁の下から上まで。
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院内の最奥にはこの金泊の装飾。
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この金泊が光を浴びる。
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イコンを照らす太陽光のピンスポット。
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そしてこのイコン。
剣をかざす女性の天使。
夥しい数のイコンの中で私が最も惹かれたのがこれである。 -
これがヴィソキ・デチャニ修道院。
今回の旅で幾つも修道院や教会を訪れイコンを見た。そのいずれもが素晴らしい芸術性を放ちながら、誰が描いたものなのかは、語られることがない。
これがイコンの不思議である。名もなき修道士たちが後世に遺したフレスコ画がイコンであるならばその修道士たちには脱帽するしか、ない。 -
この日、ヴィソキ・デチャニ修道院の内部を見学していたのは私ただ一人。連日の世界遺産を独占鑑賞。こんなのってフツー、無い。
そして修道院の内部で私が見学をしている最中、終始すぐ横で男性の修道士が自らのお勤めをしていた。もちろん彼は私の存在に気がついている。つまりこの記録はその修道士の協力によって成り立っている。この場を借りて彼に厚く御礼を申し上げます! -
デチャニの街のバス亭に戻る。
街の中の至るところにアルバニアの国旗がはためく。コソボとしてセルビアから独立を果たしながら、コソボ国旗ではなくアルバニア国旗を掲げる真意はかなり気になるところである。
が、しかし道端でバスを待つ時間に尋ねる質問でもないだろう。 -
ペヤの街。
ホテルに戻り預けていたスーツケースを受け取りプリシュティーナに戻るため再びターミナルへ。
実はこの短い滞在で私は微妙な違和感を覚えた。それは街中ですれ違う時や店先でのやり取りの際に感じるコソボの人々からの視線である。実際に道脇からチーノと呼ばれる体験もした。この違和感はマケドニアでは感じない。
ひょっとしたらセルビアとの長く激しい戦いで異民族に対する不寛容がコソボの人たちには少し強くあるのかも知れない。これが私の推測。是非ともコソボ体験をした方にご意見をうかがいたいところである。 -
コソボに別れを告げる。
ペヤ→プリシュティーナ→スコピエ。
長い道のり。
プリシュティーナから南下する道中、右手にキリッとした姿かたちのいい山が現れる。目を見張るほどの美しい稜線。残念ながら山の名前が今だわからないがまさかコソボで惚れ惚れするような山に出会うとは想像していなかった。旅の終わりに思わぬ拾い物。 -
太陽が西に傾く。
マケドニアとの国境が近づいてくる。 -
6時半、国境越え。
コソボ出国、そしてマケドニア側のイミグレーションで再入国の手続き。 -
お約束の車内パスポート回収。
後部座席から前の席へパスポートをリレーして送るのだが、一冊だけ鷲の絵が入ったパスポートが。
oh, American ! と後ろの乗客が呟きながら私にパスポートの束をトス。 -
何事も起こらずイミグレーション検問所を通過。バスは再び走りだした。
やがて巨大なスタジアムが見えてくる。バスはこの旅のホームタウン、スコピエに入り、コソボへの2days tripはこうして無事に終了。
あのへんてこりんなスコピエの街に戻りちょいとばかし安堵感。この順応性がある限りまだまだグローブトロッターを続けられそうである 笑!
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