2014/07/19 - 2014/07/19
65位(同エリア209件中)
Tomさん
姉夫婦と私たち夫婦の4人で、2014年7月9日(日本出発)から8月6日(日本到着)まで約一ヶ月、イギリスを旅行しました。
イギリス到着直後から約1週間ロンドンに滞在。
その後16日から23日まで南西部・南部・南東部をレンタカーで周遊。
24日から30日まで再びロンドンに滞在し、30日夕方に姉夫婦は一足先に帰国。
31日から8月5日までヨークシャー、湖水地方、チェスター方面を訪れました。
7月19日はポーロック(Porlock)を出て、グラストンベリー(Glastonbury)でアーサー王の墓を訪ね、エイムズベリー(Amesbury)にあるストーンヘンジに寄り、ソールズベリー(Salisbury)まで。この日も長距離のドライブでしが、何とか予定を消化できました。
旅行した時期から7ヶ月以上、前回の投稿から3ヶ月以上経っているので、記憶が薄くなりかけ、情報も古くなってきていますが、よろしかったらお付き合いください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ポーロックから74kmのグラストンベリー修道院跡に到着しました。
写真は入り口を入った直後に見える風景の一部です。右側から斜め奥に見える廃墟は修道院の本館があった場所とされています。グラストンベリー アビー 博物館・美術館・ギャラリー
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グラストンベリーを含むこの近辺はイギリスでも古くからキリスト教化された地域だそうです。
写真は、上の画像にある十字架を背にしてさらに進んで行くと見えてくる風景です。 -
修道院はカトリック系の修道士たちが建てたものですが、ヘンリー8世の時代に迫害を受け、衰退していきました。
この建物は「レディー・チャペル(Lady Chapel)」とされるもので、上の画像を撮った位置から逆の方角へカメラを振ったものです。このチャペルの南側(写真左側)にある墓地(現在は墓地ではない)から1191年にアーサー王と王妃ギネビアのものと思われる墓石と人骨が見つかりました。 -
2014年7月19日は土曜日でしたが、ここを訪れる観光客は少ないように感じました。それでも、現地ガイドに説明を受けていた少人数グループがいました。
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廃墟とはいえ建物や敷地は巨大で、写真を撮るのに苦労します。広角で撮ったので、画像に歪みが出ました。
この修道院跡にはアーサー王のものとされる墓があります。この墓を訪れるのもこの修道院に来た目的の一つでした。 -
これが移設されたアーサー王の墓とされる場所です。
茶色の表示板の文字を見ると、1191年にアーサー王と王妃の墓と人骨が見つかり、1278年4月に当時の王、エドワード1世と王妃エレノアの立会いによりこの場所に移設され、1539年(ヘンリー8世の治世)にこの修道院が廃止されるまで、黒大理石の墓石が置かれていたと書かれています。 -
記憶が正しければ、この写真の場所には修道士が暮らしていた建物があったみたいです。
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修道士の住居跡から修道院本館を振り返った風景です。中央部にかすかにアーサー王の墓の表示が見えます。
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先ほどの修道士住居跡に向かって右奥の位置にある建物がこれ、厨房です。調理専用の建物だったようで、修道士が食事をするスペースはありませんでした。
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厨房の内部、当時のグリル(直火焼き)設備です。
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これはオーブンでしょうか。
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煮物用の設備ですね。熱量調整用ののこぎり型器具が面白いです。
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調理台と調理容器です。奥には調理人が座るベンチらしき物があります。
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煙り抜き兼熱気抜きの穴(のはず)です。
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さて厨房を後にしてレディー・チャペルの内部を撮ったものです。修復工事が進められているようです。
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ありし日の修道院です。今ではこのようなミニチュアで当時をイメージするしかありません。
こうしてみると、いかに大きなものであったかがわかります。
アーサー王の墓は中心部の塔の下あたりに移設されていたらしいことがわかります。
修道士の住居跡、厨房もはっきりとわかります。レディー・チャペルは本館の対になっている尖塔の前にある2階建ての建物のようです。そして、元々アーサー王と王妃が最初に埋葬されたとされる墓地の位置も確認できます。 -
グラストンベリー修道院跡付近の街並みです。駐車場を右奥背中にして撮りました。
グラストンベリーには他にグラストンベリー・トア(Glastonbury tor=聖ミカエルの塔)やチャリス・ウェル(Chalice Well=キリストの血を受けた聖杯が埋まっているとされる井戸)などがありますが、残念ながら時間の都合上、通り過ぎるだけでした。写真はありません。 -
さて、次の訪問先はストーンヘンジでした。
18年前は、このようなビジター・センターの建物はなく、遺跡のすぐ近くの駐車場にレンタカーを留めたのですが、今回は約2km離れたこの場所の駐車場に留めねばなりませんでした。何とかここに辿り着き、車を降りた後、入場はナショナル・トラストのパスを使い、更に先に進みました。ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群 史跡・遺跡
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ビジター・センターから遺跡へはこのようなトローリー・バスに乗るか徒歩で向かうことになります。
蛇足ですが、訪問した時点でグーグル・マップでこのビジター・センターを発見するのは困難でした。18年前の記憶や地図等で見るのと実際に自動車で行くのとではかなり違っており周辺を2周ほどしてようやく辿り着きました。 -
この写真の約200m後方がかつての駐車場でした。今はトローリー・バスの発着場になっています。
ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群 史跡・遺跡
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18年前はロープが張られておらず、石に触れることもできたのですが、今ではロープの外から眺めるだけです。
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ウィキペディアによるとこの遺跡そのものはイギリスの国家遺産ですが、周辺の土地はナショナル・トラストの所有だそうです。
18年前は入場料の記憶がありませんでしたが、今回はナショナル・トラストの敷地内を通るので入場料が設定されているのはそのせいですね。前もってツーリング・パスを買っておけば提示するだけで直ちに入場できます。 -
次に向かった先はソールズベリー大聖堂です。
駐車場に車を入れて約100mほど歩くと大聖堂近くまで来ます。 -
これがその全体像です。1258年に完成した初期ゴシック様式の聖堂で尖塔はイギリスで最も高い123mだそうです。
ソールズベリー&南ウィルトシャー博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ステンドグラスが綺麗です。
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中央に人が集まっているところには洗礼磐があり水が鏡のようでした。
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これはヨーロッパで最も古い時計です。14世紀初頭に作られたもののようです。
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チャプター・ハウスへの入り口です。
写真左側(人が多いところ)の奥にマグナカルタ(大憲章1215年)の写本が置かれています。現存する4つの写本のうち最も状態の良いものです。残念ながら写真撮影はできませんでした。 -
回廊から撮った尖塔です。
中央部の芝生の部分が cloister garth(クロイスター・ガース=回廊に囲まれた中庭)、右下奥がチャプターハウスの方向、中央部の回廊奥がレストランとショップ、左奥(写っていません)が訪問者入り口がある方角です。 -
19日の宿舎はソールズベリーから14kmほど離れた Woodfalls Inn でした。
観光地の中心部に泊るよりも安上がりで、次の日の移動を考えるとホテルよりも昔ながらの田舎のインのほうが風情があるように思います。The Woodfalls Inn ホテル
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The Woodfalls Inn
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