2015/01/18 - 2015/01/18
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ぺでぃまるさん
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前日に東京への出張がありまして、終了は21時前。同日帰宅も針の穴を通す経路、翌日はフリーのために実費で宿泊しました。テレビを見ていると関東全般は晴れのようで、帰宅のみの日曜日も悲しすぎる。候補は桐生・栃木・真壁が挙がり、どうせなら2つ行きたいところから考え、組み合わせ的には桐生・栃木か真壁・栃木です。前者なら公共交通機関で行けるものの、後者はレンタカーないしタクシーが必須であることから前者に決定。結果、品川→桐生→栃木→品川→彦根の、なかなかハードな行程です。
まずは私にとって20数年ぶりの群馬県、ノコギリ屋根の残る町・桐生をどうぞ~
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JR品川駅で山手線東回りで出発し、上野で常磐線に乗り換え、北千住で東武鉄道特急“りょうもう”に乗り換えて新桐生駅で下車しました。桐生は上毛かるたでは“桐生は日本の機どころ”と詠まれるように、古くから絹織物の産地として知られ、“西の西陣・東の桐生”と称されています。
バスの時間が微妙であったのもあって、結局はタクシーを利用して、桐生天満宮へと向かいました。ここでタクシーを利用した負い目で、栃木で微妙な結果になることに繋がるとは、この時点では知る由もない… -
1600年頃から、渡良瀬川と桐生川に挟まれた扇状地上にある桐生天満宮を基点として、計画的に町並みが形成されて、絹織物業の発展とともに市街地は郊外へと広がっていきました。起点となった桐生天満宮は現在の本町一丁目となっており、本町二丁目と合わせて当時の区割りと建物がそのまま残された景観が保たれています。
どうでもいいですが“きりゅう”って響き、なんか好き。 -
群馬大学工学部同窓記念会館に行こうとすると、高校生が門の前に集まっていました。マラソンかなーっとよく見ると先輩ガンパレ系の旗で、センター試験日であったことに気付きました。受験生のジャマをしないためにも、20年程度前のあの苦しかった日のことを思いながら立ち去りました。
尋常じゃない強さの空っ風に吹かれつつ、町歩きを開始しました。上州名物、一つゲット♪ -
桐生を訪問したのは、このノコギリ屋根のある風景を見るため。これは産業革命当時の英国の織物工場として考案された屋根構造で、日本では明治10年代末に使われ始めた近代工業を代表するものです。
主に北側の屋根から採光することで、一日中変動の少ない均一の光を工場内に取り入れることができるため、色合いを評価しなくてはならない織物や染色工場などに広く用いられていました。 -
旧・斎憲テキスタイル工場は1927(昭和2)年に建築された工場で、現在は酒屋さんのワインセラーとなっています。
大谷石は耐火耐震防湿に富み、加工が容易であることから、建築資材に用いられています。大谷石は宇都宮が産地のためか、ちょこちょこ町歩きで目にしました。
警備員のおじちゃんに遠いトコから来たね〜と、妙に感心された(^^;A -
桐生でノコギリ屋根工場が増えたのは大正時代からで、昭和前期に最盛期を迎えました。近年は和装離れや、安価な生糸や絹製品が輸入されて衰退しています。
旧・住善織物工場は1922(大正11)年建築の、桐生唯一のコンクリート造ノコギリ屋根工場で、現在はアーティストのアトリエとして利用されているとのことです。 -
桐生市内には現在は約260棟が残っていますが、そのうち創業当時のまま工場などに使われているのは4分の1程度で、後は倉庫・住宅・レストラン・アトリエ・工房・卓球場などに転用されています。
旧・金谷レース工業は1919(大正8)年築で、桐生で唯一レンガ壁をもったノコギリ屋根工場です。 -
2008(平成20)年に修理・改築を施され、ベーカリーカフェとして再生されました。今悔やまれるのは、中をパン1個くらい買うついでに見とけばよかった…
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ノコギリ屋根工場の横には、昭和初期に建てられた国登録有形文化財の洋風の事務所棟があります。これまた中に入ってみたい衝動に駆られる味がありますね〜
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桐生市では、本町一・二丁目及び天満宮地区に現存する歴史的資産を、絹織物産業で繁栄した桐生の歴史を伝える地区として、2012(平成24)年7月に重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されました。
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最近は重伝建もいっぱい指定されて、どうかな〜って思うトコも。桐生は連続性はないけど、ノコギリ屋根含めたらセーフと思います(ないと正直微妙)。
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かつては織物工場の労働者の共同浴場だった一の湯は、今も銭湯として営業しているようです。
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森合資会社事務所は大正3年の建築で、外観は白磁タイル張の擬洋風建造物です。それ以前に建てられた店蔵とともに和洋が一体となっており、大正期の商店建築を今に残しています。
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地方都市の悲哀を感じる風景、本来は良くないんでしょうけどいいなあ。
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1922(大正11)年に建築された旧・曽我織物工場のノコギリ工場です。ここも大谷石の外壁があって、レトロな外観です。
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丸窓もあって雰囲気あるのだが、南北方向にノコギリ屋根のために陰っているのが残念。時間的には14時過ぎがベターなのかなあ。
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偉人の似顔絵と名句をトタン塀に書いた落書き、かすれ具合もアート?
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旧・北川織物工場のノコギリ屋根工場は1916(大正5)年に建築され、1960(昭和35)年頃まで操業していました。 オーナー兼館長の北川氏が、この工場跡を文化発信地として活用したいとのことで、現在は無鄰館というアーティストたちの創作工房として利用されています。
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敷地の奥にも出窓タイプの換気口のあるノコギリ屋根がありました。今日は誰もいないのか、ひっそりとしていました。
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トイカメモードの力で、無鄰館事務所(旧・北川織物工場事務所)にノスタルジックに陰影を出してみた(//∇//)
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平田家住宅旧店舗と旧店蔵。
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間口の広い、立派な町家。
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花のない季節、蝋梅の黄色に癒される。
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有鄰館(旧・矢野蔵群)は、江戸時代に近江商人の初代矢野氏が往来し、二代目が当地に店舗を構えて以来、桐生の商業に大きく貢献してきた矢野本店の蔵群の総称です。この蔵群は酒・醤油・味噌などの醸造業が営まれていた頃の建物で、江戸時代から大正時代に建築された蔵9棟と祠社2棟が桐生市指定重要文化財となっています。
我が近江商人のバイタリティ恐るべし(((((((( ゚Д゚ ;)))))))) -
煉瓦館は桐生工業高校染色デザイン科第22回卒業制作展をしていて、煉瓦館そのものを見づらかったのでスルー。工業高校の割に女子が前面に出ていたのは、絹織物の産地ゆえの特性(かかあ天下)かな?
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有鄰館の醤油蔵に差し込む光がいい雰囲気。
ひかりのさすほうへ〜♪ -
樹齢300年の楠が影を落とす有鄰館の風景。
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まっ黄色のベンチが浮きすぎることなく、アートとして同化していました。
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塩蔵では写真展が開かれていました。アートに触れておかないと立派なオトナになれない(´-д-)
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ついつい小路に吸い込まれてしまう。写真を撮っていて横を通り過ぎたチャリを見て、桐生競艇場ってあったなあって思い出した。でも今は桐生市は関係なくて、お隣のみどり市のやっていることなんですね。
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下見板と白漆喰の酒蔵の壁が続く酒屋小路、イイですね( ´∀`)
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同じ群馬県の富岡製糸場で産業遺産が脚光を浴びていますが、桐生でもひっそりとではありますが近代産業の息吹を感じることができました。今回の桐生・栃木ではB級グルメを楽しむべく、桐生でソースカツ丼・栃木でジャガイモ入り焼きそばというプランニングを東武で来るまでに決めていました。
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昭和の雰囲気の商店街を通りながら、桐生駅へと歩を進めました。桐生駅の観光案内所で電動自転車を借りた際に(観光客は無料)、職員二人に志多美屋本店と藤屋本店のどちらのお店推しか聞いたところ、二人とも藤屋本店を薦められました。
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電車の時間は50分後という無謀なプランに対し、二人から頑張って下さいとエールをもらって出発しました。電動自転車の仕組みも分からず、ノーマルで漕いで藤屋本店に到着(lll゚Д゚)=3
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まだ半分息が上がった状態でいただいたソースカツ丼は、酸味の利いたソースにカリッと上がった熱々のカツで少しムセてしまった。醤油ベースの甘辛タレ・一口カツ・キャベツなしってのが桐生スタイルのよう。まあ美味しいんですが、ソースカツ丼を桐生・福井・駒ヶ根と名物と推すものの、何と言うか明らかな味の差を感じない様に思う食べものに思うのは私だけかなぁ。岡山にもデミカツ丼なるものありますが、卵とじが一番だなーってソースカツ丼食べるたびに思ってしまいます。
帰りは電動の使用法は分かったが、自転車の恩恵を感じないくらいの全速力で、桐生駅の観光所には電車出発2分前に到着。息を切らせながら両毛線に乗って、次なる目的地の栃木へ向かいました。後から振り返ると、一本遅らせて他の洋館も見ときゃー良かったと思った桐生でした。
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