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池上本門寺は丘の上に建っている寺のため当然のように坂、階段を利用しなければなりません。<br />この坂道、階段のほとんどがの碑が大田区により設置されていて、歴史等の情報を得ることができます。<br /><br />

池上本門寺周辺の坂道散歩

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2015/04/30 - 2015/04/30

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アルプ・グリュム

アルプ・グリュムさん

池上本門寺は丘の上に建っている寺のため当然のように坂、階段を利用しなければなりません。
この坂道、階段のほとんどがの碑が大田区により設置されていて、歴史等の情報を得ることができます。

  • 池上本門寺の総門までは平坦地となっています。

    池上本門寺の総門までは平坦地となっています。

    池上本門寺 花見

  • 総門の後には階段があり、その名は「此経難持坂(しきょうなんじざか)」です。<br />右に見える新しい階段は「おんな坂」で勾配が多少緩やかとなっています。

    総門の後には階段があり、その名は「此経難持坂(しきょうなんじざか)」です。
    右に見える新しい階段は「おんな坂」で勾配が多少緩やかとなっています。

  • 階段の登り口には説明案内板と碑が建っています。

    階段の登り口には説明案内板と碑が建っています。

  • 池上本門寺の石段<br /><br />池上本門寺の表参道九十六段の石段坂。石段は、慶長けいちょう年間(1596年から1615年)に加藤清正が寄進したものと伝えられています。<br />『法華経』宝塔品の偈文九十六文字にちなんで石段を九十六段とし、偈文の文頭の文字をとって坂名としたものです<br /><br />大田区教育委員会<br /><br />

    池上本門寺の石段

    池上本門寺の表参道九十六段の石段坂。石段は、慶長けいちょう年間(1596年から1615年)に加藤清正が寄進したものと伝えられています。
    『法華経』宝塔品の偈文九十六文字にちなんで石段を九十六段とし、偈文の文頭の文字をとって坂名としたものです

    大田区教育委員会

  • 此経難持坂(しきょうなんじざか)<br />東京都の碑は木製のため機関が経過すると読みにくくなっているのが残念です。

    此経難持坂(しきょうなんじざか)
    東京都の碑は木製のため機関が経過すると読みにくくなっているのが残念です。

  • 此経難持坂<br />この石段坂は、慶長年間(一五九六〜一六一五)加藤清正の寄進によるものと伝えられる。「法華経」宝塔品の詩句九十六文字にちなんで石段を九十六段とし、詩句の文頭の文字「此経難持」をとって坂名とした。なお、石段は元禄年間(一六八八〜一七〇四)に改修されたといわれる。<br /><br />

    此経難持坂
    この石段坂は、慶長年間(一五九六〜一六一五)加藤清正の寄進によるものと伝えられる。「法華経」宝塔品の詩句九十六文字にちなんで石段を九十六段とし、詩句の文頭の文字「此経難持」をとって坂名とした。なお、石段は元禄年間(一六八八〜一七〇四)に改修されたといわれる。

  • 階段の上部にも碑が設置されています。

    階段の上部にも碑が設置されています。

  • 朗師坂(ろうしざか)

    朗師坂(ろうしざか)

  • 朗師坂 (ろうしざか)<br />日蓮聖人の愛弟子日朗聖人は、祖師入滅後ささやかな草庵をつくり山上の日蓮聖人御廟所へ、毎日この坂を上って参詣したといわれる。<br /><br />

    朗師坂 (ろうしざか)
    日蓮聖人の愛弟子日朗聖人は、祖師入滅後ささやかな草庵をつくり山上の日蓮聖人御廟所へ、毎日この坂を上って参詣したといわれる。

  • 朗師坂(ろうしざか)<br />石製の「史跡 朗師坂」が設置されてありました。<br /><br />東京と大田区ぬの碑は時間が経過すると読めなくなりますがこれは永久的に残ります。

    朗師坂(ろうしざか)
    石製の「史跡 朗師坂」が設置されてありました。

    東京と大田区ぬの碑は時間が経過すると読めなくなりますがこれは永久的に残ります。

  • 朗師坂(ろうしざか)

    朗師坂(ろうしざか)

  • おんな坂<br />碑はありませんでしたが此経難持坂と並行する階段です。<br />

    おんな坂
    碑はありませんでしたが此経難持坂と並行する階段です。

  • 紅葉坂(もみじざか)<br />4トラの地図にはこの坂だけがありました。

    紅葉坂(もみじざか)
    4トラの地図にはこの坂だけがありました。

    紅葉坂 名所・史跡

  • 紅葉坂<br />池上本門寺の大堂の裏手に当たります。

    紅葉坂
    池上本門寺の大堂の裏手に当たります。

  • 紅葉坂<br />『新編武蔵風土記稿』には「紅葉坂、方丈の左の坂なり、裏門へ通う坂なり」と記されている。坂付近にはモミジの樹が多いことから、この名がついたのであろう。<br />  坂下で交差する道を北に行くと、西側に松濤園という庭園があり都の旧跡に指定されている「西郷、勝両雄会見の処」という記念碑がある。<br /><br />

    紅葉坂
    『新編武蔵風土記稿』には「紅葉坂、方丈の左の坂なり、裏門へ通う坂なり」と記されている。坂付近にはモミジの樹が多いことから、この名がついたのであろう。
     坂下で交差する道を北に行くと、西側に松濤園という庭園があり都の旧跡に指定されている「西郷、勝両雄会見の処」という記念碑がある。

  • 車坂<br />坂上の起点です。

    車坂
    坂上の起点です。

  • 車坂<br />途中には碑が建っていますが理解できない内容の碑です。

    車坂
    途中には碑が建っていますが理解できない内容の碑です。

  • 車坂<br />石製の碑はもう一つあり、本門寺車道と記されていました。

    車坂
    石製の碑はもう一つあり、本門寺車道と記されていました。

  • 車坂<br />坂下の起点です。

    車坂
    坂下の起点です。

  • 車坂<br />『新編武蔵風土記稿』に、「車坂、経蔵の背後の坂なり」とあり、また、「池上長栄山本門寺図」天明元年(一七八一)には、車坂が描かれている。昔からある古い坂道である。

    車坂
    『新編武蔵風土記稿』に、「車坂、経蔵の背後の坂なり」とあり、また、「池上長栄山本門寺図」天明元年(一七八一)には、車坂が描かれている。昔からある古い坂道である。

  • 貴船坂(きぶねざか)<br />こんなマイナーな坂がスポットに登録されていますが池上本門寺の総門から仁王門への此経難持坂が登録されてないのは不可解です。<br />クチコミが主の4トラですが編集するのは4トラ管理者の仕事で、交通整理しないとサイトが荒らされます。

    貴船坂(きぶねざか)
    こんなマイナーな坂がスポットに登録されていますが池上本門寺の総門から仁王門への此経難持坂が登録されてないのは不可解です。
    クチコミが主の4トラですが編集するのは4トラ管理者の仕事で、交通整理しないとサイトが荒らされます。

    貴船坂 名所・史跡

  • 貴船坂(きぶねざか)<br />坂名の由来となった貴船明神(神狐の石像)は。、東之院(池上一丁目七番)に昔、本門寺の鬼門除けとしておかれていたが、神仏分離令で同寺院と分離され、近くの太田神社(中央六丁目三番)に合祀されたと伝えられる。

    貴船坂(きぶねざか)
    坂名の由来となった貴船明神(神狐の石像)は。、東之院(池上一丁目七番)に昔、本門寺の鬼門除けとしておかれていたが、神仏分離令で同寺院と分離され、近くの太田神社(中央六丁目三番)に合祀されたと伝えられる。

  • 汐見坂(しおみざか)

    汐見坂(しおみざか)

  • 汐見坂<br />かつて、この坂から大森の海や白帆・海苔ひびなどがよく見えたため、汐見坂と呼ばれた。また、この坂道は池上本門寺への旧池上道の近道でもあった。

    汐見坂
    かつて、この坂から大森の海や白帆・海苔ひびなどがよく見えたため、汐見坂と呼ばれた。また、この坂道は池上本門寺への旧池上道の近道でもあった。

  • 本門寺散歩と称する地図と道票とこの住所が記されています。

    本門寺散歩と称する地図と道票とこの住所が記されています。

  • めぐみ坂<br />坂上の起点です。

    めぐみ坂
    坂上の起点です。

  • めぐみ坂<br />現在、坂の西側にめぐみ教会があるため、めぐみ坂と呼ばれることが多いようである。かつては、昭和四年までこの地にあった料亭「あけぼの楼」にちなみ「あけぼの坂」とも、古くは「相の坂」とも呼ばれた坂道である。<br />

    めぐみ坂
    現在、坂の西側にめぐみ教会があるため、めぐみ坂と呼ばれることが多いようである。かつては、昭和四年までこの地にあった料亭「あけぼの楼」にちなみ「あけぼの坂」とも、古くは「相の坂」とも呼ばれた坂道である。

  • 坂の名の由来となる大森めぐみ教会とめぐみ幼稚園

    坂の名の由来となる大森めぐみ教会とめぐみ幼稚園

  • 坂の途中にあるめぐみ坂と大森めぐみ教会

    坂の途中にあるめぐみ坂と大森めぐみ教会

  • めぐみ坂<br />坂下の起点です。

    めぐみ坂
    坂下の起点です。

  • 妙見坂(みょうけんざか)<br />坂下の起点です。

    妙見坂(みょうけんざか)
    坂下の起点です。

  • 妙見坂(みょうけんざか)

    妙見坂(みょうけんざか)

  • 妙見坂(みょうけんざか)<br />『大日本名所図会』には「妙見堂、妙見坂の上にあり、妙見大菩薩を安置す。寛文四年甲辰七月紀伊頼宣卿の造立せし所なり、即ち照栄院の鎮守とす。」とあり坂名はこれに因む。また照栄院には元禄期に南谷壇林が開設された。本門寺に寄進された妙見菩薩立像は、のちに壇林の守護鎮守として、坂上のお堂に移されたと伝えられる。<br />

    妙見坂(みょうけんざか)
    『大日本名所図会』には「妙見堂、妙見坂の上にあり、妙見大菩薩を安置す。寛文四年甲辰七月紀伊頼宣卿の造立せし所なり、即ち照栄院の鎮守とす。」とあり坂名はこれに因む。また照栄院には元禄期に南谷壇林が開設された。本門寺に寄進された妙見菩薩立像は、のちに壇林の守護鎮守として、坂上のお堂に移されたと伝えられる。

  • 大坊坂(だいぼうざか)<br />池上ほ本門寺側の坂上の起点です。

    大坊坂(だいぼうざか)
    池上ほ本門寺側の坂上の起点です。

  • 大坊坂(だいぼうざか)<br />本行寺側の坂下の起点です。

    大坊坂(だいぼうざか)
    本行寺側の坂下の起点です。

  • 大坊坂(だいぼうざか)<br />『新編武蔵風土記稿』に「大坊坂方丈の右の坂なり、大坊へ行く道なればこの名あり。」と記されている。本門寺山内西隅の石段坂で坂下に大坊と呼ばれる本行寺がある。<br />

    大坊坂(だいぼうざか)
    『新編武蔵風土記稿』に「大坊坂方丈の右の坂なり、大坊へ行く道なればこの名あり。」と記されている。本門寺山内西隅の石段坂で坂下に大坊と呼ばれる本行寺がある。

  • 大坊坂(だいぼうざか)

    大坊坂(だいぼうざか)

  • 大坊坂(だいぼうざか)<br />『新編武蔵風土記稿』に「大坊坂方丈の右の坂なり、大坊へ行く道なればこの名あり。」と記されている。本門寺山内西隅の石段坂で坂下に大坊と呼ばれる本行寺がある。<br />

    大坊坂(だいぼうざか)
    『新編武蔵風土記稿』に「大坊坂方丈の右の坂なり、大坊へ行く道なればこの名あり。」と記されている。本門寺山内西隅の石段坂で坂下に大坊と呼ばれる本行寺がある。

  • 大坊坂(だいぼうざか)<br />階段下にある立派な建築美を誇る本行寺があります。

    大坊坂(だいぼうざか)
    階段下にある立派な建築美を誇る本行寺があります。

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