2012/05/23 - 2012/05/23
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オータムリーフさん
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旧東海道を歩いて来て、いよいよ東海道53次の内第47番目の宿場町「関宿」に入ってきました。
ここには素晴らしい、江戸時代の街並が残っていました。旧東海道を歩いて、初めて観る昔の宿場町である。
参勤交代や伊勢参りの人々で賑わった。現在、旧東海道の宿場の街並みが失われているなかで、ここ関宿は唯一街並みが残ることから、昭和59年、国の重要伝統的建造物保存地区に指定された。関宿の範囲は東西追分の間、約1.8kmもあり、江戸時代から明治にかけて建てられた古い町屋が200軒も残っている。本陣2、脇本陣2、旅籠は42軒あったそうである。
その関宿を東の端から西の追分までゆっくりと歩いて見て廻った。その時の宿場の様子を紹介したいと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「関宿の入口」
ここは江戸側、関宿の入口です。入口には「関宿」と書かれた大きな看板が有ります。ここから宿場が始まるのである。関駅 駅
-
「関宿の地図」
関宿街道の東半分の地図です。東追分から五百銀行までの道のりですが、この辺りは木崎の街並を観ることが出来ます。 -
「小萬のもたれ松」
宿場に入って直ぐに、「小萬のもたれ松」がある。これは九州久留米藩士の妻が夫の仇を討つために、関宿に留まるが、女子を出産後病死する。その子供は成長すると亀山城下で武術を習得して、無事に仇を討ったそうな。
亀山に通う時に若者の戯れを避けるために、松に身をもたれ隠したと言い伝えられている。その松は何代目かの松の木で、未だ若かった。 -
「東の追分」
東の追分は東の入口で東海道と伊勢別街道の分岐点です。ここには大きな鳥居があり、20年に一度の伊勢神宮式年遷宮の際、内宮宇治橋南詰の鳥居が移されてきます。見事な鳥居でした。 -
「一里塚」
東の追分近くには一里塚跡があります。残念ながら、塚は消えていました。惜しい。 -
「関宿の街並」
そして、関宿の街に入って行った。驚いた!昔風の家々が右左に並んでいる、素晴らしい眺めである、この様な景色を観たのは、中山道では奈良井、妻籠位だろうか、馬籠はちょっと新しすぎるが、馬籠も良かったが・・・・ここの街並みも、本当に素晴らしいものがある。さすが重要建造物保存地区に指定されるだけのことは有るのである。 -
「関宿の街並」
この様な昔の町家が両側にびっしりと並んでいて、まるで江戸時代にタイムスリップした気になってきます。 -
「御馳走場」
関宿の御馳走場は関宿に出入りする大名行列の一行を、宿役人が出迎えたり、見送ったりした場所です。
関宿には、このような御馳走が4ケ所有ったと言われています。 -
イチオシ
「五百銀行」
関宿の街並に配慮した意匠の銀行です。銀行とは思えない関宿の街並に溶け込んでいます。
-
イチオシ
「レストラン山石」
五百銀行の向かいに食堂があったので入る。
ここはレストラン山石という名前のレストランで、建物は江戸時代のものでしょうか、2階は連子格子ははめられて相当古そうです。内部の雰囲気もとても良い。 -
「レストラン山石」
もっと驚いた事は、昼食メニューの中に「東海道関宿名物・関宿弁当」なるものがあったので、それを頼んだのだが、何と、8品とコーヒー付きで780円の安さである。 -
「レストラン山石」
関弁当は風呂敷に包まれて出炊きました。中はどんなものだろうかとワクワクします。 -
「レストラン山石」
これが弁当です。どうですか豪華なものでしょう。これで780円は超お得ですね。 -
イチオシ
「関宿の街並」
これはレストラン山石付近の旧東海道・関宿の街並です。中々風情があります。 -
「関宿の街並」
街道筋の家々は連子格子がはまり、旧街道の宿場町を醸し出しています。 -
「関宿西の地図」
更に関宿を歩いて見ました。関宿の西半分の地図で、ここからは中町の街並と新所の街並を観てみましょう。 -
「関宿旅籠玉屋」
関宿を代表する大旅籠の1つです。江戸時代に建築された貴重な旅籠建築に、当時使われていた道具類や旅に関する資料などを展示しています。2階の中央には宝珠を形どった中籠窓が印象的です。 -
「山車倉」
中町3番町山車と説明板に書かれていたが、これは元禄年間に始まった関宿のお祭りに使う曳山が格納されているものです。 -
「川北本陣跡」
本陣とは大名やそれに匹敵する身分の高い人が泊まる宿です。関宿には本陣が2つあった。その1つが川北本陣でした。今は石碑のみが残っています。 -
「代表的な町家」
関宿の代表的な町家です。古いものでは18世紀中頃の建築で、明治中頃までのものが半数以上あります。
平入の二階建て一般的で、二階前面を土壁で覆った塗籠のものが目を引きます。 -
「六百里庭」
関宿の街並の中に生まれた小公園。関宿が江戸から百六里余りに有るところから名付けられた。通りに面した「建物関亭」からは関宿の家並みが一望できます。 -
「眺関亭からの眺め」
これは眺関亭の二階から西方向を観たものです。 -
「眺関亭からの眺め」
この眺めは東方向の風景です。 -
「再び関宿の街並」
百六里亭を出て再び旧東海道に出て、西方向の街並を観る。 -
「郵便局」
ここは関郵便局です。昔はここに高札場がありました。郵便局前のポストは昔風です。日本が郵便事業を開始した明治5年頃のポストで、今でも現役でポストの役目を果たしています。 -
イチオシ
「高札場」
関宿の復元された高札場です。高札場とは幕府のご法度、掟書や宿場の決まり事を掲示した場所です。明治になってからは殆どの高札場は撤去された。関宿の高札場も明治10年にすべて撤去されたが、保存会の方々の努力で復元されたものです。 -
「福蔵寺」
関宿を西方向に進むと右手に「福蔵寺」なるお寺があります。ここには最初に登場した、かたき討ちを果たした小萬の墓があります。 -
「地蔵院」
国の重要文化財に指定されている地蔵院は「関の地蔵に振袖着せて、奈良の大仏婿に取ろ」と俗謡で名高い。天平13年(741年)行基菩薩の開創と伝えられています。
近郷の人々は勿論、東海道を旅する人々の信仰を集め、現在でも多くの参拝客で賑わっています。 -
「会津屋」
地蔵院前には旅籠会津屋があります。小萬が育った家でもあったと言われる。 -
「新所の街並」
更に西に進むと新所の街並が現れます。遠くには鈴鹿の山々が観えて素晴らしい宿場の街道街並でした。 -
「観音院」
開創は相当古く、中世時代には、当地の豪族関氏の祈願寺として栄えたが、消失し、江戸時代に再建されたものである。 -
「西の追分」
関宿の街並を観ていると飽きることは無く、夢中で観て歩いていたら、西の追分まで来てしまった。
関宿の西の入口西追分は東海道と大和・伊賀海道の分岐点です。ここには旅人の為の休憩施設があります。 -
「西の追分休憩所」
休憩所内部には和室があり、誰でも休むことが出来ます。我々もわらじの紐をほどいてしばしの休憩を取りました。 -
「西の追分休憩所」
更に、休憩設備の内部には鈴鹿の関に関する資料等が展示されています。 -
「この先は鈴鹿峠」
さて、これで関宿は終わり、これから旧東海道は坂下宿に向かうが、その先には東海道の難所の1つである鈴鹿峠を越えることになる。今回の東海道歩きはここまでとして、鈴鹿峠越えは次回とするため、一旦、神奈川に戻ることにした。 -
「JR関駅」
JR関西本線の関駅です。駅前にも「東海道関宿」と大きな看板が有りました。 -
「道の駅・関宿」
JR関駅の側で国道1号線沿いに道の駅があります。ここでは観光案内所を初め、特産品の販売も行っています。
これで、東海道関宿の物語はお終いです。
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