2014/06/16 - 2014/06/16
9位(同エリア101件中)
ベームさん
6/16(月)、22日目。
ようやく最後の訪問地、今回唯一ドイツの町フライブルクにたどり着きました。ストラスブールからフライブルクに寄りその足でフランクフルト空港から帰国します。そして旅行記も最終回です。
しかし小さなハプニングが続いた今回の旅行、締めくくりのアクシデントが待っていました。何とも無様な出来事です。
明日は帰国というストラスブール最後の夜、不覚にもベッドから落ちて額を切ってしまいました。目の上の骨が飛び出ているところです。血がかなり出てシーツを汚しました。夜中の0時半です。どうしようと思案しながら額にティッシュペーパーを押し当てて朝が来るのを待ちました。
朝には幸い血は止まりました。ホテルのフロントでシーツを汚したというと部屋まで見に来て、ノー・プロブレム。
日中もてば夜は飛行機で帰るだから何とかなると考えて、格好悪いけど額に絆創膏をベタベタ張って予定通りフライブルクに行きました。
フライブルク:シュヴァルツヴァルトの西南端、大聖堂と大学と近年環境対策先進都市として有名。人口23万人。
中世フライブルクはツェーリング家、ウーラハ家の支配下にあったが、ウーラハ家の支配は市民に評判悪く1368年戦いの末市民は金銭でフライブルクの支配権をウーラハ家から買い取り、同時にハプスブルク家に町の庇護を求めた。
以後一時的にルイ14世のフランスの支配を受けることもあったが1805年までハプスブルク家の支配が続いた。その後はバーデン大公国の都となりドイツ帝国成立によりドイツの一部となった。
マリー・アントワネットは王太子ルイに嫁ぐためこの地からフランスに向け旅立ったという。ストラスブールを通ったというから多分フライブルクに向かったのでしょう。
写真はフライブルク大聖堂。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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地図右端。
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ストラスブール発8:52。
ストラスブールとドイツのオッフェンブルクを運行する列車はさすがに間引きはありませんでした。
1年ぶりに見るドイツの車両です。ホームはずいぶん離れた端っこにありました。乗客はほとんどドイツ人のようで、耳に入る言葉はドイツ語でした。
車内放送もドイツ語、フランス語の順。 -
ケール駅。
フランスからドイツ側に渡った最初の駅です。
ライン川を撮ろうと構えてましたがシャッターを押す暇もなく通り過ぎてしまいました。 -
オッフェンブルク駅で乗り換え。
ホームの黄色い時刻表、ドイツに来たなという感じです。 -
乗り換え時間の間駅の外へ。何もなし。
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オッフェンブルク発10:07のREでフライブルクへ。
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村人総出で農作業といった感じ。イチゴ畑でしょうか。
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フライブルク到着。
オッフェンブルク・フライブルク間は50分足らずなのに10分の遅れで到着。DB得意の走れば遅れる、遅れないことには走らないです。
荷物をコインロッカーに入れます。ドイツの駅のコインロッカー設置率はフランスよりずっと高いです。それよりフランスの駅でコインロッカーがあるのはよっぽど大きな駅のみです。パリのサン・ラザール駅でさえありません。 -
フライブルク駅前。
大概今まで旅行最後の日は雨が多かったですが今日は晴れ。 -
駅から市街地中心に続くアイゼンバーン通り。
道端の地図を見ていたら親切なオジサンがどれどれと教えてくれます。ところが現在地は、と全く違う所を探しています。私の方がよっぽど地理感があるようでした。 -
コロンビ公園。
いろんな種類のブドウの木が植えられていました。 -
公園内の古代史博物館、コロンビ宮殿です。
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コロンビ宮殿。
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公園から先はラートハウス・ガッセ/市庁舎小路と名前が変わっています。
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露店がずらり。
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ガイドブックに道端の疎水ベッヒレに水が流れている、とありましたが流れていません。雨が降らないので渇水対策でしょうか。
環境保護を謳うだけあって綺麗な町です。犬の糞も落ちていません。安心して上を向いて歩こう。 -
市庁舎小路。
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かなり賑わっていました。
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市庁舎小路。
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新市庁舎の横腹。
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市庁舎広場です。
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新市庁舎。
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ベルトルド・シュヴァルツ像。
フライブルクのフランシスコ派修道院の修道士で錬金術師。1354年頃最初の黒色火薬を発見したといわれる。生没不明。
実在かどうかもよく分からないようだが、市庁舎の前に銅像が建っているということは市民権を与えられたのでしょう。 -
新市庁舎の隣の旧市庁舎。
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綺麗な鉄柵です。
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旧市庁舎。
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路上に4つの都市の名前が書いてあります。姉妹都市の名かもしれません。
マツヤマ、マディソン、イスファファン、レンベルク。
帰って調べたらそうでした。松山の姉妹都市にフライブルクがありました。 -
向かい合って聖マルティン教会があります。
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早速訪問。
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聖顔布を持つ聖ヴェロニカ。
綺麗なモザイク様の壁画です。 -
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ピエタ。
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聖母子の祭壇。
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新・旧市庁舎。
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トゥルム通り。
銀行です。 -
ヴァルフィッシュ邸。
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プレートの言葉。
「デジデリウス・エラスムス・フォン・ロッテルダム。
1469~1536年。
この著名な人文主義者にして識者はこのヴァルフィッシュ館に1529~1531年の間住んだ」。 -
カイザー・ヨーゼフ通り。
目抜きです。 -
ブロイニンガー。
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バスラー・ホーフ。現警察本部?。
銀座通りに警視庁があるようなもの。 -
しかし由来を見ると元々ここに領主の警察組織がありあとから街が出来ていったらしい。フライブルクがフランスの支配下にあったときルイ14世がこの館に宿泊したといいます。
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百貨店カールシュタット。
ここのビュッフェ式食堂で昼にしました。 -
女性でもこの3倍ほど盛り付けています。
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ビュッフェのテラス。
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テラスからの眺め。
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大聖堂の塔。
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コルンハウス/フライブルクフランス文化センター。
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大聖堂広場にやってきました。
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フィッシュブルンネン/魚の噴水。
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露天市場。
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シュパーゲルが並んでいます。この旅行では食べずじまい。
フランスではドイツ程食べられていない感じです。 -
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大聖堂、フライブルク聖母マリア大聖堂です。
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1354年から建設が始まり1513年完成。
塔の高さ116m。赤砂岩で出来ています。キリスト教世界で最も美しい塔と言われているそうです。 -
司教座がおかれて普通の教区教会から大聖堂に格上げになったのは1827年。
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タンパン。
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拡大。
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扉の両側の彫像。
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聖人聖女、天使、目隠しされた女性、ユダヤの王みたいな人物、様々な像があります。
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高い身廊の天井。
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主祭壇の3枚折祭壇画「聖母マリアの戴冠」。
16世紀、ハンス・バルドゥング作。 -
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万華鏡のように輝くステンドグラスが美しいです。
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バラ窓。
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窮屈そう。
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最後の晩餐。
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ピエタ。
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ピエタ。
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聖母戴冠。
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キリスト洗礼。
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ステンドグラスが美しい壮麗な教会です。とても見ごたえがありました。
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大聖堂の向かいに建つ商館/カオフハウス。
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正面の4人の像はハプスブルク家の4代の当主らしい。
フライブルクは長年ハプスブルク家の支配下にありましたから。。 -
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1532年。
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1階を商品の展示、売買の取引所、2階を宴会場としていました。
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建物の両端にある出窓。
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出窓の装飾。
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広場の周りの建物。
アルテ・ヴァッヘ/旧衛兵所。 -
旧市庁舎ヴェンツィンガーハウス。現市歴史博物館。
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いつの間にか疎水ベッヒレに水が流れ出しました。
時間制なのかな。 -
ミュンツガッセ。
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市街地の東、シュロスベルクに向かいます。
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シュロスベルク。
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上まで登れば市街地が一望できるのですがそこまでは無理です。
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ここで引き帰しました。
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シュロスベルクの途中から大聖堂。
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歩道橋の上から。
中世の衣装を着たガイドが案内しています。 -
アウグスティーナー博物館。
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元のアウグスティーナー修道院。
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博物館前の広場。
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環境首都の名に恥じない綺麗な広場です。
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なんだ、この日の丸は。
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アデルハオザー・ノイ・クロスター。
1687年。 -
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ピエタ2体。
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クロスター前。
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ゲーテギムナジウム。
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宮殿のような建物ですが、最上階の手すりに洗濯物が干してあります。
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ホルツマルクト・アポテーケ。
久しぶりに見るドイツの薬局のマーク。 -
カイザー・ヨーゼフ通りの先に建つマルティン門。
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マルティン門。
13世紀の市壁。ただし1953年の復元。 -
マクドナルドも景観に合わせおとなしくしています。
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門の内側は大工事中。
工事の板張りで通りの向こう側の建物が見えないのでその写真を板に張っています。 -
フライブルク大学の一部。
フライブルク大学は1457年創立のドイツで3番目に古い大学。
日本からの留学生もいます。 -
大学教会。
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これで今回の全旅程終了。ICEにてフランクフルト空港に向け出発!。
いつものことだがホームに掲示されているICEの車両編成表と実際の編成が違う。座席指定を取っている乗客には指定車両を探さねばならず大迷惑だ。 -
左にヴォージュの山並み、モーゼル川の水源です。
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右にシュヴァルツヴァルトを眺めながら、
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ICEはほぼ国境沿いに北上します。
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車内が暑い。冷房が効いていないようです。そのうち車掌が回ってきてこの車両だけ冷房が故障、他の車両に移ってくれと言う。空席があったから良いようなものの、満席だったらフランクフルト空港に着くころは茹だっていたかもしれません。
フランスSNCFといいドイツDBといいたるんでいる。合理化の行き過ぎによる人員不足ともいわれます。 -
カールスルーエ駅。
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マンハイム通過。
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フランクフルト空港駅到着。
18:06。額の傷の出血もほぼ止まりやれやれでした。でも血が滲んでいるので格好悪い。
空港発20:45の全日空NH224便で羽田空港へ。
羽田空港翌17日、14:55着。
いろいろアクシデントのあった旅でした。 -
入場券。
左上から時計回りに、
ブロワ城、シノン城、シャンティイ城、アゼー・ル・リドー城。 -
左オータン/ロラン博物館、右上プロヴァン/ラ・グランジュ・オ・ディーム、右下ドンレミ・ラ・ピュセル/ジャンヌ・ダルクの家。
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上左ストラスブール/ノートルダム大聖堂美術館、上中ナンシー派美術館、上右ボーヌ/オテル・デュー、下左コルマール/ウンターリンデン美術館、下右リール美術館。
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乗車券。
左上から時計回りに、
ラン/ケーブルカーポマ、コルマール遊覧船、パリ/バトー・ムーシュ、ランス/バス。
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この旅行記へのコメント (2)
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- frau.himmelさん 2014/08/07 00:13:16
- お疲れ様でした。次回のご旅行まで余裕でしたね。
- ベームさん こんばんは。
フォートラのブックマークをドイツ旅行新着順に設定している私、
一番上にベームさんのフライブルク旅行記が現れてビックリしました。
えー、もう次のドイツ旅行に出かけられたのかしらって。
フランクフルト空港からご帰国だったのですね。
全37回、どうもお疲れ様でした。
まだフランス編は全部拝見していませんが、一つ一つ大変充実した内容、そしてこのスピード。
私なんて、ベームさんの爪の垢でも煎じて飲まなければいけませんね。
ところで額の傷、大丈夫でしたか?
旅先で怪我や病気ほど困ることはありませんからね。
私も今回の旅行で同じことがありました。
今はまだ内緒にしておきますね。
フライブルクの旅行記、お写真の1枚1枚がとても懐かしかったです。
では暑さ厳しき折、お体にはお気をつけくださいね。
himmel
- ベームさん からの返信 2014/08/07 20:29:21
- RE: お疲れ様でした。次回のご旅行まで余裕でしたね。
- himmelさん、
今晩は。
だらだらと続いたフランス旅行記、ドイツ旅行出発前にようやく終わりました。終わりのほうは方は急ぐあまりかなりいい加減になってしまいました。
あらためてhimmelさんのフライブルク旅行記を見て間違いに気づいたというか教えられました。シュヴァーベン門と私が知ったかぶりに書いたのはマルティン門だったのですね。やはりいい加減な知識は振り回さないことです。
早速訂正しました。
himmelさんがリベンジなさったレストランのことは忘れていました。デパートの上で簡単に食事を済ませてしまいました。
ICEの乗り違いの件、規則とはいえかなり意地悪な車掌さんと思います。特に2等車に乗っているのに1等料金を取るとは解しがたいですね。
女性の車掌さんに出会ったのが不運だったのでは。イケメンの若い男の車掌さんならウインクぐらいして見逃してくれたのでは(笑)。
額の傷は帰国当日医者に行き見てもらったところ縫うほどもないとの見立てで安心しました。目のすぐ上だったので白内障の手術の後でもあり眼科医にも行きましたがこれも異常なしとのことでした。
himmelさんも何かあったとのこと、お仲間がいて心強いです。
酷暑の折そちらこそご自愛のほど。
ベーム
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