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(表紙写真・・・列柱道路の遠景)<br /><br />博物館を後にすると、ここからいよいよ遺跡見学の本番が始まる。博物館から少し移動して遺跡の入口門に到着。目の前には写真で見慣れた「凱旋門(記念門)」がそびえている。崩れかけてはいるが、この遺跡の象徴的部分でもある。この門から山の方に向かって有名な列柱道路が1.3kmも続くという。しかし、発見当時はこの列柱も10mほど砂に埋もれていたらしい。<br /><br /><br /> 見上げる快晴の空の中、陽は静かに傾き始めている。その穏やかな射光を浴びながら、2000年の時を経た遺跡群が今、目の前に静かなたたずまいを見せている。なんとも美しい午後のシーンである。門をくぐり、そびえる大理石の円柱が両側に整然と並ぶ列柱道路を歩いて行く。この円柱の上部にはそれぞれ台座が取り付けられており、その上には町の有力者の像が立っていたそうだが、悲しいかな今はその像は見られない。この円柱は片側375本、両側合わせて750本が立ち並ぶ列柱だったという。当時はきっと壮観きわまる列柱道路だったに違いない。<br /><br /><br />浴場跡<br /> 列柱道路の右手に大きな浴場跡が見える。古代ローマ遺跡では、こうした浴場の跡がよく見られる。古代ローマ人はよほど入浴が好きだったのだろう。そこでは王族たちが湯浴みしたのだろうが、その他の身分の人たちも入れたのだろうか? その当時、どんな目隠しがあったのだろう? また、水の運び入れや湯沸しはどうしたのだろう? 興味は尽きないが質問の機会を失ってしまう。<br /><br /><br />円形劇場<br />この先には、これもローマ遺跡共通の円形劇場がある。よほど集会その他のイベントが好きな民族だったとみえる。ここのは観覧席も13段と規模も小さく、お定まりの半円形の観覧席が前面のステージを取り囲む形式である。でも、これまでペトラ、ジェラシュ、ボスラなどとローマ遺跡の劇場を見て来ただけに、これがないとローマ遺跡らしく思えないのが不思議である。 <br /><br /><br />「四面門」<br />この奥のほうまで列柱道路は延々と続くのだが、その途中に「四面門」がそびえている。基壇の上に4本の柱が並ぶもので、それぞれその中央には彫像があったらしい。これもローマ遺跡にはよく見られるという。背後にはアラブ城砦を望むなだらかな稜線が伸びているが、これをバックにして広がる遺跡のシルエットはなんと素敵なことだろう。これが2000年の時を経て今、我が眼に写る遺跡の風景である。 <br /><br /><br />円柱と角柱<br />その奥の列柱道路の様子は少し様子が違っている。というのは、左右の列柱の形がが異なっていて、片方は円柱、その反対側は角柱となっている点だ。それに円柱の方の真ん中よりやや下部の部分が申し合わせたようにどれもが削がれて凹んでいるのだ。これは強風で砂嵐となった際に、大小の砂利石が吹き当たってヘずれるのだそうだ。柱の上部よりも、この位置あたりが一番砂利石が当たるらしい。それが長い歳月を経るうちに、このようにへずれてしまうのだという。砂嵐、恐るべしである。<br /><br /><br />ここまで見学した後、しばらく自由時間となる。思い思いに、50万人の古代人が生活していた往時に思いを馳せ、タイムスリップしながら、しばしの間パルミュラのロマンにひたる。遺跡の片隅に立ってじっと耳をすますと、往来する往時の人々の足音やざわめきが聞こえて来るようだ。人々が談笑する声、喧嘩する声、若いカップルが囁き合う声、ナツメヤシや産物を市で商いする声、劇場から聞こえるどよめきの声、ラクダや羊の鳴き声、往来する車のきしむ音・・・などなど。さぞ活気にあふれていたことだろう。<br /><br /><br />アラブ城砦へ<br /> ふと我に返ると、出発の時間である。これから背後に眺められた山上のアラブ城砦へ移動するというのだ。健脚の数人は徒歩で山上まで登坂するという。ここから30分〜40分はかかるらしいのだが、そのエネルギーには脱帽である。残りの一行は、もちろんバスで移動する。<br /><br /><br /> 遺跡を出発したバスは、その周囲を迂回しながら登山道へ入る。麓からは急坂になり、その頂上の手前でバスは停車。あとは徒歩でお城まで登坂する。この城砦は高さ150mの岩山の頂上に築かれたもので、十字軍の攻撃に備えるために建てられたといわれる。手前の方には堀まで備えており、今は細いブリッジが掛けられて中に入ることができる。でも、時間がなさそうなので入城はあきらめる。<br /><br /><br />この城砦まで登坂した最大の目的は、ここからパルミュラ遺跡の全景を俯瞰することと、山上からのサンセット風景を観賞するためである。城砦の下の展望所には観光客がいっぱいで、思い思いに眼下の遺跡の夕暮れ風景を眺めながら感慨に耽っている。まずはここから俯瞰する全景を写真に収めておこう。でも、残念ながら少し霞んで見えるのだが、それは砂塵がただよっているせいだろうか?<br /><br /><br />ここからの眺望は、砂漠の中に広がるパルミュラの街並みやこの山に向かって長く伸びる遺跡の全体が望め、また緑の絨毯のように広がるナツメヤシの群生が俯瞰できるのである。かつては50万人が暮らしたというこのパルミュラの都も、今は砂にまみれる列柱の廃墟と化して静かに眠っている。有為転変、栄枯盛衰の時の流れが、しみじみと感じられる風景である。 <br /><br /><br />サンセット風景<br />この展望所から裏手の西側の丘に移動する。ここから夕日を拝もうというわけである。いま前方には、西の空を茜色に染めながら夕日が沈もうとしている。一日の終わりを告げるこの日のサンセット風景を見ようと、みんなこの斜面に集まっている。実はこのタイミングに合わせて、今日のパルミュラ遺跡の観光が組まれていたのだ。なかなか粋な計らいである。<br /><br /><br /> 前方に横たわるなだらかな山並みに、いま夕日が沈もうとしている。しばらく待っている間に、みるみる夕日が落ちていく。死海の夕日、ワディ・ラム砂漠の夕日、ペトラの夕日、そしてダマスカスの夕日と各地で入日を眺めてきたが、中東地域のサンセットはひとしお美しく感じられる。それは乾燥した空気とその清浄さにあるのかもしれない。山の端に夕日が落ちる瞬間をカメラにとらえる。文字どおり陽がすとんと落ちる感じで、途端に辺りは夕闇に包まれる。5時40分の日没である。<br /><br /><br />ホテルへ<br />天候に恵まれて無事にサンセット風景を観賞した後、夕闇の中をホテルへ向かう。ホテルマンに付近の様子を尋ねると、近くに商店街があるという。そこでチェックインして部屋に荷物を置くや否や、仲間と連れ立って夜のストリートに繰り出してみる。すぐの角を曲がったところがこの町の商店街らしいが、街灯も少なくて暗い通りである。今は人影も少なくてひっそりとしており、ところどころに店が開いているだけである。昼間は活気を見せるのだろうか?<br /><br /><br />商店街の様子<br /> 肉屋さんがひとり気を吐いていて、奥の冷蔵庫の中には羊の肉が丸ごとぶら下げてあり、店頭ではおいしそうな鶏の丸焼きがじゅうじゅうと音を立てている。夕食に買いに来る客がいるのだろう。めぼしい店は見かからないので、通りの端まで行くとUターンして戻る。<br /><br /><br /> パルミュラ遺跡という有名遺跡を抱える町だが、お金が落ちるのはホテルと旅行関係、それに多少の土産品店ぐらいなのだろう。町の周囲には農地は見られないのだが、ここの住民は何で生計を立てているのだろう。ナツメヤシの栽培や牧羊をしながら収入を得ているのだろうか?<br /><br /><br />夕食は、いつものアラビックなバイキング料理である。ビール(小ビン4ドル)を注文して喉を潤す。部屋に戻ってよく確かめると、ここのバスルームにもビデが備えてある。これまで泊まったホテルのすべてにこれが備えてあるところをみると、中近東のホテルではビデは標準装備なのかもしれない。欧米式のように直下から噴水する方式ではないのだが・・・。<br /><br /><br />この部屋は角部屋で表と側面の2ヶ所に窓が付いている。横手の窓からは町の灯りがちらほらと眺められるが、表の窓からはただ漆黒の闇が見えるばかり。多分、この窓の向こうには砂漠が広がっているのだろう。今宵は隊商の一員になったつもりで、アラブの夢を結ぶとしよう。<br /> <br />(この続きはこちらへ・・・⇒  http://yasy7.web.fc2.com/middle-11.htm)<br /><br />

パルミュラ遺跡観光

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2006/03/22 - 2006/03/22

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yasyas

yasyasさん

(表紙写真・・・列柱道路の遠景)

博物館を後にすると、ここからいよいよ遺跡見学の本番が始まる。博物館から少し移動して遺跡の入口門に到着。目の前には写真で見慣れた「凱旋門(記念門)」がそびえている。崩れかけてはいるが、この遺跡の象徴的部分でもある。この門から山の方に向かって有名な列柱道路が1.3kmも続くという。しかし、発見当時はこの列柱も10mほど砂に埋もれていたらしい。


見上げる快晴の空の中、陽は静かに傾き始めている。その穏やかな射光を浴びながら、2000年の時を経た遺跡群が今、目の前に静かなたたずまいを見せている。なんとも美しい午後のシーンである。門をくぐり、そびえる大理石の円柱が両側に整然と並ぶ列柱道路を歩いて行く。この円柱の上部にはそれぞれ台座が取り付けられており、その上には町の有力者の像が立っていたそうだが、悲しいかな今はその像は見られない。この円柱は片側375本、両側合わせて750本が立ち並ぶ列柱だったという。当時はきっと壮観きわまる列柱道路だったに違いない。


浴場跡
列柱道路の右手に大きな浴場跡が見える。古代ローマ遺跡では、こうした浴場の跡がよく見られる。古代ローマ人はよほど入浴が好きだったのだろう。そこでは王族たちが湯浴みしたのだろうが、その他の身分の人たちも入れたのだろうか? その当時、どんな目隠しがあったのだろう? また、水の運び入れや湯沸しはどうしたのだろう? 興味は尽きないが質問の機会を失ってしまう。


円形劇場
この先には、これもローマ遺跡共通の円形劇場がある。よほど集会その他のイベントが好きな民族だったとみえる。ここのは観覧席も13段と規模も小さく、お定まりの半円形の観覧席が前面のステージを取り囲む形式である。でも、これまでペトラ、ジェラシュ、ボスラなどとローマ遺跡の劇場を見て来ただけに、これがないとローマ遺跡らしく思えないのが不思議である。


「四面門」
この奥のほうまで列柱道路は延々と続くのだが、その途中に「四面門」がそびえている。基壇の上に4本の柱が並ぶもので、それぞれその中央には彫像があったらしい。これもローマ遺跡にはよく見られるという。背後にはアラブ城砦を望むなだらかな稜線が伸びているが、これをバックにして広がる遺跡のシルエットはなんと素敵なことだろう。これが2000年の時を経て今、我が眼に写る遺跡の風景である。


円柱と角柱
その奥の列柱道路の様子は少し様子が違っている。というのは、左右の列柱の形がが異なっていて、片方は円柱、その反対側は角柱となっている点だ。それに円柱の方の真ん中よりやや下部の部分が申し合わせたようにどれもが削がれて凹んでいるのだ。これは強風で砂嵐となった際に、大小の砂利石が吹き当たってヘずれるのだそうだ。柱の上部よりも、この位置あたりが一番砂利石が当たるらしい。それが長い歳月を経るうちに、このようにへずれてしまうのだという。砂嵐、恐るべしである。


ここまで見学した後、しばらく自由時間となる。思い思いに、50万人の古代人が生活していた往時に思いを馳せ、タイムスリップしながら、しばしの間パルミュラのロマンにひたる。遺跡の片隅に立ってじっと耳をすますと、往来する往時の人々の足音やざわめきが聞こえて来るようだ。人々が談笑する声、喧嘩する声、若いカップルが囁き合う声、ナツメヤシや産物を市で商いする声、劇場から聞こえるどよめきの声、ラクダや羊の鳴き声、往来する車のきしむ音・・・などなど。さぞ活気にあふれていたことだろう。


アラブ城砦へ
ふと我に返ると、出発の時間である。これから背後に眺められた山上のアラブ城砦へ移動するというのだ。健脚の数人は徒歩で山上まで登坂するという。ここから30分〜40分はかかるらしいのだが、そのエネルギーには脱帽である。残りの一行は、もちろんバスで移動する。


遺跡を出発したバスは、その周囲を迂回しながら登山道へ入る。麓からは急坂になり、その頂上の手前でバスは停車。あとは徒歩でお城まで登坂する。この城砦は高さ150mの岩山の頂上に築かれたもので、十字軍の攻撃に備えるために建てられたといわれる。手前の方には堀まで備えており、今は細いブリッジが掛けられて中に入ることができる。でも、時間がなさそうなので入城はあきらめる。


この城砦まで登坂した最大の目的は、ここからパルミュラ遺跡の全景を俯瞰することと、山上からのサンセット風景を観賞するためである。城砦の下の展望所には観光客がいっぱいで、思い思いに眼下の遺跡の夕暮れ風景を眺めながら感慨に耽っている。まずはここから俯瞰する全景を写真に収めておこう。でも、残念ながら少し霞んで見えるのだが、それは砂塵がただよっているせいだろうか?


ここからの眺望は、砂漠の中に広がるパルミュラの街並みやこの山に向かって長く伸びる遺跡の全体が望め、また緑の絨毯のように広がるナツメヤシの群生が俯瞰できるのである。かつては50万人が暮らしたというこのパルミュラの都も、今は砂にまみれる列柱の廃墟と化して静かに眠っている。有為転変、栄枯盛衰の時の流れが、しみじみと感じられる風景である。


サンセット風景
この展望所から裏手の西側の丘に移動する。ここから夕日を拝もうというわけである。いま前方には、西の空を茜色に染めながら夕日が沈もうとしている。一日の終わりを告げるこの日のサンセット風景を見ようと、みんなこの斜面に集まっている。実はこのタイミングに合わせて、今日のパルミュラ遺跡の観光が組まれていたのだ。なかなか粋な計らいである。


前方に横たわるなだらかな山並みに、いま夕日が沈もうとしている。しばらく待っている間に、みるみる夕日が落ちていく。死海の夕日、ワディ・ラム砂漠の夕日、ペトラの夕日、そしてダマスカスの夕日と各地で入日を眺めてきたが、中東地域のサンセットはひとしお美しく感じられる。それは乾燥した空気とその清浄さにあるのかもしれない。山の端に夕日が落ちる瞬間をカメラにとらえる。文字どおり陽がすとんと落ちる感じで、途端に辺りは夕闇に包まれる。5時40分の日没である。


ホテルへ
天候に恵まれて無事にサンセット風景を観賞した後、夕闇の中をホテルへ向かう。ホテルマンに付近の様子を尋ねると、近くに商店街があるという。そこでチェックインして部屋に荷物を置くや否や、仲間と連れ立って夜のストリートに繰り出してみる。すぐの角を曲がったところがこの町の商店街らしいが、街灯も少なくて暗い通りである。今は人影も少なくてひっそりとしており、ところどころに店が開いているだけである。昼間は活気を見せるのだろうか?


商店街の様子
肉屋さんがひとり気を吐いていて、奥の冷蔵庫の中には羊の肉が丸ごとぶら下げてあり、店頭ではおいしそうな鶏の丸焼きがじゅうじゅうと音を立てている。夕食に買いに来る客がいるのだろう。めぼしい店は見かからないので、通りの端まで行くとUターンして戻る。


パルミュラ遺跡という有名遺跡を抱える町だが、お金が落ちるのはホテルと旅行関係、それに多少の土産品店ぐらいなのだろう。町の周囲には農地は見られないのだが、ここの住民は何で生計を立てているのだろう。ナツメヤシの栽培や牧羊をしながら収入を得ているのだろうか?


夕食は、いつものアラビックなバイキング料理である。ビール(小ビン4ドル)を注文して喉を潤す。部屋に戻ってよく確かめると、ここのバスルームにもビデが備えてある。これまで泊まったホテルのすべてにこれが備えてあるところをみると、中近東のホテルではビデは標準装備なのかもしれない。欧米式のように直下から噴水する方式ではないのだが・・・。


この部屋は角部屋で表と側面の2ヶ所に窓が付いている。横手の窓からは町の灯りがちらほらと眺められるが、表の窓からはただ漆黒の闇が見えるばかり。多分、この窓の向こうには砂漠が広がっているのだろう。今宵は隊商の一員になったつもりで、アラブの夢を結ぶとしよう。

(この続きはこちらへ・・・⇒  http://yasy7.web.fc2.com/middle-11.htm

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
社員・団体旅行
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 遺跡の入口にある「旋門(記念門)」<br />

    遺跡の入口にある「旋門(記念門)」

  • この列柱道路がここから1.3kmも続く

    この列柱道路がここから1.3kmも続く

  • どこまで続くぞ列柱道路。右側が角柱になっている。柱の下部が削がれている。

    どこまで続くぞ列柱道路。右側が角柱になっている。柱の下部が削がれている。

  • 円形劇場

    円形劇場

  • 浴場跡

    浴場跡

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