2015/04/09 - 2015/04/09
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ドクター白鳥さん
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レーニがらみで、たびたび眼にはしているが、なかなかまとめて観る機会がない大家、
やぶにらみの小男、グエルチーノの展覧会。
彼の故郷、チェントが震災にあい、市立博物館が無期限閉館の憂き目に、
その再建のため、巡回展が各国で。
ボローニャのピナコテカである程度まとめて観たときには、あまり特徴がわからなかったが、どうでしょう?
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ルドヴィコ・カラッチがチェントの教会に描いた祭壇画をお手本に、独学したことから彼のキャリアは始まった。
-
最初はいかにもバロック
明暗が激しいカラヴァッジョ風 -
同郷のアレッサンドロ・ルドヴィージが教皇に選ばれ、グレゴリウス15世となり、甥の枢機卿ルドヴィコ・ルドヴィージとともにグエルチーノをローマに呼び寄せた。
これが転機となり、ラファエロの作品などに古典主義を学ぶ。
ローマではルドヴィコの邸の一角にあったヴィラ、カジーノ・ルドヴィージの天井装飾、サン・ピエトロ大聖堂のための祭壇画 《聖ペトロネラの殉教と昇天》 などの大作を描いた。 -
というわけで、劇的な画風は影をひそめ
調和と均衡を重視するように。
永遠のライヴァル、レーニからも学ぼうとするが、
レーニの女性像に感銘を受け「モデルはだれ?どう利用しているか?」人を介して質問したところ、人相の悪い助手をモデルに美女を描き「モデルは頭の中にもつものだ」と言われる始末。
レーニはモデルなしで描くタイプだったんだ。
やはり天才なんだねえ。
グエルチーノは努力家で学ぶたびに画風を変えていったタイプ。
したがって、強い個性がたっとばれる近代に入り、評価は低下。
レーニの死後は、ちゃっかりボローニャ派を継承。
ボローニャのピナコテカで見たレーニの巫女、に久々対面。
レーニ展もみたいけどなあ。
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