2014/08/27 - 2014/08/27
52位(同エリア514件中)
ベームさん
8/27(水)、8日目。
26日にシュターデからハンブルクに来ました。ホテルでヘルシンキ経由で到着した仲間7人と無事再会を祝しました。
27日、今日は1日ハンブルクです。
ハンブルクは人口180万人、ドイツ第2の都市で、かつドイツ最大の港湾都市でもあります。正式名称「自由ハンザ都市ハンブルク」。ハンブルクだけで一つの州です。ドイツの若者が最も住みたい町といわれます。
9世紀前半には文献に現われ交易商人手工業者が住みはじめる。1189年赤髭王フリートリヒにより通商上のさまざまな特権を与えられる。
リューベックとケルンという2大ハンザ都市を結ぶ立地に加え1321年に自らもハンザ同盟に加入しますます発展を続けた。
新大陸の発見による通商の中心の変動、30年戦争などで他のハンザ都市が衰退したのに反し、ハンブルクは30年戦争の被害を受けず、エルベ川から北海、大西洋へ出られる水運をいかしさらに発展する。
1842年の大火、第2次世界大戦の被害から不死鳥のようによみがえった町には古都にみられるようなしっとりした風情は求むべくもないが、今に生きる活気のある港湾都市を感じることが出来ます。
今でもヨーロッパではオランダのロッテルダムに次ぎ第2の貨物取扱量を誇っています。
メンデルスゾーン、ブラームスの出身地。ビートルズ発祥の地。ピアノのスタインウエイの生産拠点もハンブルクにあります。
写真はハンブルク市庁舎。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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8/26。
シュターデ発17:03のME。
車窓左にハンブルク港の林立するクレーンが見えてきました。 -
MEはメトロノームのことです。
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ハンブルクHbf17:56着。
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駅構内。
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ホテルは駅の東側数分、ルーメン・アム・ハウプトバーンホフ。
ここで今日日本を発つ仲間を待ちます。仲間は7人、フィンランド・エアーでヘルシンキ経由18時30分にハンブルク空港につきます。 -
ここでホテルについて。今回8人の団体になってからのホテルは某旅行業者に頼みました。ヨーロッパ旅行にかけては実績のある会社です。
このハンブルクのホテルもいいホテルですよ、とのことでしたが大違い。立地も含めてひどいホテルでした。
1.駅から数分のシュタインダム通りに面しているのですがこの通りが酷い。写真は朝早くのもので分かりませんが、日中から夜中まで得体のしれない男や女がうろうろ、夕方になるとひと目でそれとわかる女があちこちに立ち始める。それもこのホテルの入り口付近に3~4人もいる。私が仲間を待つためしばらく通りに出ていたらなんと声を掛けてきた。よっぽど客にあぶれていたものと見えます。 -
2.ホテルの周辺、セックスショップ、カジノが何軒もあり風紀悪い。
3.ホテルについて。フロントは2階で、そこまで40段ほどの狭い急な階段。大きなスーツケースを持った女性なら、いや私でも一人では無理でしょう。
4.フロントの従業員が良くない。あんちゃんみたいな感じ。暇になると下の道に出て行って煙草をふかしながら得体のしれない男たちと喋っている。
5.ロビーがない。待ち合わせは狭いフロントの前で立ちながら。
まあざっとこんな有様です。このホテルを紹介してくれた旅行業者はいったい何をもって良いホテルだとしたのだろう。
こんなホテルに4泊です。 -
ホテルの入り口の両側はこんな店です。
朝の写真で、昼はこんなものではありません。
20時頃仲間もホテルに到着、荷物を引っ張り上げるのに一苦労した後みんなで食事に出かけました。駅前のあるホテルの2階の中華料理店。久しぶりに侘しい一人の食事から解放されました。勇ましいウエートレスがいました。客のコップにビールを注ぐとき高いところからどぼっと注ぐ。ビールが飛び散るのお構いなし。食後外アルスター湖まで散歩。 -
中華レストラン。
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翌8/27日。
今日から8人の団体旅行、1日ハンブルク観光です。天気は上上。
駅で見つけたハンス・フンメル君。
ハンブルクの名物男で、あちこちに立っていました。 -
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ハンブルク中央駅西口。こちら側が町の中心です。
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建物の上にもスーパーマン仕様のフンメル君。
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メンケベルク通り。
聖ヤコブ教会。 -
聖ペトリ教会。
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創設は12世紀でハンブルク最古。1842年の大火で焼失、1849年再建。
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通りの先にハンブルク市庁舎が見えてきました。
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堂々たる威容です。
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塔の高さ112m、幅111m、部屋数は647ありバッキンガム宮殿より多いのが自慢だそうです。
元の市庁舎が1842年の大火(市の3分の1が焼失)で焼け落ち1886~1897年再建。
私が見た市庁舎ではパリ市庁舎、ミュンヘンの新市庁舎とこのハンブルク市庁舎がビッグスリー。 -
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市庁舎広場の横にはアルスター湖に繋がる運河があります。
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アーケードはショッピング街。
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運河のそばに立つ碑。
4万人の市民が君たちのために命を捧げた。1914~1918年。
第1次世界大戦の死者の慰霊碑です。 -
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内アルスター湖。
奥に見えるロンバルツ橋の向こうは外アルスター湖。 -
13世紀にアルスター川を堰き止めて造られた人造湖。ロンバルツ橋を境に外アルスター湖に続いています。
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ラートハウス・アポテーケ/市庁舎薬局。
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証券取引所の横を通って聖ニコライ教会の廃墟に行きます。
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聖ニコライ教会は大規模な修復中で、エレベーターで展望台に上りましたが足場が周りを取り囲み景観はさっぱりでした。
写真もこれ1枚きり。 -
聖ニコライ教会。2012年の写真。
先の大戦で破壊され、残った塔を反戦の記念碑として保存しています。高さ145m。 -
2012年の写真。
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聖ニコライ教会の足元。
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聖カタリーネン教会。
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エルベ川に繋がる運河にでました。
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幾つもの運河に架かる橋の数はヴェネチアのそれより多いそうです。
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港めぐりの遊覧船。若い女の子が呼び込みをしていたので乗りました。15ユーロ。
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約1時間かけて港内を遊覧します。
以下暫く遊覧船からの風景です。 -
エルプフィルハーモニー。
まだ完成していません。一体いつまで掛かるのでしょう。 -
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エルベ川の河口から100キロも遡った所の河川港ですがとても広い。
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20人乗り位の小型の船です。もっと大きな遊覧船も走ったいました。
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キャップ・サン・ディエゴ号。
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ザンクト・パウリ桟橋辺り。
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大型遊覧船の発着場です。
緑の丸屋根はエルベトンネルの入り口。 -
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旧ソ連の潜水艦U434。
1976年の建造で全長92mあるそうです。 -
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ドイツ最大の港湾です。
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コンテナの積み込みをしています。
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林立する大型クレーン。
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船は帰路につきました。
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聖ミヒャエル教会。
ハンブルクのランドマークで港からの良い目印になります。 -
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聖ミヒャエル教会。
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下船して倉庫街へ。
倉庫の先の建物は水上警察。 -
19世紀末から20世紀初頭にかけ建設。
7階建ての赤レンガ造りの重厚な建物が運河の両側に立ち並んでいます。 -
今は倉庫の役目を終えビジネス・オフィスとして使われています。
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世界最大の鉄道模型で人気のミニチュア・ワンダーランドはこの倉庫街にあります。
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エルプフィルハーモニー。
2年前に見たときと工事の進捗状況あまり変わっていないように見えました。 -
名門ハンブルク交響楽団の本拠地となるそうです。
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昼はダイヒ通りのレストランでガレットみたいなもの。
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Sバーン、ランドゥングスブリュッケン駅。
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レーパーバーン駅まで乗りました。
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レーパーバーン。
ハンブルク一の歓楽街。昔海の男のもろもろの欲求のはけ口。 -
こういう類の店が並んでいます。
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怖いもの知らずで(本当は恐る恐る)「飾り窓」のあるというヘルベルト通りへ。
道路は塞がれていて右の赤い看板に「18歳以下の若者と女性の立ち入り禁止」とあります。カメラも×となっています。 -
通りへ首を突っ込み素早くパチリ。
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白い窓枠が飾り窓なんででしょうか。不気味な感じです。
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ザンクト・パウリ劇場。
こんな恐ろしい場所柄ですが子供向けの映画も上映しています。 -
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レーパーバーン。
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何でしょう。
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奇妙な建物です。
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昼のレーパーバーンはさほどでもありませんが、夜ともなれば様々な欲望を持った者どもで賑わうのでしょう。新宿の歌舞伎町見たようなものか。
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ここにもフンメル君がいました。
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ブラームス博物館に来ました。レーパーバーンから近くです。
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ブラームスと彼を巡る音楽家たちの写真がありとても興味深かったです。
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ヨハネス・ブラームスは1833年ハンブルクで生まれました。この建物は生家ではありませんが住んだことがあるそうです。
係の女性がとても熱心にいろいろ説明してくれました。ブラームスに心酔しているといった感じでした。 -
ピアノソナタ3番。
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シューマンの主題によるピアノの為の変奏曲。
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ドイツ・レクイエム。
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1866年の音楽祭。
ベートーヴェンの第9などをやっています。 -
マイニンゲンにあるマイニンゲン劇場。
ここでブラームス自身の指揮で交響曲第4番は初演されました。 -
1859年ハンブルクのバウムガルテンとハインス製作のピアノフォルテ。
ブラームスはこのピアノフォルテを使って1861~1862年ピアノを教えています。 -
26歳のブラームス。
1833ハンブルクで生まれ1897年ウイーンで死去。 -
ブラームス最初の髭写真。1878年。
ブラームスは1878年ころから髭を蓄え始めたそうです。 -
1894年、バート・イシュルでのブラームスとヨハン・シュトラウス。
シュトラウス:1825~1899年。
シュトラウスが8歳も年上なのに全く逆に見えます。 -
1896年12月、ウイーンに於いて、ブラームス最後の写真。
中央の白髭の人。 -
ロベルト・シューマン。
1810~1856年。 -
シューマンとクララ・シューマン。
シューマンの死後ブラームスは未亡人クララの後ろ盾となり生涯親身に接した。
ブラームスはクララを慕っていましたが彼女の方が14歳も年上であり恋愛感情は持っていなかったと思いますがどうでしょうか。
ロベルトとクララ・シューマンはいまボンの墓に眠っています。 -
1887年、68歳のクララ・シューマン。1819~1896年。
シューマン夫人。19世紀を代表する女流名ピアニスト。
クララ、シューマン、ブラームスの関係は幾つかの映画になっており、「愛の調べ」ではクララをキャサリン・ヘップバーン、シューマンをポール・ヘンリード、ブラームスをロバート・ウオーカーが演じています。 -
フランツ・リスト。1811~1886年。
ブラームスは1853年ハンガリーのヴァイオリニスト、レメーニと共に演奏旅行中ヴァイマールでリストに初めて会っています。 -
ヨーゼフ・ヨアヒム。
ハンガリーの名ヴァイオリニスト。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演者。
1831~1907年。 -
ハンス・フォン・ビューロー。1830~1894年。
指揮者。リストの娘コジマの最初の夫。コジマはビューローのもとを去りリヒヤルト・ヴァーグナーと同棲、結婚する。
後年ブラームスと親交を深め、彼の作品を度々取り上げた。ブラームスの交響曲第1番を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と褒めたのもビューロー。 -
ブラームスのデスマスク。
1897年64歳。 -
ブラームス博物館の辺り。
大きな通りから少し入った静かなところです。 -
聖ミヒャエル教会に向かいました。
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ハンブルクにおけるルター派の中心教会です。ハンブルクのランドマークの一つ。
塔の高さは132mあり港から良く見えます。先の大戦のあと再建されましたが形は元の通りです。 -
悪魔を退治する大天使ミヒャエル。
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教会の前にマルチン・ルター像が建っています。
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エレベーターで82mの展望台へ。
左にアルスター湖、右に聖ニコライ教会の塔。 -
東北方面。
3本の塔。
左から市庁舎、聖ペトリ教会、聖ヤコビ教会。 -
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東南方面。
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南方面。
倉庫街とエルプフィルハーモニー。 -
南方面。
ハンブルク港。 -
南西方面。
エルベ川。 -
西方面。
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堂内に入ります。
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ハンブルクっ子から「ミヒェル」の愛称で親しまれ、観光客にも人気のある教会です。
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祭壇はキリストの復活です。
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説教壇。
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大天使ミヒャエル。
なんだか悪魔が可哀そう。 -
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美しいパイプオルガン。
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これにてホテルへ。
最後にまたまたフンメル君、駅構内です。
明日は日帰りでブレーメンです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- blumentalさん 2020/05/23 20:57:21
- 1日違いの市庁舎
- ベームさん、
久しぶりに書き込みさせていただきます。少しづつ緩和されつつありますが、相変わらず、うっとおしいコロナの毎日です。しばらく中断していた旅行記、今回のステイホームを機に再び書き始めました。先日は私のハンブルク旅行記に訪問下さりありがとうございます。
たまたまハンブルク旅行記を旅行時期順で眺めていたら、何と私の旅行記とベームさんの旅行記とが並んでいるではありませんか。同時期の滞在であることを今になって知りました。べームさんのこちらの旅行記(8/27)は、私共の街歩き(8/28)の前日だったようですね。本旅行記を拝見して初めて知りました。ベームさんの市庁舎の時計が9:45頃を示していますが、私も同時刻の写真があります。同じ広場で日本人8人様のグループを見れば絶対気が付くはずですが、残念です、同時刻の同場所ながら1日違いでした。
この後に続くリューベックの旅行記はずっと以前に拝見しておりましたが、訪問日までは注目しておりませんでした。何と同じ日(8/29)、我々もリューベックに訪問しております。どうやら、ベームさんに最も接近したのはこの日のようです。
話を本旅行記に戻します。我々は遊覧船には乗らなかったので、ベームさんのお写真、大変興味深く拝見しました。特に船から聖ミヒャエル教会がよく見えることが、ベームさんのお写真でよくわかりました。確かに船乗りの目印となっていたこと、納得です。我々も遊覧船に乗ればよかったと何年もたってから思っている次第です。
blumental
- ベームさん からの返信 2020/05/24 11:08:05
- Re: 1日違いの市庁舎
- blumentalさん、
今日は。
いやあ、私も驚きました。1日違いとは。しかも私たちのグループと同じ、フィンエアでヘルシンキ経由まで同じとは(私だけは別ルートでしたが)。
見て周る所も大体同じでしたね。私は市庁舎の中は見ていないし、blumentalさんは港湾巡りをなさっていないなど、関心が異なるのも当然ですが。
リューベックは同日でしたか。滞在時間を調べましたら、私どもはほぼ10時から17時、blumentalさんは11時から15時。同じ時間帯をリューベック市内を歩いていたことになります。どこかですれ違っていたかもしれませんね。
私どもはハンブルクからベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンへ向かいました。blumentalさんご夫妻は南へフランクフルト方向に向かわれましたね。ゴスラー、ヒルデスハイム、ツェレ、ゲッティンゲン、ハン・ミュンデンなどは私も2012年に、ハンザ都市巡りをしたとき立ち寄った街です。
リューベック旅行記をお待ちしています。
ベーム
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