2015/01/22 - 2015/01/22
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讃岐おばさんさん
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8:00、モンサンミッシェルのホテルを出発。
専用バスにてオンフルールへ(約200?/約3時間)
ノルマンディ地方の港町オンフルール散策です。
印象派の画家ブーダンやモネたちに愛された美しき港町、カラフルな木組みの家が素敵でした。
オンフルールにて昼食。
ルーアンへと(約92?/約1時間30分)
ルーアン観光、ノートルダム大聖堂・旧市場広場。
中世にノルマンディ公国の首都として栄えたセーヌ河畔の古都、コロンバージュと呼ばれる木骨組みの家が並ぶ街並みが素晴らしい。
パリへ(約135?/約2時間)
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7:00からの朝食はホテルにて。
8:00出発です。
まだ暗いのでモンサンミッシェルの朝焼けが見られなくて残念です。
で、オンフルールまでは約200?、約3時間。 -
9:06、やっとお日様が顔を出しました。
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10:28、フランスのセーヌ川河口付近に架かっている斜張橋ノルマンディー橋が見えてきました。
ノルマンディー橋はセーヌ右岸、北側のル・アーヴルと左岸、南側のオンフルールを結んでおり、長さは2143.21m。
なんでも通行料金が高いそうで、日本の多々羅大橋とは姉妹橋だそう。 -
10:40、オンフルールに到着。
旧バッサン(人工的に掘られた船泊のことをBassinバッサンといいます)
見たとたんに歓声が上がりました! -
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うっとり、素敵です。。。
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写しだしたらキリがないです(^_^;)
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説明を受けてフリータイムになりました〜
もらった手作りの地図を片手にぶらぶらと。 -
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サント・カトリーヌ教会の鐘楼。
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サント・カトリーヌ教会。
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14世紀〜15世紀にかけて建てられたフランス最古の木造の教会で、船大工さんたちによって作られたものだそう。
教会内部の天井は、まるで船の底面のようです! -
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ではでは街ブラをしましょう。
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お店はほとんど閉まっていました。
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煙突の上に可愛い煙突、面白い♪
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燈台がありました。
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旧港に戻ってきました。
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着いたときに見た、向かい側を歩いてみます。
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本当に素敵な街並みですね〜
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11:50、昼食のレストランです。
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猫好きのオーナーらしく、ナプキンも猫ちゃんが(笑)
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ムール貝、う〜〜〜ん、いとうまし〜(*^^)v
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シャーベットも美味しかったなぁ〜
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店内は猫ちゃんや訪れた有名人の写真でいっぱいでした。
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ではでは、ルーアンへと向かいます。
約92?、約1時間30分。 -
14:05、車窓から、ルーアン到着です。
ルーアンはセーヌ川沿いに開けた、北フランス有数の大都市。
ローマ時代から水運を利用した交易で発展を続け、10世紀にはノルマンディー公国の首都として栄えました。
モネの連作で有名な大聖堂をはじめ、ゴシックの宗教建築が多数残されていることから、“100の鐘楼を持つ町”ともいわれます。
旧市街には、ノルマンディー独特の木組みの家々がよく保存され、なかには14世紀の建物も残っています。
百年戦争のヒロイン、ジャンヌ・ダルクが没した町でもあり、命日にあたる5月には、彼女をしのんで大規模な祭りが開かれます。 -
渋滞もなく早く着きました。
現地ガイドさんとの待ち合わせ場所へと向かいます。 -
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ルーアン大時計、よく目立ちます。
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真ん中の球体は、月の満ち欠けを表しているそうな。
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14:30、現地ガイドさんとの待ち合わせ時間は15時だったので、それまでの間にトイレ休憩です。
ルーアン大聖堂の隣にある広場の地下に無料トイレがありました。 -
ここから見る大聖堂も素晴らしいですね!
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ではでは、現地ガイドさんとの待ち合わせ場所へと。
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大聖堂の向かい側にある旧税務署の建物は、16世紀初期に建てられた、初期ルネッサンス期における市民建築で、現在「ルーアン・セーヌ渓谷」観光案内所として使われています。
この観光案内所の前で現地ガイドさんと合流しました。
そして、この建物の2階で、1890年代、印象派画家クロード・モネは「大聖堂」連作シリーズを描いたそうです。 -
う〜〜ん、素敵ですね!
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現地ガイドさんは日本人でした。
とっても丁寧に詳しく説明してもらえましたよ。 -
2階から見たセーヌ川方面。
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ここからモネが大聖堂を描いてたと思うと感慨深いですね。
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ではではノートルダム大聖堂西正面から入場します。
歴史地区の中心に聳え立つ堂々とした風格の大聖堂は、11世紀のロマネスク様式の土台の上に12世紀から建てられ、完成するまでに数百年の年月を要しました。
モネに描かれたことにより不朽の建築となりました。
現在、ノートルダム大聖堂は、光のスペクタクル、コンサート、クリスマス市、様々な行事が行われる大劇場となり、観光必須の場所となっています。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
いつもどこかを修復しているそうです。
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美しいステンドグラス、こちらにも。
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ジャンヌ・ダルクが祀られています。
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ジャンヌ・ダルク。
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見応えのある教会でした。
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木骨組みの家です。
この建築技術は、かつてルーアンで最も普及していたものです。
セーヌ渓谷の石が高価であったため、周りにある「ルヴレーの森」などの豊富な木材、主に樫の木を使って建てられ、安く頑丈に建築することができました。
現在ルーアンの街には、2千件もの木骨組みの家があり、その中でも中世に建てられた家が百件ほど残っています。 -
これらの家は外観から見分けることが出来ます。
アンコルベルモンと呼ばれる建築様式で、階が上がるごとに少しずつ前に出っ張っています。
この様式は、衛生面と安全面の理由から、1520年に禁止されました。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
上の階の出っ張ったところが、トイレなどの汚水が垂れ流しだったそうな。
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石造りの建物は、表から見えるところは綺麗に修復しても、裏側には戦争の銃弾の跡を残しているそうな。
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ノルマンディー高等法院。
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中世の終わりを告げるゴシック市民建築の傑作。
最も古い建物(西側)は1499年から建築され、ブルジョワジーの会議室兼旧ノルマンディー大蔵院(高等法務、財務機関)が置かれていました。2階には、法関係者が働く広大な判事の間があります。
ピエール・コルネイユが弁護士として弁論を行った大テーブルが現在も残されています。
現在、建物は司法省の所有となっています。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
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もう一度、ルーアン大時計の下を通ります。
ゴシック様式の鐘楼とルネッサンス様式のアーチ、古典様式の噴水が組み合わされた大時計は、街の最初の鐘を設置するために作られました。
メカニズムは14世紀から1928年まで動いていた、ヨーロッパで最も古いものの一つです。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
文字盤の下の絵では曜日を表してたりします。
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子供の泣いている顔が2個、あるという。
これは、この仕事のギャラが思いのほか安かったから、そのショックで泣いている顔を作ったそうな(笑) -
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大きな観覧車が見えます。
右の尖がった建物はジャンヌ・ダルクの教会です。 -
手前に市場があります。
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美味しそうなチーズがたくさん!
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いろんな種類がありますね。
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魚屋さん。
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果物や野菜など。
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葉つきのオレンジ!
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オリーブもたくさん!
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ここで集合時間前に、アーモンドやナッツ、干しブドウが混ざったのを買いました。
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旧市場広場です。
大きな観覧車、動いてなかったです。 -
旧市場広場はジャンヌ・ダルクが処刑されたことで、世界的に有名な広場です。
ジャンヌ・ダルクは異端だと判決がくだり、1431年5月30日に火刑に処されました。
現在、火刑台があった場所に大きな十字架が建てられています。
教会近くには、いくつか中世の遺跡が残っています。
晒し台の丸い基礎部分、中世の土壌の一部分、家を保護する防火壁に使われた石などです。
広場の中央には、旧サン・ソヴール教会跡が堀りおこされました。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
旧市場広場。
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ジャンヌ・ダルクが1431年5月30日、19歳で火刑に処せられ場所。
大きな十字架が建てられています。 -
1920年ジャンヌ・ダルクは教会から列聖され、フランス議会から国民的ヒロインとして宣言されました。
教会は、1979年に殉教の場所、旧市場広場に建造され、聖ジャンヌ・ダルクを称え、共和国より賞賛されたヒロインの国民式典を開催するという2つの役割を担っています。
内部には、以前聖ヴァンサン教会にあったルネッサンス期のステンドグラスが飾られています。
ノルマンディー・セーヌ渓谷・ルーアン観光局HPより -
ジャンヌ・ダルクの像、思っていたのとずいぶん感じが違いました。
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ジャンヌ・ダルクの教会。
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ジャンヌは現在のフランス東部に、農夫の娘として生まれた。
神の啓示を受けたとしてフランス軍に従軍し、イングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収め、後のフランス王シャルル7世の戴冠に貢献した。
その後ジャンヌはブルゴーニュ公国軍の捕虜となり、身代金と引き換えにイングランドへ引き渡された。
イングランドと通じていたボーヴェ司教ピエール・コーションによって不服従と異端の疑いで異端審問にかけられ、最終的に異端の判決を受けたジャンヌは、19歳で火刑に処せられてその生涯を閉じた。 -
ジャンヌが死去して25年後に、ローマ教皇カリストゥス3世の命でジャンヌの復権裁判が行われ、その結果ジャンヌの無実と殉教が宣言された。
その後ジャンヌは、1909年に列福、1920年には列聖され、フランスの守護聖人の一人となっている。
ウィキペディアより -
教会自体は、新しいのですが、使われているステンドグラスは16世紀のものだそうで、別の教会で使わなくなったステンドグラスを使っているそうな。
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集合時間まで近くを散策していて、美味しそうなマカロンのお店を見つけました。
ノルマンディーで最も古いパティスリー“オズ”。
全16種類のマカロンが人気のお店。 -
そうとは知らずに入って、身振り、手振りで1箱14個入りを買いました。
また、「ジャンヌの涙」という有名なチョコもあるそうな。 -
賞味期限が3日間ということで、我が家に帰って真っ先に家族で食べました(笑)
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いろんな色、いろんな味、美味しかったです。
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16:45、集合場所の旧市場広場にもどります。
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17:00、ではではバスにてパリへと。
約135?、約2時間の移動です。 -
17:23、車窓から、夕焼けが綺麗でした。
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20:15、パリのホテルでの夕食です。
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毎日美味しいワインをいただきました〜
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明日はベルサイユ宮殿、ルーブル美術館へ行きます。
パリでのホテルは3連泊です。
イビス・ポルト・ド・ベルシー、部屋は316号室。
エレベーターに乗るのも部屋のキーカードを差し込まないと動きませんが、なんと、私のカードは磁気がとれていました(>_<)
交換してもらって、次の日も。。。
まぁ、アクシデントといえば、このくらいだったかな?
明日はベルサイユ宮殿、ルーブル美術館の観光です。
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