2015/05/01 - 2015/05/03
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正月にシンガポールへ行った際の復路のチケットを使用してソウルへ行ってきました。
目的はメガネを購入することと焼肉で、他はこれと言って目的もない旅行でした。
ソウルイーチョン空港に到着して飛行機を降りるとき、日本人のキャビンアテンダントから『気をつけてお帰りください』
と言われてしまいました。在韓と間違われたかな???
ソウル滞在中は天気も良く無事帰国しました。
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OZ121 11:50発 A321型
今回はゲートが近くで良かった。 -
出発です。さようなら〜
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伊勢湾を右旋回してセントレアを右側に上昇です。
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いつもの機内食。カツサンド。
これは食べずにセントレアで買ったおにぎりを食します。 -
ソウル上空に差し掛かりました。着陸態勢に入ります。
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いつもの6015番のバスでホテルへ。
コネストの割引クーポンで1000W戻ってきます。料金は10000Wです。
バスの中は中国人で一杯 -
韓国語、英語、日本語、中国語の順番でアナウンスが流れます。
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明洞もこの混みよう。ここも中国人が多い。
屋台がたくさん出ています。明洞 散歩・街歩き
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まずはビールで乾杯!
景福宮 焼肉
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一枚だけないぞ?撮る前に食ったのは誰だ(笑)
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これをご飯にかけて食べるとおいしいです。
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昨晩買ったいちご大福です。
一つ3000Wです。 -
徳寿宮(トクスグン)
観ていない宮殿はここだけとなりました。
徳寿宮はもともと李朝第9代王成宗の兄月山大君の邸宅として造営されましたが、その後、豊臣秀吉による文禄の役で義州に避難していた宣祖は、1593年にこの邸宅を、戦火で荒廃した景福宮のかわりの臨時の王宮としました。そのときは貞陵洞行宮と呼ばれた。さらに光海君が居住。そのときには「慶運宮(キョンウングン)」と命名されました。
しかし、光海君が昌徳宮(チャンドクグン)に移るとその後274年もの間、こちらは主人不在の状態の王宮となりました。
1897年に高宗が慶運宮を改修し、1896年に閔妃が暗殺され、高宗がロシア公館に避難する事件が起きてからは、慶運宮に高宗が居住しました。以後高宗が退位する1907年まで日韓保護条約の締結など大韓帝国の歴史の舞台となり、高宗の次の皇帝純宗は高宗の長寿を祈願して「慶運宮」を「徳寿宮」と改名し、以来慶運宮は徳寿宮と呼ばれるようになりました。
【外国人】
大人(満19歳〜):1000ウォン(10人以上の団体は800ウォン)
青少年(満7〜18歳):800ウォン(10人以上の団体は400ウォン)
※韓服着用者、満6歳以下、満65歳以上で永住権(F-5)取得者は無料
余談ですが、現在ここをカップルが一緒に 歩くと別れると言われています。徳寿宮 城・宮殿
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大漢門(テハンムン)
徳寿宮の入口です。元々は徳寿宮の正門は大漢門ではなく、仁化門(インファムン)でしたが、1900年代に大漢門の周辺にいくつかの道路が作られ、交通の便がいい大漢門が次第に正門として利用されるようになりました。徳寿宮 城・宮殿
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中和殿(チュンファジョン)
昔のままの姿が保存されている中和殿は、徳寿宮の中枢として国の公式行事を司どったところでもあります。内部の天井には2匹の龍が描かれていますが、この爪の数は7本となっています。これは龍の爪の数が中国、韓国を問わず大部分が5本で王を表すのに対し、7つは皇帝を象徴しています。
毎週火・土曜9時から17時まで、一般開放されており中の様子を伺うことができますが、今回は、第1回宮殿文化祝典が開催されており、特別に中に入って見ることができました。写真撮影や飲食物の持ち込みは禁じられていますが、知らずに写真撮影をしてしまいました。ごめんなさい!
真ん中は、他の宮殿と同様に王様が通る道です。
真ん中は王様が通る道です。 -
他の宮殿は鳳凰ですが、ここは龍が描かれています。
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天井にも龍が施してあります。
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10000Wの絵柄と一緒ですね?
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水瓶です。火災が起きたときのために水を溜めておいた瓶です。
ただ、実際にはこの量の水では消火は無理で、犯人がこの瓶の中を覗いたときに水に映る自分の顔を見て改心することを目的としていたみたいです。
ただ、これをゴミ箱と勘違いする人がいるので、蓋が被せてあります。 -
静観軒(チョングァンホン)
1900年に建立され、王宮の中に最初に建設された西洋式(中国風)の建物です。高宗が茶菓会を開催したり、音楽を鑑賞したりした休息の場所でもあり、正面7間、側面5間の規模で、八作屋根模様を見せる様式屋根をのせ、単層に木彫と赤いレンガが使われ、床には大理石が敷かれています。正面と側面に精巧な装飾が施されたテラスもあります。ロシア建築技師であるサバテン(A.I.Sabatine)によって設計されました。 -
咸寧殿(ハンニョンジョン)
宝物820号。高宗皇帝の寝殿として使用された建物で、1904年の火災で焼失したのを同年再建し、現在の姿になりました。また高宗皇帝が崩御した場所でもあります。建物は正面9間、側面4間と西側後方に4間があります。柱の上の升組は翼工式で、建物はとても大きいのに対して、装飾がシンプルなのが特徴で家具も一切ありません。 -
チョンドン展望台
以前は、ここに入るにはセキュリティを通る必要がありましたが、市長が代わりフリーで入場できる様になりました。
エレベーターで13階に向かいます。 -
右側に、新旧の市庁舎が見えます。
旧市庁舎は図書館になっています。 -
宮殿の向こうは外国公館が集まっています。
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昔のソウル(京城)の地図です。
かなり詳しく書いてあります。 -
この縮んだ銅像は何を意味しているのかわからない。
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昔の高等裁判所です。今はソウル市立美術館です。真ん中の部分は文化財となっています。
1928年に建てられました。 -
元々は男子高等学校でした。
アメリカの宣教師H.G.Appenzellerが建てた学校です。韓国で最初の西洋式学校です。
後に江南に移転しており、現在は大学もあります。 -
学校の名称です。
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初代大統領らしい。
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貞洞(チョンドン)第一教会。韓国最初のキリスト教会です。右側のみ文化財です。
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アメリカ人のサラシンプソンが死亡時に委託した基金によって1915年に建てられた梨花女子高等学校。
現在は記念館になっています。
出身者には韓国で最初の女性博士もいます。
後に学長になっています。 -
重明殿(チュンミョンジョン)
1910年頃までは現在重明殿がある場所も徳寿宮の敷地内でした。
元は皇室図書館として竣工されましたが、宴会場や外国使節の接待の場所としても使用され、1905年、日韓の歴史的な協約である第二次日韓協約が結ばれた、歴史的な現場でもあります。
2010年に復元工事が完了しました。ソウル市有形文化財53号。
入場料は無料ですが、見学には予約が必要です。
隣りには、アメリカ大使館官邸があります。建物は韓国式です。当然ここには入れません。 -
石造殿(ソクチョジョン)大韓帝国歴史館
1900年に着工して、1911年に完工した地上3階、延べ面積1247坪の、御影石でできた石造建物。外観は19世紀初めにヨーロッパで流行した新古典主義様式で、イギリス人技師ハデイングが設計。建物の長さは54.2m、幅31m、高さ17.5m、延べ面積1226坪です。
石造殿という名には「石で造った」という意味があります。一時期、こちらは宮中遺物博物館として使用されましたが、博物館は古宮博物館と名を変えて景福宮内に移転しました。この石造殿での何よりも重要な歴史的事件は1946年の1月16日、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島の将来を論議するために開催された米ソ共同委員会の最初の予備会談がここで行われたことです。米ソ共同委員会は1945年12月、韓国の信託統治と臨時政府樹立などを論議するために設立された米・ソ・英の代表者会議のことです。2014年10月からは大韓帝国歴史館としてリニューアルオープンしました。 -
1階と2階の見学の定員は15人までで、在韓人はインターネットでの申し込みで、外国人旅行者は空きがあればその場で予約して入れます。
ガイド付きで45分間のツアーとなります。
但し、韓国語の説明となりますので日本語の音声ガイドを貸してくれます。 -
ウェイティングルームです。
皇帝を陛見する前に、陛見の順番を待っていた場所です。待っている間は管史たちと話をしたり、皇室が提供するビスケットやシャンパンなどの西洋の茶菓の接待を受けました。 -
重厚な階段。帰りに通ります。
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高宗 李氏朝鮮第26代国王(在位:1863年12月13日 - 1897年10月12日)
後に大韓帝国初代皇帝(在位:1897年10月12日 - 1907年7月20日)となる。
国号を大韓と定め、光武という新しい年号を使用して、皇帝の地位に相応しい服飾と制度を整備して、皇帝の国としての威厳を示しました。
韓国併合後は大日本帝国の王族として徳寿宮李太王と称されました。
日米欧の列強諸国や宮廷内の権力争いの間に翻弄され、国を失った悲劇の皇帝であるが、外国勢力に頼りすぎる主体性の無さがかえって国内の混乱を招いて、対外干渉を受けて国を失った亡国の主という批判もあります。
1919年に徳寿宮咸寧殿で崩御されました。 -
皇帝の寝室です。
高宗は徳寿宮の威殿に住み続けたので、実際は使われなかったそうです。 -
接見室です。
皇帝を陛見する場所で、石造殿の中で最も華やかであると同時に威厳に満ちた場所です。
皇室の紋章である李花文(韓国スモモの花)を文具やインテリアに取り入れている。 -
バスルーム。使用しなかったのでは・・・
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皇后のリビングルームです。
皇后が本を読んだり、客を迎え入れる部屋として設計されました。
中央の円形テーブルと机には『エンプレスズ・ブドワール』という字が記されています。 -
皇后の寝室です。
純献皇貴妃の寝室として計画されたが、竣工の直後に皇貴妃が亡くなられたため使用されなかったそうです。
1922年に皇太子の英親王と結婚した英親王妃が一時使用していました。 -
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公式イベントの後に晩餐会が開かれた場所であり、1918年の写真を参考に復元しています。
大韓帝国期の外国人が出席した宴会では、殆ど西洋のコース料理が提供されたそうです。 -
中庭は憩いの場となっています。
左側には西洋式の美術館があります。 -
有名なコスメ店。
NATURE REPUBLIC -
どこにでもある車内光景。
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地下鉄2号線の往十里で乗り換えです。
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地下鉄盆唐線狎鴎亭ロデオ駅で降りました。
ここは2番出口ですが、6番出口から出ました。 -
盛岡冷麺のぴょんぴょん舎にきました。
人気店でいつも混んでいます。
冷麺以外にも韓国料理が沢山あります。
地下鉄6番出口から徒歩で約4分です。 -
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日本のスープと微妙に味が違う?
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韓国版ロデオドライブです。
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道沿いにはブランドショップが並んでいます。
狎鴎亭ロデオ通り 散歩・街歩き
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地下鉄の狎鴎亭ロデオ駅から少し歩きます。
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狎鴎亭ロ75ギルにアバクロもあります。
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韓国は地下鉄に自転車を持ち込めます。
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ヘッドスパに行ってみました。
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頭すっきりしました。
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ソウルタワーが見えます。
手前は明洞マート。
土産物は揃いますが、少し高いですね。 -
今晩は屋台めぐりと決めました。
まずは焼きそば。 -
次は貝の串焼き。
たこの串焼きもあります。 -
とうもろこし。
チリ、チーズ味もあります。
自分的には醤油がいいけど、ありません。 -
よくわからないたい焼き。
一つ2800Wです。 -
ケバブです。
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フルーツのくし刺し。
ハズレのないパイナップルを選びました。
隣にはフレッシュジュースもあります。 -
おでんもあります。
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これは苦手です。
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海老のポテト巻きを買おうとしたが取りやめ。
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肉団子です。辛いのと辛くないのがあります。
辛くないほうを選択。
白いソースをかけて食べます。 -
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焼き鳥です。
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急遽、足マッサージに行ってきました。
このビルの上階にあります。 -
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こんなところにもパックを貼るの?
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明洞にあるお粥の店。2階です。
朝は混んでいます。 -
朝はタラバ蟹のおかゆ。
結構流行っているお店でした。 -
椅子は荷物のタグシールで一杯。
誰が貼りはじめたんだ? -
何だこのブロンズ像は?
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韓国でも流行っているんだ。
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買い物リクエストがあり、早めにイーチョン空港に到着。
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自動チェックイン機。並ばずに済むのでこれが便利。
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さようなら、また来る日まで。
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免税店でいつものスンヌブを買ってゲートへ移動。
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カレーでも食って日本に帰るか・・・
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OZ124 15:00発 A321型
イーチョンでは端のゲートが多い。 -
日本人キャビンアテンダントは乗務しておらず、機内では日本語のアナウンスもありません。
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韓国のLCCチェジュ航空。日本にも乗り入れていますね。
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機内食はパス。
連れはみんな寝てるし、着陸前には終わらないけどアニーでも観よっと。 -
三重県上空。もうすぐ着陸です。
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セントレア到着。
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名鉄ミュースカイ。
この車両、うちらだけで誰も乗っていない。
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