2004/08/05 - 2004/08/05
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horseriderさん
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山梨県小淵沢にて行われる、馬術競技のジャッジとして依頼され、小淵沢へ向かう途中、予てから途中の日本三大奇橋の一つ、猿橋を一度は目にしたいと思いながら、何時もは中央高速道を利用しての素通りだった。
この時は、時間の余裕があったので、相模原・城山・相模湖と一般道を経由して甲州街道へ、上野原を経て大月の少し手前を、猿橋と標識のあるところを右折して、139号線・松姫峠方面へ向かって直ぐ右手に、観光地特有の飲食店のあるところを、これも標識に従って右へ折れて、ちょっと下ると、袋小路に入った先が少し開けて駐車場になって居た。其処が猿橋公園だった。
桂川(相模川)が深い谷間を流れるところ、両岸の崖が高所にあるところから、谷の幅が狭まるところに橋を架ければ、橋脚を設置しなくても両眼を結ぶことが出来る。しかも大雨で水位が高くなっても、橋が流出することも無い。
普通だと吊り橋を架けるのだが、江戸時代日本では刎橋と言う形式が存在し、この刎橋の構造は、野猿が順に腕と足などを使って吊り橋のように谷間に渡すように、崖の岩盤に穴を開けて刎ね木を斜めに差し込み、中空に突き出させ、その上に同様の刎木を突き出し、下になった刎木に支えさせ、下の刎木より少し前方へせり出させる。祖のような工法で土台を固めて向こう岸も同様に突き出させて橋を架ける。
個の猿橋は、土台の重ねた刎木に屋根を載せたので、恰も屋根を重ねた更に上に橋桁を載せたという構造になって居る。
剥き出しの岩壁と枝を差し伸べる木々の緑と、祖の下を流れる桂川は、なかなかの警官である。橋脚の構造の妙もまた一見の価値がある。江戸時代の大工と言うか、職人の腕と、そうして7世紀の頃渡来人の志羅呼が猿が互いに支え合って橋を作ったのを目にして、この構造を用いたと言われている。
鎌倉時代に既にあったと言われているが架橋年代は不明と言うことらしい。
広重の絵にもコの猿橋が描かれている。
現在の橋は1984年(昭和59年)に岸の基盤をコンクリートで固めたり補強して、元の構造を残してかけ替えられた。
以前は、中央本線の車窓から眺められたが、現在は1868年(昭和43年)梁川〜猿橋間複線化の際に変更されて、眺めることが出来なくなった。
場所ー山梨県大月市猿橋町猿橋。
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