2014/06/19 - 2014/06/19
224位(同エリア1070件中)
カンゲンさん
「山川 草木 轉 荒涼」、日露戦争の激戦地である大連郊外の金州は、私の生まれた地です。
現在の金州は、人口が50万人近く域内にある大連経済技術開発区を中心にめざましい発展を続けています。
1998年の5月以来三度目、自宅の在った場所を探しに16年ぶりに大連・金州を訪ねました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10時10分 成田発のNH903便で大連へ
-
大連周水子国際空港に定刻の12時15分到着
この空港は市内へのバスの便が悪いのでタクシーで市内へ移動しホテルにチェックイン
歩いて大連駅へ -
金州への切符を購入しようと列に並ぶが進まないし、割り込みは相変わらず
-
間に合いそうもないので大連快軌3号線の駅へ
金州の和平路駅へ 6元 -
車内の表示は「匯金市場」
-
開発区駅で乗り換えて和平路駅到着
-
和平路駅
-
和平路駅前
-
和平路駅は、昔の金州城に近いので寄ってみようとも思いましたが、
時間があまりないのでパスしました。
タクシーで金州駅へ到着、駅舎が以前に比べ立派になっているのにビックリする。 -
金州駅前
-
この辺には低層の住宅が密集していたのですが
-
金州駅前で
-
駅前から地図を頼りに自宅の在った場所に向かいます。
-
地図によると斯大林路に面するこの辺です。
-
この壊れたビルの場所です。
-
頼りになるのは、国立国会図書館で手に入れた1931年の大連の地図。
ウロウロしていたら近くの建物の前におられた年配のオバサンが、近づいて来られ地図を見て、かっての金州小学校が今も使われているので間違いないと教えてくれました。 -
祖父が経営していた満州日報の支局と販売店の封筒
-
オバサンの話によるとこの建物は、数年前まで超市(スーパーマーケット)だったそうです。
門が開いていたので中に入ってみました。 -
やっぱり此処でした。
レンガ造りの倉庫の跡です。 -
前回、母と叔父夫婦と一緒に大連に来た時、母がここが実家の在った場所で、レンガの倉庫は戦前から在ったものだと言っておりましたが、私は半信半疑でした。出来るだけ資料を集めてきた今回、この場所にきて母の記憶力に脱帽です。
1998年5月の写真です。 -
近くを街歩きしてみました。
-
街も見違えるように綺麗になったおります。
-
金州の街並み
-
昔の旭橋です。
-
駅前に戻ってきました。
-
帰りの切符を購入
-
17時42分発の大連行き、硬座席 2元
-
プラットホームで
-
列車
-
車窓から沿線を
-
周水子駅
-
18時25分、大連駅到着
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
大連(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
32