2014/05/18 - 2014/05/18
717位(同エリア2038件中)
jun1さん
明日は天気が良いと夕食TVを観てての情報から、山に行こうと決め、
近いところで未だ行ったことの無い北高尾山稜から八王子城跡へ行ってきました。
2014年登山記録
1.13 幕山
1.27 大山阿夫利山神社~見晴らし台~日向山
2.11 長瀞アルプス~宝登山
4. 5 浅間山~権現山~弘法山~吾妻山
4.19 天覧山~多峰主山
4.26 八重山五感の森(虎丸山~能岳~八重山~秋葉山~根本山)
5.10 鼻曲山
5.18 北高尾山稜(黒ドッケ~狐塚峠~杉沢の頭~富士見台~城山)
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JR高尾駅北口に降りると日曜日なのでバス待ちのハイキング客で溢れていた。
陣馬高原下行きのバス(超満員)に乗り「夕焼け小焼け」バス停で降りた。
一番前の運転手さんの所までバス運賃を支払いに移動できないので、中ほどのドアから降りて外から運賃を支払ったほどです。 -
夕焼け小焼けの歌碑が、どこにあるか知りたかったので、地元の人を探して教えてもらいました。
調査不足(-_-;) -
民家の庭から、はみ出てた花はグラジオラスかな?
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夕焼け小焼けの歌碑のある「宮尾神社」に向かいます。
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ちょっと登り坂ですわ。
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写真奥の建物はトイレでした。
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神社って階段を登るところが多いですね。
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宮尾神社宮司の息子さん中村雨紅(本名・高井宮吉)が作詞したもので、
昭和31年に雨紅の同級生が中心となって建立した、夕焼小焼の歌碑がありました。 -
神社で今日の安全登山を祈願しました。
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バス停に戻って、北高尾山稜への登山口を探す。
地図を観たら、どうやらレジャー施設「夕焼け小焼けふれあいの里」に入場しないとならないらしい。
標識無いので、分かりずらかった。 -
「夕焼け小焼けふれあいの里」受付でハイキングなので通り抜けしますと言うと
入場料は、要りません。
受付の人に登山口をお聞きしました。
http://www.hachioji-kankokyokai.or.jp/yuyake/yuyakekoyake.htm
夕焼け小焼け号のボンネットバスがあった。 -
説明通り、橋を渡る。
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ここまで来ると、登山口を示す標示板が有り。
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イチオシ
「しゃくなげ」
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「しゃくなげ」
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?
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登って、登って「黒ドッケ」標高620mに着いた。
ここを右に行くと堂所山を経て陣馬山に行けるが、今日は八王子城山に行くので
左への道を行く。 -
山ツツジの道を進む。 尾根歩きのようなもの。
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山ツツジ
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山ツツジ
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??
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大木が倒れてましたので、跨いで進みます。
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このあたりは杉と桧の針葉樹林。
私は杉も桧も反応する花粉症なので、嫌なコースなんです(>_<) -
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「杉の丸」って言うくらい杉林がつづく。
標高612m -
「ガクウツギ」
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赤い実は?
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紫陽花の仲間みたい?
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「狐塚峠」
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「ニガナ」かしら?
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「クロアゲハ」だと思う。
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イチオシ
「クロアゲハ」 一生懸命蜜を吸ってました。
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イチオシ
ヤマアジサイにしては葉が長過ぎる?
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「杉沢の頭」標高547m
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富士見台に向かいます。
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「富士見台」
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イチオシ
山頂に雲がかかってますが、富士山見えました!
分かりますか? -
狭いですが、ここで昼食タイム。
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食後は、八王子城山へ下ります。
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1時間で着くらしい。
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倒木なのに、生命力が有って枝が天に向かって太く伸びてるので、とても枝だと思わないだろうなぁ。
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八王子城、天守閣があった場所。
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火の芽、摘んで緑の八王子。
消火用水が有りました。 -
「松木曲輪」
曲輪とは、防御陣地・建造物を建てる敷地・兵の駐屯施設として、城郭の最重要施設であった。
中世の山城では多数の小規模な曲輪を持っていた。 -
松木曲輪には、八王子城址碑と八王子神社碑があった。
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ここは八王子市街、都心の眺望が良く。
都心のビル群の向こうに、うっすら東京スカイツリーが見えた。 -
少し下に下ると、寂れた感のある八王子神社が有りました。
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横地監物丞吉信を祀る神社(横地神社)の由来を刻した石碑、
横地神社は奥多摩湖の湖底に沈んだので、ここに移動したとのこと。
横地監物丞吉信というのは、八王子城主、北条氏照に長きにわたって支え奉行衆の長老として氏照の支配領経営に尽くした人です。 -
使ってなさそうな、奉納舞台。
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天狗像
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さらに下ると又、曲輪があった。
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下山途中に視界の開けた場所が。
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イチオシ
下山途中に視界の開けた場所が。
八王子市街から都心が一望。 -
「シャガ」
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柵門跡
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八合目、柵門台って書いてありました。
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「金子丸」
「金子曲輪」 ここは金子三郎右衛門家重が守備していた場所だという。 -
八王子神社の鳥居
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「観音堂」
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「聖観世音菩薩」
竹林の中を観音様がいくつか点在していた。 -
「千手観世音菩薩」
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老朽化の為、曳橋通行止めのお知らせが、貼ってあり。
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曳橋を通らず林道を歩いて「御主殿跡」に着いた。
落城後は徳川氏の直轄領、明治以降は国有林であったため、発掘調査の結果、御主殿跡は落城当時のままの状態で保存されていた。 -
「会所」
会所は儀式が終わった後、宴会などを行った場所と考えられています。 -
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イチオシ
「塀跡」
発掘調査の結果、礎石を沢山つかった建物の跡や水路の跡、多数の遺物が出土し、礎石は土砂で被われ表面は芝生となっているが、今でも当時のまま残っている。 -
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御主殿跡へ通じる虎口、冠木門
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バズーカのような超望遠レンズを付けたカメラを持った人達が沢山居たので、何を撮ってるのですか?と聞いたら「サンコウチョウ」とのこと。
カメラ画像をみせていただいたら、顔面部は黒紫色で目の周りが水色な鳥で日本、台湾、フィリピンのバタン島とミンダナオ島に分布し、日本には夏渡来し繁殖するそうです。 -
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駐車場には、こんな張り紙書くほど、バードカメラマンが来るんですね。
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バスを待つ間、八王子城跡ガイダンス施設に入ってみました。
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八王子城は、 小田原に本拠をおいた後、北条氏の三代目、氏康の三男、北条氏照が築いた山城です。
築城の時期ははっきりしませんが、天正年間に築城が開始され、氏照が滝山城から移ったのは天正12年(1584)から天正15年(1587)の間とする説が有力です。
天正18年(1590)6月23日、豊臣秀吉の関東制圧の一環で、前田利家・上杉景勝軍に攻められて落城しました。この八王子城落城が決め手となって籠城を続けていた小田原城は開城、北条氏は滅亡。
氏照はこの時、小田原に籠城中で、開城後、兄の氏政とともに城下で切腹したとのこと。 -
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民家の垣根にモッコウバラ(木香薔薇)
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施設を出て、バス停で待つ。
ご覧の通り、本数が少ないです。 -
このバス停は平日は無く、土日の毎時20分しか有りません。
少し歩いて「霊園前」バス停なら、もっと有るそうです。 -
JR高尾駅北口で電車に乗り帰宅。
今日は八王子城址見学も含め6時間の行動時間でした。
--- 最後までご覧いただき、ありがとうございました ---
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