2013/11/09 - 2013/11/11
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からみもちさん
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上海を出発し、安徽省北部を自動車で巡った。
行き先は、まず合肥へ行き、そこから高速道路を100キロくらい北上して寿県へ。
寿県とその北側の八公山を見て、それから80キロくらい東に進み、鳳陽へ。
鳳陽を見たら、高速道路を使い450キロあまりを5時間くらいかけて上海へ戻る。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まずは、合肥へ行った。
合肥は、安徽省の省都で、上海の西450キロほどのところにある。車だと6時間、新幹線だと3時間かかる。
今更なんだけど、三国志関連の史跡を見に安徽省の北部を回ろうかと思い立ち、手始めに合肥に寄ることにした。 -
逍遥津公園の南門。休日なので人でにぎわっている。
燕尾服を着たネズミのキャラクターがこっちを見ている。どこかで見たような。 -
張遼の像。
ここ逍遥津公園は、三国志の時代の古戦場で、この張遼率いる七千人の魏軍が、孫権率いる10万人の呉軍を打ち破って合肥城を守り通したという戦いがあり、その一戦での張遼の活躍ぶりを称えてこんな像が建っている。 -
公園の中は、こんな風な中国庭園式の池と楼閣と橋があるところもあり、遊園地や広場やその他施設もあり、けっこう広い。11月11日の「光棍節」付近だったこともあり、カップルが多かった。
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飛騎橋。
この橋の由来は、やはり孫権が張遼と戦ったその時の戦で、孫権が敗れて退却する際に、魏の兵に追われてこの橋までたどり着いたときに橋が崩れていて、部下が孫権の馬の尻を鞭でたたいて、馬が飛ぶように跳んで向こう岸に渡った、というので、それをここに再建したという。
そういうことがあったんだ、と学ぶことはできたけど、その時の雰囲気はまったく味わえない。 -
三国歴史文化館。公園内にある。20元。
三国志に関連する資料が展示してある。 -
木牛の再現模型。投石器なんかもあった。
あとは、三国時代の武器鎧や陶器や勢力図や武将の履歴やそういう資料が展示してあった。20元の価値があるかというと微妙だけど、逍遥津公園は基本的にただの公園なので、三国志の史跡目当てで来た人間にはそれなりの達成感を持たせてくれる。 -
張遼の墓。なかなか立派。
一番奥には盛り土がある。中間の高台は地元老人の憩いの場になっている。 -
淮河路歩行街。合肥の繁華街。スターバックスやマクドナルドもある。東端には明教寺もある。
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明教寺。
石垣の上に建っていて、特徴のある建物。
入るには入場料が必要。 -
包公園。合肥城を囲むようにして四方にこういう公園がある。合肥の街は結構緑が多い。ちょっと蘇州に似てるけど、蘇州のように古い町並みが残っているわけではない。
この包公園は、北宋時代の包拯という役人の史跡がある。
包拯は、「鉄面無私」の判官として中国では崇められていて、皇帝の親戚でも態度を変えずに厳しく裁いた公正な人物で、京劇の題材にもなっている。
この合肥の出身だということで、ここに墓やら祠やらがある。 -
包拯の墓。傍らには、その妻や親族の墓もある。
奥に行くと、墓室の様子の展示もあり、なかなか雰囲気がある。 -
包拯祠。包拯を祭った施設。けっこうな賑わいだった。
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包拯の像。黄金に輝いている。東南アジアじゃあるまいし。
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安徽省博物館。無料で入場できる。
しかし内容には乏しく、比較的小さな陶器や古美術品があって、その他は現代芸術家の展示が半分を占めている。行く価値は薄い。 -
博物館の展示物の一つ、恐竜の化石のレプリカ。
合肥は近郊にも観光地がいくつかあり、李鴻章の旧居やその他公園もいくつかあるようだ。
今回は、三国志関連の旅ということで、「三国新城」という場所に行くことにした。 -
三国新城。合肥から北西に30キロほど行ったところにある。バスだと、300路で行けるようだ。入場料25元。
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この城は何なのかというと、三国志の時代、魏の勢力範囲だった合肥の街が度々呉軍の侵攻にさらされていて、合肥の南10数キロにある巣湖までは呉の水軍が直接侵入でき、現在の位置だと呉の水軍から防衛するのが困難だという理由で、魏の将軍満寵が二度上奏し、233年に建設したという。
軍事戦略的な視点から建設されたもので、その後数度呉の侵攻を阻んだものの、晋が中国統一を果たすと役目を終えて廃城になったという。 -
三国新城全体図。
お堀と城壁に囲まれた中に史跡が点々とある。これらの遺跡は2004年に発掘され、公園としては2007年から一般開放されてるようだ。 -
満寵の像。この城は満寵が自らの防衛計画に沿って建設を朝廷に提案したものなので、彼が主役なのだ。
しかし満寵の像が拝めるとは思わなかった。日本だとまず光の当たらない武将だ。 -
公園は、こんな風な堀に囲まれている。発掘も終わり、公園としてきれいに整備されている。
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城の東門。史跡で一番大きくしっかりと復元されている。
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東門の上から城内を撮影した。
城内は基本的には何もない。所々兵舎や鍛冶舎等の基礎部分が残っていて、建物が復元されて兵士の様子なんかも復元されていて、公園としての体裁を整えようとしている。 -
あとは、新城からの出土物を展示した建物や、三国志関連の資料館やらもあった。
しかし出土品は土器のかけらくらいしかなく、そもそも建物も基礎部分の跡しかなく、城らしく復元しなかったら、考古学者じゃないと行かないような土地だったはずだ。
バスだと片道1時間半くらいかかるようだけど、それだけかけて行くような場所ではない。
AAAA景区と言うにはちょっと無理がある気がした。
三国志ファンとしては、1800年前の事なので史跡自体他の場所では残ってないので、行けばそれなりの感慨は抱くかもしれない。 -
合肥で目に付いたのが、こういう屋台。小型で小回りが利きそう。
上海では公安が取り締まるのでこういう光景は見かけない。 -
屋台で買った。左がチャーハン。右が「花蛤蜊」という料理。あさりを生姜、唐辛子、豆板醤等で炒めたものらしい。合肥ではこれが一番おいしかったかな。つゆをチャーハンにかけて食べるとまたおいしかった。
牛肉春雨スープやアヒル肉小籠包なんかも食べたが、微妙だった。
総括すると、合肥は観光地としては微妙だった。
三国志に興味がなければいく必要ないんじゃないか。
徽派建築を見たいんだったら黄山の麓の古村群にいくべきだし。 -
合肥の次は、寿県へ行った。
寿県は、安徽省淮南市の西15キロ、合肥からは120キロくらいある。
三国志の時代は寿春といい、袁術が皇帝を自称し都を置いた場所だ。
春秋戦国時代は、楚国が一時期都を置き、「郢」と呼んでいたという。
漢の時代は、高祖劉邦がその長子劉長を淮南王とし、寿春に建都したという。
古代においては中原で最も栄えた都市の一つだったようだ。 -
寿県の南城門。
街の四方を城門と城壁が完全に囲っている。現存している城壁は北宋時代のものだという。 -
城の周囲の堀はかなり広い。遊歩道もあり、よく整備されている。
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寿県城北門近影。自生した植物がいい味を出している。
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城壁のうえはこういう遊歩道になっている。お年寄りたちが健康作りなのか歩いている姿が目に付く。
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報恩寺。東門を少し北に行ったところにある。
ここは、唐の時代の玄奘が建立したという伝承のある由緒あるお寺らしい。中に安置されてる羅漢像も古いものもあるらしいが、見た感じは紙粘土で作った感がある。 -
寿県博物館。西大街の中心寄りにある。以前は報恩寺内にあったが、近年ここに移転してきたらしい。
ここにはそこそこの物が展示されていた。 -
十八羅漢の銅像。明の時代に作られたもの。
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十八羅漢銅像その2。表情とか着物の感じとかが自然でよい。
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金棺。とても小さい。報恩寺の仏塔の地下室から出土し、舎利が入っていたという。
舎利も展示されてたんだけど、骨ではなく本当に砂利みたいなものだった。
その他、この博物館では、八公山豆腐の作り方やら寿県の歴史やらの展示物があった。
その中で、「淝水の戦い」の展示にけっこうのスペースが割かれていた。
中国では寿県といえばこの戦いが有名らしい。 -
寿県の北、淝水という川を挟んだ向こうには、八公山という標高300メートルほどの山地が広がっている。
漢の時代に淮南王の劉安という人が八公山で山籠りし、そこで豆腐を発明し、それが豆腐の起源だ、ということで、八公山に行ってみることにした。 -
八公山の麓では、マウンテンバイクのレースが開催されていて、ちょうどスタートする時間にぶつかってしまい、しばしの間足止めされた。
しかし中国でこういった体育競技が開かれてる光景は目新しく、いいものが見れた。
スタートするとすぐに通行止めが解除され、道路を走っているマウンテンバイクを乗用車たちが後ろから追い抜いていく、という、あまり安全とはいえない状況になった。
しかしちんたら走ってたり降りて徒歩で引いている人や完全に止まって風景を写真に撮っている人もいて、相変わらずゆるい大会になっていた。 -
八公山の入り口。あいにく天気が悪い。入場料は50元だが、払う価値はない。
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八公山風景区の地図。これを見ると見所がたくさんあるように見えるが、実際は下半分しか見所はない。上半分は、車でないといけない上、ダムとか回族の村とかがあるだけで、観光地ではない。
南半分のエリアは入場料を払って入るのだが、この地図もいい加減だし、路上の指示板の方向もあてにならないし、つまらない見所を回るためにかなり迷わされた。 -
八公山の景色。紅葉がきれいだったので気も休まったが、夏とか冬だったらさぞいらいらしたことだろう。
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石林。ずいぶん小ぶりだ。
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淮南王宮。石林の脇の階段を上った先にある。淮南王の王宮を再現したもののようだ。
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本殿には、淮南王劉安の像が祭ってある。上には、「豆腐始祖」の文字が。
他にも、劉安は周りの人たちと『淮南子』という作品を記していて、「塞翁が馬」とか「臥薪嘗胆」とか今でも身近な話をいろいろ遺している。 -
白塔寺。石林を通り過ぎてまっすぐ行った所にある。
高台に立っていて少し眺めがよい。でも観光客がわざわざ行くほどでもない。
八公山は道に迷った挙句これくらいの観光地を見て終わった。
まあ豆腐が生まれたとされる土地の雰囲気を体感できたのはよかったかな。
でも50元は高い。
その次には、その豆腐始祖淮南王劉安の墓へ行った。 -
入場料5元。寿県の北、省道102号線沿いにある。
この道路沿いには、八公山豆腐の豆乳を売る店が並んでいた。
この後寿県に行ったので、寿県で豆腐を食べれると思い、素通りしてしまった。
しかし寿県城に入ると、八公山豆腐の文字は一向に見えず、豆乳でも買っておけばよかったと後悔した。 -
その次は、鳳陽へ行った。
鳳陽県城は、安徽省北西部、蚌埠市の東約20キロのところにある。
明の太祖朱元璋の故郷の町で、明王朝には「中都」が建設されたという。 -
鳳陽県城の一番の見所、鼓楼。
かなり大きい。何でも、天安門と同じくらい大きいらしい。
この楼の上は朱元璋資料館になっている。30元。例によって大した物は展示されていないが、この大きな鼓楼の上から広場を見るとそこそこのいい景色だ。 -
鼓楼の上からの景色。
周囲は、昔風の町並みになってるが、観光客が全然来ないのか、全部地元民向けの服屋とか食堂等で、建物自体も屋根だけ昔風で壁や窓は素っ気無いアパートになっている。面白みがない。 -
鼓楼を近くから撮影。
石を積んだ中ワンポイントのエンブレムがなかなかよい。 -
明中都の地図。かなりの大規模だったようだが、今は鼓楼しか残っていない。
この地図を見ると、鳳陽県城の西に、皇城があると書いてある。
この皇城が、百度地図やカーナビでは一切出てこないし、町を走ってても案内板もまったく出てこない。
しかし、皇城遺跡の写真はネット上に上げられていて、遺跡の存在は分かってたので、どうにか行きたかった。
この地図とネット情報を元にあたりをつけて行って見たら何とかたどり着いた。 -
明中都皇城の承天門。南門になる。
場所は、府西街を西に進み、一つ目のT字路の北側にある。 -
入り口は完全に工事中で、道もまだ舗装されておらず、観光地としての体裁がなっていなかった。
地図に一切載ってこない理由が理解できた。
観覧するのに入場料も当然かからない。 -
承天門の上から撮影。
門楼の脇に段々があり、そこから無理矢理に登る。 -
皇城の中は、見事に何も残っていない。
田んぼや畑しかないが、逆にこののどかな感じがいい。過ぎた時間の長さを感じる。 -
明中都皇城遺跡は、城壁だけ残っている。
この城壁にも登れ、城壁の上をずっと歩いていけるようだ。 -
城壁を登るのにちゃんとした道はないが、地元民がよく散歩するらしく、踏み固められて道ができている。
-
城壁の上。草が生えっぱなし。
何の手入れもされていない感じがよい。 -
遠目に山並みが見え、最高の見晴らしだ。
草が生え放題だし、転落の危険もあるし、この遺跡がちゃんと整備されたらこの城壁には登れなくなってしまうんじゃないだろうか。
城の中も田畑がなくなってしまうだろうし、そう思うと、この光景は今のうちしか見れないのかな。
観光地として開発されても田畑や城壁の草とかは残してほしい。 -
このほか、郊外にいくつか観光地があり、そのひとつ、明皇稜に行った。
鳳陽県城より南に7キロ、X057号道を進んでいくとある。
写真は、明皇稜入り口。入場料50元。駐車場代10元。
明太祖朱元璋の父母のお墓。高い割には何もない。 -
明皇稜の参道。
道も像もきれいに復元されている。
これで50元取るわけだ。 -
像の近影。よく復元されている。
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朱元璋の父母のお墓。お香がたててある。お参りする人もまれにいるらしい。
このほか、石碑があるだけで、何もない。
60元の価値はなかったな。まわりにもみやげ物屋も何もないし。
本当に特殊な参拝客しか来ないんじゃないかな。
バスも通ってないらしく、帰るときに、施設のおばさんに声をかけられ、鳳陽県城まで送らされた。
いいとも言ってないのに、後部座席に乗ってきやがった。
それなら駐車場代くらいタダにしろよと思ったが。
本当にふざけた観光地だった。 -
鳳陽は、わざわざ時間をかけて行くところじゃないと思う。
というかそもそもマイナーなところにわざわざ行ってるので、大したものがなくて当たり前か。
やっぱりメジャーな観光地はそれなりの見所と設備があるし、マイナーなところには何もないのだ。
皇城遺跡だけはよかったかな。
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