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東京に出てきたからには、早稲田~大久保(夏目漱石、小泉八雲、永井荷風)は是非訪ねたい場所でした。<br />特に小泉八雲はギリシャに行ったとき誕生地を訪れました。<br />大久保は八雲の終焉の地です。

早稲田~大久保(夏目漱石、小泉八雲、永井荷風)2015.1.10

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2015/01/10 - 2015/01/10

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fernando

fernandoさん

東京に出てきたからには、早稲田~大久保(夏目漱石、小泉八雲、永井荷風)は是非訪ねたい場所でした。
特に小泉八雲はギリシャに行ったとき誕生地を訪れました。
大久保は八雲の終焉の地です。

同行者
一人旅
交通手段
JALグループ JRローカル 私鉄
旅行の手配内容
個別手配
  • 1月10日(土)。<br />新宿区落合、ここに用事があって東京に来ました。<br />東西線で高田馬場に出ます。

    1月10日(土)。
    新宿区落合、ここに用事があって東京に来ました。
    東西線で高田馬場に出ます。

  • 高田馬場駅を早稲田側に降りて右に進みます。

    高田馬場駅を早稲田側に降りて右に進みます。

  • GETが入居するビルがあります。<br />5年前にお世話になりました。<br />GETの話は近日中にアップします。<br />GET=Global English Training<br /><br />http://4travel.jp/travelogue/10963042

    GETが入居するビルがあります。
    5年前にお世話になりました。
    GETの話は近日中にアップします。
    GET=Global English Training

    http://4travel.jp/travelogue/10963042

  • 早稲田通りに戻って、早稲田駅まで歩くことにします。

    早稲田通りに戻って、早稲田駅まで歩くことにします。

  • 明治通りを越えてまだまだ歩きます。<br />意外と遠い。

    明治通りを越えてまだまだ歩きます。
    意外と遠い。

  • 東西線早稲田駅に着きました。

    東西線早稲田駅に着きました。

  • 目指してきたのはこの交差点。

    目指してきたのはこの交差点。

  • 角に「KOKURAYA」さんがある。<br />1678年から続く酒屋小倉屋さんです。<br />堀部安兵衛がここでお酒を飲んだとか。

    角に「KOKURAYA」さんがある。
    1678年から続く酒屋小倉屋さんです。
    堀部安兵衛がここでお酒を飲んだとか。

  • そうこの坂が「夏目坂」です。

    そうこの坂が「夏目坂」です。

  • そのKOKURAYAさんのすぐ隣に「夏目漱石誕生の地」がある。

    そのKOKURAYAさんのすぐ隣に「夏目漱石誕生の地」がある。

  • 緩やかな坂を登ります。

    緩やかな坂を登ります。

  • 夏目坂の謂れが書かれています。

    夏目坂の謂れが書かれています。

  • 夏目坂を道なりに登ってくると、右手に感通寺が右手に見えてくる。<br />ここを左手の道に入る。

    夏目坂を道なりに登ってくると、右手に感通寺が右手に見えてくる。
    ここを左手の道に入る。

  • 次の目印は、黄色のコンビニエンスの看板です。<br />ここを左です。

    次の目印は、黄色のコンビニエンスの看板です。
    ここを左です。

  • 住宅街を真っ直ぐに抜けます。

    住宅街を真っ直ぐに抜けます。

  • 着きました、漱石山房。

    着きました、漱石山房。

  • どうも裏手から入ったようです。<br />小さな小屋があるだけの公園になっています。

    どうも裏手から入ったようです。
    小さな小屋があるだけの公園になっています。

  • ここが夏目漱石終焉の地です。<br />1916年(大正5年)49歳で亡くなっています。<br />お墓は雑司ヶ谷墓地にあります。<br />学生の時の下宿が雑司ヶ谷の近くで、そこで漱石のお墓を見つけたときは感激したものです。<br />実は中学時代から漱石のファンでした。

    ここが夏目漱石終焉の地です。
    1916年(大正5年)49歳で亡くなっています。
    お墓は雑司ヶ谷墓地にあります。
    学生の時の下宿が雑司ヶ谷の近くで、そこで漱石のお墓を見つけたときは感激したものです。
    実は中学時代から漱石のファンでした。

  • 道草庵といい、漱石や山房の資料を展示しています。

    道草庵といい、漱石や山房の資料を展示しています。

  • 熊本の旧居を訪ねたことがありますが、その当時の家が残っていて、漱石の面影を彷彿させられる場所でした。

    熊本の旧居を訪ねたことがありますが、その当時の家が残っていて、漱石の面影を彷彿させられる場所でした。

  • 私の学生時代、近くに住んでいたのにこの地は訪れていません。<br />近いと何時でもという思いからか、疎遠になっていました。<br />また、そのころには文学少年ではなくなっていました。

    私の学生時代、近くに住んでいたのにこの地は訪れていません。
    近いと何時でもという思いからか、疎遠になっていました。
    また、そのころには文学少年ではなくなっていました。

  • そもそものきっかけは小泉八雲です。<br />八雲の旧居と近いので、両方行けるなと。

    そもそものきっかけは小泉八雲です。
    八雲の旧居と近いので、両方行けるなと。

  • こちらが正門だったのですね。

    こちらが正門だったのですね。

  • 次に永井荷風の旧居に向かいます。<br />細い路地が続く道です。

    次に永井荷風の旧居に向かいます。
    細い路地が続く道です。

  • そんな中に背の高いビルが忽然と聳えている。

    そんな中に背の高いビルが忽然と聳えている。

  • 東京女子医科大学方面に向かいます。

    東京女子医科大学方面に向かいます。

  • 高級そうなマンションです。

    高級そうなマンションです。

  • 女子医大病院の看板が微妙に見えません。

    女子医大病院の看板が微妙に見えません。

  • この辺りが永井荷風の旧居のはずですが・・・。

    この辺りが永井荷風の旧居のはずですが・・・。

  • 残念ながら看板しかありません。<br /><br />何故 永井荷風かというと、永井家の先祖のお墓が了願寺(愛知県東浦町)にあるからです。

    残念ながら看板しかありません。

    何故 永井荷風かというと、永井家の先祖のお墓が了願寺(愛知県東浦町)にあるからです。

  • 次に、小泉八雲の旧居に向かっていますが、迷っています。<br />東京も道は分かりずらい。<br />違いは外国と比べて、日本語が通じるくらいでしょうか。

    次に、小泉八雲の旧居に向かっていますが、迷っています。
    東京も道は分かりずらい。
    違いは外国と比べて、日本語が通じるくらいでしょうか。

  • 大体「八雲の旧居こっち」という道しるべを望むべくもなくウロウロするばかりです。<br />禿坂に来ています。

    大体「八雲の旧居こっち」という道しるべを望むべくもなくウロウロするばかりです。
    禿坂に来ています。

  • 新宿区富久町の成女学園に来ました。

    新宿区富久町の成女学園に来ました。

  • その一角に小泉八雲の旧居跡がありました。

    その一角に小泉八雲の旧居跡がありました。

  • 1896年東京帝国大学の講師として招かれ上京した時の住まいの跡地です。<br />その後、1902年(明治35年)大久保に引っ越しする。<br />1903年東京帝国大学退職(後釜は夏目漱石)。<br />1904年早稲田の講師となる。

    1896年東京帝国大学の講師として招かれ上京した時の住まいの跡地です。
    その後、1902年(明治35年)大久保に引っ越しする。
    1903年東京帝国大学退職(後釜は夏目漱石)。
    1904年早稲田の講師となる。

  • 小泉八雲終焉の地となってしまった大久保に向かいます。<br />バスでとりあえず新宿方面に向かい、新宿五丁目で降ります。

    小泉八雲終焉の地となってしまった大久保に向かいます。
    バスでとりあえず新宿方面に向かい、新宿五丁目で降ります。

  • 新宿区役所前の道を北に進みます。

    新宿区役所前の道を北に進みます。

  • 鬼王神社前の交差点まで来ました。<br />そのまま真っ直ぐ路地に入ります。<br />もうそろそろ5時。<br />暗くなる前にたどり着きたい。

    鬼王神社前の交差点まで来ました。
    そのまま真っ直ぐ路地に入ります。
    もうそろそろ5時。
    暗くなる前にたどり着きたい。

  • 車1台がやっとの道です。<br />この辺りなんですが・・・。

    車1台がやっとの道です。
    この辺りなんですが・・・。

  • ありました、小泉八雲旧居跡。<br />

    ありました、小泉八雲旧居跡。

  • そして終焉の地でもあります。<br />享年54歳。明治37年(1904年)のことです。<br />去年、小泉八雲が生まれたギリシャのレフカダ島を訪ねました。<br />これで生誕の地と終焉の地がつながりました。<br /><br />http://4travel.jp/travelogue/10941292

    そして終焉の地でもあります。
    享年54歳。明治37年(1904年)のことです。
    去年、小泉八雲が生まれたギリシャのレフカダ島を訪ねました。
    これで生誕の地と終焉の地がつながりました。

    http://4travel.jp/travelogue/10941292

  • 大久保小学校の門のすぐ横です。

    大久保小学校の門のすぐ横です。

  • さあこれで帰りましょう・・・と思っていたら、

    さあこれで帰りましょう・・・と思っていたら、

  • 旧居の前に「小泉八雲記念公園」があります。

    旧居の前に「小泉八雲記念公園」があります。

  • 意外と立派な公園で、銅像まであります。

    意外と立派な公園で、銅像まであります。

  • 閉園が5時ということで、ぎりぎり間に合いました。

    閉園が5時ということで、ぎりぎり間に合いました。

  • 高田馬場から大久保まで道に迷いながらよく歩きました。

    高田馬場から大久保まで道に迷いながらよく歩きました。

  • 新大久保から電車に乗って帰りましょう。

    新大久保から電車に乗って帰りましょう。

  • この辺りコリアタウンですね。

    この辺りコリアタウンですね。

  • JRで品川まで行きます。

    JRで品川まで行きます。

  • 品川で京浜急行に乗り換えます。

    品川で京浜急行に乗り換えます。

  • 日本航空は第一ターミナルです。

    日本航空は第一ターミナルです。

  • 軽く食事にしましょう。

    軽く食事にしましょう。

  • さすが東京、醤油そのものの味です。<br />

    さすが東京、醤油そのものの味です。

  • 19:30出発なので、外はもう暗い。<br />景色はあまり期待できそうにありません。

    19:30出発なので、外はもう暗い。
    景色はあまり期待できそうにありません。

  • それでも何とか夜景をカメラに収めました。

    それでも何とか夜景をカメラに収めました。

  • セントレアからの電車ですが、この車両は誰も乗っていません。<br /><br />

    セントレアからの電車ですが、この車両は誰も乗っていません。

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