2015/03/12 - 2015/03/12
348位(同エリア946件中)
風待人さん
石を投げれば史跡や名所旧跡に当たるというくらい幕末から明治にかけての史跡や名所旧跡がたくさんある萩市。
そんな萩市でもやや栄えた感じがする土原地区を徒歩で回って何件史跡や名所旧跡を回れるかという企画を立てました。
体力的に考えて30分で回れるだけ回ってみようと。
今回まわれたのは奥平家長屋門、小川家長屋門、入江九一・野村靖兄弟誕生地、周布政之助旧宅地、長井雅楽旧宅地の5地点でした。
14:38にスタートして最後の地点を見終わって写真に収めたのが17:04で26分間の小さな街歩き旅でした。
入江九一・野村靖兄弟誕生地、周布政之助旧宅地、奥平家長屋門は目と鼻の先程の距離なので本来なら一施設の感じですがここはご容赦下さい。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
-
土原にある唐揚げ専門店とコンビニの角をスタート地点として選びました。ここから徒歩で何件の史跡や名所旧跡を30分で回れるか試して見たいと思います。
-
唐揚げ専門店とコンビニの角を南に向かって歩き出します。
-
まず最初に見えてきたのが奥平家長屋門です。奥平家は萩藩の中級武士として大組(300石)に属していた。この門は同家の表門で西に面し、寄棟造桟瓦葺、桁行26.65m、梁間5.0mの長い建物です。個人宅なので外側から外観を見学するのみです。
-
昔ながらの白壁と格子の窓が見えます。
-
門構えも立派で今にも中から武士が刀を携えて出てきそうな雰囲気です。
-
木製の外張りや格子戸はメンテナンスも大変だと思います。綺麗な状態で保存されているのには驚きます。
-
この角度からの建物の雰囲気が素敵だと思います。
-
駐車場の向こう側に見えるのが奥平家長屋門です、そしてこの駐車場の場所には昔、ある方のお屋敷が建っていました。
-
こちらの駐車場の場所には幕末の長州藩士、周布政之助の旧宅地があったとされます。こちらには30代後半に数年住んでいたと言われています。
-
建物や当時を偲ぶものは何も残っておらず、石碑だけがここに周布政之助の旧宅地があったことを教えてくれます。
-
周布政之助旧宅地の真向には幕末の志士、入江九一・野村靖兄弟の生誕地が有ります。
兄入江九一は奇兵隊の創設に協力するも、禁門の変で傷を負い自刃し28歳の生涯を閉じました。
弟野村靖は幕末の世を生き抜き、伊藤内閣で内務大臣を務め、後に神奈川県令も務め68歳で天寿を全うしました。 -
入江九一・野村靖兄弟の生誕地は個人宅の塀の外に石碑が建つのみで周布政之助旧宅地同様、当時を偲ぶものは何も残っていません。
-
周布政之助旧宅地から真逆の北の方角にあるのが小川家長屋門です。
-
小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士で長屋門は安政の初期、 またはそれ以前の建築と言われています。
-
小川家長屋門は木造平屋建入母屋造桟瓦葺で、桁行27.39m、梁間6.0mのかなり長い建物です。
-
白壁に格子戸の雰囲気は奥平家長屋門に通ずるものがあります。
-
土原地区の一番大きな交差点、萩警察署やユニクロがある通りです。
-
歯医者さんが入るビルの袂に最後の史跡、名所旧跡があります。
-
長井雅楽旧宅地です、こちらも説明看板と石碑があるのみで実体は何も残っていません。
-
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
萩(山口) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20