清里・八ヶ岳旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅の話の始まりは、かなり古い時代から始まります。国鉄にSLが走っていた頃で、その列車がだんだん廃止されていく時代でした。弟がSLの写真を撮るのに夢中になっていた時、見せてもらった鉄道雑誌の写真に釘付けになりました。春夏秋冬、四つの季節を写した写真で、山を背景に鉄橋の上を走るSLでした。どの季節も、すべて同じ角度から撮っていながら、どれも絵のように美しく感動しました。「ここはどこなの、行ってみたい。車は運転するから、SLを撮りに行こう」と誘うと、「山は八ケ岳で、小海線の境川橋梁だ」とすぐに教えてくれました。<br /><br />数か月後、清里へ行ったですが、時代が時代です。清里のペンションブームなど、はるか後世の話。八ケ岳によく登る友人に宿を聞くと、「山小屋と民宿はあるが、旅行でお勧めは清泉寮しかない」と言われました。こうして境川橋梁へ行き、緑の季節だけでしたが写真の様なSLの走る風景を見られました。これが、弟と二人だけで旅行した、最初で最後のたった一度の思い出でした。<br /><br />時は過ぎ、国鉄はJRになり、小海線のSLも廃止され、清里は一大観光地になりました。スキーや旅行で中央や関越は通るものの、何故か清里だけは訪れる機会がなく過ぎていきました。特に避けていた訳でもなく、いつかはまたあの景色を見てみたいと思っていたのですが、数十年も経ってしまいました。<br /><br />夏も終わるころ、予定が空いたため清泉寮に予約をしました。すると新館が出来ており、昔より大きく変わっている様子です。それでも、旧館が営業しているため、迷わず旧館の宿泊を希望しました。久しぶりの訪問なので、出かける前に境川橋梁について調べていくと、今やネットの時代です。結末は、出かける前にわかってしまいました。SL時代には有名な撮影場所でした。再訪している方が、何人もいるようです。その方々の話では、「撮影ポイントの国道は廃道になり、今はバイパスが出来ている。旧道からのからの眺めは、木々が大きく育ち、橋梁は全く見えない」と言うものでした。<br /><br />それでも良いと自分に言い聞かせ、あのころと同じ場所に立ってみようと出かけました。中央高速を走るには、古いのですがユーミンを聞くしかありません。昔は途中から対面通行になっていたなあ、当時完成いしていたのは相模湖あたりまでだっただろうか、何度も走った道路でありながら昔を思い出して、途中から一般道を走ってみました。<br /><br />山梨に入り、北杜市のあたりから141号を清里方面に向かうのですが、新しい道路や橋が出来ていて驚きです。清里高原に入ってからは、カーナビとにらめっこです。ついつい広い国道を走ってしまいそうですが、細いわき道を見つけ旧道へ入りました。<br /><br />すると、広かった国道から景色が一遍。アスファルト道路は確かにあるのですが、両側は草に覆われ木々も垂れ下がり、一車線の道路のように見えます。まったく車が走っていない訳でもなく、轍のように草の無い所が二本の線のようになっています。前日にわかった通り、木々が伸びていてどこが撮影ポイントだったかもわかりません。カーナビを頼りに止まり、遠くに見える八ケ岳だけを撮影しました。<br /><br />更に進んで国道との合流点に出てみると、「JR鉄道最高地点」の碑がありました。本来は、旧道に国鉄最高地点があったと覚えているのですが。観光用でしょうか、近くには地元の野菜や果物を売るお店がありました。ここに車を止めて、見えなかった境川橋梁へ歩いて行ってみました。すぐそばでしたが、しばらく待っても電車の通る姿は見られませんでした。車の時代になり、本数も減ってしまったのでしょうか。<br /><br />清泉寮へは、簡単に着けました。今では当たり前かもしれませんが、初めて来た当時は駅から未舗装の道路が続いていて、一度は車の底を擦らないと着けないほどの悪路でした。当時はこんな山の中に西洋式の農場や教会を作ったポールラッシュに感激したものですが、今では誰もが訪れてソフトクリームを食べたり、お土産を買ったりしていて、一大観光地となっていました。それでも夜になると静かで、昔と変わらない星空と澄んだ空気を味わえました。<br /><br /><br />旅の目的が境川橋梁の再訪と決まっていたので、翌日は特に予定もなく帰るだけです。朝はのんびりと出発しましたが、ここまで来たからには何か食べて帰ろうと小淵沢方面へ。悩んだ挙句、北杜市の長坂あたりにスープ焼きそばに決めてみました。汁汁の焼きそばってどんな味なのか、地元では評判の様なのでどんなお店なのか。カーナビ頼りで地元道を進み、成駒屋へ着きました。<br /><br />店の前、道路の反対側に広めの駐車場はあるものの、店舗はいたって普通のお店。名前からして、定食屋の様な雰囲気でした。何組か先客があったものの、テーブルが開いていたため、すぐに座れ、もちろん焼きそばを頼みました。待つことしばし、届いた焼きそばは「麺しかない」みたいな眺めでした。それでも皿の隅をみると、なみなみとしたソースの色が感じられます。これがつゆだくと言われる所以でしょうか。食べていくと、麺の下にキャベツと豚肉が出てきました。全体的な味としては、ソースの雰囲気よりも甘めに感じます。何はともあれ、地元で有名な一品を頂きました。<br /><br />後はのんびりと帰途に着きました。家に帰ってからは、あの写真を見た鉄道雑誌は残っていないだろうかと物置を探しているのですが、、、古い本は出てくるものの未だにあの時見た号は見つかりません。<br /><br />高原のポニーとは、その頃小海線を走っていたC56の愛称です。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

高原のポニー、消えた残像を求めて。

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2013/08/26 - 2013/08/27

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マリオット

マリオットさん

旅の話の始まりは、かなり古い時代から始まります。国鉄にSLが走っていた頃で、その列車がだんだん廃止されていく時代でした。弟がSLの写真を撮るのに夢中になっていた時、見せてもらった鉄道雑誌の写真に釘付けになりました。春夏秋冬、四つの季節を写した写真で、山を背景に鉄橋の上を走るSLでした。どの季節も、すべて同じ角度から撮っていながら、どれも絵のように美しく感動しました。「ここはどこなの、行ってみたい。車は運転するから、SLを撮りに行こう」と誘うと、「山は八ケ岳で、小海線の境川橋梁だ」とすぐに教えてくれました。

数か月後、清里へ行ったですが、時代が時代です。清里のペンションブームなど、はるか後世の話。八ケ岳によく登る友人に宿を聞くと、「山小屋と民宿はあるが、旅行でお勧めは清泉寮しかない」と言われました。こうして境川橋梁へ行き、緑の季節だけでしたが写真の様なSLの走る風景を見られました。これが、弟と二人だけで旅行した、最初で最後のたった一度の思い出でした。

時は過ぎ、国鉄はJRになり、小海線のSLも廃止され、清里は一大観光地になりました。スキーや旅行で中央や関越は通るものの、何故か清里だけは訪れる機会がなく過ぎていきました。特に避けていた訳でもなく、いつかはまたあの景色を見てみたいと思っていたのですが、数十年も経ってしまいました。

夏も終わるころ、予定が空いたため清泉寮に予約をしました。すると新館が出来ており、昔より大きく変わっている様子です。それでも、旧館が営業しているため、迷わず旧館の宿泊を希望しました。久しぶりの訪問なので、出かける前に境川橋梁について調べていくと、今やネットの時代です。結末は、出かける前にわかってしまいました。SL時代には有名な撮影場所でした。再訪している方が、何人もいるようです。その方々の話では、「撮影ポイントの国道は廃道になり、今はバイパスが出来ている。旧道からのからの眺めは、木々が大きく育ち、橋梁は全く見えない」と言うものでした。

それでも良いと自分に言い聞かせ、あのころと同じ場所に立ってみようと出かけました。中央高速を走るには、古いのですがユーミンを聞くしかありません。昔は途中から対面通行になっていたなあ、当時完成いしていたのは相模湖あたりまでだっただろうか、何度も走った道路でありながら昔を思い出して、途中から一般道を走ってみました。

山梨に入り、北杜市のあたりから141号を清里方面に向かうのですが、新しい道路や橋が出来ていて驚きです。清里高原に入ってからは、カーナビとにらめっこです。ついつい広い国道を走ってしまいそうですが、細いわき道を見つけ旧道へ入りました。

すると、広かった国道から景色が一遍。アスファルト道路は確かにあるのですが、両側は草に覆われ木々も垂れ下がり、一車線の道路のように見えます。まったく車が走っていない訳でもなく、轍のように草の無い所が二本の線のようになっています。前日にわかった通り、木々が伸びていてどこが撮影ポイントだったかもわかりません。カーナビを頼りに止まり、遠くに見える八ケ岳だけを撮影しました。

更に進んで国道との合流点に出てみると、「JR鉄道最高地点」の碑がありました。本来は、旧道に国鉄最高地点があったと覚えているのですが。観光用でしょうか、近くには地元の野菜や果物を売るお店がありました。ここに車を止めて、見えなかった境川橋梁へ歩いて行ってみました。すぐそばでしたが、しばらく待っても電車の通る姿は見られませんでした。車の時代になり、本数も減ってしまったのでしょうか。

清泉寮へは、簡単に着けました。今では当たり前かもしれませんが、初めて来た当時は駅から未舗装の道路が続いていて、一度は車の底を擦らないと着けないほどの悪路でした。当時はこんな山の中に西洋式の農場や教会を作ったポールラッシュに感激したものですが、今では誰もが訪れてソフトクリームを食べたり、お土産を買ったりしていて、一大観光地となっていました。それでも夜になると静かで、昔と変わらない星空と澄んだ空気を味わえました。


旅の目的が境川橋梁の再訪と決まっていたので、翌日は特に予定もなく帰るだけです。朝はのんびりと出発しましたが、ここまで来たからには何か食べて帰ろうと小淵沢方面へ。悩んだ挙句、北杜市の長坂あたりにスープ焼きそばに決めてみました。汁汁の焼きそばってどんな味なのか、地元では評判の様なのでどんなお店なのか。カーナビ頼りで地元道を進み、成駒屋へ着きました。

店の前、道路の反対側に広めの駐車場はあるものの、店舗はいたって普通のお店。名前からして、定食屋の様な雰囲気でした。何組か先客があったものの、テーブルが開いていたため、すぐに座れ、もちろん焼きそばを頼みました。待つことしばし、届いた焼きそばは「麺しかない」みたいな眺めでした。それでも皿の隅をみると、なみなみとしたソースの色が感じられます。これがつゆだくと言われる所以でしょうか。食べていくと、麺の下にキャベツと豚肉が出てきました。全体的な味としては、ソースの雰囲気よりも甘めに感じます。何はともあれ、地元で有名な一品を頂きました。

後はのんびりと帰途に着きました。家に帰ってからは、あの写真を見た鉄道雑誌は残っていないだろうかと物置を探しているのですが、、、古い本は出てくるものの未だにあの時見た号は見つかりません。

高原のポニーとは、その頃小海線を走っていたC56の愛称です。







旅行の満足度
3.5
観光
3.0
ホテル
3.5
グルメ
3.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 谷をまたぐ大きな橋、駐車場があり眺めも良かった。昔はこんな立派な道路や橋が無かった。

    谷をまたぐ大きな橋、駐車場があり眺めも良かった。昔はこんな立派な道路や橋が無かった。

  • 旧国道へ入ると、急に静か。ここが国道だったとは思えません。車も走らず、時が止まったようでした。

    旧国道へ入ると、急に静か。ここが国道だったとは思えません。車も走らず、時が止まったようでした。

  • カーナビで位置を合わせ、八ケ岳の角度を確かめる。このあたりから橋梁が見えたのだろうか。木々に埋もれて、線路も見えない。

    カーナビで位置を合わせ、八ケ岳の角度を確かめる。このあたりから橋梁が見えたのだろうか。木々に埋もれて、線路も見えない。

  • 新国道の側に回ると、やっと橋梁の一部が見えた。

    新国道の側に回ると、やっと橋梁の一部が見えた。

  • 更に線路へ近づいてみる。しばらく待ったが、電車は来なかった。

    更に線路へ近づいてみる。しばらく待ったが、電車は来なかった。

  • 国鉄からJRに変わったわけだから当たり前の名前だが、こちらは観光用に後から建てられたらしい。反対側にも、鉄道最高地点の石碑がある。

    国鉄からJRに変わったわけだから当たり前の名前だが、こちらは観光用に後から建てられたらしい。反対側にも、鉄道最高地点の石碑がある。

    JR鉄道最高地点の碑 名所・史跡

  • 成駒屋の汁たっぷりの焼きそば。麺ばかりに見えるが、下にキャベツと豚肉が潜んでいる。

    成駒屋の汁たっぷりの焼きそば。麺ばかりに見えるが、下にキャベツと豚肉が潜んでいる。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • somtamさん 2014/05/28 00:27:39
    C56
    こんばんは。

    当時、八ヶ岳バックの小海線を行くC56は、
    よく鉄道雑誌に載っていました。
    私はその頃、すでに「鉄」活動をしていましたが、
    こちらは関西で、なおかつ、小学生だった為、
    小海線のC56は撮っていません。
    でも、あの写真は今でも大変よく覚えています。

    機会があれば、また、ぜひ行ってみて下さい。

           somtam

    マリオット

    マリオットさん からの返信 2014/05/28 06:59:45
    RE: C56
    はじめまして、きわめて個人的な思い出を含んだ旅行記ですが、読んでいただいたようでありがとうございます。

    小海線のC56の撮影ポイントなどは、やはり詳しい方には有名だったのですか。国鉄最高地点のためか、列車はとてもゆっくりで、力を振り絞って登っているような姿に見えました。橋梁を走る写真を撮ってから、道路を足で走っても最高地点の近くの踏切で追いつき、走り去る姿が見られました。

    今度は季節を変えて、紅葉か雪の季節に風景を眺めに行きたいものです。

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