2014/12/28 - 2014/12/28
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picotabiさん
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ダンブッラ石窟寺院を見たあとにスリーウィラーをひろい、前日泊まったホテルに寄ってもらって荷物をピックアップし、次の目的地へ。
次のゲストハウスはイナマルワというところにあるので、そこまで行ってもらうことに。キャンディ・ロードとシーギリア・ロードのジャンクションにあたるところです。ダンブッラの寺院からはスリーウィラーで10分ほどでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス バイク
- 航空会社
- マレーシア航空 スリランカ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
-
調べると、宿泊先のゲストハウスの近くにエデンガーデンというホテルがあったので、そこでお昼を食べることに。
外観は撮ってませんが、中流のリゾートホテルといった感じです。ホテル エデン ガーデン ホテル
-
初めてのスリランカのビール。
これで400ルピーだったかな。食事は大体1品700ルピーぐらい。
前日はローカルのやすい食事だったのでおいしいものが食べたかった。 -
エビのパスタとサンドイッチを注文。
食事はおいしかったです。 -
この食事でクレジットカードが使えたのは嬉しかった。現金が足りなそうな気がしたので。
今回の旅はゲストハウスは全て現金払いなので、都度あといくらある??と気にしながらの旅でした。 -
ホテルを出るとまたやせ細った子犬がぁぁぁぁ
しかもどこまでもついてきて困った。 -
コオモリ…
-
ホテルエデンガーデンから宿泊先のゲストハウスまでは徒歩圏内。
幹線道路から西側に入ったところにあります。
Pura Sanda Villa
http://goo.gl/T9Ud7P
agotaの日本人の方の評価が良かったのでここに決めました。
朝食なしプランで二人でJPY4,376。agotaで前払い済み。
到着するとイケメンの若い男子が笑顔で迎えてくれました。この家の長男の方のようです。
食事がついてないのでどうするかと聞かれ、朝は2人分お願いしたのですが、夜の食事の値段を聞くとランチを食べたエデンガーデンと変わらず。
クレジットカードも使えるしエデンガーデンで夜は食べることにして、夜の食事はここではお願いしませんでした。
まだ昼過ぎだったので、雨は降っているけどシーギリア・ロックまで行くのにスリーウィラーをアレンジしてもらうことに。聞くと往復500ルピーという。安い!! と思い喜びましたが… -
スリーウィラーのドライバーに聞くと往復で1000ルピーという…。宿のお兄さんに騙されたわ。
16時に迎えにくるという約束をして、今回の旅のメインであるあの岩山へ。
スリランカに来たかった理由はこのシーギリア・ロックを見たかったから。
なのに雨で本当に残念。
12月の終わりでもまだモンスーンの影響があるんだね。仕方ない。
入場券は3900ルピー。DVD付き。
ほんと高い。こんなに高額ならクレジットカードを使えるようにしてほしいものだわ。 -
ここでもガイドはいらないか?? とセールスが始まる。
日本語ぺらぺらの方がいればお願いしてもいいけど、英語だと理解を深めることができないし無視。
この岩山。緑のロケーションからいきなりの姿ですが、正確には岩山というより岩栓と言って、火道内のマグマが硬化してできたものらしいです。
このような岩栓の下にはマグマが溜まっていることがあるそうで、、その圧力によって火山爆発が起こることがあるらしい。さすがにこのシーギリア・ロックの下にマグマ溜まりがあるかどうかというのはわかりません。 -
このシーギリア・ロックの歴史は日本の歴史にもあるように、
親族間の王権争いの話がドラマチックです。
wikiより----
シンハラ王朝の5世紀、ダートゥセーナ(英語版)王の息子カッサパ1世は、王の甥であり軍司令官でもあったミガラの支援を得てクーデターを起こし、477年には父親から王権を奪取する。しかし平民出身の母親を持つカッサパ王は、王族出身の母を持つ弟モッガラーナに王位を奪還される事を恐れ、長らく首都であったアヌラーダプラを離れ、より安全なシギリヤへと遷都した。カッサパが在位にあった477年から495年の間、シギリヤは複雑な市街と防衛機能を併せ持つ都として発展し、即位から7年後にはシギリヤロックの頂上に王宮が完成する。
一方、兄カッサパからの難を逃れていたモッガラーナは、亡命先の南インドから軍隊を引き連れ兄に戦いを仕掛ける。当初はカッサパ王が優勢であったものの後に劣勢に転じ、観念した王は喉を掻き切り自害、495年、シギリヤは陥落する。王位についたモッガラーナはシギリヤを仏教僧に寄進し、再び都をアヌラーダプラへと移した。シギリヤは13世紀から14世紀頃まで修道院として存続するが、徐々に衰退。その後は16世紀から17世紀にキャンディ王国がこの地を分営として利用するまでの間、記録は残されておらず、また同王国の衰退の後にも再び放棄された。
王権争いの歴史は日本含め諸外国いたるところにありますが
どの話も似たようなものです。
権力を示すため、守るために沢山の人が死んでいったのかと思うと空しくなる…
写真は王の沐浴場。 -
弟から恐れてこの岩の頂上に王宮を作り、結局は自害に追い込まれ
11年間のみの王宮も終わり…。権力を手にしていたときは何を思っていたのでしょう。恐れる毎日だったんじゃないですかね。いやだなぁそんな人生。
さてこの階段からいよいよ登っていくのですが
このときは雨はしとしと、傘を持って望みました。
しかし写真の階段は雨水がじゃーじゃー流れていて、とてもスニーカーで歩く気にならず、靴を持って裸足で登ることに。 -
傘を持って歩いていると、現地の方たちが私の腕を持ちながらエスコートしてくれる。
ノーノー!! いらないから!! と言っても マダム〜こっちよ。大丈夫よ。 とかいいながら。
こんなに矍鑠と歩けてるのに。ノー!! -
入り口の階段は一方通行のようでした。水はじゃーじゃー流れ続けてます。
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左側に見える山は何かな。
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大分登ってきました。
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フレスコ画を見るために螺旋階段の方に行きます。
この螺旋階段、1938年にイギリス人が作ったらしい。
70年経ってますが、さすがにメンテナンスしてるよね。
ちなみにこの階段を作る前は竹でできたはしごがあったそう…こわーーー -
大分高い。
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でた!
1875年にイギリス人が見つけたフレスコ画。
先に述べた悲しい物語があったのが5世紀の頃なので1400年もの間誰にも知らされずに壁画は眠っていたことになります。これもカッサパ王が残したものらしいですが、すごく色が鮮やか。塗り直しているとしか思えませんが… -
王は巨乳好きだったのでしょうなぁ。
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これが5世紀の作品て…色鮮やかすぎる。もちろん修復してますよね。
色の顔料は、5世紀の頃であれば葉や花や野菜などの自然のものと思いますが、それが今でもこんなに色鮮やかに残るとは…。
フレスコという技法を調べると…
フレスコ wikiより---
フレスコは、まず壁に漆喰を塗り、その漆喰がまだ「フレスコ(新鮮)」である状態で、つまり生乾きの間に水または石灰水で溶いた顔料で描く。やり直しが効かないため、高度な計画と技術力を必要とする。逆に、一旦乾くと水に浸けても滲まないことで保存に適した方法だった。失敗した場合は漆喰をかき落とし、やり直すほかはない。
古くはラスコーの壁画なども洞窟内の炭酸カルシウムが壁画の保存効果を高めた「天然のフレスコ画」現象と言うこともできる。 -
地球の歩き方より---
この壁画は、大きく3層からなる。
まず岩肌をもみがらや有機繊維を混ぜた粘土の一種で塗り固める。
次に石灰と砂を混ぜた粘土で中塗りし、最後に前の層より厚めにハチミツの混じった石炭で滑らかに上塗り。その上に植物の汁を材料にした赤、黄、緑の顔料で美女たちの姿を描いている。
とにかく保存には適した技法というのはわかりました。 -
これなんか…普通にイラストみたい。
カッサパ王は母親が平民出身という劣等感からはじまり、父を殺し恐れから弟をインドに追放し…っって弱くて愚かな風に聞こえますが、そこから産まれたこの絵しかり、この岩山についても、造ったもの残したものについてはただならぬものがあります。
それらが今こうして世界遺産にまでなるなんて、王は想像できてたでしょうか。 -
右の女性は服を着てます。
地球の歩き方では、服を着てるのは侍女で、裸の女性は上流階級の人と書かれてます。
しかも、この右の女性は一度失敗したらしく、描き直ししてるらしい。
現在18の女性の絵が描かれていますが、描き直したのはこの侍女のみ見られるそう。侍女の絵だけに描き直しができたと思えてきます。 -
螺旋階段を降り、再び岩の上を目指します。
写真は螺旋階段からフレスコ画がならぶところを撮影したもの。 -
元の階段に戻って来ました。
左側はミラーウォール。このときはただの壁にしか思えませんでしたが、真珠のような輝きを持ち鏡のような光沢がある…っっってそうなのかな。
かつてはこの反対側の岩壁まさに右側の岩にもフレスコ画が描いてあって、ミラーウォールに絵が映る仕組みになっていたらしい。 -
ミラーウォールのある階段から見下ろすと、食料倉庫だったという跡地が。
正面の大岩はエレファントロックと言われていて、斜めに切れ目が入ってます。これは宮殿を攻めてきた敵に向かって岩を落とす仕掛けに鳴っているそう。
切れ目が入ってるいるというのに、長い間バランスを保ってくっついてるって…自然の驚異もすごいけど、地震がきたら怖いな。 -
いよいよライオンテラスへ。
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雨に濡れているからか、ライオンの足は艶がありとても5世紀に造られたとは思えない。
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当時はライオンの頭があったという話もあるのですが、見つかっていないことからもともとなかったのではないかという説もあるそう。
雨の中ベストショットを狙っていると、段々上部にガスがかかってきました。 -
登りますかね。あの狭そうな階段を登る訳ですが…
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頂上まで来ましたが…
ガス… -
しばし待ってみるも
ガス… -
どこを見ても
ガス… -
ガーーーースーーーーーーヽ(゚`Д´゚)ノ゚
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頂上にはダンスステージや住居の跡もあるみたいでしたが、何せ雨脚は強くなり、何がなにやら…
頂上からの景色を期待してたのに一向に晴れないので降りることにしました。 -
一時はこの岩の頂上からじゃーじゃー雨が降ってくるしで
しばらく雨宿りもしていました。
やんだ頃を見計らって戻ります。
縦に写すと岩肌の迫力がすごい。 -
あそこからやってきたのよね〜
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ここにも犬が。
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この日は半袖では肌寒いくらい。
寒さに震えているよう。 -
しかも頭にけがしてるし…(´;ω;`)
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階段すごいな。
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こちらは使われてなかった階段。ミラーウォールの下にあるので修復用に使ってるのでしょうか? しかしよく見ると板がはずれてるとこもある。
気になるのが、階段の下のくぼみ。他の記事で見ましたが、階段ができる前はあのくぼみによじ上って頂上まで行っていたそうで。こわーーー -
雨のシーギリア・ロック、残念だったなぁ。でも岩山はすごかった。
昨日も雨、今日も雨、しかもこの時期はずっとこのような雨が続くと現地の方から知らされ、まだ始まったばかりの旅なので少し凹んでいました。 -
スリーウィラーが迎えに来る時間までまだ余裕があるので博物館に入ります。
こちらは入場券に料金は含まれています。
外観は撮っておらず…。中に入ると、日本とスリランカの友好と協力の証として、ここの展示物が日本からの贈与であることが書かれてます。 -
展示物は贈与ですが、調べると建物や周辺のインフラ、観光マーケティングについては円借款のようです。岩盤の落下防止策やあの狭い階段の修復や拡幅工事など、整備関係は日本の技術のようですね。技術が持続的、継続的に受け継がれて安全な階段が保たれますように。
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この博物館自体は2009年に建てられたそう。ちょうど内戦が収まったころですね。
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博物館から見えるシーギリア・ロック。
ちなみに展示物の撮影は禁じられたので写真はなし。
表記はシンハラ語と英語。日本が造ったのだから、日本語もあればよかったのに。 -
まだ5年しか経ってないのに、壁や床の汚れが眼につきました。
運営維持をちゃんとしてほしい! -
しかも建物の下はこんな感じで土砂が入り込んでる。
これでは地盤がゆるくなりそうですが。 -
発掘調査室もありました。
時間になったので迎えにきたスリーウィラーでゲストハウスに戻ります。
続く。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ラムロールちゃんさん 2015/02/02 23:11:05
- こんばんは〜
- picotabiさんも、スリランカへ行かれたんですね♪
写真がいっぱい…懐かしいです。
けど、雨だったとは!
水がじゃーじゃーって…。
滑ったりしなくて、良かったですね。
同じところへ行かれた方のブログは、面白いなぁ。
行く前に参考にさせていただくのも良いけど、
行ってから拝見すると、また良い感じです。
自分とは違った視点があって、新鮮で☆
また、今後ともよろしくお願いします。
ラムロール
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この旅行で行ったホテル
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ホテル エデン ガーデン
3.29
旅の計画・記録
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