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埼玉県ときがわ町にある慈光寺のシャガの花が見頃を迎えているので、堂平山のトレッキングを兼ねて仲間3人で行ってみました。<br />東武東上線の坂戸駅から越生線に乗り換えて越生駅まで行き、そこから《慈光寺 ⇒ 霊山院 ⇒ 堂平山 ⇒ 七重峠 ⇒ 白石車庫バス停 ⇒ 小川町駅》というコースです。<br />ゴールデンウィーク前の好天の一日、よく歩きました。<br />写真は、堂平山頂にある堂平天文台。

埼玉・ときがわ町の慈光寺と堂平山の春

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2015/04/28 - 2015/04/28

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ペコちゃん

ペコちゃんさん

埼玉県ときがわ町にある慈光寺のシャガの花が見頃を迎えているので、堂平山のトレッキングを兼ねて仲間3人で行ってみました。
東武東上線の坂戸駅から越生線に乗り換えて越生駅まで行き、そこから《慈光寺 ⇒ 霊山院 ⇒ 堂平山 ⇒ 七重峠 ⇒ 白石車庫バス停 ⇒ 小川町駅》というコースです。
ゴールデンウィーク前の好天の一日、よく歩きました。
写真は、堂平山頂にある堂平天文台。

旅行の満足度
4.5
同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
  • 越生駅は東武越生線とJR八高線が乗り入れており、この駅で降りるのは初めて。<br />7時22分に着いて25分のバスに乗る予定でしたが、改札口に来る途中の読み取り機にPASMOカードをタッチしなかったため、改札出口で運賃トラブル発生・・・解決している間にバスは出発し、次のバスは1時間後。<br />仕方ないのでJR八高線で一駅先の明覚駅まで行くことにしました。<br />因みに、越生駅の職員はJRで東武の人はいません。<br />この写真は、JR八高線・越生駅のホーム。

    越生駅は東武越生線とJR八高線が乗り入れており、この駅で降りるのは初めて。
    7時22分に着いて25分のバスに乗る予定でしたが、改札口に来る途中の読み取り機にPASMOカードをタッチしなかったため、改札出口で運賃トラブル発生・・・解決している間にバスは出発し、次のバスは1時間後。
    仕方ないのでJR八高線で一駅先の明覚駅まで行くことにしました。
    因みに、越生駅の職員はJRで東武の人はいません。
    この写真は、JR八高線・越生駅のホーム。

  • 電車が来ましたが、降りてくるのは高校生ばかり。<br />車両は新型で快適でした。

    電車が来ましたが、降りてくるのは高校生ばかり。
    車両は新型で快適でした。

  • 明覚駅は無人駅ですが、駅舎は木の町・ときがわに相応しいログハウス風の造りになっています。<br />この駅も初めて降りました。

    明覚駅は無人駅ですが、駅舎は木の町・ときがわに相応しいログハウス風の造りになっています。
    この駅も初めて降りました。

  • バスの接続がうまくないので、コンビニのコーヒーで一息入れた後、慈光寺に向かって歩くことにしました。<br />天気が良いので、ときがわの街からも堂平山(左側)や1年前に登った大霧山(右側)がよく見えます。

    バスの接続がうまくないので、コンビニのコーヒーで一息入れた後、慈光寺に向かって歩くことにしました。
    天気が良いので、ときがわの街からも堂平山(左側)や1年前に登った大霧山(右側)がよく見えます。

  • ときがわ町の中心地から慈光寺まで6km、堂平天文台まで16kmの距離です。

    ときがわ町の中心地から慈光寺まで6km、堂平天文台まで16kmの距離です。

  • ときが町は7割が森林であり、その森林の多くがスギ・ヒノキなどの針葉樹で、この材料を利用した建具産業など木材関連産業を中心に発展してきた町です。<br />鎌倉時代に寺の建立のために各地から呼び寄せられた「番匠(ばんじょう)」と呼ばれる大工などの木工職人がこの地に定住し、彼らの優れた技術と地元の良質な森林資源を基に起こしたのが、建具産業の始まりです。

    ときが町は7割が森林であり、その森林の多くがスギ・ヒノキなどの針葉樹で、この材料を利用した建具産業など木材関連産業を中心に発展してきた町です。
    鎌倉時代に寺の建立のために各地から呼び寄せられた「番匠(ばんじょう)」と呼ばれる大工などの木工職人がこの地に定住し、彼らの優れた技術と地元の良質な森林資源を基に起こしたのが、建具産業の始まりです。

  • 都幾川を見下ろしながら歩いて行くと・・・

    都幾川を見下ろしながら歩いて行くと・・・

  • 途中でヤマフジの花が沢山咲いていました。

    途中でヤマフジの花が沢山咲いていました。

  • これは、アオダモの花。

    これは、アオダモの花。

  • 東松山市からこの先の白石峠に至る県道172号線は、自転車を漕いで坂道を上り、山の頂上を目指すヒルクライムを楽しむ人を、よく見かけます。

    東松山市からこの先の白石峠に至る県道172号線は、自転車を漕いで坂道を上り、山の頂上を目指すヒルクライムを楽しむ人を、よく見かけます。

  • バスが来たら乗ろうということで歩き始めたのですが、結局バスの終点まで1時間ほど歩きました。<br />バス停の近くにある建具会館を覗いてみます。

    バスが来たら乗ろうということで歩き始めたのですが、結局バスの終点まで1時間ほど歩きました。
    バス停の近くにある建具会館を覗いてみます。

  • ここには、襖・扉などの逸品が常時展示され、売店では木工小物や地元特産の農産物などが並んでいましたが、これから山歩きなので買い物はパス。

    ここには、襖・扉などの逸品が常時展示され、売店では木工小物や地元特産の農産物などが並んでいましたが、これから山歩きなので買い物はパス。

  • 9時40分に慈光寺を目指して出発。

    9時40分に慈光寺を目指して出発。

  • この時期の慈光寺は、シャガと八重桜の花で訪れる人が多い。

    この時期の慈光寺は、シャガと八重桜の花で訪れる人が多い。

  • 中国原産のシャガは雑草のようなものですが、アヤメ科の植物なので、よく見るとなかなか綺麗です。

    中国原産のシャガは雑草のようなものですが、アヤメ科の植物なので、よく見るとなかなか綺麗です。

  • 八重桜は、もう散り始めています。

    八重桜は、もう散り始めています。

  • ここの八重桜は『普賢象』という種類。

    ここの八重桜は『普賢象』という種類。

  • ヤマツツジもあちこちに咲いています。

    ヤマツツジもあちこちに咲いています。

  • 参道を登っていくと、青石塔婆が参詣者を迎えてくれます。<br />青石とは、荒川などで産出する緑泥片岩(秩父青石)で、慈光寺境内でも石碑、石仏など至る所に使われています。

    参道を登っていくと、青石塔婆が参詣者を迎えてくれます。
    青石とは、荒川などで産出する緑泥片岩(秩父青石)で、慈光寺境内でも石碑、石仏など至る所に使われています。

  • これらの青石塔婆は、慈光寺に関係した僧の追善供養や逆修供養のために建立されたもので、弘安7年(1274)から寛正8年(1464)までの銘があるもの8基と、年不詳のもの1基があります。

    これらの青石塔婆は、慈光寺に関係した僧の追善供養や逆修供養のために建立されたもので、弘安7年(1274)から寛正8年(1464)までの銘があるもの8基と、年不詳のもの1基があります。

  • 平成4年に設置した「空海書 破体心経」の碑。<br />案内板に「書で宗教を表現し得たのは一人空海のみ」との解説がありました。

    平成4年に設置した「空海書 破体心経」の碑。
    案内板に「書で宗教を表現し得たのは一人空海のみ」との解説がありました。

  • 慈光寺の山門。<br />江戸後期に建立された四脚門をくぐります。

    慈光寺の山門。
    江戸後期に建立された四脚門をくぐります。

  • 慈光寺は673年に開基された天台宗の寺院で、国宝の「法華経一品経」をはじめ多くの寺宝を所蔵し、板東三十三箇所第9番の札所としても知られています。

    慈光寺は673年に開基された天台宗の寺院で、国宝の「法華経一品経」をはじめ多くの寺宝を所蔵し、板東三十三箇所第9番の札所としても知られています。

  • 慈光寺はかつて関東屈指の大寺院で、山中には75坊の僧坊があり栄華を極めましたが、戦国時代には僧兵を傭して近隣の城主との抗争に明け暮れ、1456年に太田道灌等の攻撃を受け衰退します。<br />昭和60年に放火で釈迦堂や鐘楼が火災となり、釈迦如来像、蔵王権現像などが焼失しました。

    慈光寺はかつて関東屈指の大寺院で、山中には75坊の僧坊があり栄華を極めましたが、戦国時代には僧兵を傭して近隣の城主との抗争に明け暮れ、1456年に太田道灌等の攻撃を受け衰退します。
    昭和60年に放火で釈迦堂や鐘楼が火災となり、釈迦如来像、蔵王権現像などが焼失しました。

  • 平安時代に天台宗の慈覚大師が植えた「多羅葉(たらよう)の樹」・・・この記念樹は、1100年余り経った現在も本坊の前の庭で青々として茂っていて、県の天然記念物に指定されています。<br />モチノキ科の常緑樹で、幹周り2.7m、高さ18mもあります。<br />昭和63年の豪雪で枝が折れ、また幹の内部が腐っていたので、大手術を施して復活させたそうです。 <br />この木の葉は楕円形で、裏面を傷つけるとその部分が黒くなるため、昔はこれをハガキの代用にしたことから、 ” ハガキ(葉書)の木 ” とも呼ばれています。

    平安時代に天台宗の慈覚大師が植えた「多羅葉(たらよう)の樹」・・・この記念樹は、1100年余り経った現在も本坊の前の庭で青々として茂っていて、県の天然記念物に指定されています。
    モチノキ科の常緑樹で、幹周り2.7m、高さ18mもあります。
    昭和63年の豪雪で枝が折れ、また幹の内部が腐っていたので、大手術を施して復活させたそうです。
    この木の葉は楕円形で、裏面を傷つけるとその部分が黒くなるため、昔はこれをハガキの代用にしたことから、 ” ハガキ(葉書)の木 ” とも呼ばれています。

  • 平成16年に再建された「時の鐘」。<br />

    平成16年に再建された「時の鐘」。

  • 本堂の前にもシャガの花が・・・

    本堂の前にもシャガの花が・・・

  • 観音堂の中には、本尊の「木造千手観音立像」(埼玉県指定文化財)が安置されています。

    観音堂の中には、本尊の「木造千手観音立像」(埼玉県指定文化財)が安置されています。

  • 現在の観音堂は、1803年に再建された入母屋造りですが、老朽化が進んだため、平成5年から4年がかりで修復が行われました。

    現在の観音堂は、1803年に再建された入母屋造りですが、老朽化が進んだため、平成5年から4年がかりで修復が行われました。

  • 扁額の文字は『大悲閣』・・・欄間の彫刻も見事です。

    扁額の文字は『大悲閣』・・・欄間の彫刻も見事です。

  • 左上に飾られた木馬は『夜荒らしの名馬』。<br />その昔、左甚五郎がノミを使って丸太を彫って作ったものと言われていますが、夜になると付近の畑の作物を荒らし回り、困り果てた百姓たちによって捕らえられ、尾を切られたり鉄鎖で口元を縛られたりして、最終的にはこのお堂の上に納められたということです。

    左上に飾られた木馬は『夜荒らしの名馬』。
    その昔、左甚五郎がノミを使って丸太を彫って作ったものと言われていますが、夜になると付近の畑の作物を荒らし回り、困り果てた百姓たちによって捕らえられ、尾を切られたり鉄鎖で口元を縛られたりして、最終的にはこのお堂の上に納められたということです。

  • 本尊の千手観音立像の高さは270cm。<br />頭部は室町時代の天文18年(1549)の制作ですが、体部は江戸時代の享和2年(1802)に制作されています。<br />秘仏で普段は見られませんが、4月第2日曜日に開帳されます。(写真はHPより)

    本尊の千手観音立像の高さは270cm。
    頭部は室町時代の天文18年(1549)の制作ですが、体部は江戸時代の享和2年(1802)に制作されています。
    秘仏で普段は見られませんが、4月第2日曜日に開帳されます。(写真はHPより)

  • 慈光寺の少し先に、霊山院(りょうぜんいん)があります。

    慈光寺の少し先に、霊山院(りょうぜんいん)があります。

  • 霊山院は東国最古の禅寺(臨済宗 妙心寺派)と言われ、建久8年(1197)に慈光寺の塔頭として創建されました。

    霊山院は東国最古の禅寺(臨済宗 妙心寺派)と言われ、建久8年(1197)に慈光寺の塔頭として創建されました。

  • 現在は立派な坐禅堂を持ち、また末寺も擁する名刹です。

    現在は立派な坐禅堂を持ち、また末寺も擁する名刹です。

  • 霊山院本堂は江戸時代中期の宝永四年(1707年)に建立されましたが、現在の建物は昭和46年に改築されたもの。

    霊山院本堂は江戸時代中期の宝永四年(1707年)に建立されましたが、現在の建物は昭和46年に改築されたもの。

  • 本堂の前に牡丹が咲いています。

    本堂の前に牡丹が咲いています。

  • 山門の左にある「勅使門」・・・天皇家から度々使いが訪れていたことが裏付けられます。<br />慈光寺は天台宗で墓地がなく、塔頭の霊山院は臨済宗で墓地がありますが、慈光寺は祈願する寺で、霊山院は供養する寺のように役割が分かれていたのかも知れません。

    山門の左にある「勅使門」・・・天皇家から度々使いが訪れていたことが裏付けられます。
    慈光寺は天台宗で墓地がなく、塔頭の霊山院は臨済宗で墓地がありますが、慈光寺は祈願する寺で、霊山院は供養する寺のように役割が分かれていたのかも知れません。

  • 勅使門の前でお昼寝する一休さんの像。

    勅使門の前でお昼寝する一休さんの像。

  • 霊山院は花の寺として人気で、つつじの植え込みが綺麗です。

    霊山院は花の寺として人気で、つつじの植え込みが綺麗です。

  • お寺を参拝した後、堂平山に向かいます。

    お寺を参拝した後、堂平山に向かいます。

  • 登山道に咲く可憐なチゴユリ。

    登山道に咲く可憐なチゴユリ。

  • 最初は冠岩まで行きますが、この木の階段は、結構キツイ!

    最初は冠岩まで行きますが、この木の階段は、結構キツイ!

  • 岩が多くなってきました。

    岩が多くなってきました。

  • ヤマツツジの花が、一服の清涼剤です。

    ヤマツツジの花が、一服の清涼剤です。

  • 1197年に霊山院を創建した栄朝禅師(臨済宗の祖・栄西禅師の高弟)が禅道場を開き、禅師が座禅を組んだ場所であるところから名前が付いた「座禅岩」。

    1197年に霊山院を創建した栄朝禅師(臨済宗の祖・栄西禅師の高弟)が禅道場を開き、禅師が座禅を組んだ場所であるところから名前が付いた「座禅岩」。

  • 慈光寺には「七井(井戸)・七石・七木」にまつわる伝説があり、この石は七石の一つで「冠岩」と呼ばれています。(冠:僧侶たちが修行の時に被っていた冠帽)

    慈光寺には「七井(井戸)・七石・七木」にまつわる伝説があり、この石は七石の一つで「冠岩」と呼ばれています。(冠:僧侶たちが修行の時に被っていた冠帽)

  • ミヤマシキミの花。

    ミヤマシキミの花。

  • 更に杉の植林帯を登って行きます。

    更に杉の植林帯を登って行きます。

  • あちこちに、ミツバツツジが咲いています。

    あちこちに、ミツバツツジが咲いています。

  • 冠岩から七重休憩所を通り、12時半にこの案内板がある「森の広場」に到着。<br />堂平は、ときがわトレッキングコースとして道もよく整備されています。

    冠岩から七重休憩所を通り、12時半にこの案内板がある「森の広場」に到着。
    堂平は、ときがわトレッキングコースとして道もよく整備されています。

  • 再び木の階段を進み・・・

    再び木の階段を進み・・・

  • 松の木峠まで来ました・・・頂上は、もうすぐ。

    松の木峠まで来ました・・・頂上は、もうすぐ。

  • 13時17分に頂上の「関東みはらし広場」に到着・・・ここまで、かなりの距離を歩き、結構疲れました。<br />ここは、ログハウス・キャンプ場・林業体験施設と合わせて教育学習・体験交流施設として利用されており、宿泊も出来ます。

    13時17分に頂上の「関東みはらし広場」に到着・・・ここまで、かなりの距離を歩き、結構疲れました。
    ここは、ログハウス・キャンプ場・林業体験施設と合わせて教育学習・体験交流施設として利用されており、宿泊も出来ます。

  • キャンプエリアの炊事場も管理が行き届いて、洗剤&スポンジ&ガスコンロも備えられています。

    キャンプエリアの炊事場も管理が行き届いて、洗剤&スポンジ&ガスコンロも備えられています。

  • 関東みはらし広場の少し上が、堂平山(876m)の頂上。<br />山頂付近はなだらかで、見晴らしがとても良い所なので、ここで遅めの昼食。

    関東みはらし広場の少し上が、堂平山(876m)の頂上。
    山頂付近はなだらかで、見晴らしがとても良い所なので、ここで遅めの昼食。

  • なだらかな丘の斜面を利用したパラグライダーも盛んです。<br />堂平山グライダー場の正面には、大霧山(右側)が見えます。

    なだらかな丘の斜面を利用したパラグライダーも盛んです。
    堂平山グライダー場の正面には、大霧山(右側)が見えます。

  • 堂平観測所は、昭和37年に東京天文台(現国立天文台)の堂平観測所として設置され、日本の天文学を支えてきた施設。

    堂平観測所は、昭和37年に東京天文台(現国立天文台)の堂平観測所として設置され、日本の天文学を支えてきた施設。

  • 平成17年から「ときがわ町星と緑の創造センター」として開所しています。

    平成17年から「ときがわ町星と緑の創造センター」として開所しています。

  • 折角の機会なので、管理人さんに中を案内してもらいました。

    折角の機会なので、管理人さんに中を案内してもらいました。

  • 堂平山は冬場の晴天率が高いため、岡山天体物理観測所と並んで日本の天体観測をリードしてきた観測所でした

    堂平山は冬場の晴天率が高いため、岡山天体物理観測所と並んで日本の天体観測をリードしてきた観測所でした

  • しかし、都市部の郊外への広がりに伴い空のコンディションが悪化したことや、大型観測施設の稼動等によって、観測所の存在意義が薄れ、2000年に閉鎖されました。

    しかし、都市部の郊外への広がりに伴い空のコンディションが悪化したことや、大型観測施設の稼動等によって、観測所の存在意義が薄れ、2000年に閉鎖されました。

  • ニコン製の天体観測機器は、コンピュータで制御しています。<br />天文台をときがわ町に移管したことにより、天文ファンの憧れの地であった堂平山の星空は、今でも人々を魅了し続けています。

    ニコン製の天体観測機器は、コンピュータで制御しています。
    天文台をときがわ町に移管したことにより、天文ファンの憧れの地であった堂平山の星空は、今でも人々を魅了し続けています。

  • ここの天体観測器で木星や土星を観測すると、こんなにハッキリと見えます。

    ここの天体観測器で木星や土星を観測すると、こんなにハッキリと見えます。

  • 現在、天文台では、毎月第2・第4金曜日に星空観望会が行われており、この中に宿泊する事も出来ます。

    現在、天文台では、毎月第2・第4金曜日に星空観望会が行われており、この中に宿泊する事も出来ます。

  • 14時に白石車庫バス停を目指して下山。

    14時に白石車庫バス停を目指して下山。

  • 途中には、色鮮やかなヤマブキが沢山咲いていました。

    途中には、色鮮やかなヤマブキが沢山咲いていました。

  • エンレイソウ。

    エンレイソウ。

  • ホウノキの花。

    ホウノキの花。

  • 1時間で白石車庫バス停に到着。<br />堂平山を見上げると、結構、桜が咲いています・・・歩いている時には気付かなかったけど・・・

    1時間で白石車庫バス停に到着。
    堂平山を見上げると、結構、桜が咲いています・・・歩いている時には気付かなかったけど・・・

  • 真っ白な花が咲いているように見える葉っぱのこの木は、何というんでしょう。

    真っ白な花が咲いているように見える葉っぱのこの木は、何というんでしょう。

  • バス停の所にある槻川は、東秩父村の和紙の里に向かって流れています。<br />今日もよく歩きましたが、堂平天文台を見学できたのは、良い思い出として残ることでしょう。

    バス停の所にある槻川は、東秩父村の和紙の里に向かって流れています。
    今日もよく歩きましたが、堂平天文台を見学できたのは、良い思い出として残ることでしょう。

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