2014/06/24 - 2014/06/24
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
いよいよお待ちかね、予約時間の4時50分となりました。ツアーが始まる前に、荷物はカメラ以外は貴重品を含めて全てクロークに預ける必要があります。
一人の女性案内人が出てきて、観光客が持つ予約時間の書かれたチケットを1枚1枚チェックしていきます。狭い家の中を廻るので、一組が子供を含めてわずか7名のツアーでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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門扉が開かれて、狭い階段を上ります。
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このカサ・ムセオ・サルヴァトール・ダリは、前の旅行記で紹介した写真でもお分かりの通り、傾斜地に建てられているので、階段が多いのが特徴です。
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玄関のドアを開けると、出迎えてくれたのは、宝石をじゃらじゃらつけ、右手でランプを掲げた、等身大の白熊です。ここは、the Bear Lobby と呼ばれていて、この熊は、Sir. E. Jamesから贈られたもので、ダリ自身がコーディネートしたものなのだそうです。熊の前には、ダリのステッキコレクションが置かれていました。
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玄関ホールの反対側はシックな装い。フィゲラスのテアトロ・ムセオ・ダリではメエ・ウエストの唇だったソファが、ここでは緑のガーデン調の色彩で、周囲の家具と見事にマッチしています。
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玄関ホールの隣にある食堂も、しっとりと落ち着いた雰囲気です。鉄製の燭台も重厚感を与えていますね。
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ダリは1930年に買った漁師小屋に続けて、数ヵ月後に二つ目の小屋を購入。1932年には、それらをつなげて、玄関ホール、食堂、リビングルーム、アトリエとベッドルームに改装しました。部屋を飾る調度品のほとんどは、ダリとガラが生活していた50年間に集めたコレクションです。
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こちらは、図書室と呼ばれている部屋。本物の本でないのが目立って、とても残念でした。
天井近くの2枚の絵。右側は1923年に描かれた絵で、題名はそのものずばりCadaques。左側は1924年の作品Port Alguer。テアトロ・ムセオにもありました。
事前に見ていった資料だと、本棚の上、絵の手前には、ダリの好きな白鳥が3羽、羽を広げていたのですが、今はどこにも見当たらない・・・ -
図書室を窓側から撮ると、こんな感じ。手前の白いソファカヴァーが何故かとても平凡・・・
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突き出た拳が握り締めているのは、アメリカとカタルーニャの旗のついたペン。
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白熊のいる玄関ホールまで戻って、階段を上り1階(日本式の2階)へ。
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短い階段の突き当たりはオフィースとだけ書かれていました。
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ダリの仕事部屋アトリエです。彼の多くの作品がこの部屋から誕生したと考えると、感慨ひとしお。大きな2つの窓から惜しみなく太陽が降り注ぎます。
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ダリが毎日眺めていた風景とそう違いはないはず・・・中央に見える妙にねじれたような岩は、ダリの世界のどこかで見たような記憶があります。
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ダリ愛用の椅子は、意外にも簡素でした。キャンバスの台には、Rotting Birdを連想させる絵が残されていました。
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アトリエの左隅にたたずむ彫像は、これまで何度も見たことはあるけれど、正式な名称となると??? そうか、ここにあったのか・・・と一人で納得。
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ダリが何度もモデルにして描いたミレーの「晩鐘」。彼は、この絵を死の象徴としてみていたようです。
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1936年に作られた、有名なイエロールーム。ダリの最初のスタジオだったそうです。この部屋からは、湾と浜辺が綺麗に見渡せます。籠に盛られた黄色いドライフラワーは、ダリの妻ガラが大変好きだった花で、この家のあちこちに飾られていました。
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テーブルの上のかたつむりと外の景色の組み合わせがシュールリアリスティック!? 最高です!
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Lada Atomica 1947年〜1949年。白鳥をこよなく愛したというダリですが、この絵では、白鳥そのものがダリのように見えます。というのも、この絵は「レダと白鳥」というギリシャ神話が元になっています。この話の中に、白鳥(実は女たらしのゼウスです)がスパルタの王妃レダを誘惑するシーンがあるのです。
ちなみに、レダはその後卵を二つ産み、二組の双子が生まれます。片方の卵からは、カストールとポルックスという兄弟が、もう片方の卵からはクリュタイムネーストラとヘレネという姉妹が生まれました。カストールとポルックスは天に昇って双子座になり、ヘレネは絶世の美女に育ち、後にトロイ戦争の原因となります。 -
継ぎ足し継ぎ足しの家なので、本当に階段だらけ。バリアフリーとは無縁の世界です。車椅子利用の方には見学が難しいと書かれていた訳がわかりました。
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Galarina 1944年〜1945年の元になった写真でしょうか? テアトロ・ムセオには、スケッチも残されていましたね。
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こちらの階段の下には、こまごまとしたものが置かれた物置のような部屋が見えました。通せんぼがしてあって、覗き込むことしか出来ません。
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ダリの家に入ってから15分。奇妙なインテリアにすっかり慣れっこになっている自分がいました。天井はカタルーニャの旗のデザイン。
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ガラの愛したドライフラワーを間近に眺めます。
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外の風景もインテリアの一部となっていました。ダリは以前こう語っています。「ポルトリガットは制作の場、私の仕事にとって理想的な場所だ。全てがうまくフィットする。時間はゆっくりと過ぎ、各々の時間が適度に広がりを持つ。そして平和に満ちたユニークな風景があるんだ。」
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折りたたみ式の扇子かなあ・・・
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ダリとガラの絵の隣には、奇妙な角度にセットされた鏡。これは、ダリとガラが毎朝の日の出をベッドから見れるようにしたと説明されたような記憶。
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イエロールームの片隅にあったこれは一体・・・
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ガラのドレッシングルームに続くバスルーム。ここだけは普通の家にも見られる光景がありました。
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イエロールームの隣にある鳥の部屋。大きな鳥かごが置いてありました。左右に分かれた階段を更に上っていくと、この家にたったひとつしかない寝室にたどり着きます。
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ローマ法王をお尻の下に敷いてしまおうという魂胆か?
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こちらがそのベッドルームです。とても古風で、フィゲレスのテアトロ・ムセオ・ダリにあったコブラの足のベッドとはいささか雰囲気が異なります。
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寝室の窓とは反対側には、レンガで飾られた円形の壁。そして、そこにも鏡がありました。実際にやってみないとわからないけれど、2枚の鏡を使うと、ベッドから起き上がらなくとも、日の出が見れるという仕掛けのようです。
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ダリのステックコレクションがここにもありました。いつも奇抜なデザインのステッキを持ち歩いていたダリ。どこかで見たようなステッキがぎっしり。
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球体、四面体、六角錐、円錐の組み合わせが面白い。
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どちらも直線が使われていないという点では共通点があります。右のタンス、彼の絵の中から飛び出てきたようですね。
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かつてのウォークインクロゼットには、沢山の写真が展示されていました。多くはモノクロで、1930年〜50年代の写真が多くみられました。
これは、1955年リチャード3世を演じたローレンス・オリビエの肖像をダリが描いているシーン。 -
ダリとガラ、そして隣にいるのはどなただったかしら?
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カサ・ムセオ最後の部屋はこの楕円形の部屋オーヴァル・ルーム。この部屋は1961年に完成しました。その頃までにダリは更に7つの漁師の小屋を購入し、増築を行いました。
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この部屋は、1957年にダリがデザインをしたアカプルコのナイトクラブを元にしているそうです。楕円形の、よく声が響くこの部屋のドーナッツ状のソファにはクッションやぬいぐるみが数え切れないほど置いてあります。
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壁のくぼみを利用したインテリアもユニーク。
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飾られた写真の少年少女はどこかロシア風。ガラの少女時代の写真かなと一瞬思いました。
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どのくぼみにも黄金色の麦の穂が飾られていました。
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部屋の全体像はこんな感じ。中東のトルコなどで見られるようなくつろぎ空間です。ここでツアーはお終〜い。
後は庭に出て、各自で見学します。 -
外に出たところには、いかにもスペイン風な白い壁に赤い瓦が乗っている塀が続いていました。緑に白いゼラニウムの組み合わせ、目にしみます。
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オーヴァルルームが13番だったので、順番どおりに廻ろうとすると、14番はこちらの狭い通路の先のようです。
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白いコーヒーカップやら、卵やら、なんだか楽しそうな空間にやってきました。
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この狭い空間は、サマーダイニング・ルームと言う名前がついていました。U字形のテーブルがおしゃれです。窓枠はなんと例の黄色いドライフラワー。その上には、これもダリの好きなサイがいました。
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この部屋からは、こんな景色が楽しめるんですよ。
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ダリは1954年にシュールリアリスティックな映画「レースを編む女とサイの劇的な物語」の撮影に続き、1956年には、レースに身を包んだサイの彫刻を作成しています。また後年、足の細長い象「スペーズエレファント」やサイ「コズミックライノセロス」等の彫刻も沢山手がけており、サイに対しては並々ならぬ情熱があるようです。
こんなに間近でサイと対面するのは初めてかも。耳にこんな風に毛が生えているとは! -
だいぶ上ってきました。無数の白っぽい笠をつけた松の木が見事です。「絵のような景色」と言ってはいけないのでしょうが、語彙が不足している私には、他の表現が出来ませぬ。
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大きな卵が屋根の上に載っかった、「鳩小屋」The Pigeon Loft が見えてきました。1954年に完成。これは、実際に使われていた鳩小屋なのか、それとも彼の芸術作品なのか その両方なのか わかりませぬ。
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鳩小屋の傍に、割れた卵発見!
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角度を変えて撮ってみると、どの画像も新鮮な驚きをあたえてくれます。
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卵は、ダリの作品の中で繰り返し使われていますが、愛と希望の象徴であり、周囲から「守られている子宮」、そして生まれるために、「自ら破らなければらない殻」でもあるというように解釈されています。
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屋根のガラス窓に写った逆さ卵が出現!
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イチオシ
しつこいですが、ご容赦を! これを見たくて、わざわざやって来たのです。
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更に裏山の方に上っていくと・・・
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オリーヴの林の中に現れたのは、がらくたで作られたキリストChrist of the Rubbish。頭は錆びた鉄、セラミックの断片、レンガやタイヤ等、胴体は古い木製のボートを元に瓦やコンクリート・ブロック、木片などで作られています。全体を眺めることが出来る展望台もありました。
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敷地の一番高いところにある建物の中の壁には、映像が映し出され、ダリ本人がスピーチを行っていました。
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広い庭の、一番高い場所からの眺めがこちら。これ以上最適な所はないという場所に置かれた二つの椅子!
もちろん! この椅子(右側)に座って、この芸術的な風景の中に身をおく喜びをかみ締めて参りました。完璧すぎます。 -
フィゲレスのテアトロ・ムセオにあった天井画の制作風景かな・・・
テアトロ・ムセオについてはこちらを参照下さい。
http://4travel.jp/travelogue/10959948 -
Galatea of the Spheres(1932年)の制作風景でしょうか? となれば、28歳のダリということになりますね。ダリとガラが結婚したのは1934年ですから、その2年前です。
窓の外の景色はまぎれもなく、ポルトリガットですよね。 -
寄り添う二つの頭は、こんなところにありました。
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帰り道、ガラの好きだった黄色い花がコーヒーカップの中で、まさに咲いているところを見つけました。生もドライも、あまり代わり映えしない花ですね。
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カサ・ムセオ・サルバトール・ダリで最後に訪れたのは、中庭とプールのあるエリア。アルハンブラで見たライオンの中庭のような噴水や・・・
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聖人にミシュランマン・・・
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フェラーリのタイヤにメエ・ウエストの唇、そして沢山のマタドール達。今は水がありませんが、ここは、プールの一番端に当たります。
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これらのフィギアもダリの制作なのか、説明がないのでわかりませんが、彼が自由奔放に、好き勝手に作ったのだと信じたいです。
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プールのもう一方の端はこちらのラウンジ。至るところにコブラが巻きついていて、くつろいで座ってはいられない雰囲気。気が休まりそうにありません。
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ここからだと、先ほどの二つの頭が、このように見えます。海の風景とは全く異なる、作られた景色です。
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こちらにもミシュランマン発見!
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プールへと抜ける通路の隅には、こんなものもありました。
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At the age of six I wanted to be a cook. At seven I wanted to be Napoleon. And my ambition has been growing steadily ever since. Salvador Dali
6歳のとき、僕はコックになりたかった。7歳のとき、僕はナポレオンになりたかった。そして、僕の野望は着実に大きくなるばかりだった。サルヴァドール・ダリ。 -
セクシュアルシンボルのようなフィギアのあるところが、出口でした。ツアーを始めてから1時間10分ほどたっていました。
満足満足。今まで数多く訪れた「○○の家」の中では、5本の指に入るかもしれません。ドイツはニュールンベルグのアルブレヒト・デューラーの家、アムステルダムのアンネ・フランクの家、ザルツブルグのウルフガング・モーツアルトの家、飫肥の小村寿太郎の家・・・・ -
帰り道、坂を上っていくと、見覚えのある白いギリシャ風教会のところに出ました。
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もう一度、ポルトリガットの風景を楽しんでから去ることにしましょう。
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ちょうど電動汽車チキ・トレンがポルトリガットに向かってくるところでした。
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カタルーニャ独立の話はよく耳にしますが、カタルーニャの旗を掲げている家は独立派なのかなあ・・・
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急坂の途中から、カダケスの港もちらっと見えました。そういえば、無造作に積まれた塀の石の厚みが意外とあることに今気がつきました。
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行きには全く気づかなかった方向指示板を発見しました。カダケスの町からポルトリガットに抜ける道は少々わかりにくいので要注意です。でも、これじゃあ、なかなか気がつきませんよね。
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道の向こうに、カダケスの町が姿を現す瞬間です。フィゲレスからはあの山を越えてきたんですね。最終バスでフィゲレスに戻るまで、どこかで休憩しましょう。
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ゆっくりまったり、至福の時間を過ごした後には、これが一番!というわけで、カダケスでもピスタチオを試してみましたが、うう〜ん、やはりイタリアのジェラートには及びません。フィレンツェのカラベのジェラート、もう一度食べたい!
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スペインのデザートはこちら! つぶれた桃再度登場です。甘みが強くって、冷やさなくても結構いけます。一人で二つはぺろっと食べられ、スペイン滞在中は毎日食べ続けたお気に入りです。
明日はダリがガラに贈ったプボルのお城を訪ねます。この続きはイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その56プボル(1)で。
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