2003/07/17 - 2003/07/26
22位(同エリア492件中)
gyachung kangさん
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当時私は仕事が忙しかった。その忙しい仕事の日々とのバランスを取るためには間違いなく休暇が必要だった。いわゆるバカンスである。
で、バカンスと言えば南の国のビーチ。ハワイもバリもプーケットもある。
だが私はある一枚の写真に魅せられた。
その写真は東京の近代的な街並みとはおよそかけ離れた、まるでおとぎ話に出てくるような異空間の街並み。
「イエメンのサナア。行けるかな」
それは飛行機を合計9回乗り継ぐビッグフライトの旅となった。
今からちょうど一回り前アラビア半島に吸い寄せられた遥かなる旅の回顧。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前年にシリアとレバノンを訪れた私はすっかりアラビア圏への旅に魅了されていた。
当時成田からのエミレーツは乗り入れがまだ無く、唯一乗り入れたばかりのKIX発便のチケットを購入しイエメンへと旅立った。
20:45羽田発→23:30関空発→翌朝06:30デュバイ発→08:30サナア着のフライトだったと記録している。
この頃はデュバイがメジャー化する前。中東エリアへの旅行は注目されておらずましてやイエメン。周囲からは「はあ?何しに行くの?」的な極めて薄い反応だった記憶が鮮明にある。
それでも行くのが旅人心理。ロングフライトでアラビア半島南端のイエメンの首都サナアにたどり着く。
写真はサナア旧市街へのメインゲート、バーバルヤマン。アラビアンナイトの世界がここから始まる。 -
世界遺産サナアの旧市街に入る。
空港からタクシーで乗り付けたバーバルヤマンの入口で車を下りた直後からただならぬ気配に既に圧倒されていた。
こりゃあ凄いところに来ちまったな〜
未知なる街への期待と不安。サナアの熱気と喧騒はかなり手強そうに見えた。 -
旧市街の様子をご紹介する。
12年前の旅なのでノートやメモは残っておらず写真はフィルム撮影のみ。
この頃はまだ写真を撮ることにさほど興味が無かった私だが、36枚撮で8本のフイルムを使用していることがイエメンで見る景色にいかに昂揚していたかを証明している。 -
まずはスパイスマーケット。
インドや東南アジアでお馴染みの光景だがアラブ圏でも定番のスパイス。 -
種類も豊富。
何とも言えない香りのミックス。
匂いだけはその場所に行かないと分からない。 -
コーヒー豆。
イエメンでは普通にたくさん売られていたポピュラーな日常品。国内でも栽培されているのか、エチオピアあたりからの輸入なのかは不勉強で不明だが、いずれにしても完全なるコーヒー文化圏。
私は旅に出るとその国がティー文化圏なのか、はたまたコーヒー文化圏なのかを確認したくなる。
世界は必ずどちらかに分類される。 -
巨大ウリ。
と思ったらスイカ。美味そうだ。
ここは中東、砂漠の国。とにかく空気は乾燥している。そんなところで食べるスイカが美味くないハズがない。
もっと言えばスイカ=水=命の糧、である。アッラーの神とスイカに感謝。 -
ケーキ屋さん。
サナアの街中にはたくさんあった。飲酒がご法度のイスラムではこれもポピュラー。今時ならスイーツ屋だが、この当時まだそんな呼び方はしていなかったでしょ?だからケーキ屋さん。 -
レストラン。
この看板の出し方は間違いなく高級レストランと見た。
とは言えイエメンで食べた料理で一番美味かったものは実はチキンの丸焼きである。私は地元民向けの持ち帰りOKの小さな店でグリルしてもらいホテルの部屋で食べたのだが、一気に一羽分を食べきった。それほど絶妙な焼き具合。今だ生涯最高の鶏の丸焼きである。○ンタッキーに入るといつも較べてしまうんだなあ 笑 -
素焼きの山積み。
中華文化圏内ではあまり見かけることはなくインド文化圏と通ずる光景。
実際にUAEなどへの中東国にはインドやパキスタンからの出稼ぎは多く、南アジアとアラビア半島はインド洋とアラビア海で繋がっているのを実感する。さすがにイエメンに出稼ぎに来るインド人は居ないだろうけどね。 -
金物屋。
金メッキ食器家具類。一般家庭で買う?という気もするが金の価値は世界共通。デュバイのゴールドスークを思い出す。 -
衣裳箱だろうか。
これはデザインといい色合いといいアラビアらしさ爆発。日本女子あたりにも受けそうである。 -
街かどでのお買い物シーン。
イエメン女性はほぼ例外なくこの出で立ち。アバヤとヒジャブの区別もつかず申し訳ないが、見れば納得ってことでご勘弁を。
但しイエメン女性の着こなしには実は特徴があってこの女性のように顔を隠し目だけ出す。自動的にメイクのポイントは目の回りだけとなりアイメイクの結果、異様に目ヂカラのある女性に出会う。ここがシリアあたりとの違いかと推察。 -
行商中の女性。
彼女たちはイエメン人ではなく間違いなくアフリカン。鮮やかな服装で一目でわかる。おそらくはジブチかエリトリアかはたまたソマリアあたりか。
イエメンは南アジアと繋がっているが同じくらいアフリカとも繋がっている。そして衣装はその人間の出自を表す。これってかなり大事なこと。 -
一方、男性の方々。
アッサラームアライクム!
頭にはアラビアの象徴カフィーヤになぜか西洋服のジャケットを合わせるのが男性ファッション。
そして腰にはイエメン男性のたしなみ、ジャンビアと呼ばれる短刀を差す。これが彼らの定番スタイル。初めて訪れる旅行者にはこのスタイルはなかなか強烈な印象を与える。 -
店番の若い男性。
彼はジャケットを着ていない正統のイエメン装束。そしてやっぱり腰回りにはジャンビアがある。
彼はかなりの男前である。
イエメンのイケメン。
言わないつもりだったのに言ってしまいました〜 -
ジャンビアは至るところで買える。
これはイエメン男性の証しであり誇りであるとのこと。
もちろん刃物であり日本で言えば江戸時代の刀に相当するものだが、現代のイエメンにおいてはジャンビアを人前では抜くことはない。喧嘩になってジャンビアを抜いたらその男が負け。武器としてではなくあくまでアクセサリーとして所有するのが彼らの掟なんだそうである。
これはなかなか見上げた文化と思う。どこぞの国も見習うべきであろうね。 -
ハイ、イエメンキッズ集合。
幼い子たちはジャンビアはまだ早い。
なんだかみんな姿勢がいい。
そして男の子の手作りのギターを見よ!力作過ぎる。君には二重丸あげますよ。 -
こちらは少しだけ今時風の少年たち。
これはこれである意味ホッとする。 -
でも、やっぱりコレですか。
イエメンの王道を行くおじいちゃん。
ここまでくるとサナアのご老公の趣き。いい顔してます。カッコ良すぎ。 -
通りの裏にはラクダ君。
ただひたすらじっとして何かを待っている。ひよっとして待ち合わせか?
と思いたくなる程、サナアの街中に溶け込んでいる。ほとんど市民 笑 -
ここにも。
2人と1頭だが、ほとんど3人組みみたいな雰囲気だ。そして彼の毛色に注目。見事に白い。美白のラクダ。 -
わしもおるよ〜
とでも言いたげな羊君。
彼らもドッサリいる。
そしてこの目つきを見て下さい。
絶対に何か考え事してますよ彼は。 -
とまあ、こんな方々がバランス良くあちこちにいらっしゃる。それがサナア。
念のため言っておくが、彼らが世界遺産というわけでは決してなくて、あくまで 1000年前から変わらないと言われる独特な街並みが世界遺産であります。お間違いなきよう。 -
ほい、こんなの。
アップでご覧あれ。 -
まとめるとこんな感じ。サナア全景。
旧市街や歴史地区と呼ばれる世界遺産には無条件に尻尾を振ってしまうのが何を隠そうこの私。これまでフィレンツェやプラハ、ウィーン、ザルツブルグ、サンクトペテルブルク、エルサレムやハバナなど、世界にその名を轟かす錚々たる街並を歩いてみた。
が、しかし。景観において最も異彩を放つのがこのサナア。ぶっちぎり(この言葉、生きてます?)である。
ヤマン、タマーム!
と言ってみたい。
この旅で覚えたいまだ鮮明に記憶している言葉。アラビア語で、イエメンは素晴らしいよ〜という意味である。 -
さて。
そのサナアで私が泊まった宿がこちら。
旧市街の真っ只中にある小ぶりなホテルだ。 -
私の宿泊した部屋。
意外にも上々の清潔感である。
白く塗られた壁と上部にはなんとステンドグラス。
明かり取りになっていて昼間は電気要らず。デザインと実用性を兼ね備えたイエメン建築の知恵に不意打ちされた気分。 -
これは宿の共用スペース。
ここにもステンドグラス。
なかなか心憎いよなあ。 -
でもって見てくださいな。
これは室内の壁にくり抜かれた通路であるが、ご覧のとおり高さが無い。
せいぜい1メートル程で通り抜けるためには頭を屈めて入ることになる。
いったい何のために?
理由は納得で、その昔まだ頻繁に部族間の戦いがあった頃、この通路を突破しようと侵入してきた敵のクビを上から斬り落とす設定で、敢えて低い通路にしているとのこと。例えれば現代版の防犯システムである。これもこの地ならではの建築の知恵であろう。 -
ホテルの近くをウロウロしてみる。
するとご近所さんの軒先にヨーロッパあたりからの老夫婦ツーリストが家の奥のほうを何やらジッと見つめていた。
果て、いったいなんだろう?
中に入ってみると -
ええ?
家の中でラクダが働いてるよお!
そ、狭い空間をひたすらグルグル回り続けて油搾りに精を出しているのである。これにはかなりおったまげた。
人とラクダが一体化して生活している国イエメン。世界は広いよホント〜に。 -
イエメンで忘れちゃいけないのがもうひとつ。
この写真は道ばたでイエメン男性達があるモノを熱く売り買いしているところ。そのあるモノとは…… -
このほうれん草、
違いますがな、そうです、ガート。
ご存知の方はイエメン検定合格。
ガートは覚醒作用のあるいわゆる葉っぱです。
イエメンの男性達はこのガートをそのまま口に放り込んでクチャクチャ延々と噛み続ける。すると葉っぱから神経を刺激する成分が溶け出してハイな気分にあるんだそうで。
2時間、3時間と噛み続ける間は決して吐き出さないのでみんな両頬はパンパン、コブとり爺さん状態になる。
私も真似してひと束購入。が、全く効果は現れずガート適性が無いことが判明。人によって効果に差があるらしい。因みに当然のことながらイエメン当局ではガートは合法扱い。生活文化なので誤解なく。
但し国外ではその限りに非ず、確かサウジでは非合法と聞いた記憶。取り扱い間違いは絶対禁物でありますよ! -
さてサナアの街を少し離れてタクシーで郊外に行ってみる。
ワディダハールという場所に見どころがある。 -
ロックパレス。
名前のまんま。
一度見たら忘れられないイエメンならではの建物だと思う。 -
建物内部も見学可能。
ここは所有者のリビングだったか応接の間だったかは記憶が曖昧だが、いずれにしてもゴロンと楽になれる居心地のいい居室に見えた。
この手のアラビアスタイルは西洋的な椅子やテーブルを置かないので空間に余裕が生まれる。そこがアラビア〜ン。 -
これは厨房。
ここにも微妙な明かり取り。日射しが強烈なアラビアでは直射日光は大敵だからね。 -
この人、誰だったかなあ?
多分遊びに訪れていたゲストの一人だったと思うが絵になる風貌と見てカメラを向けたんだろう。 -
私も連られて立ってみた。
が、全くサマにならない。なろー 笑 -
次に向ったところはサナアから40キロ程離れた村。
シバームの村とコーカバンの村。
下がシバームで、断崖の上にコーカバンがある。
このふたつの村は双子の村で同じ部族が住み、シバームが商業的役割、コーカバンが軍事警察的役割を担うことで補いあって暮らしていることで有名と知った。ほんと〜に21世紀なの、ココ?みたいな話しだが嘘ではないらしい。もう半端なく奥が深いイエメンワールド。参りました。 -
私の視線の先には断崖絶壁。
その上にコーカバンがある。
ほんまかいな?
呼ばれた以上は行かねばなるまい。 -
麓まで来た。
登るぞ。
我ながら、しょうもないやつやな〜と思いつつもここはアラビアイエメンの地。『インシャアッラー(アッラーの御心のままに、の意)』と声にして取りつき場所に。 -
発見したルートを登る。
てっぺんに人が住んでいるからにはやっぱり道はある。 -
おや
後ろからロバと少年。
こりゃ心強い。 -
ずいぶん上に来た。
見晴らしの効くテラス場で休憩。
お父さんはコーカバンの方ですかな? -
かなりの高さ。
垂直にしておよそ350メートルの断崖の頂上があと少し〜 -
着きました!
コーカバ〜ンである。 -
これがコーカバンの街並み。
完全に石を積んでいるだけに見える。 -
確かに砦と言われればこれでもいいのかも知れないが。
-
おおー
広々空間を発見。コーカバンのプレミアムテラスだろう 笑 -
眼下にはシバームの村
-
そして遠くにはうっすらとだが同じく断崖の村テイッラが見渡せる。
このテイッラはオスマントルコの治世時代にあっても天然の要塞故に独立を守り抜くことができたという逸話があるらしい。ちよっと現実離れした奇跡のような歴史が残る。
イエメン、凄いよね。 -
長老が登場。これまた絵になる。
なんだか映画を見ているかのような錯覚に陥って去り難くながらコーカバンを下山する。 -
首都サナアを観光したあと次なる旅の目的地、アデンへと向かう。
もちろん空路、キャリアはイエメニア航空。
写真はサナア空港のホール。ここにもやっぱりステンドグラス。 -
サナアから南300キロ。アラビア半島のほぼ最南端に位置するアデン。
かつての南イエメン時代の首都でもあり港町として古くからの歴史を持つ、サナアとは全く違う個性の街である。
空港からタクシーで昔も今も賑わうクレーター地区に向かってみる。 -
クレーター地区。
サナアのようなイエメン様式の建築物は皆無。殺風景の見本である。
イエメンが南北に別れていた時、アデンがある南イエメンは社会主義政権でソビエトの影響が強く、建物や街並みがその頃のソビエト風に指導されてしまったらしい。これも歴史の為せる業とは言え、この違いは何ともはやである。 -
荷車の野菜売り。
お兄さん売る気のなさオーラ全開 笑
繁華街ながら商店のメンテナンスも行き届いておらず街全体に覇気が不足しているのが一発でバレバレ。
だいじょぶか、アデン?とちょっと心配になる。 -
路上営業の裁縫屋コンビ。
これまた緊張感無しでしょう?
理由が分からないでもない。
まず気候。サナアは実は海抜2000メートルを超える高原都市であり暑さはマイルド、空気もカラッと乾燥していてかなり過ごしやすい環境である。
一方、より南にあるアデンは海に面し蒸し暑さは特上クラス。日差しは強く灼熱の地である。暑さは人間の勤労意欲に影響を与えますからね。
さらには立地。地図を見れば一目瞭然だが、アデンはアフリカ大陸と目と鼻の先の関係にある。実際街で見かけるアフリカンの割合はかなり高い。アフリカンリズムがビジネスモードとは程遠い、とは言わないが欧米や東アジア的なあくせく働く感が無いのも事実であろう。これは善し悪しの問題ではない。アデンを訪れて、そんなことを考えてみた。アデンを見たことがある方のご意見を聞いてみたいものである。 -
マーケットに入ってみる。
やはり東南アジアのような熱気は無い。お気に召したら買っておくんなまし的ユルさが漂うアデン流。 -
魚を綺麗に並べて満足気な笑顔に浸るお兄さん。既に仕事をやり遂げた感だが、それじゃだめじゃん 早く売らないと腐ってまうで〜!
-
こちら精肉担当のお父さん。
この不思議なインパクトは一体どこから持ってきたのか?お父さんってばー -
思い出した。コレコレ。
カメラマンの腕が悪くて申し訳ないのだが、アデンで見つけた鰹節。ほぼ間違いない。まさかアデンで鰹節を発見するとは思っておらず驚いた記憶がある。
それにしてもこのカメラマンは下手くそであるなあ。一体誰だよ? -
こちらはカーペット屋。
まあ、まどろみ営業の代表格。
今日は何枚売れましたかねえ。
てか、一年に何枚売れるんだろう?
聞いてみたいものである。 -
あらあら
こんなアラビア半島最果ての港町に、不思議発見で有名な日本が世界に誇る大企業の看板が!
ヤバンブランドの実績恐るべし、
だがいささか古めかしさが気になる。
今現在の勢いはこの看板からは感じられない。ちょいと心配。 -
近くには新しめの看板発見。
こちらはハイアール、中国代表の電気製品メーカー。
ちょうどこの頃から日本メーカー製品の後退と中国メーカー製品の拡大が世界で顕著になっていったのかも知れない。偶然にもかなり象徴的な事例。 -
アデンにはもう一つ特徴がある。
地形だ。
街をぐるっと取り囲むように荒っぽい岩山がニョキッと現れる。 -
こんな感じ。
アデンは太古に溶岩流が流れ出して固まった一帯に属するらしい。アラビア半島の自然が織り成す造形はやっぱりダイナミックである。 -
紀元1世紀に作られたという貯水タンクで出会ったイエメン男性。
私がヤバンと知ると、ご自慢のお宝、日本刀を取り出してきてポーズを決めてくれた。
これはシリアでも気づいたことだが、アラビア圏における日本びいきは間違いなく存在する。私たちが気がついていないことがなんとも勿体無いのもまた事実。 -
アデンにはあの有名な詩人ランボーも滞在していた。彼の名前を取ったレストランを発見。
フランス人である彼が貿易商としてこの地で仕事をしていたことから往時のアデンの繁栄ぶりが思い浮かぶ。最盛期には世界第三の港町として栄えた時代もあったとは信じ難い。以前訪れたイギリスリバプールの荒涼感と同じ匂いを感じた。 -
アラビア海を見たい。
てことでビーチに行く。
クレーター地区からさほど遠くない場所のゴールドモアービーチ。150イエメンリヤルの有料ビーチである。
海に入らずとも波打ち際のウォークを楽しむイエメン女性。こういうシーンに出会ってハッとするのが旅の醍醐味だ。
ところで有料システムは実は悪くないと思う。砂浜の環境は清潔に維持されなおかつ海をゆったりと使うことができる。日本も有料ビーチシステムを推進したほうが良い。たぶん文句も少ないだろう。 -
なんだか弾けてますねえ
美しい海があったら飛び込むべし。
水着の備えが役に立ちアラビア海を泳
ぐ。体感からイエメンの安全性を信用し荷物もビーチに置きっ放しで海を満喫。
ダイビングやマリンスポーツ、何のこだわりもない私だが、意外に世界で泳いでいる。アラビア海、地中海、カリブ海、アンダマン海、インド洋、死海、いずれの海も素晴らしい。全てはミーハー精神が支えである! -
アデン滞在で私は一つだけ贅沢をやらかしていた。スイス資本のムーベンピック系列アデンホテルに宿泊している。堂々の五つ星。もしかすると当時イエメン唯一だったかも知れない。
-
窓の外にはアデンの夜景。
国際標準ではナンボでもあるクラスのホテルだがイエメンで一泊US150ドルは国賓級待遇に匹敵すると推測。
ま、話しのネタですね、失礼しました 笑 -
アデンに別れを告げ、旅の次なる目的地砂漠のど真ん中にあるサユーンという街に向かう。
見下ろすとアラビア半島特有の涸れた谷間ワディが地球のシワのようにくっきりと浮かび上がっていた。 -
サナアの東500キロ、これがサユーン。
周囲は砂漠と岩山しか見えないためここは実はオマーンだよ〜んと言われても区別がつかない。
もうここまで来ると東京とおんなじ星にある場所とは到底思えず、猿の惑星に降り立った感覚と言ったほうがしっくり来る。
貴方も間違いなくそう思う。ほんとだよ。猿の惑星行ったことないけどさ。 -
サユーンもういっちょ。
こうして見るとワディの底の部分を利用して家を建て、人が住んでいることがなんとなあく解る。
で、びっくらこいたのは太陽光線の強烈さ。まともに目も開けられない程眩しく逃げ場もない。マックもスタバも蜃気楼にさえ映りませんな。
そんな過酷な街にはるばるやって来た私のお目当てはこちら!
↓ -
砂漠の摩天楼と謳われる
シバームの高層建築群。
もちろん世界遺産登録である。
サユーンの街からさらにタクシーを捕まえて走ること20キロ、遠目からシバームの姿を確認できた瞬間の嬉しさと言ったらなかった。これこそまさに写真でしか見ることができないと思っていた憧れの風景、そこにリアルにたどり着いたわけだからね。
念のためサナア郊外のシバームとは同名別物。ま、どちらも凄い。 -
シバームに近づく。間近から観察。
-
建物によってバラつきはあるが、だいたいが7階か8階の構造で30メートル位の高さ。日干し煉瓦の積み上げである。
-
サナアの建築は白塗りの漆喰などでお菓子の家のような装飾性が施されていたがシバームはそれがない。ずいぶん違うものだ。
-
これは扉。
時の経過の長さが滲み出ている。
この高層群が造られ始めたのは8世紀頃かららしい。まさかこの扉の年齢が1300才とは思えないが、ご長寿であることに変わりはない。雨が降らない乾燥地帯ならではの賜物であろう。 -
こんなところも。
建物と砂礫の関係性が全くもって謎。
デザインなの?最近の流行り? -
ありゃ〜 これは一大事。
日干し煉瓦なんで衝撃には弱い。
危機に瀕する世界遺産だ。シバームを守るためならばUNESCOに寄付しますよ。 -
んじゃ、これは???
涙ぐましい修復作業。泣ける。
シバームを守るためならUNESCOに寄付するってば。ね。 -
このシバームには今現在も人が住んでいる。言わば現役の建物。彼はシバームで家具販売を営んでいる住人。
-
羊もいる。
全くの日常生活の場。単なる見学館でないところがまた素晴らしい。 -
ロバに2ケツ状態で跨がるシバームのお子さまたち。私に気がつくと笑顔で手を振ってくれた。
イエメン人は人当たりが優しい。これはこの旅を通しての私の感想である。 -
シバームの全景。
ワディの崖の中腹に駆け登って名残惜しく眺める最後の時間。
これも世界で二つとない景色。
何がなんでも後世に遺したいサイト、それがシバーム。 -
砂漠の街の子どもたち。
サユーンの街に戻ったあと今度は東に35キロ離れたタリムに行ってみた。
タリムはスンニ派信徒の中心地でモスクの数が桁外れに多い。言わば信仰の街である。
そんな街でカメラを出すとササッと寄ってきて撮影に応じてくれたタリムっ子。みんななんとも言えないいい表情だ。カメラマンの数少ないグッドジョブ 笑 -
サナアに無事戻る。
この旅も残すところあと僅かだったが、このあと予想だにしない体験が待っていた。 -
サナアの街に夕闇が訪れた。
街の一角だけが妙に明るい。
さて、何だろう?と覗いてみる。 -
あっという間に人だかり。
今から何が始まるのか、イエメン男性に尋ねるとウェディングパーティだよ!との説明。さらに続けて君も参加しなよ、との突然のお誘い。
ヤバンだろう?大歓迎、問題ないよ〜
彼の言葉に私はアッサリ乗っていた。 -
結婚披露宴は路上のテントの中。
中央には花婿が陣取り、まわりには祝福客がギッシリ。私もその中に混じって座る。ゲストには甘いチャイとガートが振舞われ皆ワイワイとお喋りに興じながら延々チャイとガートを楽しむ。
テントの中には手にカラシニコフを携えた警備兵がおり私に話しかけてくる。
ヤバン、どお?楽しんでる?
えー、そりゃ楽しんでますとも
ヤマン、タマーム! -
で、花嫁は?というとこちら。
あの家の最上階の窓が開き、ヴェールを被った女性が顔を出しアラビア風の長〜い奇声を夜空に向けて叫ぶ。もちろん彼女が花嫁。
テントの中には花嫁はおろか女性は一人としておらず全員が男性。
チャイとガートの祝賀の宴は延々と続き私がおいとまをして宿に戻った時、時計の針は既に夜中の1時を回っていた。
これがイエメンの結婚披露宴。
もちろん私はご祝儀を出していない。 -
さて、忘れられない最後の一枚。
砂漠のど真ん中サユーンの空港で考えられない事態が起きた。私が乗るはずのサナア行きの飛行機がトラブルでサユーンに来ないのである。というか、空港自体がロックアウト、中に入れずパニックに陥る私。その時、空港建屋脇の待機小屋から出てきて精一杯の英語で事態を説明してくれた彼ら。
おそらく飛行機は2, 3時間は遅れる。
街に戻るタクシーも来ないし、僕らの小屋で待つしかないよ、と私を招き入れてくれた。
一人一人が順番に名前と生まれ故郷を自己紹介、そのあとはラジカセで音楽をかけイエメンのダンスを躍ってくれた。そうしているうちに飛行機は到着し私はサナア行きに搭乗した。
彼らは機材から預け入れ荷物を運び出す空港のポーターであった。
私がこれまでの生涯で受けた、過去一番のおもてなしであったと今でも思っている。
2003年イエメンへの旅。楽しかった。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- mayたんさん 2015/05/15 18:03:08
- イエメン
- はじめまして。
宏村旅行記に投票いただいて、ありがとうございます。
イエメン行きたいうちの国の一つで、興味深く拝見しました。
サナアの町、シバームの村、ジャンビアを差した男性たち、本当に魅力的な国ですね。
今はどうなってしまっているのか・・・
空港のポーターの男性たちのおもてなしも、忘れられない思い出ですね。
イスラム圏の人たちの優しさは心に沁みます。
いつかイエメン訪れたいと思います。
mayたん
- gyachung kangさん からの返信 2015/05/16 11:15:17
- RE: イエメン
- 感想ありがとうございます。
私が行った時宏村は、天気も最高の状態で
とにかく美しい村でしたから。また黄山も
いい山でしたね。
私は雲谷寺ルートで日帰りで登りました。
イエメンの今が心配です。シリアもリビアも
同様ですが。
中東エリア全体が旅行しずらくなってしまい、
旅はいかにタイミングを掴むか、が重要ですからね。
同時に、国にとって平和が維持されていることが何よりも
大切だと最近痛感しております。
また旅行記の新作を楽しみにしております。
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