1974/09/23 - 1974/09/27
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを
船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回はフィヨルド観光の港町ベルゲン。
雨が多い街と聞いてはいたが、連日の雨に泣かされた。
降水量が多い原因として、ベルゲン周辺部の山に囲まれた
地形に北大西洋の湿った空気がぶつかることによって
生じる地形性降雨が見られることにある。
2006年10月29日から翌年の2007年1月21日にかけては毎日降水が見られ85日間連続していた。
この年の5月にピースボート「地球一周の船旅」で32年振りにベルゲンに来たがやっぱり雨に祟られた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昭和49年9月22日ストックホルム
23日オスロ
24日から27日ベルゲン
28日オスロ
ベルゲンに向かう車中、1組の赤ちゃん連れの母親しかいない
空いている車両があったので、座っていたら、
車掌を巡回に来た時、何か言われたが何の事か
分からなかった。
しばらくしてまた来た時、今度は明らかに怒り出して「この車両から
出て行け!」言っているのがようやく解った。
出て行けと言うのは解ったが、どうしてなのか解らない、
隣りの赤ちゃん連れの母親が笑っていながら
「ここは赤ちゃん連れ女性専用車なの。」
見れは座席の背もたれを倒して赤ちゃんを寝かせた籠を乗せているのである。
揺れ防止のベルトも付いている。
授乳する為に男性客立ち入り禁止で勿論、禁煙車両であった。
さすが高福祉の国だと感心した。
当時、日本では禁煙車両さえも無かった時代である。 -
昭和49年9月24日
ケーブルカーの往復切符
2クローネ105円
ユースホステルは山の上にあって
ケーブルカーで上り下りしなければならなかった。 -
昭和49年9月24日から3泊した
ノルウェーベルゲンのユースホステル
ここのユースホステルは日中は閉め出されて外に出なくてはいけない。
雨の多いベルゲンではこれが辛かった。
雨の降る日は博物館、美術館巡りをするのだが、ベルゲン美術館などは
3日間も通ったらさすがに飽きてしまった。
9月なのにみぞれ交じりの雨の中、街をぶらぶらしたり、
駅の待合室で時間を潰すのに苦労した。
ベルゲンに来てフィヨルドを見なければ、何しに来たのか、
このままでは先に進めないという思いであった。 -
昭和49年9月24日から3泊した
ノルウェーベルゲンのユースホステルの宿泊スタンプ -
昭和49年9月25日
ケーブルカーの往復切符
2クローネ105円 -
昭和49年9月25日
ベルゲン 20ドル5,700円両替 1クローネ52.71円 -
昭和49年9月26日
ケーブルカーの往復切符
2クローネ105円 -
昭和49年9月27日
ケーブルカーの往復切符
2クローネ105円
なぜか3種類の切符が。 -
昭和49年9月27日
ベルゲン ユースホステルのあるフロイエン山の展望台から
街の全景が一望の下に眺められた。
4日目にしてようやく晴れた。朝、山の展望台から見えるベルゲンの
街は連日の雨ですっかり洗われて優しい朝の光を受けて美しく輝いていた。
ベルゲンには作曲家エドヴァルド グリーグが64歳で
亡くなるまでの22年間をニーナ夫人と共に過ごした家がある。
https://www.youtube.com/watch?v=hUDf2EJH__8 -
昭和49年9月27日
ベルゲン ユースホステルのあるフロイエン山の展望台から -
昭和49年9月27日
青空市場
獲れたてのノルウェーサーモンが朝陽を浴びて輝いていた。 -
昭和49年9月27日
青空市場で
久し振りに晴れたせいか市場は活気づいていた。 -
昭和49年9月27日
フィヨルド観光船の切符
50クローネ2,635円。
10時出港で5時間半の遊覧を楽しんだ。 -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号で
風が冷たく真冬並みに着込んでいた。
出港時刻10時になると北欧特有のスカイブルーになった。
乗客は他に毛皮を着た金持ちそうなフランス人夫婦だけだった。
もうオフシーズンと云う感じであったが、
晴天を待って本当に良かった戸思った。 -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号から -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号から
フィヨルドは峡湾、狭江ともいってU字谷の谷底が海面下に沈み、
そこに海水が侵入して生じた深くて細長い入り江である。
第4紀の氷河期に海岸に発達していた氷河が深いU字谷を造り、
間氷期になって氷河増減すると、そこに海水が浸入、
さらに海面が上昇したために出来た。 -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号から
両側は高さ数百mの切り立った絶壁によってV字形に囲まれ、
入り江の奥まで水深が大である。
最深部は入り江の内側にある事が多く、その深さは数百mに達する。
ノルウェー西海岸の町々はこれらフィヨルドの奥に開けており、
かなり大きな船でも出入り出来る。
ただ水深が余りにも深いので投錨出来ない欠点がある。 -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号から
自然の神秘性を帯びた静かな水を湛えたフィヨルドの水鏡は
切り立った絶壁とスカイブルーを見事に映していた。 -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号で -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号で -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号から -
昭和49年9月27日
ホワイトレディ?号で
5時間半の遊覧を終えて16時近くに帰港した時は陽が沈みかけていた。 -
昭和49年9月27日
ベルゲン発22時30分 オスロ行列車指定券
114号車17番
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この旅行記へのコメント (1)
-
- Mr.チャングムさん 2017/04/21 18:05:23
- ノスタルジアさん こんにちは!
- 初めまして Mr.チャングムと申します。
フォローありがとうございます。
懐かしいような写真の数々楽しく拝見しました。
私も1972年に横浜からナホトカ航路でヨーロッパに行きました
まさに青年は荒野を目指す、そのものでした。
とても懐かしい感じがするので、ゆっくり拝見します。
それと白馬のペンションですが、友人がやっていまして65歳になったので
残念ながら2年前に止めてしまいました。
これを機会にこれからもよろしくお願いします。
Mr.チャングム
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