2014/09/28 - 2014/09/28
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十三の白髭さん
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南河内、太子町をブラブラする
叡福寺境内には「叡福寺北古墳」があり
聖徳太子と母の穴穂部間人皇后・妃・膳部菩岐分美郎女の三人が埋葬されているそうです
喜志駅前からバスで太子前で下車、叡福寺境内・聖徳太御子廟御参りして
太子の父・用明天皇陵、叔父・敏達天皇陵、叔母・推古天皇陵付近まで行き
午後から明日香村へ移動して稲淵、棚田と彼岸花を見てきました
表紙 太子町・青空とコスモス
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
-
近鉄・喜志駅
午前7:30到着
8:05発のバスで太子町へ -
喜志駅前の聖徳太子御廟の石碑
-
叡福寺
金剛バス・太子前で下車 -
南大門
仁王さん、チョッと小さいです -
-
南大門を入り境内へ
手水舎、手を洗い御参りします -
叡福寺・多宝塔(重要文化財)
-
叡福寺 山号 磯長山
宗派 真言宗系単立
本尊 聖如意輪観世音菩薩
創建 伝、神亀元年(724年)
開基 伝、聖武天皇
別称 上の太子
札所等 新西国三十三ヶ所 客番
仏塔古寺十八番尊 第2番
聖徳太子霊跡 6番
河内西国三十三ヶ所 21番
文化財 多宝塔(重要文化財)
聖徳太子墓 -
叡福寺
聖徳太子は生前に、推古天皇28年にこの地を墓所と定めたという
推古天皇29年、母・穴穂部間人皇后(用明天皇の后)が没すると
ここに葬られ
翌年、聖徳太子と妃・膳部菩岐々美郎女が追葬されたという -
叡福寺
太子の死後、叔母の推古天皇が土地建物を寄進し
墓守の住む堂を建てたのが叡福寺のはじまりとされている -
叡福寺・見真堂
神亀元年、聖武天皇の発願で東院・西院の2つの伽藍を整備し
西院を叡福寺と称したというが
正史には見えず、史実かどうか定かでない -
叡福寺・弘法大師堂
寺は天正2年の兵火で、大きな被害を受けて
古代の建物は残っていない
慶長年間、後陽成天皇の勅願により
豊臣秀頼が再興した -
叡福寺・金堂
日本仏教の祖、聖徳太子の墓所があるところから
空海・親鸞・日蓮など新仏教の開祖となった僧たちも寺に
参籠したという -
叡福寺の御朱印
境内をブラブラして
本尊は見れなかった -
叡福寺北古墳・聖徳太子御廟
聖徳太子本人と母・穴穂部間人皇后(敏達天皇の后)
太子の妃・膳部菩岐々美郎女の三人が眠っているとされる -
叡福寺北古墳
宮内庁より皇族の陵墓に指定されている
明治12年に学術調査が行われ、石棺・3基が確認される
それまでは参拝のために入れた様ですが
その後、石室の入り口をコンクリートで塞ぎ入れなくなる
古墳の大きさ 約55m 円墳 横穴式石室 -
聖徳太子御廟
叡福寺の所在する磯長(しなが)は蘇我氏ゆかりの地であり
太子の父母も蘇我氏の血を引いている
聖徳太子の父・用明天皇、叔父・敏達天皇、叔母・推古天皇陵が近辺にあります -
叡福寺北古墳
この古墳の被葬者を聖徳太子とする事には異説があり
後世の仮託だとする説も -
叡福寺北古墳・聖徳太子御廟
二天門より -
叡福寺境内から叡福寺北古墳
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二天門の金剛力士像
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叡福寺境内・弘法大師さんにも御参りして
-
叡福寺裏手の墓地にある
水子地蔵さん大きいです -
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叡福寺門前
次の目的地、古代天皇陵へ向かいます -
用明天皇陵
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第31代 用明天皇(河内磯長原陵)方丘 春日向山墳
名 大兄 橘豊日尊
父 欽明天皇 母 皇太夫人・蘇我堅塩媛
皇居 磐余池辺双槻宮
皇后 穴穂部間人皇女
欽明天皇の第四男で母は蘇我大臣・稲目宿禰の娘・堅塩媛で
蘇我氏を外戚とする初めての天皇であった
天皇は異母妹の穴穂部間人皇女を皇后として四人の男子をもうけ
その中の一人が聖徳太子である -
-
用明天皇陵
-
太子町のマンホール
「和を以って貴しと為す」と文字があり
この後、敏達天皇陵へ向かいますが
またまた、頭上から細長い物が落下して来た -
青大将(シマヘビ)君
驚きました、背筋が一瞬・・・・・・・
蹴り飛ばしてやり、藪の中に消える -
柿の木と青空を写す為に構えた時でした
-
敏達天皇陵
聖徳太子の叔父さんのお墓です
山中を歩く時は皆さん周囲に注意しましょう -
敏達天皇陵
資料では前方後円墳ですが
濠も無し?遠くから見ても円丘にしか見えません -
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第30代 敏達天皇 (磯長中尾陵)前方後円墳 太子西山古墳
名 訳語田尊(おさだ)淳中倉太珠敷(ぬなくらのふとたましき)
父 欽明天皇 母 石姫
皇后 豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)(後の推古天皇)
皇居 訳語田幸玉宮
河内磯長中尾陵は空堀で二段の段築の前方後円墳
皇后の石姫が先に葬られ、後に敏達天皇も合葬される -
敏達天皇陵
これまで訪れた 歴代天皇 67人 陵墓 49箇所
合葬を含めてです
大阪府下の古代天皇陵は全部回りました
京都・奈良の天皇陵を順番に回りたいと思います -
竹之内街道を二上山に向かいます
途中で小高い丘に登り -
推古天皇陵方面です
前回とは反対から -
快晴で青空、空気も美味い
二上山もばっちり見え、最高で〜す -
近つ飛鳥風土記の丘方面
丘に登るのに汗だくでヒィーヒィーハァーハァー -
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富田林のPL教団の塔も見える
-
正面の山腹に
小野妹子の墓も有りますが、少し遠いかな? -
左に行けば当麻寺へ行けますが
今回はパスします -
-
行き場所変更して
金剛バスで喜志駅へ戻ります
飛鳥の棚田と彼岸花が気に懸かるのでUターン -
近鉄・古市駅
電車が来ましたので飛鳥へ
後日、投稿します
此れで終わりです
最後までお付き合い だんだん
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